印象派の展覧会

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ああ! それは実に大変な1日だった。私が、風景画家であり、ベルタンの弟子であり、数々の政権の下でメダルや勲章を受けてきたジョゼフ・ヴァンサン氏とともに、キャピュシーヌ大通りの第1回展覧会に思い切って飛び込んだのは! 軽率な彼は、何の警戒心も持たずにそこに来たのだった。彼は、どこでも見られる種類の絵を見られるものと思っていたのだ。良いものや悪いもの、良いというよりは悪いだろうが、それでも善良な芸術的モラル、形態への忠実さ、巨匠への敬意を否定しないものだ。ああ! 形態! ああ! 巨匠! この哀れな老人には、もはやそんなものは必要なくなった! 全て変わってしまったのだ。

一つ目の部屋に入るや、ジョセフ・ヴァンサンは、ギヨマン[訳注 1]の『踊り子』の前で最初の一撃を受けた。

「何と残念なことか。」と、彼は言った。「この画家は、色彩についてある程度理解をしているのに、もう少しまともな描き方をしないとは。彼の踊り子の足は、スカートの綿と同じくらいふわふわしているじゃないか。」

「あなたは彼に厳しいと思います。」と私は答えた。「むしろ、このデッサンはとてもしっかりしていますよ。」

ベルタンの弟子は、私が皮肉を言っているのだと解釈して、返答するのもわずらわしいと、肩をすくめるにとどめた。そこで、私は黙って、できるだけうぶを装って、彼をピサロ氏の『耕された畑』の前に案内した。

この驚くべき風景画を見るなり、この好人物は、自分の眼鏡のレンズが汚れていると思ったようだ。彼は丁寧にレンズを拭いてから、鼻の上に戻した。

「ミシャロン[訳注 2]にかけて!」と彼は叫んだ。「一体それは何です?」

「ほら……深く掘った畝に霜が降りているところです。」

「それが畝、それが霜? でもこれはキャンバスに一様にパレットの削りかすを並べただけのものでしょう。頭も尻尾もない、上も下もない、前も後ろもない。」

「そうかもしれませんが……しかし印象がありますよ。」

「いかにも、おかしな印象だ! おぉ……それは?」

シスレー氏の『果樹園』です。右の方にある小さな木はお勧めです。いい加減ではありますが、印象が……」

「もう君の印象というやつから放っておいてくれないか!……出来てもいないし、出来上がる見込みもない。しかしここにはルアール氏の『ムランの眺め』があるね。水面に何かがある。前景の影などは、実に妙だ。」

「色調の揺れ動きです。驚くでしょう。」

「色調のだらしなさと言ってくれた方が納得できたよ。――ああ! コロー、コロー、あなたの名において何という罪が犯されていることか! このごみや、しみ、泥はねを流行らせたのは、あなたです。このアマチュアは、それを30年にわたって見て育ってきて、あなたの静かな頑固さに負けて受け入れざるを得なかったのです。雨だれは石をも穿つというやつです!」

この可哀想な男は、理性をかき乱されていったが、それはとても静かだったので、私には、彼がこの何でもありの展覧会を訪れたことによって起こる不運な事故を予期することはできなかった。彼は、クロード・モネ氏の『港を出る釣り舟』を見ても、大きな傷を受けることなく、持ちこたえていたのだ。おそらく、私が、前景の小さな有害な人物像がその効果を生じる前に、彼をこの作品の危険な鑑賞から引き離したためかもしれない。まずいことに、私の注意が不十分で、彼を同じ画家の『キャピュシーヌ大通り』の前に長く立たせすぎてしまった。

「ははは!」彼はメフィストフェレス的に冷笑した。「これは大変素晴らしい! ここには印象がある。でないとすれば私には印象の意味が分からない。ただ、この絵の下の方にある、無数の黒いぽつぽつが何を表すか、教えてくれないだろうか。」

「いや、これは道を歩いている人々ですよ。」私は答えた。

「そうすると、私がキャピュシーヌ大通りを歩いている時、私はあのように見えるというのか?……何とひどい! 君はとうとう私をからかっているのかね?」

「とんでもありません、ムッシュー・ヴァンサン……」

「しかしあの点々は、噴水の花崗岩を掃除する時に飛び散ったものだ。ピッ! ピッ! と。あっちへ行ってくれ! 前代未聞だ、ひどい! 私はきっと発作を起こしてしまうだろう。」

私は、彼にレピーヌ氏の『サン・ドニ運河』とオッタン氏の『モンマルトルの丘』を見せて、彼を落ち着かせようとした。いずれも色調がよく出来ている。しかし運命というものには何も抗えない。ピサロ氏の『キャベツ』が、通り過ぎようとしていた彼を引き留め、彼の顔色は赤を通り越して真紅になった。

「これはキャベツですよ。」私は、彼に、優しく説くように言った。

「ああ、哀れなやつ、カリカチュアにされているではないか! 私は今後一生キャベツを食べないと誓うよ!」

「しかしキャベツの罪ではありませんよ。もし画家が……」

「黙りたまえ。でないと私は何か恐ろしいことをしそうだ。」

突然、彼は、ポール・セザンヌ氏の『首吊りの家』を目にするや、大きな叫び声を上げた。この小さな名品の途方もない厚塗りは、『キャピュシーヌ大通り』の成果を完成させるものといえた。ヴァンサンおやじは、虚ろになってきた。

最初、彼の狂気は穏やかなものであった。印象派の画家たちの視点に立って、彼は、画家たちに同化しようとしたのだ。「ブーダンには才能がある。」と、この画家の浜辺の絵を前に、彼は私に言った。「しかしなぜ彼は海景にこれほど手を加えるのだろう?」

「おや! あなたは彼の絵が仕上げすぎだと思っているのですか?」

「もちろん。ではマドモアゼル・モリゾを見よう! この若い婦人は、些細なディテールを再現することには興味がない。手を描く時(『読書』)、彼女は指の数と同じだけの数の長い筆の跡を描いて、仕事はそれで終わりだ。手のデッサンについて気難しいことを言う愚かな人々は、印象的な芸術について何も理解していないのだ。偉大なマネならそんな人々を彼の共和国から追い払ってしまうだろう。」

「ではルノワール氏は正しい道を行っていることになりますね。彼の『刈り入れする人々』には、何も余計なものがありませんから。あえてこう言いましょう、彼の人物像は……」

「……仕上げすぎと言ってもよい。」

「ああ、ムッシュー・ヴァンサン! でも麦畑の真ん中にいる男を表していると思われる、3筋のタッチを見てください!」

「2つ分が余計だな。1つで十分だ。」

私は、ベルタンの弟子をちらっと見た。彼の顔色は真っ赤になっていた。私には、破局が間近に迫っていることが感じられ、それに最後の一撃を加えたのはモネ氏であった。

「ああ、彼だ、彼!」ヴァンサンは、98番の作品の前で叫んだ。「彼がいた。ヴァンサン父さんのお気に入り! あのキャンバスは何を描いたものかね? カタログを見てくれ。」

「『印象・日の出』です。」

「『印象』、そうだと思った。私は印象を受けたので、作品に何かの印象があるに違いないと思っていたところだった……何という自由さ、何というお手軽な出来栄え! 出来かけの壁紙の方があの海景画より仕上がっている。」

「しかし、ミシャロンや、ビドー、ボワッスリエ、ベルタンなら、この印象的なキャンバスの前で何と言うでしょう?」

「そんな忌まわしい奴らのことなど話さないでくれ!」ヴァンサンおやじは叫んだ。「私は家に帰ったら、彼らの絵を暖炉で燃やしてしまおう!」

この不運な男は、自分の神々を否定したのだ!

私は、彼の失われゆく理性を取り戻そうと無駄な努力を試み、欠点の少ないルアール氏の『池の土手』や、オッタン氏の、光輝く素晴らしいサンノワの城の習作を見せた。しかし恐ろしいものが彼を捉えた。ドガ氏の『洗濯女』という、ひどい洗濯のあとのような作品に、彼は感嘆の叫びを上げた。

シスレーでさえ、彼には病弱で気取ったものに映った。彼の狂気をなだめるため、また、彼を興奮させるのではないかとの恐れから、私は、印象派の絵の中で大丈夫そうなものを探した。そして、直ちに、モネ氏の『昼食』に描かれたパン、ぶどう、椅子がましな絵であるのを見出した。しかし、彼はこうした妥協を許さなかった。

「いや、いや!」彼は叫んだ。「モネは弱気になっている。メッソニエの偽りの神々の犠牲になってしまっている。仕上がりすぎ、仕上がりすぎ、仕上がりすぎだ! 『モデルヌ・オランピア』について話してくれ。よい頃合いだ!」

ああ、この絵を見てほしい! 体を二つ折りにした女から、黒人の女が、最後のヴェールを引き剥がし、茶色い操り人形の魅入られた視線に彼女の醜さをさらけ出そうとしている。あなたはマネ氏の『オランピア』を覚えておいでだろうか? いやはや、あれは、このセザンヌ氏の作品に比べれば、デッサン、正確さ、仕上がりにおいて傑作であった。

ついに、水差しはあふれ出した。ヴァンサンおやじの古典的な頭脳は、余りに多くの方面から一度に攻撃を受けて、完全に砕け散ってしまった。彼は、これらの至宝を監視しているパリ市の警備員の前で立ち止まると、それが肖像画だと思い込み、私に向かって語気強く批評を始めた。

「彼の醜さは十分だろうか?」彼は、肩をすくめながら言った。「前から見ると、2つの目がある……そして鼻……そして口! 印象派の画家たちならこんなにディテールのために犠牲を払うことはしないのに。この画家がこうした無用のことに力を費やしている間に、モネなら20人のパリ市の警備員を仕上げるだろう。」

「止まらないで進んでもらえますか。」と、その「肖像画」が言った。

「聞いたかね。こいつはしゃべるよ! 彼を描いた下手な絵描きは、大層な時間をかけたに違いない!」

そして、自分の芸術理論にふさわしい威厳を与えようとして、ヴァンサンおやじは、あっけにとられた警備員の前で、戦勝の踊りを踊り、絞め殺したような声で歌った。

「ホー! 印象のお通りだ、パレット・ナイフの復讐だ、モネの『キャピュシーヌ大通り』、セザンヌの『首吊りの家』に『モデルヌ・オランピア』。ホー! ホー! ホー!」

ルイ・ルロワ

訳注[編集]

  1. 『踊り子』の画家は、正しくはルノワール。島田紀夫 『印象派の挑戦――モネ、ルノワール、ドガたちの友情と闘い』小学館、2009年(ISBN 978-4-09-682021-6)89頁。
  2. アシル=エトナ・ミシャロン(1796-1822年)は、ローマ賞の「歴史風景画部門」第1回グランプリを受賞した画家。吉川節子『印象派の誕生――マネとモネ』中央公論新社〈中公新書〉、2010年(ISBN 978-4-12-102052-9)186頁、213頁。