利用者:白駒/Draft
高木貞治『解析概論』増訂版より。序言と第一版緒言のみは、主に平仮名が用いられている。
増訂版序言
[編集]本書改版の機会に於て改訂又は増補を施した要点としては,先づ第一に新設の第九章に於てルベック積分論の一般的解説を試みたことを挙げねばならない.又初版本文に関しては,無限級数の絶対及び条件収斂の差別の説明を合理化し,又新たにフゥリエ積分公式を解説したが,その外各所微細の改訂は枚挙し難い.
ルベック積分論は,組立てに於てはザックスに従ひ,細目に関しては,ルベックの原著の外ヴァレイ・プサン,カラテオドリ,ハァン,コルモゴロフ,ホップ等を参考して書いたが,この試作に於て解説の不行届き又は論点の見落しなどの少からぬことを惧れる.ルベック積分論の追加に伴つて,125頁に述べたやうな意味に於けるリィマン積分論の縮小は当然考へらるべきであつたが,伝統を顧慮して姑らく原形を存することにした.その外,本書を通覧して感ぜられるのは,初版緒言にいはゆる全書式に属すべき材料が予想外に累積して,全体を不明朗ならしめた憾みがあることである.これら第一義的でない事項は適宜取捨して参考の資料とすることを読者に期待せねばならない.
河田敬義,岩澤健吉両君が第九章の校正刷を精査して有益なる助言を寄せられたことを特記して謝意を表する.
昭和十八年五月
著者
今回増刷の機会に,誤植を訂正し,且つ巻末の「解説補遺」に次の一項を追加した.それは,Stirling の公式について§69で紹介した Artin の証明法に関して,同君から通知された証明の補正である.
昭和二十九年二月
緒言
[編集]本書は,著者の意図に於ては,時代に順応した一般向きの解析学予修書,或はむしろ解析学読本で,成るべく少量の一冊子内に於て,解析学の基本事項を大観して,自由に各特殊部門に入るべき素養を与ヘることを目標とするものである.解析概論というても,内容は微分積分法の一般的解説であるが,ただ特に初等函数の理論に重点を置いたことを標出する為に,この題名を選んだのである.応用上最重要なる所謂初等函数の致命的なる性質はそれの解析性であるから,初等函数を自由に駆使する為には,成るべく早期に解析函数論の基礎概念を領得することの緊要なのは,あまりにも当然である.実際,初等解析函数論は,前世紀の解析入門であつた所謂代数解析の現代化に過ぎない.
予修書としての解析概論は繁冗を厭うて簡明を尚ぶこと勿論であるが,本書が著者の予想を裏切て意外に部厚になつた一つの原因は講義式の叙述にある.数学の解説法に於て,著しく対蹠的な二つの様式が認められる.その一つを仮に教本式といふならば,ユウクリッドの幾何学原本がその典型とされてゐたものである.それは既成の理論を整理して,それを論理的の系統に従つて展開する方法で,その特色は正確と簡潔と,さうして難読とにある.教本式に整理されたる理論は精巧なる作為物であつても,それが内蔵する複雑なる機構の秘密を看破する為には,所謂行と行との中間の空白を読むことを要するであらう.難読なる所以がそこにある.所謂講義式は反対で,数学上の概念発生の源を尋ね,理論進展の蹤を追ふ方法であるが,その短所は冗長,一般に粗雑,細目に於ては殆ど恒に未完成なる所にある.理論の根幹を掴むことを主眼として,それを枝葉にまで敷衍するに遑なく,洗練を読者に一任することが止むを得ないからである.教本式の長所と講義式の短所とは斯の如くであるが,試にその裏を言うて見るならば,教本式は既成数学を型に入れて,それを一つの現存物として,言はば一つの閉集合として取扱ふ嫌があるが,講義式では境界は開放的で,数学を活き物として,その生長の一つのフェイズを捕へんとする所に若干の新鮮味が有り得るであらう.この外,全書式ともいふべきものは,約言すれば数学現状の展覧会で,精粗錯雑,玉石同架である.それは玄人向きで,解析概論に於ては先づは問題外であらう.解析概論に於て,最理想的なる方法は,理論の大局に於ては講義式,細節に於ては教本式に則つて,尚その上に慾を言へば,全書式の各部門から成るべく多くのサンプルを取入れて,全体を具合よく調合するのであらうが,具合よくといふ所に無限の要求がある.このやうな理想を念頭に置きつつ,本書を書きは書いたが,固より具合よくは行くないで校了の後,甚だ不出来に終つたことを痛感したことであつた.
解析概論に取入れるべき材料の取捨が他の一つの困難なる問題である.根幹を取つて枝葉を捨てることは当然でも,根幹と枝葉との境界は必ずしも分明でなく,実は確定でもない.その上に伝統の顧慮がある.一例として指数函数,三角函数を取つて見る.彼等は初等解析に於て王位を占めるものであるが,その古典的導入法は,全く歴史的,従つて偶発的で,頗る非論理的と言はねばなるまい.さて解析概論に於て,その歴史的発生を無視することが許されないとするならば,これらの函数の合理的導入法を述べる上に,古典的導入法が偶発的である所以をも説くことが,解析概論に課せられる迷惑な任務といふものであらう.このやうな事例は一二にして止まらない.リイマン式積分の解説の為にパルプを惜むことを得ないのも同様の事情に由来する.本書を理想的の薄さに止め得なかつた他の原因がここにある.若しも読了の後,読者が自ら不急の部分を抹消して,自家用の教本式体系を作成するならば著者の目的は始めて達成されるのである.
本書に取入れた材料に少しも特異なものはないが,その排列に関しては,思考節約を方針として,若干考慮を費やした.一例を言へば,次元(独立変数の数)に無関係なる事項は一所に置いて,それを一般に最印象的なる二次元に即して解説した.次元が物を言ふ所は,勿論次元に従つて配置したが,始めから一変数・多変数といふやうな形式的の対立を設定する必要を認めなかつたのである.解説の方法は前にも述べたが,基礎的の事項に関しては成るべく論証の明確を力めて,応用的の部門に於ては解法の敏活を主として,微細なる論点を読者の補充に委任した.各章の終りに少数の練習問題を配置して,読者の任意使用に供したが,精選を期したのではない.解法の示唆を附記して置いたけれども,誤算の有無は保証されないのだから,固より拘泥すべきでない.問題の多きを貪らなかつたのは,練習の効果を重視したからである.
これは些事ながら,記号と用語に関して弁解を附け加へる.先づ三角函数の記号は.本邦慣行の英米式によつたが,逆三角函数は独仏式の arc を用ゐた.但,逆正切は行掛り上 arc tg の代りに と書いた.これは「合ひの子式」ではあるが,それを日本式にアーク・タンと読めば都合がよいと思うた.複素数 の偏角も,半ば行掛り上,arc と書いた.絶対値の modulus,mod は廃滅既に久しいのに,偏角の argment, は不思議に長命である! 学用語は一般に慣用に従つた.往々著者の口癖を混入したかも知れないが,勿論それを固執する意志を有するのではない.外国語,特に外国人名の仮名書は日本流に読み易いことを希望して,原語の発音に拘泥しない.例へばベクトル (vector),ヂリクレ (Dirichlet) 等々.羃の仮字巾は和算家の先例に藉口して,印刷上の不便を避けたのである.壔を折々筒と書いたのも不精な筆癖である.頻出する「由て,従て,成立つ」等々,正字法の違反も多いであらう.その外,数々の杜撰は読者の寛容を乞はねばならない.
友人彌永昌吉君,菅原正夫君,黒田成勝君は,本書の校正刷を綿密周到に閲読して,多くの有益なる助言を寄与された.茲に特筆して謝意を表明する.
昭和十三年三月
著者
漢字字体対応表
[編集]デザインの差とされるものは省略。しんにょうが二点か一点かのみの違いも省略。旧字の表現は「青空文庫・外字注記辞書」による。あまりに似た字体は見逃している可能性あり。
旧字体 | 新字体 | 主な読み | 主な用例 | 初出頁 |
---|---|---|---|---|
增 | 増 | ゾウ | 0 | |
會 | 会 | カイ | 0 | |
點 | 点 | テン | 0 | |
「言+兌」 | 説 | セツ | 0 | |
擧 | 挙 | キョ | 0 | |
關 | 関 | カン | 0 | |
數 | 数 | スウ | 0 | |
「絶」の「危-厄」に代えて「刀」 | 絶 | ゼツ | 「絶」對収斂 | 0 |
對 | 対 | タイ | 對數 | 0 |
條 | 条 | ジョウ | 條件 | 0 |
「訛-言」 | 化 | カ | 0 | |
「所」の「戸」に代えて「戸の旧字」 | 所 | ショ | 0 | |
從 | 従 | ジュウ | 0 | |
「墸のつくり」 | 著 | チョ | 0 | |
參 | 参 | サン | 0 | |
屆 | 届 | とどく | 0 | |
「にんべん+絆のつくり」 | 伴 | ハン | 0 | |
「二点しんにょう+朮」 | 述 | ジュツ | 0 | |
當 | 当 | トウ | 當然 | 0 |
傳 | 伝 | デン | 傳統 | 0 |
「顧」の「戸」に代えて「戸の旧字」 | 顧 | コ | 0 | |
覽 | 覧 | ラン | 0 | |
緖 | 緒 | ショ | 0 | |
「銓のつくり」 | 全 | ゼン | 0 | |
屬 | 属 | ゾク | 0 | |
豫 | 予 | ヨ | 豫想 | 0 |
體 | 体 | タイ | 0 | |
「螂-虫」の「おおざと」に代えて「月」 | 朗 | ロウ | 0 | |
「てへん+舍」 | 捨 | シャ | 0 | |
讀 | 読 | ドク | 0 | |
「睹のつくり」 | 者 | シャ | 0 | |
兩 | 両 | リョウ | 0 | |
「米+睛のつくり」 | 精 | セイ | 0 | |
「縊のつくり」 | 益 | エキ | 0 | |
「言+蜈のつくり」 | 誤 | ゴ | 0 | |
卷 | 巻 | カン | 0 | |
證 | 証 | ショウ | 證明 | 0 |
圖 | 図 | ト | 1 | |
應 | 応 | オウ | 1 | |
學 | 学 | ガク | 1 | |
册 | 冊 | サツ | 1 | |
「吶のつくり」 | 内 | ナイ | 1 | |
觀 | 観 | カン | 1 | |
與 | 与 | ヨ | 1 | |
「木+皀+旡」 | 概 | ガイ | 1 | |
爲 | 為 | イ | 1 | |
驅 | 駆 | ク | 1 | |
「剪-刀」 | 前 | ゼン | 1 | |
「淌のつくり」 | 尚 | ショウ | 1 | |
敍 | 叙 | ジョ | 1 | |
樣 | 様 | ヨウ | 1 | |
「認」の「刃」に代えて「仞のつくり」 | 認 | ニン | 1 | |
假 | 仮 | カ | 1 | |
「希+攵」の「巾」に代えて「孑」 | 教 | キョウ | 1 | |
「皀+旡」 | 既 | キ | 1 | |
「攤-てへん」 | 難 | ナン | 1 | |
藏 | 蔵 | ゾウ | 1 | |
雜 | 雑 | ザツ | 1 | |
祕 | 秘 | ヒ | 1 | |
發 | 発 | ハツ | 1 | |
「潯のつくり」 | 尋 | ジン | 1 | |
恆 | 恒 | コウ | 1 | |
「てへん+國」 | 掴 | カク | 1 | |
「糸+柬」 | 練 | レン | 1 | |
「女+賺のつくり」 | 嫌 | ケン | 1 | |
「爿+犬」 | 状 | ジョウ | 1 | |
「竹かんむり/(皀+卩) | 節 | セツ | 2 | |
來 | 来 | ライ | 2 | |
「糸+冬」の「冬-夂」に代えて「冫」 | 終 | シュウ | 2 | |
「櫪のつくり」 | 歴 | レキ | 2 | |
「示+見」 | 視 | シ | 2 | |
「(危-厄)/(帚-冖-巾)/心」 | 急 | キュウ | 2 | |
「さんずい+悄のつくり」 | 消 | ショウ | 2 | |
獨 | 独 | ドク | 獨立 | 2 |
變 | 変 | ヘン | 變數 | 2 |
「皀+卩」 | 即 | ソク | 2 | |
「誨のつくり+攵」 | 敏 | ビン | 2 | |
「褶のつくり」 | 習 | シュウ | 2 | |
「二点しんにょう+饌のつくり」 | 選 | セン | 2 | |
效 | 効 | コウ | 2 | |
號 | 号 | ゴウ | 2 | |
辯 | 弁 | ベン | 2 | |
佛 | 仏 | ブツ | 2 | |
「絆のつくり」 | 半 | ハン | 3 | |
廢 | 廃 | ハイ | 3 | |
國 | 国 | コク | 3 | |
黑 | 黒 | コク | 3 | |
「玄+玄」 | 茲 | シ | 3 |