初恋


ふりがな付き版[編集]

まだあげ初《そ》めし前髪《まえがみ》の
林檎《りんご》のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛《はなぐし》の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたえしは
薄紅《うすくれなゐ》の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情け《なさけ》に酌《く》みしかな

林檎畠の樹《こ》の下《した》に
おのづからなる細道は
誰《た》が踏みそめしかたみとぞ
問ひたまふこそこいしけれ

このファイルについて[編集]

  • 底本: 日本の詩歌 1 島崎藤村 中央公論社、1967年9月18日 初版発行
  • 初出: 『若菜集』 1897年

※底本中の表記についての説明: ○常用漢字使用、旧かなづかいは、底本のとおり。○《》内は、底本のふりがな。(青空文庫テキスト型式に準じた。)