光緒二十年対日宣戦詔書

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        淸帝宣戰の詔敕

朝鮮國は二百餘年我屬邦たり此間朝鮮國が貢物を我に納めたるの事實は世界の知る所なり過去十二年間朝鮮は荐りに內亂に苦しめられたり朕は此小屬國を憐み屡之が援助をなし終に朝鮮の利益を保護するため駐在官を京城に置けり而して本年四月(陰暦)內亂復起り國王は之を鎭定せん爲め切に救助を請へり是に於て朕は李鴻章に命じて朝鮮に兵を送らしむ我兵牙山に達して內亂忽ち鎭定せり然るに日本は何らの理由もなく不意に兵を朝鮮に送り其首府京城に入らしめ尚續々援兵を出して其の數一萬以上に達せり之と同時に日本は百方朝鮮人を威嚇して政府組織を改革すべきことを國王に迫れり是日本の非理なるや明瞭なり朕は從來屡々我屬國を援助したれども未會て其內政に干渉したることなし日韓條約は朝鮮を獨立になすといへども其國民を威嚇せんが爲めに大兵を派遣し國王に迫りて以て其政府の組織を變更せしむるの法律なし故に外國は一致して日本人の處置を非難し日本が朝鮮に送りたる兵に適當の名を與ふる能はざるなり日本は正理に順はず又撤兵の忠告を聽かず朝鮮に於て爲すべき事を穩和に協議せざるのみならず却て自ら其の戰意を示し益々朝鮮に其兵を増せり日本の處置は朝鮮人民竝に朝鮮在留の我商人を恐駭せしむるを以て朕は之を保護する爲に更に兵を送れり然るに朝鮮に到るの半途にして多くの日本舟突然に現はれ我備なき利とし牙山付近の海上に於て我運送船を砲撃し我が豫想し能はざる殘忍の所爲を加へて是を破壞したり日本は條約を破り國際法を無視し且詐欺奸譎の所爲を以て自ら交戰を始め以て各國の非難を招けり故に日本が反對に國際法を破り我忍耐し來りたる條約を破りたるにも拘はらず朕は常に博愛の道に從い此紛擾の間に於て始終充分なる正理に由れることを世界に知らしめんを欲するを以て我各軍隊に嚴命を下し速に日本人を屯在の地より斥攘すべきことを李鴻章に命ぜり李鴻章は現に俘虜と一般の境遇にある朝鮮人を助ける爲め朝鮮に勇壯なる兵を送れり朕は更に滿州の諸將諸總督及び沿海州の各知事竝に各軍隊の司令長官に命じて備をなさしめ我諸港に日本軍艦の闖入するあれば直に之を砲撃破壞せしむる事とせり且戒むるに朕が嚴罰を受くることなからしめんと欲せば朕が命令を守り毫も怠慢なかるべしといふを以てしたり此詔敕は普く一般公衆に知悉せしむ

  光緒二十年七月一日