<聖書<我主イエズスキリストの新約聖書
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
使徒行錄2
1イコニオムに於て、兩人相共にユデア人の會堂に入りて語りければ、ユデア人及びギリシア人の之を信ずる者夥しかりしが、
2信ぜざるユデア人は異邦人の心を煽動し、弟子等に對して怒を起させたり。
3然れど兩人は久しく滯在して、憚る所なく主の爲に盡力し、主は彼等の手によりて徵と奇蹟とを行はしめて、恩寵の敎を保證し給へり。
4然るに町の住民二個に分れて、或はユデア人の味方となり、或は使徒等の味方となりしが、
5異邦人とユデア人と其長等と共に、騷立ちて兩人を辱しめ、又石を擲たんとせしかば、
6兩人覺りてリカオニア[州]の町なるリストラ、デルペン及び其邊の地方に避け、
7彼處にて福音を宣傳へ居たり。
8リストラに足の叶はぬ一人の男坐り居り、生來の跛者にて、曾て步みたる事なかりしが、
9パウロの語れるを聽きければ、パウロ目を之に注ぎて、醫さるべき信仰あるを見、
10汝眞直に立上れ、と聲高く云ひしかば、彼躍上りて步み居たり。
11群集パウロが爲せる事を見て聲を揚げ、リカオニアの方言にて、神々は人の姿にて我等に降り給へり、と云ひて、
12バルナバをヅウスと呼び、パウロを言の長ぜるが故にヘルメスと呼び、
13又町の此方に在るズウスの神官、數多の牡牛と花飾とを門前に携へ來りて、人民と共に犧牲を獻げんとせり。
14使徒等卽ちバルナバとパウロと之を聞くや、己が衣服を裂き、群集の中に跳入りて、
15呼はりつつ云ひけるは、人々よ、何ぞ之を爲せるや、我等も汝等と同じく有情の人間にして、汝等に福音を宣べ、彼空しき物を離れ、汝等をして天、地、海、及び其中に在りと有らゆる物を造り給ひし、活ける神に轉ぜしめんとするなり。
16神は前代に於て萬民が己々の道を步むを措き給ひしも、
17自らを證明し給はざる事なく、天より惠みを垂れ給ひて、雨を降らし實の季節を與へ、食物と欣喜とを以て、我等の心を滿たしめ給ふなり、と。
18兩人是等の事を語りて、辛うじて群集を止め、己等に祭を獻げざらしめたり。
19時に數人のユデア人、アンチオキアとイコニオムとより來り、群集を煽動してパウロに石を擲ち、既に死せりと思ひて町の外に引出だしけるが、
20弟子等之を立圍みけるに、彼起上りて町に入り、翌日バルナバと共にデルペンに出立せり。
21然て兩人此町に福音を宣べて多くの人を敎へし後、リストラとイコニオムとアンチオキアとに戾り、
22弟子等の魂を堅め、信仰に止らん事を勸め、我等は許多の患難を經て神の國に入らざるべからず、と敎へつつありき。
23又彼等の爲に、敎會每に長老を立て、斷食と祈祷とを爲して、彼等を其信仰せる主に委ねたり。
24斯てピシジア[州]を經てパンフィリア[州]に至りしが、
25[都]ペルゲンに於て主の御言を語りてアッタリア[港]に下り、
26其處より出帆して、此度爲遂げたる事業を爲すべき、神の恩寵に委ねられたりし處なるアンチオキアに歸れり。
27然て其處に至りて、敎會の人々を集め、總て神の己等と共に爲し給ひし事、又異邦人に信仰の門を開き給ひし事を報告し、
28久しく弟子等の共に留れり。
1斯て或人々、ユデアより下りて兄弟等に向ひ、汝等モイゼの慣例に從ひて割禮を受くるに非ずば救靈を得ず、と敎へければ、
2パウロとバルナバと、彼等に對して一方ならぬ諍論を爲ししが、信徒はパウロ、バルナバ、及び反對側の數人をエルザレムに上せ、此問題に就き使徒等及び長老等に伺はん事に定めたり。
3然れば彼等敎會に見送られて、フェニケア及びサマリアを經、異邦人感化の事情を具に語りて、兄弟一同に大いなる喜を起させたり。
4一行エルザレムに至りて、敎會と使徒等と長老等とに迎へられ、神の己等と共に爲し給ひし事の次第を告げしが、
5ファリザイ派の中なる數人の信者起ちて、異邦人は割禮を受けざるべからず、又命じてモイゼの律法を守らしむべし、と云ひければ、
6使徒等及び長老等、此事を調べんとて集れり。
7激しき諍論の後、ペトロ立ちて彼等に謂ひけるは、兄弟たる人々よ、久しき以前に、神我等の中より選みて、我口を以て異邦人に福音の言を聞かせ、之を信ぜしめ給ひし事は、汝等の知る所なり。
8且人の心を知り給ふ神は、汝等に賜ひし如く、彼等にも聖靈を賜ひて證明し給ひ、
9信仰によりて彼等の心を潔め、我等と彼等とを聊も隔て給ひしことなし。
10然るを何爲れぞ、汝等神を試みて、我等の先祖も我等も負ふ能はざりし軛を、今弟子等の頚に負はせんとはする。
11我等の救はるるは主イエズス、キリストの恩寵によれりとは、我等の信ずる所にして、彼等も亦然るなり、と。
12會衆皆沈默して、パウロとバルナバとが、異邦人の中に己等を以て神の行ひ給ひし凡ての徵と奇蹟とを語るを聽きたりしが、
13彼等が沈默を保ちたる後、ヤコボ答へて云ひけるは、兄弟たる人々よ、我に聞け、
14シモン既に神始めて異邦人を顧み、其中より己が名を尊ぶ民を取り給ひし次第を述べしが、
15預言者等の言之に合へり、錄して、
16「此後我返りて、倒れたるダヴィドの幕屋を再興し、其崩れたる所を繕ひ、且之を建てん、
17是は他の人々及び、爲に我名を呼ばれたる萬國の異邦人が主を求め得ん爲なり、之を爲し給ふ所の主之を曰ふ」、とあるが如し。
18主は世の始めより己が業を知り給ふ、
19之によりて我思ふに、異邦人より神に歸依する人々を煩はすべからず、
20唯書を贈りて、偶像に捧げられし物と、私通と、絞殺されし獸の肉と血とを戒むべし、
21蓋モイゼの書は、安息日每に會堂に於て讀まれ、之を述ぶる人昔より何れの市町にも在ればなり、と。
22是に於て使徒等、長老等、及び敎會一同に、其中より人を選みて、パウロ、バルナバと共にアンチオキアに遣はすを可しとせり、其人々はバルサバとも呼ばるるユダ、及びシラにして、兄弟中の重立ちたる者なりき。
23彼等の手に托せられし書翰の文に曰く、「使徒等及び兄弟たる長老等、アンチオキアとシリアとシリシアとに在る異邦人たりし兄弟等に挨拶す。
24我等の聞く所に據れば、或人々、我等が命じたる事もなきに、我等の中より出行きて汝等の魂を覆し、言を以て汝等を擾したる由なれば、
25我等一致して人を選み、
26我主イエズス、キリストの御名の爲に生命を惜まざりし人、我等が至愛なるバルナバ及びパウロと共に、汝等に遣はさん事を宜しとせり。
27然ればユダとシラとを遣はしたるが、彼等口づから是等の事を汝等に告げん。
28蓋聖靈と我等とは、左の必要なる事の外、汝等に何等の荷をも負はしめざるを宜しとせり。
29卽ち汝等が偶像に捧げられし物と、血と絞殺されしものと、私通とを絕つべき事是なり。是等の事を愼まば、其にて宜しかるべし、汝等健康なれ、」と。
30然て彼等暇乞してアンチオキアに下り、信徒を集めて書翰を渡ししが、
31人々之を讀みて、慰を得て喜べり。
32ユダとシラとは其身も預言者なれば、多くの談話を以て兄弟を勸め且堅めたりしが、
33暫く此處に留りて後、己を遣はしし者の許に歸らんとて、兄弟等に無事を祝されて暇を乞ひ得たり。
34然れどシラは此處に留るを宜しとせしかば、ユダ一人エルザレムに歸り、
35パウロとバルナバとはアンチオキアに留り、他の數人と共に主の御言を敎へ、福音を宣べつつありき。
36然て數日の後、パウロはバルナバに向ひ、將我等後戾して、曩に主の御言を宣傳へし凡ての市町を巡廻し、其安否を問はん、と云ひしが、
37バルナバはマルコとも呼ばるるヨハネを携へんと思へるに、
38パウロは、彼は曾てパンフィリアにて己等を離れ、共に働かざりし者なれば、之を承容るべからず、と考へ居たりしかば、
39遂に衝突して相別るるに至れり。さればバルナバはマルコを携へてクプロ[島]へ出帆せしが、
40パウロはシラを選みて、兄弟等より神の恩寵に委ねられて出立し、
41シリアとシリシアとを巡りて諸敎會を固め、使徒等及び長老等の規定を守るべき事を敎へ居たり。
1パウロデルベンとルストラとに至りしに、折しも此處にチモテオと云へる弟子あり、信者となりたるユデア敎の婦人の子にて、父はギリシア人なりしが、
2ルストラ及びイコニオムに在る兄弟等は是に好評を與へつつありき。
3パウロ之を伴ひて出發せんと思定め、彼を携へて其地方なるユデア人に對して割禮を施せり。其は彼等皆其父のギリシア人たりしことを知ればなり。
4斯て市町を通る時、エルザレムに居る使徒等及び長老等の規定を守らせんとて、之を人々に渡しければ、
5諸敎會は其信仰を固うせられて、人員も日々に彌增しつつありき。
6兩人フリジア及びガラチア地方を過りしに、聖靈[小]アジアに於て神の御言を語る事を戒め給ひしが、
7又ミジア[州]に至りて、ビチニア[州]へ往かんと試みしも、イエズスの靈之を許し給はざりき。
8斯てミジアを經てトロアデに下りけるに、
9パウロ夜中幻影を示され、一人のマケドニア人立ち居りて己を賴み、マケドニアに渡りて我等を救へ、と云へるを見たり。
10パウロ此幻影を見るや、己等がマケドニア人に福音を傳ふる爲に神より召されたる事を確信して、直にマケドニアへ赴かんと力めたり。
11然て我等トロアデより出帆してサモトラキアへ直航し、翌日ネエプルに至り、
12其處よりマケドニアの取付の都會にして殖民地なるフィリッピに至れり。數日の間此市に留り、
13安息日に當りて市の門外に出で、河の邊の祈場と思しき處に往き、集りたる婦等に坐りつつ語りけるに、
14テアチロ町の紅色染料商にして神を尊べるルヂアと云へる婦之を聽きけるを、主其心を開きて、パウロより言はるる事に傾かしめ給ひ、
15彼一家と共に洗せられしが、願ひて、汝等我を主に忠實なる者とせば我家に入りて留れ、と云ひて、强ひて我等を入らしめたり。
16爰に祈場に往く途中、卜筮の鬼神に憑かれて、卜筮を以て其主人等に許多の利益を得させつつある一人の女、我等に出會ひしが、
17其女パウロと我等の後に從ひつつ呼はりて、此人等は最高き神の僕にして、汝等に救靈の道を告ぐる者なり、と云ひ居たり。
18斯の如くする事數日にして、パウロ甚く心を痛め、回顧りて鬼神に向ひ、我イエズス、キリストの御名によりて、汝に此女より出る事を命ず、と云ひしかば彼卽時に出でたり。
19然るに其主人等は、己が利益の望無くなりたるを見て、パウロとシラとを捕へ、官吏の許に市場まで連行きて、
20官吏に差出し、此人々はユデア人にして、我等の市中を亂し、
21ロマ人たる我等の受くべからず行ふべからざる慣習を傳うる者なり、と云ひ、
22人民も馳來りて使徒等に反對せしかば、官吏は命じて其襦袢を裂かせ、之を鞭たせ、
23多くの傷を負はせて後監獄に送り、固く守るべき由を看守に命じたり。
24看守は斯る命令を受けたれば、二人を奧の監房に入れ、桎にて足を締めたりしが、
25夜半に至り、パウロとシラと祈りて神を贊美し、監獄に居る人々之を聞き居たるに、
26忽ち大地震ありて、監獄は基礎まで震動し、戶は直に悉く開けて、一同の縲絏解けたり。
27看守醒めて監獄の戶を開けたるを見、囚徒の逃げし事と思ひ、刀を拔きて自殺せんとしければ、
28パウロ聲高く呼はりて云ひけるは、自害すな、我等皆此處に在り、と。
29看守燈火を求めて内に入り、戰きつつパウロとシラとの足下に平伏し、
30伴ひて外に出で、君等よ、我何を爲してか救靈を得べき、と云ひしかば、
31彼等云ひけるは、主イエズスを信仰せよ、然らば汝も家族も救靈を得べし、とて、
32看守と其家に在る人々一同とに主の御言を語りしかば、
33看守夜中ながら卽時に兩人を引取りて其傷を洗ひ、己も家族も皆直に洗せられしが、
34尙彼等を自宅に伴ひて之に食卓を備へ、家族一同と共に神を信じて喜べり。
35拂曉に至り、官吏は刑吏を遣はして、彼人々を赦せ、と云はせしかば、
36看守此事をパウロに告げて、官吏汝等を赦せとて人を遣はしたる故、今は出でて恙なく往け、と云ひけるな、
37パウロ刑吏に云ひけるは、彼等は我々を公に鞭たせ、ロマ人たる者を裁判なくして監獄に入れたるに、今竊に我々を追出すか、然あるべからず、彼等來りて、
38自ら我々を出すべし、と。刑吏此事を告げしかば、官吏は其ロマ人たる事を聞きて懼れ、
39來り詫びて二人を伴出で、此市を去らん事ことを乞ひたり。
40斯てパウロとシラとは監獄より出でてルジアの家に入り、兄弟等に逢ひて之を慰め、然て出立したりき。
1其よりアンフィポリとアポロニアとを經てテサロニケに至りしが、此處にユデア人の會堂ありければ、
2パウロ例によりて彼等の中に入り、三の安息日に亘りて、聖書に就きて弁論し、
3キリストが必ず苦しみて死者の中より復活すべかりし事と、我が汝等に告ぐるイエズスがキリストたる事とを說きて論證したるに、
4其中の或人々、及び神を尊べる數多のギリシア人、其他貴婦人等も少からず承服して、パウロとシラとに屬けり。
5然るにユデア人妬を起して、無賴漢の中より數人の惡者を手に屬け、人々を招集して市中を騷がし、又ヤソンの家を圍みてパウロとシラとを人民の前に引出さんと努めたりしが、
6彼等を見付け得ず、ヤソンと數人の兄弟とを市の吏員の許に引行きて、天下を覆したる彼人々此處にも來れるを、
7ヤソンが承容れて、一同にイエズス[と云ふ]王別に在りと稱へ、セザルの敕令に逆らふなり、と叫びつつ、
8人民と之を聞ける市の吏員とを煽動し、
9ヤソン及び其他の人々より保證金を受けて之を赦せり。
10然て兄弟等直に、パウロとシラとを夜の中にベレアへ送りしかば、彼等其處に着きてユデア人の會堂に入りしが、
11此處の人々はテサロニケに在る者等よりは、高尙にして、熱心に言を承け、此事果して然りや否やと、日々聖書を調べ居たり。
12斯て其中に信じたる人多く、ギリシアの貴婦人にも男子にも其數少からざりき。
13然る程にテサロニケに在るユデア人、ベレアにもパウロによりて神の御言の傳はれるを知り、又此處に來りて、群集を煽動して騷がししかば、
14兄弟等卽時にパウロを海邊に至らしめ、シラとチモテオとはベレアに留れり。
15パウロを案内せる人々はアデンスまで送行きしが、シラとチモテオとに成るべく速に我許に來れとの命を、パウロより受けて立歸れり。
16パウロアデンスに在りて彼等を待てる間、此都會の偶像崇拜に耽るを見て憤激し、
17會堂にてはユデア人及びユデア敎に歸依せし人々と論じ、市場にても居合せたる人々と日每に論じ居たり。
18時にエピクリアン及びストイック派の哲學者數人、之と論じ合ひけるが、或人は、此囀人は何を云ふ者ぞ、と云ひ、或人は、彼は新しき鬼神を告ぐる者の如し、と云ひ居たり、是パウロがイエズスと復活との福音を彼等に告ぐればなり。
19斯てパウロをアレオパグに連行きて云ひけるは、汝が說ける此新しき敎は如何なるものぞ、我等之を知ることを得べきか、
20卽ち汝は何等かの新しき事を我等の耳に入るるが故に、我等は其何事なるかを知らんと欲するなり、と。
21蓋アデンス人も寄留人も皆、唯耳新しき何事かを、或は言ひ或は聞きて日を送る者なりき。
22其時パウロアレオパグの中央に立ちて云ひけるは、アデンス人よ我は汝等が萬事に於て宗敎心の甚だ厚きが如きを認む。
23卽ち通りがけに、熟汝等の禮拜物を見て、知れざる神に[獻ぐ]、と記せる祠をも見付けたればなり。然れば我汝等が知らずして尊べる其者をば汝等に告げん。
24世界と其中に在る一切の物とを造り給へる神は、天地の主にて在せば、手にて造れる宮には住み給はず、
25御自萬物に生命と呼吸と一切の事とを賜へば、何等の乏しき所あるものの如く、人手にて事へらるる者に非ず、
26一人よりして地の全面に住ふまでに人類を造爲し給ひ、季節と住居の界とを定め給へるは、
27是人をして神を求め、或は探出さしめん爲なり。然れども彼は、我等面々を離れ給ふ事遠からず、
28蓋彼に在りてこそ、我等は且活き且動き且存在するなれ。汝等が詩人の誰彼も、我等も亦彼が裔なり、と云へるが如し。
29斯く我等は神の裔なれば、神を金、或は銀、或は石、卽ち藝術及び人の想像に由れる彫刻に似たる者と思ふべからず。
30神は斯る蒙昧の時代を見過し給ひて、今人に向ひて、何處にても悉く改心すべしと命じ給ふ。
31蓋日を期し給ひて、其日自ら立て給ひし一個の人、卽ち之を死者の中より復活せしめて萬民の前に保證し給ひたる一人を以て、世界を義に從ひて審かんとし給ふなり、と。
32死者の復活と聞きて、或人々は、嘲笑ひ、或人々は、我等の事に就きて復汝に聽かん、と云へり。
33斯てパウロは、彼等の中より立去りしが、
34之に從ひて信仰せる者數人あり。其中にアレオパグの裁判官ジオニジオ、ダマリスと云へる婦人、其他尙ありき。
1其後パウロアデンスを出でてコリントに至りしが
2クロウヂオ[皇帝]が、ユデア人は皆ロマを去るべしとの命を下しし爲に、近頃イタリアより來れる、ポント生れのアクィラと云へるユデア人と、其妻プリシルラとに遇ひしかば、彼等に近づき、
3同業なりければ、同居して共に仕事を爲し居たり、其は幕屋製造業なりき。
4然て安息日每に會堂に於て論じ、主イエズスの御名を插みて、ユデア人とギリシア人とを勸め居りしが、
5シラとチモテオとマケドニアより來りて後は、パウロ專ら宣敎に從事し、イエズスのキリストたる事をユデア人に證明しけるに、
6彼等之に逆らひ且罵りければ、パウロ衣服を振ひて云ひけるは、汝等の血は汝等の首に歸すべし、我は罪なし、今より異邦人に赴かんとす、と。
7斯て此處を去りて、神を尊べるチト、ユストと云へる人の家に入りしが、其家は會堂の隣にして、
8會堂の司クリスポ其家族一同と共に主を信仰し、又コリント人夥しく敎を聽きて、信じ且洗せられ居たり。
9時に主夜中に幻影を以てパウロに曰ひけるは、懼れずして語れ、默すること勿れ、
10蓋我汝と共に在れば、汝に打蒐りて害する人あらじ、其は我民となるもの此市中に多ければなり、と。
11斯てパウロは一年六箇月の間此處に滯在して、彼等の中に神の御言を敎へたり。
12然るにガルリオがアカヤ[州]の總督たりし時、ユデア人心を合せてパウロに逆らひ、之を裁判所に召連れ、
13此人律法に反して神を尊ぶ事を人に勸む、と云ひければ、
14パウロ口を開かんとしけるを、ガルリオユデア人に向ひて、ユデア人よ、不正の事、極惡の事ならば、我が汝等に聽くは素より道理なれど、
15若敎と名義と汝等の律法とに關する問題ならば、汝等自ら之を視よ、我は斯る事の審判者となるを好まず、と云ひて、
16彼等を法廷より追出しければ、
17彼等皆會堂の司ソステネスを捕へ、裁判所の前にて打擲きたり、然れどガルリオ豪も之を意とせざりき。
18パウロ尙久しく滯在して後、兄弟等に別を告げ、プリシルラ及びアクィラも同船して、シリアへ出帆せしが、早くよりの誓願にて、ケンクレに於て髮を剃りたりき。
19然てエフェゾに至り、彼二人を措きて自らは會堂に入り、ユデア人と論じ居りしが、
20彼等尙久しく留らん事を請ひたれど、諾はずして、
21別れを告げ、神の思召ならば再び汝等に返るべし、と云ひてエフェゾより出發し、
22カイザリアに上陸して[エルザレムに]上り、敎會に挨拶してアンチオキアに下れり。
23パウロアンチオキアに滯在する事暫くにして出發せしが、次第にガラチア地方及びフリジアを巡りて、弟子一同を堅固ならしめたり。
24時に名をアポルロと呼ばれ、能弁にして聖書に達したる、アレキサンドリア生れのユデア人、エフェゾに來りしが、
25此人曾て主の道を敎へられ、唯ヨハネの洗禮を知るのみなりしかど、熱心家にして、イエズスの事を語り、且詳しく敎へつつありき。
26然れば憚る所なく會堂に於て盡力し出でしを、プリシルラとアクィラと聞きて之を誘ひ、尙委しく主の道を說き聞かせたり。
27アポルロアカヤ[州]に往かんと欲しければ、兄弟等書簡を弟子等に贈りて、之を承容れん事を勸めしに、彼往きて後、既に信じたる人々に益する所多かりき。
28其は聖書によりてイエズスのキリストたる事を證明し、勇を振ひて公然ユデア人を說伏すればなり。
1然るにアポルロコリントに居りし時、パウロは高地の方を巡りてエフェゾに來り、或弟子等に遇ひて、
2汝等信者となりて聖靈を蒙りたるか、と云ひしに、彼等、我等は聖靈の在る事すら聞きし事なし、と云ひしかば、
3パウロ云ひけるは、然らば何によりて洗せられたるぞ、と。彼等云へらく、ヨハネの洗禮を受けたるなり、と。
4パウロ云ひけるは、ヨハネは、己の後に來るべき者、卽ちイエズスを信ずべし、と言ひつつ、改心の洗禮を以て人民を洗したるなり、と。
5彼等之を聞きて主イエズスの御名に由りて洗せられ、
6パウロ之に按手せしかば、聖靈彼等の上に降り給ひて、彼等異國語を語り、且預言したり、
7是等の男子凡十二人なりき。
8パウロ會堂に入りて三箇月の間憚らず語り、神の國に就きて論じ、人々を勸め居りしが、
9或は頑固になりて信ぜず、主の道を群衆の前に罵る者ありければ、パウロ彼等を去りて弟子等をも別れしめ、日々チランノと云へる人の敎場にて弁論し居たり。
10斯く爲る事二年に涉りしかば、ユデア人も異邦人も[小]アジアに住める者は總て主の御言を聞くに至り、
11神は又凡ならぬ奇蹟をパウロの手に由りて行ひ給ひ、
12其身より手拭或は帶を取りて病人に着くれば、病ひ彼等を離れ惡鬼立去る程なりき。
13然るに各地を巡るユデアの呪術師の中なる或人々は、パウロが宣ぶるイエズスによりて我汝に命ず、と云ひて、惡鬼に憑かれたる人の上に、試に主イエズスの御名を呼べり。
14斯く爲せるはユデア人なるスケヴァ大司祭の七人の男子なりしが、
15惡鬼答へて、我イエズスを知り、パウロを知れり、然れど汝等は誰ぞ、と云ひて、
16極惡の魔鬼に憑かれたる其人彼等に飛蒐り、二人を取押へて責めしかば、彼等裸體に爲られ傷けられて、其家を逃去れり。
17此事エフェゾに住めるユデア人及びギリシア人一般に知れ渡りしかば、恐怖は一同の上を襲ひて、主イエズスの御名崇められつつありき。
18斯て信仰せる人々多く來り、己が行ひし事を說顯はして之を告白し居り、
19又曾て魔術を行ひたりし人々多く其書籍を持來り、衆人の前にて燒盡ししが、其代價を算りて銀貨五萬なる事を認めたり。
20神の御言の弘まりて勢力を得つつある事斯の如くなりき。
21是等の事を爲遂げて後、パウロ聖靈に勸められて、マケドニア及びアカヤを經てエルザレムへ往かんと志し、我彼處に至りて後ロマをも見ざるべからず、と謂ひて、
22從者の中チモテオとエラストとの二人をマケドニアに遣し、其身は暫く[小]アジアに留れり。
23然て此時に當り、主の道に就きて、一方ならぬ騷動起れり。
24卽ちデメトリオと云へる一人の銀細工屋あり、ヂアナ女神の銀の厨子を造りて、細工人等に得さする利益少からざりしが、
25其細工人及び同業の職工を呼集めて云ひけるは、男等よ、我等の利益が此細工に依れる事は汝等の知る所にして、
26彼パウロが、手にて造れるものは神に非ず、と云ひて、既にエフェゾのみならず、殆全アジアを說勸めて、夥しき人を遠ざからしめし事も、亦汝等の見聞せる所なり。
27之より起る危險は、啻に我等が職業の信用を失ふ耳ならず、ヂアナ大女神の宮も`蔑にせられ、アジア及び世界擧りて崇め奉る大女神の威嚴も失行くべき事是なり、と。
28彼等之を聞きて怒胸に滿ち、叫びて、大いなる哉エフェゾ人のヂアナ、と云へり。
29斯て市中擧りて大いに騷ぎ立ち、相一致して、パウロの友なるマケドニア人ガイオとアリスタルコとを捕へて劇場に押入りたり。
30パウロも群衆の中に入込まんとせしを弟子等許さず、
31又[小]アジアにて國祭を司れる上官中に、パウロの親友なる人々あり、使にて、劇場に立入らざらん事を云ひ遣りしが、
32人々は彼是と叫び居たり、其は會衆混雜して、大方の人は己等が何故に集りしかをさえ知らざればなり。
33斯てユデア人より突遣られたるアレキサンドルを雜踏の中より引出ししに、彼手眞似して靜まらん事を乞ひ、人民に事の由を述べんとしたれど、
34人々彼がユデア人なるを見知るや、皆異口同音に殆二時間に涉りて、大いなる哉エフェゾ人のヂアナ、と叫べり。
35斯て書記官群衆を鎭めて後云ひけるは、エフェゾ人よ、エフェゾの市はヅウスの裔なるヂアナ大女神の宮に事へ奉る者たる事誰かは知らざらん、
36是拒むべからざる事なれば、汝等宜しく穩便にして、何事も輕率に爲すべからず。
37卽ち汝等は此人々を召連れたれども、彼等は宮の物を盜みたるにも非ず、我等の女神を罵りたるにも非ず。
38若しデメトリオ及び其友なる細工人等、或人に就きて訴ふる所あらば、法廷の開かれたるあり、地方總督の在るあり、人々互に告訴すべし。
39汝等若他の問題に就きて議する事あらば、正當の議會に於て之を決するを得べし。
40蓋今日の事に就きては、騷亂の咎を受くる懼あり、其は此集會の事を弁解すべき理由、我等に一もあらざればなり、と。書記官は斯く云ひ終りて散會を告げたり。
1騷亂止みて後、パウロ弟子等を呼集め、奬勵を與へて別を告げ、マケドニアへ往かんとて出立せり。
2斯て彼地方を巡り、許多の談話に人々を勸めてギリシアに至り、
3滯在三箇月にして、シリアへ出帆せんとしたるに、ユデア人等陷穴を設けて待ちければ、マケドニアを經て返らんと決心せり。
4伴ひし人々は、ベレエ生れなるピルロの子ソパテル、テサロニケ人アリスタルコ及びセコンド、デルベン人ガヨ及びチモテオ、[小]アジア人チキコ及びトロフィモなりき。
5彼等皆先ちて、トロアにて我等を待ちしが、
6我等は無酵麪の祭日の後、フィリッピより出帆し、五日間にてトロアに至り、其處に留る事七日なりき。
7週の第一日、我等麪を擘かんとて集りしに、パウロは翌日出立すべきにて人々と論じ居り、夜半まで語續けしが、
8我等が集れる高間に燈火多かりき。
9茲にユチコと云へる青年、窓の上に坐して熟睡したりしに、パウロの語る事尙久しければ、眠りの爲に三階より落ち、取上げたれば既に死したりき。
10パウロ下り往きて其上に伏し、之を掻抱きて云ひけるは、汝等憂ふること勿れ、彼が魂身の中に在り、と。
11斯て又上りて麪を擘き且食し、尙拂曉まで語續けて其儘出立せり。
12然て人々青年の活きたるを連來りしかば、慰めらるる事一方ならざりき。
13爰に我等はアッソスにてパウロを載せんとて、先船に乘りて彼處へ出帆せり、其は彼陸行を企てて斯く豫定したればなり。
14パウロアッソスにて我等に出遇ひしかば、我等は之を載せてミチレネに至り、
15又其處を出帆して翌日キオスの沖合に至り、次日サモスに着し、明日はミレトに至れり。
16蓋パウロ[小]アジアにて暇取らざらん爲、エフェゾに立寄らじと決したるなりき。是成るべくばエルザレムにてペンテコステの日を過さんと急ぎ居たればなり。
17パウロミレトより人をエフェゾに遣はして、敎會の長老等を呼び、
18彼等來集りしかば、パウロ之に謂ひけるは、我が[小]アジアに入りし最初の日より、常に如何にして汝等と共に在りしかは、汝等の知る所なり、
19卽ち一切の謙遜と淚と、ユデア人の企書より我身に起りし患難とに於て主に奉事しつつ、
20汝等に益する所は豪も隱す事なく、之を汝等に知らせ、公にても又家々に就きても汝等を敎へ、
21ユデア人にも異邦人にも、神に對して改心すべき事、我主イエズス、キリストを信仰すべき事を證明したり。
22今我[聖]靈に迫られてエルザレムに赴くなるが、如何なる事の我身に到來すべきかは之を知らず、
23唯聖靈が凡ての市町に於て我に保證し、縲絏と患難と我をエルザレムに待てり、と曰へるを知るのみ。
24然れども是等の事我一も恐しと爲ず、我が行くべき道を喜びて全うし、主イエズスより賜はりたる恩寵の福音を證明するの[聖]役をだに盡し得ば、我生命をも尊しとは爲ざるべし。
25我は知れり、我曾て行廻りて汝等の中に神の國を宣傳へたりしが、看よ、今汝等總て再び我顏を見ざるべし。
26故に我今日汝等に斷言す、衆人の血に就きて我は罪なし、と。
27其は神の思召を洩す所なく、悉く汝等に告げたればなり。
28聖靈は神の敎會、卽ち御血を以て得給ひたる敎會を牧せよとて、汝等を立てて群の上に監督たらしめ給ひたれば、汝等己にも群全體の上にも省みよ。
29我は知れり、我が出立の後、群を惜まざる猛狼、汝等の中に入らんとす。
30又弟子等を誘ひて己に從はせんとて、邪なる事を語る人々、汝等の中にも起るべければ、
31汝等、我が三年の間晝夜となく、淚を以て一人々々汝等を勸めて止まざりし事を、記憶に止めて警戒せよ。
32今や我汝等を神に委ね、又能く建物を造る事と總て聖と爲られたる人と共に嗣たらしむる事とを得給ふものの恩寵の言に委ぬ。
33我が人の金銀衣服を貪りし事なきは、
34汝等の自ら知れるが如し。其は我及び我と共に在る人々の要する所は、此兩手之を供給したればなり。
35斯の如く、働きて弱き人を扶くべき事、「與ふるは受くるよりも福なり」、と主イエズスの曰ひし御言を記憶すべき事を、我は萬事に於て汝等に示せり、と。
36斯く言ひ終りて後、パウロ跪きて一同と共に祈りけるが、
37皆大いに悲歎き、パウロの頚に抱付きて接吻し、
38再び其顏を見ざるべし、と云ひし言によりて殊更に悲みたりしが、人々彼を船まで送行けり。
1我等は漸く彼等に別れて船に乘り、コス[島]に直航して翌日ロデ[島]に至り、其よりパタラ[市]に往きしが、
2フェニケアへ渡海する船に遇ひたれば、之に乘りて出帆し、
3クプロ[島]沖に至り、之を左に見てシリアに渡り、チロに至れり。其は其處にて船荷を卸すべければなり。
4然て弟子等を尋出して、其處に留る事七日なりしが、彼等は[聖]靈によりて、パウロにエルザレムへ上ること勿れ、と謂ひ居たり。
5七日の後出發して往きけるに、彼等皆妻子と共に市外まで送りしかば、我等は海岸に跪きて祈り、
6互に別を告げて、我等は船に乘り彼等は家に歸れり。
7斯て我等チロより海を渡り終てて、プトレマイスに上陸し、兄弟等に挨拶して彼等の許に留る事一日、
8翌日出立してカイザリアに至り、彼七人の一人なるフィリッポ福音師の家に入りて其許に留りしが、
9是に童貞なる四人の女ありて、皆預言しつつありき。
10我等が數日此處に止れる間に、アガポと云へる一人の預言者ユデアより來り、
11我等に近づきてパウロの帶を取り、己が手足を縛りて云ひけるは、聖靈曰はく、エルザレムに於て斯の如く、ユデア人此帶の主をば縛りて異邦人に付さん、と。
12之を聞きて、我等も土地の人々も、エルザレムに上ること勿れと願ひ居たれど、
13パウロ答へて云ひけるは、汝等何爲ぞ泣きて我心を憂ひしむる、我は主イエズスの御名の爲には、エルザレムに於て縛らるる耳ならず、死ぬる覺悟をさえ爲せるなり、と。
14我等は終に說得ずして、主の御旨の儘に成れかし、と云ひて止みたり。
15數日の後、我等は旅支度してエルザレムに上る時、
16カイザリアよりの弟子數人、來りて我等に伴ひ、ムナソンと云へるクプロ生れの古き弟子の許に宿らせんとて、其家に伴ひ行けり。
17エルザレムに至りしかば、兄弟等は我等を歡迎せり。
18翌日パウロ我等と共にヤコボの家に入りしに、長老等皆集りしかば、
19パウロ彼等に接吻して、己が聖役に由りて異邦人の中に神の爲し給ひし事を具に語りけるに、
20彼等聞きて神を賞贊し、且パウロに謂ひけるは、兄弟よ、汝の見る如く、ユデア人の中信じたる者幾萬に及びて、皆律法の熱心家なるが、
21彼等は、汝が異邦人中のユデア人に向ひ、面々の男子等に割禮を授くるに及ばず、慣例に從ふに及ばず、と云ひてモイゼに遠ざかる事を敎ふるを聞けり。
22然て如何にかすべき、彼等は汝が來れる事を聞くべければ、必ず夥しく來集るならん。
23然れば我等が汝に告ぐる所を爲せ、我等に誓願を有せる人四人あり、
24汝彼等を引取りて共に身を潔め、且費用を弁じて其頭を剃り得させよ、然せば人皆、汝に就きて聞きし所の僞にして、汝自ら律法を守りつつ步める事を知るべし、
25異邦人にして信じたる人々に關しては、我等議定して、唯、偶像に獻げられし物と血と絞殺されしものと私通とを避くべし、と書贈れり、と。
26斯てパウロ彼人々を引取り、翌日身を潔めて共に[神]殿に入り、面々の爲に供物を爲さんとて、潔の期日を定めたり。
27七日の終らんとする時、[小]アジアよりのユデア人、パウロを[神]殿の内に見しかば、人民を煽動し、彼に手を懸けて叫びけるは、
28助けよ、イスラエルの男子等、是至る處に人民と律法と此所とに反する事を人々に敎へ、而も異邦人を[神]殿に入らしめて、此聖所を穢せる者なり、と。
29蓋彼等はエフェゾ人なるトロフィモが彼と共に市中に在るを見て、パウロ之を[神]殿に入れたりと思ひしなり。
30是に於て市中擧りて立騷ぎ、人民馳集りてパウロを捕へ、[神]殿の外に引出ししが、門は直に鎖されたり。
31然て人々パウロを殺さんと謀りければ、軍隊の千夫長の許に、エルザレム全く亂れたりとの報告あり、
32千夫長直に、兵卒及び百夫長らを率ゐて人民の所に馳來りしかば、人々千夫長と兵卒とを見て、パウロを打つ事を罷めたり。
33千夫長近づきて之を捕へ、命じて二の鎖にて繫がせ、是は誰なるぞ、何を爲ししぞ、と尋ぬるに、
34群衆の中より口々に彼是と叫び、騷がしさに事實を確むる事能はざれば、命じてパウロを兵營の内に牽入れしめしが、
35階段に至り、パウロ人民の[押合ふ]勢の爲、兵卒に舁上げらるるに及べり、
36其は彼を殺せと叫びつつ、人民夥しく後を慕へばなり。
37パウロ牽かれて兵營に入らんとする時、千夫長に向ひ、我汝に語りて可きか、と云ひしかば彼云ひけるは、汝ギリシア語を知れりや、
38過日騷動を起して四千人の刺客を野に引出ししエジプト人は汝に非ずや、と。
39パウロ之に謂ひけるは、我實はシリシア[州]のタルソ生れなるユデア人にして、隱れなき町の公民なり、乞ふ人民に言ふ事を許せ、と。
40彼許ししかば、パウロ階段に立ちて人民に手眞似したるに、皆沈默したりければ、ヘブレオ語にて語りけるは。
1兄弟にして父たる人々よ、我が汝等に述べんとする事由を聞け、と。
2人々彼がヘブレオ語にて語るを聞きて一層沈默せり。
3斯てパウロ言ひけるは、我はユデア人にして、シリシアのタルソに生れ、此市中に育てられ、先祖の律法の眞理に從ひてガマリエルの足下に敎へられ、律法の爲に奮勵せしは、恰も今日汝等一同の爲せる如くなりき。
4我が男女を縛り且拘留して、死に至らしむるまで此道を迫害せしは、
5司祭長及び長老會が我に就きて證明せるが如し。我又彼等より兄弟等に宛てたる書簡を受け、人々を縛りてエルザレムに牽き、刑を受けしめんとてダマスコへ往きつつありしに、
6ダマスコに近づかんとする途中、日中に忽ち大いなる光ありて我を圍照せり。
7然て地に倒れて、サウロよ、サウロよ、何故に我を迫害するぞ、と我に謂へる聲を聞き、
8主よ、汝は誰ぞ、と答へしに、我は汝が迫害せるナザレトのイエズスなり、と謂はれたり。
9伴侶なる人々は光を見たれど、我に語れる者の聲をば聞分けざりき。
10然て我、主よ、何を爲すべきぞ、と云ひたるに主曰はく、立ちてダマスコに往け、總て汝の爲に定りたる事は其處にて言はるべし、と。
11斯て我は彼光の輝の爲に目見えざれば、伴侶の人に手を引かれてダマスコに至れり。
12然るにアナニアとて、律法を遵奉し敬虔にして、當地に住めるユデア人一般に好評ある人、
13我許に來り側に立ちて、兄弟サウロ、見よ、と言ひしかば我卽時に之を見たり。
14彼又言ひけるは、我等の先祖の神は、汝をして御旨を知り、義なる者を見、其口づから聲を聞かしめん事を豫定し給へり。
15其は汝見聞せし事に就きて、萬民に彼が證人たるべければなり。
16今は何をか躊躇ふぞや、立ちて洗せられよ、御名を賴みて汝の罪を滌去れ、と。
17斯て我エルザレムに返り、神殿にて祈れる折、氣を奪はるる如くになりて、
18主を見奉りしが、主我に向ひて、急げ、早くエルザレムを出でよ、其は人々我に關する汝の證明を承容れざるべければなり、と曰へり。
19其時我、主よ、我が曾て主を信ずる人々を監獄に閉籠め、之を諸會堂にて鞭ちし事、
20又主の證人ステファノの血の流されし時に立會ひ、且贊成して之を殺す人々の上衣を守りたりし事は、彼等の知る所なり、と言ひたるに、
21主我に曰ひけるは、往け、汝を遠く異邦人に遣はすべし、と。
22人々此言まで聽きけるが、是に至りて聲張揚げ、斯る者を地上より取除けよ、活くるに足らず、と謂ひて、
23叫びつつ衣服を脱棄て、且空中に塵を投飛しければ、
24千夫長命じてパウロを兵營に牽入れしめ、又人々が彼に對して斯くまでに叫ぶことの何故なるかを知らんとて、鞭たしめ拷問せしめんとせり。
25然れば人々革紐を以て縛りたるに、パウロ側に立てる百夫長に謂ひけるは、ロマ人にして而も宣告せられざる者を汝等が鞭つこと可きか、と。
26百夫長之を聞きて千夫長に近づき、告げて、汝如何にせんとするぞ、此人はロマの公民なる者を、と云ひしかば、
27千夫長近づきてパウロに謂ひけるは、我に告げよ、汝はロマ人なりや、と。パウロ、然り、と云ひしに、
28千夫長、我は大金を以て此公民權を得たり、と答へしかばパウロ、我は尙生れながらにして然り、と云へり。
29是に於て拷問せんとせし人々忽ち立去り、千夫長も亦、其ロマ公民たる事を知りて後は、之を縛りたるが爲に懼れたり。
30翌日パウロがユデア人に訴へらるる所以を尙詳しく知らんとて、千夫長は其縲絏を釋き、命じて司祭等と全議會とを招集し、パウロを牽出して其前に立たしめたり。
1パウロ議員の方を熟視めて云ひけるは、兄弟たる人々よ、我今日に至るまで、良心を盡して神の御前に事へたり、と。
2是に於て司祭長アナニア、立添へる人々に、パウロの口を打てと命ぜしかば、
3パウロ之に謂ひけるは、白塗の壁よ、神は汝を打ち給はん、汝律法の儘に我を審かんとて坐しながら、律法に反して命じて我を打たしむるか、と。
4立會へる人々、汝神の大司祭を詛ふや、と云ひしに、
5パウロ云ひけるは、兄弟等よ、我其大司祭なる事を知らざりき。蓋錄して「汝が民の君を詛ふこと勿れ」とあり、と。
6パウロ議員の一部はサドカイ人なるに、一部はファリザイ人なる事を知りて、議會に呼はりけるは、兄弟たる人々よ、我はファリザイ人の子にして、ファリザイ人なるが、死人の復活の希望の爲に裁判せらるるなり、と。
7斯く云ひしかば、ファリザイ人とサドカイ人との間に激論起りて、會衆分裂せり。
8其はサドカイ人は復活も天使も靈も無しと言ふを、ファリザイ人は孰れも有りと主張すればなり。
9然て凄じき叫喚となりて、ファリザイ人中の或者等立爭ひて云ひけるは、我等此人に何等の惡をも認めず、若靈又は天使ありて彼に語りたらんには如何、とて、
10激しき爭ひとなりしかば、千夫長パウロが彼等に引裂かれん事を恐れて、兵卒に命じ、下りて彼等の中よりパウロを奪取り、營内に牽入れしめたり。
11次夜、主忽ちパウロの傍に現れて曰ひけるは、勵め、蓋エルザレムに於て我を證したるが如く、ロマに於ても證せざるべからず、と。
12夜明けて、或ユデア人等相集り、誓ひてパウロを殺すまでは飲食すまじと言へり。
13此企に與りし者四十人以上なりしが、
14司祭長と長老等との許に至りて云ひけるは、我等大願を立てて、パウロを殺すまでは何をも口に入れじと誓へり。
15然れば、パウロの事情を尙詳しく知らんとする如くにして、彼を汝等の前に出頭せしむる樣、千夫長に報知せよ、我等其近づかざる中に之を殺さんと覺悟せり、と。
16パウロが姉妹の子、此惡計を聞きて、行きて兵營の内に入りパウロに之を告げしかば、
17パウロ一人の百夫長を呼びて云ひけるは、請ふ此青年を千夫長の許に携へ往け、其は彼に告ぐべき事あればなり、と。
18百夫長携へて之を千夫長の許に導き、然て云ひけるは、囚人パウロ我に請ふに、汝に語るべき事ある此青年を汝の許に導かん事を以てせり、と。
19千夫長青年の手を取りて別所に連行き、我に語るべき事とは何事ぞ、と問ひしかば、
20彼云ひけるは、ユデア人申合せて、パウロの事情を尙確に尋問せんとする如くにして、明日パウロを議會に出頭せしめん事を汝に申出でんとす、
21然れど彼等を信ずること勿れ、其は彼等の中四十人以上の者等、彼を殺すまでは飲食せずと誓ひ、今既に準備して、汝の約束を待ちつつあればなり、と。
22千夫長、此事を我に告げたりと誰にも語ること勿れ、と戒めて青年を返し、
23然て二人の百夫長を呼びて云ひけるは、汝等カイザリアに向けて、兵卒二百人、騎兵七十人、槍持二百人を夜の九時より仕立てさせ、
24又馬を備へてパウロを乘らしめ、無事に總督フェリクスの許へ伴ひ行かしめよ、と。
25是ユデア人がパウロを捕へて殺す事あらば、己賄賂を受けたる如く、後に至りて讒訴せられん事を恐れし故なり。
26然て書添へたる書簡の文左の如し、
27クロウヂオ、ルジア、最尊き總督フェリクスに挨拶す。此人ユデア人に捕へられて既に殺されんとせしを、我其ロマ人たる事を聞き、軍隊を牽往きて救出したるが、
28彼等の之を咎むる所以を知らんと欲して、之を其議會に召連れたるに、
29我は其訴へらるる所が彼等の律法に關する問題たるを認めて、聊も死刑若くは入獄に當る罪あるを認めず、
30加之彼等之を害せんとする企ありと告げられたれば、之を汝の許に送り、告訴人にも、汝の法廷に起訴せよ、と告示せり、汝健康なれ、と。
31然れば兵卒等は命令に從ひ、パウロを携へて夜中にアンチパトリに連行き、
32明日は騎兵を殘して之に伴はしめ、然て己等は兵營に返りしが、
33騎兵はカイザリアに至り、總督に添書を渡して、パウロをも其前に立たしめたり。
34總督添書を讀みて、本國は何國ぞ、と問ひ、其シリシア州なる由を聞きしかば、
35汝の告訴人來りて後汝に聞くべし、と云ひて、命じてパウロをヘロデの邸内に護らしめたり。
1五日の後、司祭長アナニア、或長老等、及びテルトルロと云へる一人の弁士と共に下りて、總督の許にパウロを告訴したり。
2パウロ呼出されければ、テルトルロ訴へを開きて云ひけるは、最尊きフェリクスよ、我等が汝の庇陰によりて泰平の中に生活し、且汝の先見によりて人民の爲に改良せらるる事多きは、
3何時にても何處にても、我等が感謝に堪へざる所なり。
4然て汝の暇を缺くまじきが故に、希はくは例の寬仁を以て、暫く我等に聽かれん事を、
5我等は此人が疫病の如き者にして、世界至る處、凡てのユデア人中に騷亂を牽起し、ナザレト人の一揆の張本にして、
6[神]殿を汚さんとまで努めたる事を認めたり。我等は之を捕へ、我律法に從ひて裁判せんと思ひしに、
7千夫長ルジア不意に來り、多勢を以て我等の手より之を奪去り、
8其告訴人に命ずるに、汝の許に至らん事を以てせり。汝之に聞糺さば、我等が之を告訴する一切の事情を知り得べし、と。
9ユデア人も亦之に加へて、總て其如し、と言へり。
10總督點頭きて發言を許ししかばパウロ答へけるは、我汝が多年此國民の上に判事たる事を知れば、快く我爲に弁解せん。
11蓋汝の了解し得らるるが如く、我が禮拜の爲エルザレムに上りたる後、未十二日以上に達せず、
12又彼等我を[神]殿に認めたるも、人と論じ合へるにも非ず、又會堂にも市中にも、人民を召集したりしにも非ず、
13今我を告訴する點に就きても、彼等は之を證する能はざるなり。
14然りながら我汝に自白せん、卽ち我は彼等が異端と呼べる道に從ひて、我先祖等の神に事へ奉り、凡て律法及び預言者の書に錄したる事を信じ、
15彼等自らも待てる義者不義者の未來の復活を、神に由りて希望するなり。
16我は之に因りて、神に對し又人に對して、良心を常に咎なく保たん事を力む。
17數年を經て我わが國民に施を爲し、且供物と誓願とを爲さん爲に來りしが、
18其際アジアより來りし數人のユデア人我が既に潔められたるを、[神]殿に見付けたれど、群衆もなく騷亂もなかりき。
19我に咎むべき事あらば、彼等こそ汝の前に立ちて告訴すべきなれ。
20若又此人々にして、我が其會議に立ちし時、何等かの不正なる廉を見出したるならば、彼等自ら言ふべし。
21其は唯我が彼等の中に立ち、呼はりて、我が今日汝等に裁判せらるるは、死者の復活に就きてなり、と云ひし一聲の外なかるべし、と。
22フェリクス此道の事を最詳しく知りたりければ、裁判を延期して云ひけるは、千夫長ルジアの下りて後、汝等に聞かん、と。
23斯て百夫長に命ずるに、パウロを寬がしめ、友人の一人にだも之に供給するを禁ずる事なくして護るべき由を以てせり。
24數日の後フェリクス、ユデア人なる其妻ドルジルラと共に來り、パウロを招きてキリスト、イエズスに於る信仰の事を聞きしが、
25パウロ正義と貞操と未來の審判とに就きて論じければ、フェリクス戰きて答へけるは、當分は引取りて在れ、我好き機を得て汝を招かん、と。
26加之フェリクスは、パウロより金を與へられん事を望めるが故に、數次之を招きて語りつつありしが、
27二年を經てポルチオ、フェストを後任者に獲たりければ、ユデア人を喜ばしめんとてパウロを繫ぎたる儘に措けり。
1フェスト赴任して三日の後、カイザリアよりエルザレムに上りければ、
2司祭長等及びユデア人の重立ちたる者、パウロを訴へんとて其許に至り、
3御惠には命じてパウロをエルザレムに連行かしめ給へ、と願へり。是途中に待伏して、彼を殺さんとすればなり。
4フェスト答へて、パウロは守られてカイザリアに在り、我程なく出立すべければ、
5若彼人に罪あらば、汝等の中の然るべき人々、我と共に下りて之を訴ふべし、と言へり。
6斯てフェストは、八日か十日ばかり彼等の中に滯在してカイザリアに下り、翌日法廷に坐し、命じてパウロを引出させしが、
7パウロ召出されければ、エルザレムより下りたるユデア人等之を取圍みて、種々の重罪を負はせたれど、之を證する事能はざりき。
8パウロは自ら弁解して、我ユデア人の律法に對しても、神殿に對しても、セザルに對しても、何らの罪を犯したる事なし、と言へり。
9フェストユデア人を喜ばせんとて、パウロに答へて、汝エルザレムに上り、彼處にて我前に裁判を受けん事を欲するか、と云ひしかば、
10パウロ云ひけるは、我はセザルの法廷に立てり、此處にて裁判せらるべし。汝の能く知れるが如く、我はユデア人に害を加へたる事なし、
11若害を加へたるか、或は死刑に當る何事をか爲したらんには、我死を辭せず、然れど彼等が我に負はする事一も立たずば、誰も我を彼等に交付し得べからず、我セザルに上告す、と。
12是に於てフェスト、陪席と談じて後答へけるは、汝セザルに上告したればセザルの許に往くべし、と。
13數日を經てアグリッパ王及びベルニケは、フェストの安否を問はんとてカイザリアに下り、
14數日間滯在しければ、フェストパウロの事を王に告げて云ひけるは、茲にフェリクスより遺し置かれたる一人の囚人あり、
15我エルザレムに居りし時、司祭長、ユデア人の長老等、我許に來りて、之が宣告を願ひしかど、
16我、何人にもあれ、被告人が原告人と對面して罪を弁解する機を得ざる中に、之を刑罰するは、ロマ人の慣例に非ず、と答へたり。
17是に由て彼等、時を移さず此處に集來りたれば。翌日我法廷に坐し、命じて彼人を引出さしめ、
18原告人等之に立會ひしに、我が嫌疑を懸けたる如き罪をば一點も負はせず、
19己が宗敎及び活き居れりとパウロが斷言せる一人の死者イエズスに關する問題を提出したるのみ、
20我斯る問題には當惑したれば彼人に向ひて、汝エルザレムに至り、是に就きて裁判を受くる事を望むか、と云ひしに、
21パウロはオグストの裁判に保留せらるる樣上告せしかば、我命じて、セザルの許に送るまで守らせ置けり、と。
22アグリッパ、我も彼人に聞きたし、とフェストに謂ひしかば、汝明日之に聞くべし、と云へり。
23翌日アグリッパとベルニケと華美を盡して來り、千夫長及び市の重立ちたる人々と共に公判廷に入りしかば、フェストの命令の下にパウロ引出されたり。
24斯てフェスト云ひけるは、アグリッパ王及び此處に我等と列席せる人等よ、汝等の見る此人は、ユデア人の群衆擧りて我に訴へ、最早活くべき者に非ず、と叫びつつ願ひし者なり。
25然して我は死に値する何等の罪なき事を彼に認めたれど、彼オグストに上告せしにより、之を送付すべしと決せり。
26我君に上書せんとするに確乎なる事實なきを以て、之を汝等の前、殊にアグリッパ王よ、御前に引出し、尋問して上書すべき事柄を得んとす、
27其は囚人を送りて其罪案を書添へざる事の無理なるを惟へばなり、と。
1アグリッパパウロに向ひ、汝自らの爲に弁解する事を許されたるぞ、と云ひしかば、パウロ手を伸べて事由を言出でけるは、
2アグリッパ王よ、我がユデア人より訴へらるる凡ての事に就き、今日御前に弁解せん事は、身に取りて幸とする所なり。
3殊更ユデア人の間に於る慣習も問題も、凡て汝の知る所なれば、願くは忍耐を以て我に耳を籍し給はん事を。
4我が初よりエルザレムにて、我國民の間に營みし少年以來の生活は、ユデア人の皆知る所にして、
5彼等若證明する心あらば、我等が宗敎の最も確なる派に從ひて、ファリザイ人として我が生活せし事は、素より之を知れるなり。
6今も亦神より我等の先祖に爲れし約束に望みを繫くればこそ、我は立ちて裁判を受くるなれ。
7我等の十二族は晝夜となく、一向神を禮拜して、此約束を得ん事を希望するに、王よ、此希望に就きてぞ、我はユデア人より訴へらるる。
8神の死者を復活せしめ給ふ事を、汝等何ぞ信じ難しとする、
9我も實に、ナザレトのイエズスの御名に對して、大いに逆らはざるべからず、と曾ては思ひたりしかば、
10エルザレムに於ても然爲せり、且司祭長等より權力を授りて、多くの聖徒を監獄に閉籠め、且彼等の殺さるる時に之に贊成の投票をなせり。
11又諸會堂に於て數次彼等を罰し、冒涜を迫り、且益彼等に對して狂憤し、外國の市町まで迫害しつつありき。
12斯て司祭長等より權力と許可とを得て、ダマスコに赴きし際、
13王よ、途次日中に、日の輝にも優れる光の我及び伴侶を圍み照せるを見たり。
14我等は皆地に倒れしが、ヘブレオ語にて、サウロよ、サウロよ、何ぞ我を迫害するや、刺ある鞭に逆らふことは汝に取りて難し、と我に謂へる聲を聞けり。
15我、主よ、汝は誰ぞ、と云ひしに主曰はく、我は汝の迫害するイエズスなり、
16但起きて足にて立てよ、我が汝に現れしは、汝を立てて役者と爲し、且汝の既に見し事と、又我が現れて汝に示すべき事に就きて證人たらしめん爲なり。
17我此人民、及び異邦人の手より汝を救はん、汝を彼等に遣はすは、
18彼等の目を開きて暗より光に、サタンの權威より神に立歸らしめ、我に於る信仰に由りて罪の赦と聖徒中の配分とを得させん爲なり、と。
19然ればアグリッパ王よ、我は天の示に背かずして、
20先ダマスコに在る人々に、次にエルザレムに、次にユデア全地方に至り、次に異邦人にまでも彼等が改心すべき事、又改心に相應しき業を爲して、神に立歸るべき事を告げつつありき。
21之が爲に、我が[神]殿に在りし時、ユデア人我を捕へて殺さんと試みたり。
22然れど神御祐によりて、今日に至るまで倒るる事なく、小き人にも、大いなる人にも證明して、云ふ所は、預言者等及びモイゼが、將來起こるべしと語りし事の外ならず。
23卽ちキリストの苦しむべき事、死者の中より先に復活して、人民及び異邦人に光を傳うべき事是なり、と。
24パウロが斯く語りて弁解しつつある程に、フェスト聲高く、パウロよ、汝は狂へるなり、博學汝を狂わせたり、と云ひしかば、
25パウロ [云ひけるは、]最尊きフェストよ、我は狂はず、語る所は眞と常識との言なり。
26蓋[アグリッパ]王は是等の事を知り給へば、我も亦憚らずして之に語る。其は此事、一も片隅に於て行はれたるに非ざれば、王に知れざるものなきを確信すればなり。
27アグリッパ王よ、預言者等を信じ給ふか、我は其信じ給ふを知れり、と。
28アグリッパパウロに向ひ、汝我を說きてキリスト信者たらしむるに、殘れる所僅なり、と云ひしかば、
29パウロ [答へける]は、神の御前に我が望む所は、僅の事に由らず多き事に由らず、獨汝のみならで聞ける人々も亦一同、此縲絏を除くの外は、我が如き者とならん事是なり、と。
30此時王と總督とベルニケと、竝に列座の人々立上りしが、
31退きて後語合ひて、彼は死刑若くは就縛に當る何事をも爲しし事なし、と云へるに、
32アグリッパフェストに謂ひけるは、彼人セザルに上告せざりしならば、免さるべかりしものを、と。
1斯てパウロイタリアへ航海し、且他の囚人等と共に、オグスト隊のユリオと云へる百夫長に付さるべしと決せられしかば、
2我等は[小]アジアの處々に廻航すべきアドラミットの船に乘りて出帆せしが、テサロニケのマケドニア人アリスタルコも、亦我等と共に在りき。
3翌日シドンに至りしに[百夫長]ユリオは懇切にパウロを遇ひ、友人の家に至りて歡待を受くる事を許せり。
4然て此處を出帆して、逆風の爲にクプロ[島]の風下を通り、
5シリシアとパンフィリアとの灘を航して、リシア[州]のミラ[港]に至り、
6此處にてイタリアへ出帆するアレキサンドリアの船を見付けしかば、百夫長我等を之に乘替へさせたり。
7數日の間、船の進行遲く、辛うじてグニド[半島]の沖合に至りしも、尙逆風の爲にサルモネ[岬]に近づき、クレタ[島]の風下を通りて、
8漸く陸に沿ひて、タラサの町に程近き、良港と云へる處に至れり。
9時を經る事既に久しく、斷食節も過ぎし頃とて、航海安全ならざれば、パウロ彼等を警戒して、
10云ひけるは、男子等よ、我は航海の漸く困難と成り、啻に積荷と船と耳ならず、我等の身にも損害多かるべきことを認む、と。
11然れど百夫長は、パウロの云ふ所よりも船長と船主とを信用し、
12此港は冬を過すに不便なればとて、多數の決議によりて此處を發し、成るべくクレタ[島]の一港にして、西南と北西との風下に向へるフェニスに至りて、冬を過ごさん事となれり。
13折しも南風靜に吹きければ、彼等は其目的に叶へりと思ひて碇を上げ、近くクレタ[島]に沿ひて航行しけるに、
14幾程もなくユロアクィロと名くる大風吹荒みしかば、
15船は吹流されて風上に進み得べくもあらず、風に任せて漂ひつつ、
16コウダと云へる[小]島の下に至り、辛うじて小艇を止むるを得たり。
17然て之を引上げしに船員は、シルト[灣]へ吹遣られん事を懼れて、備繩を以て船體を卷縛り、帆を下して其儘に流れけるに、
18烈しき風浪に漂はされて、翌日は積荷を擲ね、
19三日目には手づから船具をも投げたり。
20斯て數日の間日も星も見えず、甚しき風浪に罹りて、我等の助かるべき見込は全く絕果てたり。
21人々飲食せざる事既に久しければ、パウロ彼等の中に立ちて云ひけるは、男子等よ、前に我が言ふ事を聽きて、クレタ[島]を出帆せざりしならば、斯る損害と危險とを免れたりしものを。
22然て我、今は安心せん事を汝等に勸む、其は汝等の中一人も生命を失はずして、船のみ棄るべければなり。
23蓋我が屬する所、事へ奉る所の神の使、昨夜我傍に立ちて、
24云ひけるは、パウロよ恐るること勿れ、汝はセザルの前に出廷せざるべからず、且神は汝と同船せるものを悉く汝に賜ひたるなり、と。
25然れば男子等、心を安んぜよ、其は我に謂はれし如く、然あるべし、と神に由りて信ずればなり。
26我等は必ず或島に至るべし、と。
27斯て第十四夜に至りて、我等アドリア海を航しつつありしに、夜半頃に水夫等何處やらん土地の見ゆる樣に覺えしかば、
28測鉛を投じたるに、廿尋なる事を認め、少しく進みて十五尋なる事を認めたり。
29瀨に觸らん事の恐しければ、艫よりの碇を下して夜の明くるを待ちたりしが、
30水夫は船より迯れま欲しさに、船の