使徒行録叙言 (ラゲ訳)
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
使徒行錄敍言
[編集](一)本書の名。本書は古代より使徒行と稱して、其名は所謂十二使徒の傳記の如くなれども、其實は然らずして、絻に十二使徒の名を始に揭げたるのみ。尙文中使徒等一般の上に涉る事、往々之なきに非ざれども、名ざして其事を載せたるは、パウロと外五人のみにて、而も專ら聖ペトロとの事跡を錄せるものなり。
(二)記者。は聖ルカにして、發端を見れば、本書は是より前に認めし聖ルカ福音書の付錄なるが如く、材料は或は使徒等、或は實見者より聞きし所、又は自ら見聞せし所に取れり。
(三)認めし場所及び年代。處に就きては何の證據もあらざれども、年代は確にエルサレムの滅亡以前、卽ち紀元七十年以前にして、聖パウロの死去に先ちたりしならん。然らざれば其事をも記すべき筈なればなり。本書の終に、パウロのロマに於る二年間の入獄に關する記事の聊之あるを見れば、本書の成れるは、其頃卽ち凡六十三年の頃なるべし。
(四)目的。は蓋讀者の信仰を堅めんとするに在るべし。既にキリスト一代の傳記を述べたるうえに更にキリスト敎傳播の次第を知らしむるは、最も人の信仰を强むべきものなればなり。
(五)區分。本書は二篇に分たる。第一篇は主に聖ペトロの事跡を揭げ、更に之を分てば、第一にエルサレム於る聖會の成立(一章一節乃至八章三節)、第二に異敎人中の布敎の準備發端(八章四節乃至十二章廿五節)を述ぶ。第二篇は專ら聖パウロの傳道及入獄の次第を揭げ、其第一は聖パウロ第一回の傳道旅行及びエルザレムの會議(十三章一節乃至十五章卅五節)、第二は聖パウロ第二回の傳道旅行(十五章卅六節乃至十八章廿二節)、第三は聖パウロ第三回の傳道旅行(十八章三節乃至廿一章十六節)、第四はカイザリア及ロマに於る聖パウロの入獄(廿一章十七節乃至廿八章卅一節)の記事なり。
(六)本書の效益。本書の記事は、紀元三十年より六十三年まで約三十年間に亘れる、キリスト敎會に於る最大切なる事實にして、此頃の事情を詳にせるもの、本書を措きて他に之あることなく、只聖パウロの書簡に聊之に關する記事あれども、本書の如く詳密なるものは、更に之ある事なく、敎會史硏究上に於る本書の價値は極めて大なりとす。之を歷史的見地より觀るも、本書に揭げたる事實は最も詳しくして、之を他書に傳へし所、又現に遺れる所の古跡に照らして、最も信用すべきものと認めらる。