万葉集 (鹿持雅澄訓訂)/巻第十一
古今相聞往来歌類上
2351
2352 新室を踏み鎮む子が
2353 泊瀬の
2354 ますらをの思ひたけびて隠せるその妻
2355 息の緒に
2356 高麗錦紐の
2357 朝戸出の君が
2358 何せむに命をもとな長く欲りせむ生けりとも
2359 息の緒に
2360 人の親の
2361 天なる一つ棚橋何か
2362 山背の
右ノ十二首ハ、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。
2363 岡の崎
2364
2365 うち日さす宮道に逢ひし人妻ゆゑに玉の緒の思ひ乱れて
2366
2367 海原の道に乗れれや
右ノ五首ハ、古歌集ノ中ニ出ヅ。
2368 たらちねの母が手離れかくばかりすべなきことはいまだせなくに
2369 人の
2370 恋ひしなば恋ひも死ねとや玉ほこの道行き人に言も告げなき
2371 心には千たび思へど人に言はず
2372 かくばかり恋ひむものそと知らませば遠く見つべくありけるものを
2373 いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ふはすべなし
2374 かくのみし恋ひし渡れば玉きはる命も知らず年は経につつ
2375
2376 ますらをの
2377 何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひざる先にも死なましものを
2378 よしゑやし来まさぬ君を何せむにいとはず
2379 見渡しの近き渡りを
2380 はしきやし誰が
2381 君が目の見まく欲しけみこの二夜
2382 うち日さす宮道を人は満ち行けど
2383 世の中は常かくのみと思へども半手不忘なほ恋ひにけり
2384 我が背子は
2385 あら玉の年は経れども
2386
2387 日暮れなば人知りぬべみ今日の日の千年のごとくありこせぬかも
2388 立ちて居てたどきも知らず思へども妹に告げねば間使も来ず
2389 ぬば玉のこの夜な明けそ赤らびく朝行く君を待てば苦しも
2390 恋するに死にするものにあらませば我が身は千たび死にかへらまし
2391 ぬば玉の昨日の夕へ見しものを今日の
2392 なかなかに見ざりしよりは相見ては恋しき心いよよ思ほゆ
2393 玉ほこの道行かずしてあらませばねもころかかる恋には逢はじ
2394 朝影に我が身はなりぬ玉かぎるほのかに見えて去にし子ゆゑに
2395 行けど行けど逢はぬ妹ゆゑ久かたの天の露霜に濡れにけるかも
2396 たまさかに我が見し人をいかならむよしをもちてかまた一目見む
2397 しましくも見ぬば恋しき我妹子を日に日に来れば言の繁けく
2398 玉きはる世まで定めて恃めたる君によりてし言の繁けく
2399 赤らびく肌も触れずて寝たれども
2400 いで如何にねもころごろに
2401 恋ひ死なば恋ひも死ねとや我妹子が
2402 妹があたり遠くし見ればあやしくも
2403 山背の久世の川原にみそぎして
2404 思ひ寄り見寄りしものを何すとか一日へだつて忘ると思はむ
2405 垣ほなす人は言へども
2406 高麗錦紐解き開けて夕へだに知らざる命恋ひつつあらむ
2407
2408 眉根掻き鼻
2409 君に恋ひうらぶれ居れば怪しくも
2410 あら玉の年は果つれど敷妙の袖交へし子を忘れて思へや
2411 白妙の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも
2412 我妹子に恋ひすべなかり夢に見むと
2413 故もなく
2414 恋ふること心遣りかね出で行けば山も川をも知らず来にけり
右ノ四十七首ハ、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。
2517 たらちねの母に
2518 我妹子が
2519 奥山の真木の板戸を押し開きしゑや出で来ね後は如何にせむ
2520
2521 かきつはた
2522 恨みむと思ひなづみてありしかば
2523 さ丹頬ふ色には出でじ少なくも心のうちに
2524 我が背子に
2525 ねもころに
2526 待つらむに至らば妹が嬉しみと笑まむ姿を行きて早見む
2527
2528 さ寝ぬ夜は千夜もありとも我が背子が思ひ悔ゆべき心は持たじ
2529 家人は道もしみみに通へども
2530 あら玉の
2531 我が背子がその名のらじと玉きはる命は捨てつ忘れたまふな
2532 おほかたは誰が見むとかもぬば玉の
2533 面忘れいかなる人のするものそ
2534 相思はぬ人のゆゑにかあら玉の年の緒長く
2535 おほかたの
2536 息の緒に妹をし
2537 たらちねの母に知らえず
2538 独り
2539 相見ては千年やいぬるいなをかも
2540 振分けの髪を短み春草を髪にたくらむ妹をしぞ思ふ
2541
2542 若草の
2543
2544 うつつには逢ふよしもなし夢にだに間なく見え君恋に死ぬべし
2545 誰そ彼と問はば答へむすべをなみ君が使を帰しつるかも
2546 思はぬに至らば妹が嬉しみと笑まむ
2547 かくばかり恋ひむものそと思はねば妹が
2548 かくだにも
2549 妹に恋ひ
2550 立ちて思ひ居てもそ思ふ紅の赤裳裾引き去にし姿を
2551 思ふにし余りにしかばすべをなみ出でてそ行きしその門を見に
2552 心には千重しくしくに思へども使を遣らむすべの知らなく
2553 夢のみに見るすらここだ恋ふる
2554 相見ては面隠さるるものからに継ぎて見まくの欲しき君かも
2555
2556 玉垂の
2557 たらちねの母に申さば君も
2558
2559 昨日見て今日こそ隔て我妹子がここだく継ぎて見まくし欲しも
2560 人もなき古りにし里にある人をめぐくや君が恋に死なせむ
2561 人言の繁き
2562 里人の言寄せ妻を荒垣の
2563 人目守る君がまにまに
2564 ぬば玉の妹が黒髪今宵もか
2565 花ぐはし葦垣越しにただ一目相見し子ゆゑ千たび嘆きつ
2566 色に出でて恋ひば人見て知りぬべみ心のうちの
2567 相見ては恋慰むと人は言へど見て後にもそ恋まさりける
2568 おほろかに
2569 思ふらむその人なれやぬば玉の夜ごとに君が夢にし見ゆる
2570 かくのみに恋ひば死ぬべみたらちねの母にも告げつ止まず通はせ
2571
2572 偽りも似つきてそするいつよりか見ぬ人恋ふに人の死にする
2573 心さへ
2574 面忘れだにもえせむやと
2575 めづらしき君見むとこそ左手の弓取る方の
2576
2577 今だにも目な
2578 朝寝髪
2579 早ゆきていつしか君を相見むと思ひし心今ぞ凪ぎぬる
2580
2581 言に言へば耳にたやすし少なくも心のうちに
2582 あぢきなく何の
2583 相見ずて幾ばく久もあらなくに年月のごと思ほゆるかも
2584 ますらをと思へる
2585 かくしつつ
2586 人言を繁みと君に玉づさの使も遣らず忘ると
2587 大原の古りにし里に妹を置きて
2588 夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりそ今もい寝かてにする
2589 相思はず君はあるらしぬば玉の夢にも見えずうけひて
2590 岩根踏み夜道は行かじと思へれど妹によりては忍びかねつも
2591 人言の繁き間守ると逢はずあらばつひにや子らが面忘れなむ
2592 恋死なむ後は何せむ我が命の生けらむ日こそ見まく欲りすれ
2593 敷妙の枕動きてい寝らえず物
2594 行かぬ
2595 夢にだに何かも見えぬ見ゆれども
2596 慰むる心はなしにかくのみし恋ひやわたらむ月に日に
2597 いかにして忘れむものそ我妹子に恋は益されど忘らえなくに
2598 遠くあれど君にそ恋ふる玉ほこの里人皆に
2599 験なき恋をもするか夕されば人の手まきて寝なむ子ゆゑに
2600 百代しも千代しも生きてあらめやも
2601 うつつにも夢にも
2602 黒髪の白髪までと結びてし心一つを今解かめやも
2603 心をし君に
2604 思ひ出でて音には泣くともいちしろく人の知るべく嘆かすなゆめ
2605 玉ほこの道行きぶりに思はぬに妹を相見て恋ふる頃かも
2606 人目多み常かくのみし
2607 敷妙の衣手
2608 妹が袖別れし日より白妙の衣片敷き恋ひつつそ
2609 白妙の袖はまよひぬ我妹子が家のあたりをやまず振りしに
2610 ぬば玉の
2611 今更に君が手枕まき寝めや
2612 白妙の
2613
2614
或ル
眉根掻き誰をか見むと思ひつつ日長く恋ひし妹に逢へるかも
一書ノ歌ニ曰ク、
眉根掻き下いふかしみ思へりし妹が姿を今日見つるかも
2615 敷妙の手枕まきて妹と
2616 奥山の真木の板戸を音速み妹があたりの霜の
2617 あしひきの山桜戸を開き置きて
2618
物に寄せて思ひを
2415
2416 ちはやぶる神に祈れる命をば
2417
2418 いかならむ名負へる神に
2419
2420 月見れば国は
2421
2422 岩根踏み
2423 道の
2424 紐鏡
2425 山科の
2426 遠山に霞たなびきいや遠に妹が目見ねば
2427 この川の瀬々に敷く波しくしくに妹が心に乗りにけるかも
2428 ちはや人宇治の渡の速き瀬に逢はずありとも後は
2429 はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらにこの川の瀬に裳の裾濡れぬ
2430 この川に
2431 鴨川の後瀬静けし後は逢はむ妹には
2432 言に出でて言はば
2433 水の
2434
2435
2436 大船の香取の海にいかり下ろし如何なる人か物
2437 沖つ藻を隠さふ波の
2438 人言の繁けき我妹綱手引く海ゆまさりて深くしぞ
2439 淡海の海沖つ島山奥まけて
2440 淡海の海沖榜ぐ船にいかり下ろし隠れて君が言待つ
2441
2442
2443
2444 白真弓
2445 淡海の海
2446 白玉を巻きてぞ持たる今よりは
2447 白玉を手に巻きしより忘れじと思ふ心はいつか変はらむ
2448 白玉のあひだ空けつつ
2449 香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも
2450 雲間よりさ渡る月のおほほしく相見し子らを見むよしもがも
2451 天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも
2452 雲だにもしるくし立たば心遣り見つつし居らむ直に逢ふまでに
2453 春柳葛木山に立つ雲の立ちても居ても妹をしそ
2454 春日山雲居隠りて遠けども家は思はず君をしそ
2455
2456 ぬば玉の黒髪山の山菅に小雨降りしきしくしく思ほゆ
2457 大野らに小雨降りしく
2458 朝霜の
2459 我が背子が浜吹く風のいや早に早事なさばいや逢はざらむ
2460
2461 山の端に照り
2462 我妹子し
2463 久かたの天照る月の隠ろひぬ何になそへて妹を偲はむ
2464 三日月のさやにも見えず雲隠り見まくぞ欲しきうたてこの頃
2465 我が背子に
2466 浅茅原小野に
2467 道の辺の草深百合の
2468
2469 山ぢさの白露繁みうらぶるる心を深み
2470 湊に根延ふ小菅のねもころに君に恋ひつつありかてぬかも
2471 山背の泉の小菅おしなみに妹を心に
2472
2473 菅の根のねもころ君が結びてし
2474 山菅の乱れ恋のみせしめつつ逢はぬ妹かも年は経につつ
2475 我が屋戸の軒のしだ草生ひたれど恋忘れ草見れどいまだ生ひず
2476 打つ田にも
2477 あしひきの山の山菅ねもころに君し結ばば逢はざらめやも
2478
2479 さね
2480 道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ
2481 大野らにたづきも知らず標結ひてありぞかねつる
2482
2483 敷妙の衣手
2484 君来ずは形見にせよと
2485 袖振るが見ゆべき限り
2486
或ル本ノ歌ニ曰ク、
茅渟の海の潮干の小松ねもころに恋ひや渡らむ人の子ゆゑに
2487 平山の小松が
2488 磯の
2489 橘の本に
2490 天雲に羽打ちつけて飛ぶ
2491 妹に恋ひい寝ぬ
2492 思ふにし余りにしかば
2493 高山の嶺行く鹿
2494 大船に真楫しじ貫き榜ぐ間だにねもころ恋ひし年にあらばいかに
2495 たらちねの母が
2496
2497
2498
2499 我妹子に恋ひし渡れば剣大刀名の惜しけくも思ひかねつも
2500 朝づく日向かふ
2501 里遠み恋ひうらぶれぬ真澄鏡床の辺去らず夢に見えこそ
2502 真澄鏡手に取り持ちて朝な
2503 夕されば床の辺去らぬ黄楊枕何しか
2504 解き衣の恋ひ乱れつつ浮草の浮きても
2505 梓弓引きてゆるさずあらませばかかる恋には逢はざらましを
2506
2507 玉ほこの道行き
右ノ九十三首ハ、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。
2619 朝影に我が身はなりぬ
2620 解き衣の思ひ乱れて恋ふれどもなそ汝がゆゑと問ふ人もなし
2621 摺り衣
2622
2623 紅の八しほの衣朝な
2624 紅の
2625 逢はなくに夕占を問ふと
2626
2627
2628 古の
一書ノ歌ニ曰ク、
古の
2629 逢はずとも
2630 結へる紐解きし日遠み敷妙の我が
2631 ぬば玉の黒髪敷きて長き夜を手枕の
2632 真澄鏡
2633 真澄鏡手に取り持ちて朝な朝な見む時さへや恋の繁けむ
2634 里遠み恋ひ侘びにけり真澄鏡面影去らず夢に見えこそ
右ノ一首ハ、上ニ柿本朝臣人麿ノ歌集ノ中ニ見エタリ。
但シ句々相換レルヲ以テ、茲ニ載セタリ。
2635 剣大刀身に佩き添ふる
2636 剣大刀諸刃の上に行き触れて
2637
2638 梓弓
2639 葛城の
2640 梓弓引きみ
2641 時守の打ち
2642 燈火の影にかがよふうつせみの妹が笑まひし面影に見ゆ
2643 玉ほこの道行き疲れ
2644
2645
2646
2647 横雲の空よ引き越し遠みこそ目言
2648 かにかくに物は思はず飛騨人の打つ墨縄のただ
2649 あしひきの山田
2650
2651 難波人葦火焚く屋の
2652 妹が
2653 馬の
2654 君に恋ひい寝ぬ朝明に誰が乗れる馬の
2655 紅の裾引く道を中に置きて
2656 天飛ぶや軽の社の
2657 神奈備に
2658 天雲の八重雲隠り鳴神の音のみにやも聞きわたりなむ
2659 争へば神も憎ますよしゑやしよそふる君が憎からなくに
2660 夜並べて君を来ませと千早ぶる神の社を
2661
2662 我妹子にまたも逢はむと千早ぶる神の社を祈まぬ日はなし
2663 千早ぶる神の
2664 夕月夜
2665 月しあれば明くらむ
2666 妹が目の見まく欲しけく夕闇の木の葉隠れる月待つごとし
2667 真袖もち床打ち払ひ君待つと居りし間に月かたぶきぬ
2668 二上に隠ろふ月の惜しけども妹が手本を離るるこの頃
2669 我が背子が振り放け見つつ嘆くらむ清き月夜に雲な棚引き
2670 真澄鏡清き月夜のゆつりなば思ひはやまじ恋こそ益さめ
2671 この夜らの有明の月夜ありつつも君をおきては待つ人もなし
2672 この山の嶺に近しと
2673 ぬば玉の夜渡る月のゆつりなば更にや妹に
2674
2675 君が
2676 久かたの天飛ぶ雲になりてしか君を相見む落つる日なしに
2677 佐保の内よ
2678 はしきやし吹かぬ風ゆゑ玉くしげ開きてさ寝し
2679 窓越しに月おし照りてあしひきのあらし吹く夜は君をしそ
2680 川千鳥棲む沢の
2681 我が背子が使を待つと笠も着ず出でつつそ見し雨の降らくに
2682 韓衣君にうち着せ見まく欲り恋ひそ暮らしし雨の降る日を
2683
2684 笠無みと人には言ひて
2685 妹が門行き過ぎかねつ久かたの雨も降らぬかそを由にせむ
2686 夕占問ふ我が袖に置く白露を君に見せむと取れば
2687
2688 待ちかねて内には入らじ白妙の我が衣手に露は置きぬとも
2689 朝露の
2690 白妙の我が衣手に露は置けど妹には逢はずたゆたひにして
2691 かにかくに物は思はじ朝露の我が身ひとつは君がまにまに
2692
2693 かくばかり恋ひつつあらずは朝に日に妹が踏むらむ土ならましを
2694 あしひきの山鳥の尾の
2695 我妹子に逢ふよしをなみ駿河なる富士の高嶺の燃えつつかあらむ
2696 荒熊の住むちふ山のしはせ山責めて問ふとも汝が名は告らじ
2697 妹が名も
或ル本ノ歌ニ曰ク、
君が名も我が名も立てば惜しみこそ富士の高嶺の燃えつつも居れ
2698 行きて見て来れば恋ひしき朝香潟山越しに置きてい寝かてぬかも
2699
2700 玉かぎる岩垣淵の
2701 明日香川明日も渡らむ
2702 飛鳥川水行きまさりいや日
2703
2704 あしひきの山下
2705 はしきやし逢はぬ君ゆゑいたづらにこの川の瀬に玉裳濡らしつ
2706 泊瀬川速み早瀬を
2707 青山の岩垣沼の水隠りに恋ひやわたらむ逢ふよしをなみ
2708 しなが鳥猪名山響み行く水の名のみ寄せてし
2709 我妹子に
2710 犬上の
2711 奥山の木の葉隠りて行く水の音に聞きしよ常忘らえず
2712 言
2713 明日香川ゆく瀬を速み早見むと待つらむ妹をこの日暮らしつ
2714 もののふの
2715 神奈備の折り
2716 高山よ出で来る水の岩に
2717
2718 高山の岩もとたぎち行く水の音には立てじ恋ひて死ぬとも
2719
2720 水鳥の鴨の棲む池の
2721 玉藻刈る井堤のしがらみ薄みかも恋の淀める
2722 我妹子が笠の借手の
2723 あまたあらぬ名をしも惜しみ埋れ木の下よそ恋ふる行方知らずて
2724 秋風の千江の浦
2725
2726 風吹かぬ浦に波立ち無き名をも
2727
2728 淡海の海沖つ島山奥まへて
2729 霰降り遠つ大浦に寄する波よしゑ寄すとも憎からなくに
2730 紀の海の名高の浦に寄する波音高きかも逢はぬ子ゆゑに
2731 牛窓の波の潮騒島とよみ寄せてし君に逢はずかもあらむ
2732 沖つ波
2733 白波の来寄する島の荒磯にもあらましものを恋ひつつあらずは
2734 潮満てば水泡に浮かぶ
2735 住吉の岸の浦
2736 風をいたみいたぶる波のあひだ無く
2737 大伴の御津の白波あひだ無く
2738 大船のたゆたふ海にいかり下ろし如何にせばかも
2739 みさご居る沖の荒磯に寄する波ゆくへも知らず
2740 大船の
2741 大海に立つらむ波は間あらむ君に恋ふらく止む時もなし
2742 志賀の海人の
右ノ一首ハ、或ヒト云ク、石川君子朝臣ガヨメル。
2743 なかなかに君に恋ひずは比良の浦の海人ならましを玉藻刈りつつ
或ル本ノ歌ニ曰ク、
なかなかに君に恋ひずは田児の浦の海人ならましを玉藻刈る刈る
2744
2745 湊入りの葦分け
2746 庭清み沖へ榜ぎ
2747 あぢかまの塩津をさして榜ぐ船の名は
2748 大舟に葦荷刈り積みしみみにも妹が心に乗りにけるかも
2749
2750 我妹子に逢はず久しも
2751 あぢの住む
2752 我妹子を聞き
2753 波の間よ見ゆる小島の浜久木久しくなりぬ君に逢はずして
2754
2755 浅茅原
2756 月草の仮なる命なる人をいかに知りてか後も逢はむちふ
2757
2758 菅の根のねもころ妹に恋ふるにし
2759 我が屋戸の
2760 あしひきの山沢ゑぐを摘みに行かむ日だにも逢はむ母は責むとも
2761 奥山の岩本菅の根深くも思ほゆるかも
2762 葦垣の中の
2763 紅の浅葉の野らに刈る
2764 妹がため命残せり刈薦の思ひ乱れて死ぬべきものを
2765 我妹子に恋つつあらずは刈薦の思ひ乱れて死ぬべきものを
2766 三島江の入江の薦を刈りにこそ
2767 あしひきの山橘の色に出て
2768 葦
2769 我が背子に
2770 道の辺の
2771 我妹子が袖を頼みて真野の浦の小菅の笠を着ずて来にけり
2772 真野の浦の小菅を笠に縫はずして人の遠名を立つべきものか
2773
2774 神奈備の浅篠原のしみみにも
2775 山高み谷辺に
2776 道の辺の草を冬野に踏み枯らし
2777 畳薦へだて編む数通はさば道の柴草生ひざらましを
2778 水底に生ふる玉藻の生ひ出でずよしこの頃はかくて通はむ
2779 海原の沖つ
2780 紫の名高の浦の靡き藻の心は妹に寄りにしものを
2781
2782 さ寝かねば誰とも寝めど沖つ藻の靡きし妹が言待つ
2783 我妹子が如何にとも
2784
2785 咲く花は過ぐ時あれど
2786 山吹のにほへる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ
2787 天地の寄り合ひの極み玉の緒の絶えじと思ふ妹があたり見つ
2788 息の緒に思ふは苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
2789 玉の緒の絶えたる恋の乱れには死なまくのみそまたも逢はずして
2790 玉の緒のくくり寄せつつ末つひに行きは別れず
2791 片糸もち
2792 玉の緒の
2793 玉の緒の間も置かず見まく欲り
2794
2795 紀の国の
2796 水
2797
2798 伊勢の海人の朝な夕なに
2799 人言を繁みと君を鶉鳴く人の
2800
2801 大海の荒磯の洲鳥朝な
2802 思へども思ひもかねつあしひきの山鳥の尾の長きこの夜を
或ル本ノ歌ニ曰ク、
あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長き永夜を一人かも寝む
2803
2804 高山にたかべさ渡り高々に
2805 伊勢の海ゆ鳴き来る
2806 我妹子に恋ふれにかあらむ沖に棲む鴨の浮寝の安けくもなし
2807 明けぬべく千鳥しば鳴く敷妙の君が手枕いまだ飽かなくに
2508
2509 真澄鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の
右
2510 赤駒の
2511
右二首。
2512
右二首。
2513
2514 雷神の光動みて降らずとも
右二首。
2515 敷妙の枕
2516 敷妙の枕に人は言問へやその枕には苔生しにたり
右二首。
以前ノ九首ハ、柿本朝臣人麿ノ歌集ニ出ヅ。
2808
右、上ニ柿本朝臣人麿ノ歌集ノ中ニ見エタリ。
但シ問答ノ故ヲ以テ、
2809 今日しあれば鼻
右二首。
2810 音のみを聞きてや恋ひむ真澄鏡
2811 この言を聞かむとならし真澄鏡照れる月夜も闇のみに見つ
右二首。
2812 我妹子に恋ひてすべなみ白妙の袖返ししは
2813 我が背子が袖返す夜の夢ならしまことも君に逢へりしごとし
右二首。
2814
2815 ま日長く夢にも見えず絶えぬとも我が片恋は止む時もあらじ
右二首。
2816 うらぶれて物な思ひそ天雲のたゆたふ心
2817 うらぶれて物は思はじ水無瀬川ありても水は行くちふものを
右二首。
2818 かきつはた
2819 押し照る難波
右二首。
2820 かくだにも妹を待ちなむさ夜更けて出で来し月のかたぶくまでに
2821
右二首。
2822
2823 かへらまに君こそ
右二首。
2824 思ふ人来むと知りせば八重
2825 玉敷ける家も何せむ八重葎覆へる
右二首。
2826 かくしつつあり慰めて玉の緒の絶えて別ればすべなかるべし
2827 紅の花にしあらば衣手に染め付け持ちて行くべく思ほゆ
右二首。
2828 紅の
2829 衣しも
右の
2830 梓弓弓束巻き替へ中見判さらに引くとも君がまにまに
右の
2831 みさごゐる洲に居る舟の夕潮を待つらむよりは
右の一首は、船に寄せて思ひを喩ふ。
2832 山川に
右の一首は、魚に寄せて思ひを喩ふ。
2833 葦鴨のすだく池水
右の一首は、水に寄せて思ひを喩ふ。
2834 大和の
右の一首は、
2835 ま葛延ふ小野の浅茅を心よも人引かめやも
2836 三島菅いまだ苗なり時待たば着ずやなりなむ三島菅笠
2837 み吉野の
2838 川上に洗ふ若菜の流れ来て妹があたりの瀬にこそ寄らめ
右の
2839 かくしてや猶や成りなむ大荒木の浮田の社の
右の一首は、標に寄せて思ひを喩ふ。
2840 いくばくも降らぬ雨ゆゑ我が背子が御名のここだく
右の一首は、滝に寄せて思ひを喩ふ。