<聖書<我主イエズスキリストの新約聖書
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
ルカ聖福音書4
1イエズス又、人常に祈りて倦まざるべしとて、彼等に喩を語りて曰ひけるは、
2或町に神をも畏れず人をも顧みざる一人の判事ありしが、
3又其町に一人の寡婦ありて、彼に詣り、我に仇する人を處分し給へ、と云ひ居たりしを、
4彼久しく肯ぜざりしかど、其後心の中に謂へらく、我は神をも畏れず人をも顧みざれど、
5彼寡婦の我に煩はしければ、之が爲に處分せん、然せずば、最後には來りて我を打たん、と。
6主又曰ひけるは、汝等彼不義なる判事の謂へる事を聞け。
7神は何爲ぞ、其選み給へる人々の晝夜己に呼はるを處分せずして、其苦しめらるるを忍び給はんや。
8我汝等に告ぐ、神は速に彼等の爲に處分し給ふべし。然りながら人の子の來らん時、世に信仰を見出すべきか、と。
9又己を義人として自ら恃み、他を蔑にせる人々に向ひて、次の喩を語り給へり。
10二人の人祈らんとて[神]殿に昇りしに、一人はファリザイ人、一人は稅吏なりしが、
11ファリザイ人立ちて心の中に祈りけるは、神よ、我は他の人の竊盜者、不正者、姦淫者なるが如くならず、又此稅吏の如くにも非ざる事を、汝に感謝し奉る。
12我は一週間に二回斷食し、全歲入の十分の一を納むるなり、と。
13然るに稅吏は遥に立ちて、目を天に翹ぐる事だにも敢てせず、唯胸を打ちて、神よ、罪人なる我を憫み給へ、と云ひ居たり。
14我汝等に告ぐ、此人は、彼人よりも義とせられて、己が家に降り往けり。蓋總て自ら驕る人は下げられ、自ら遜る人は上げらるべし、と。
15時に人々又、イエズスに觸れしめんとて、孩兒を携へ來りしを、弟子等見て叱りけるに、
16イエズス孩兒を呼寄せて曰ひけるは、子等の我に來るを容して、之を禁ずること勿れ、神の國は斯の如き人の有なればなり。
17我誠に汝等に告ぐ、誰にても孩兒の如く神の國を承くるにあらずば之に入らじ、と。
18一人の重立ちたる者イエズスに問ひて、善き師よ、我何を爲してか永遠の生命を得べき、と云ひしかば、
19イエズス曰ひけるは、何ぞ我を善きと謂ふや、神獨りの外に善きものはあらず。
20汝は掟を知れり、卽ち殺す勿れ、姦淫する勿れ、盜する勿れ、僞證する勿れ、汝の父母を敬へ、と是なり、と。
21彼、我幼年より悉く之を守れり、と云ひしに、
22イエズス之を聞きて曰ひけるは、汝尙一を*けり、悉く汝の有てる物を賣りて、之を貧者に施せ、然らば天に於て寶を得ん、然して後來りて我に從へ、と。
23之を聞きて彼甚く悲しめり、其は富豪なればなり。
24イエズス彼が悲しむを見て曰ひけるは、富める者の神の國に入るは如何に難きぞや、
25蓋駱駝が針の孔を通るも、富者が天國に入るよりは易し、と。
26之を聞ける人々、然らば誰か救はるうことを得ん、と云ひたるに、
27イエズス曰ひけるは、人に叶はざる事も神には叶ふものぞ、と。
28其時ペトロ、然て我等は一切を棄てて汝に從ひたり、と云ひしかば、
29イエズス彼等に曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、誰にもあれ神の國の爲に、或は家、或は兩親、或は兄弟、或は妻、或は子供を離るる人の、
30此世にて更に多くの物を受け、後の世に永遠の生命を受けざるはなし、と。
31斯てイエズス十二人を携へて之に曰ひけるは、我等今度エルザレムに上る、人の子の就きて預言者等の手に錄されたる事は悉く成就せん。
32卽ち彼は異邦人に付され、弄られ、辱められ、唾せられ、
33然て鞭ちたる後、彼等之を殺さん、而して三日目に復活すべし、と。
34十二人は此事等少も解せざりき、蓋此言彼等に隱されて、其言はるる所を曉らざりしなり。
35イエズスエリコに近づき給ふ時、一人の瞽者路傍に坐して施を乞ひ居りしが、
36群衆の過るを聞きて、是は何事ぞと問ひけるに、
37人々ナザレトのイエズスの過ぎ給ふ由を告げしかば、
38彼叫びて、ダヴィドの子イエズスよ、我を憫み給へ、と云へり。
39先てる人々之を叱りて默せしめんとすれども、彼益、ダヴィドの子よ、我を憫み給へ、と叫び居ければ、
40イエズス立止り、命じて之を連來らしめ給ひ、其近づきし時之に問ひて、
41我が汝に何を爲さん事を欲するぞ、と曰ひしに彼、主よ、見えしめ給はん事を、と云へり。
42イエズス曰ひけるは、見えよ、汝の信仰汝を救へり、と。
43彼忽ち見え、神に光榮を歸しつつイエズスに從ひたりしが、民衆之を見て、擧りて神に光榮を歸し奉れり。
1イエズスエリコに入りて步行き給ふに、
2折しもザケオと云へる人あり、卽ち稅吏の長にして、而も富豪なりしが、
3イエズスの何人なるかを見んとすれど、丈低くして群衆の爲に見得ざりければ、
4見ゆる樣にと、前に趨行きて桑葉無花果樹に上れり、其處をば通り給ふべければなり。
5イエズス其所に至りて目を翹げ、彼を見て曰ひけるは、ザケオ急ぎ下りよ、今日我汝の家に宿らざるべからず、と。
6彼急ぎ下りて歡迎せしかば、
7衆人之を見て、イエズス罪人の客となれり、と呟きければ、
8ザケオ立ちて主に云ひけるは、主看給へ、我は我財産の半を貧者に施し、若人を損害せし事あらば、償ふに四倍を以てせんとす、と。
9イエズス之に曰ひけるは、此家今日救を得たり、其は此人もアブラハムの子なればなり。
10蓋人の子の來りしは、亡びたる者を尋ねて救はん爲なり、と。
11人々之を聞きつつ居りしに、イエズス之に加へて一の喩を語り給へり、是身は既にエルザレムに近く、又彼等が神の國直に現るべしと思ひ居れるを以てなり。
12乃ち曰ひけるは、或貴人遠國へ往き、封國を受けて歸らんとて、
13己が家來十人を呼びて金十斤を渡し、我が來るまで商賣せよ、と命じ置きしが、
14國民彼を憎みければ後より使を遣りて、我等は彼人の我王と成る事を否む、と云はせたれど、
15彼封國を受けて歸り來り、曾て金を與へ置きし家來が各商賣して如何許の贏ありしかを知らん爲に、命じて之を呼ばしめしが、
16初の者來りて、主君よ、汝の金一斤は十斤を儲けたり、と云ひしに、
17主人云ひけるは、善し、良僕よ、汝は僅なものに忠なりしが故に十の都會を宰るべし、と。
18次の者來りて、主君よ、汝の金一斤は五斤を生じたり、と云ひしに、
19主人云ひけるは、汝も五の都會を宰れ、と。
20又一人來りて、主君よ、是汝の金一斤なり、我之を袱紗に包置けり、
21其は汝が嚴しき人にして、置かざる物を取り播かざる物を穫るを以て、我汝を懼れたればなり、と云ひしに、
22主人云ひけるは、惡僕よ、我汝を其口によりて鞫かん、汝は我が嚴しき人にして、置かざる物を取り播かざる物を穫るを知りたるに、
23何ぞ我金を銀行に渡さざりしや、然らば我來りて之を利と共に受取りしならん、と。
24斯て立會へる人々に向ひ、彼より其金一斤を取りて、十斤を有てる者に與へよ、と云ひければ、
25彼等、主君よ、彼は既に十斤を有てり、と云ひしかど、
26我汝等に告ぐ、總て有てる人はなお與へられて餘あらん、然れど有たぬ人は、其有てる物までも奪はれん。
27然て己等に我が王たる事を否みし敵等を此處に引來りて、我眼前に殺せ、[と云へり]と。
28斯く曰ひ終りて、先ちてエルザレムに上り往き給へり。
29斯て橄欖山と云へる山の麓なるベトファゲとベタミアとに近づき給ひしかば、弟子等の二人を遣はさんとして、
30曰ひけるは、汝等對面の村に往け、然て之に入らば、何人も未だ乘らざる驢馬の子の繫がれたるに遇はん、其を解きて此處に牽來れ、
31若何故に之を解くぞと問ふ人あらば、主之を用ひんと欲し給ふと云へ、と。
32遣はされたる人々往きて、曰ひし如く小驢馬の立てるに遇ひ、
33之を解く中に其主等、何故に之を解くぞ、と云ふを
34彼等は主之を要し給ふなり、と云ひて、
35イエズスの御許に牽來り、己が衣服を小驢馬に掛てイエズスを乘せたり。
36往き給ふ路次、人々面々の衣服を道に舗きたりしが、
37既に橄欖山の下坂に近づき給ふ時、弟子等の群衆擧りて、曾て見し諸の奇蹟に對して、聲高く神を贊美し始め、
38主の名によりて來れる王祝せられよかし、天には平安、最高き所には光榮あれ、と云ひければ、
39群衆の中より、或ファリザイ人等イエズスに向ひ、師よ、汝の弟子等を戒めよ、と云ひしに、
40イエズス曰ひけるは、我汝等に告ぐ、此人々默せば石叫ぶべし、と。
41イエズス近づき給ふや市街を見つつ之が爲に泣きて曰ひけるは、
42汝も若汝の此日に於てだも、汝に平和を來すべきものの何なるかを知りたらば[福ならんに]、今は汝の目より隱れたり。
43蓋日將に汝に來らんとす、卽ち其敵等、壘を汝の周圍に築き、取圍みつつ四方より迫り、
44汝と其内に在る子等とを地に打倒し、汝には一の石をも石の上に遺さじ、其は汝が訪問せられし時を知らざりし故なり、と。
45イエズス[神]殿に入り、其内にて賣買する人々を逐出し始め給ひ、
46然て之に曰ひけるは、錄して「我家は祈の家なり」とあるに、汝等は之を盜賊の巢窟となせり、と。
47斯て日々[神]殿にて敎へ居給へるを、司祭長、律法學士、及び人民の重立ちたる人々、殺さんとて企み居たれど、
48之を如何にすべきかを想ひ得ざりき、其は人民皆憧れて之に聽き居たればなり。
1一日イエズス[神]殿に於て人民を敎へ、福音を宣べ居給ひけるに、司祭長、律法學士等、長老等と共に集ひ來りて之に向ひ、
2我等に告げよ、汝は何の權を以て此等の事を爲すぞ、又此權を汝に與へし者は誰ぞ、と云いしかば、
3答へて曰ひけるは、我も一言汝等に問はん、我に答へよ、
4ヨハネの洗禮は天よりせしか人よりせしか、と。
5彼等案じ合ひて、若天よりと云はば、何故に之を信ぜざりしぞと云はれん、
6若人よりと云はば人民擧りてヨハネの預言者たる事を確信せるが故に、我等に石を擲たんとて、
7遂に其何れよりせしかを知らず、と答へしかば、
8イエズス彼等に曰ひけるは、我も亦何の權を以て此等の事を爲すかを汝等に告げず、と。
9然てイエズス人民に向ひて、喩を語出し給ひけるは、或人葡萄畑を造り、之を小作人に貸して久く遠方に居りしが、
10季節に至り己に葡萄畑の果を納めしめんとて、一人の僕を小作人等の許に遣はししに、彼等は之を毆ちて空しく歸せり。
11又他の僕を遣はししに、之をも毆ち且辱めて空しく歸し、
12尙第三の者を遣はししに、之をも傷けて遂出せり。
13是に於て葡萄畑に主謂ひけるは、是は如何に爲べき、我は我愛子を遣はさん、彼等之を見ば、或は敬ふならん、と。
14小作人等之を見るや、案じ合ひて、是は相續者なり、率ざ之を殺さん、然すれば家督は我等が有となるべし、と云ひて、
15葡萄畑の外に遂出して之を殺せり。此時に當りて葡萄畑の主、如何に彼等を處分すべきか、
16自ら來りて小作人等を亡ぼし、其の葡萄畑を他の人に付すべきなり、と。司祭長等之を聞きて、然るべからず、と云ひしかば、
17イエズス彼等を熟視めて曰ひけるは、然らば錄して「建築者の棄てたる石は隅石と成れり、
18總て此石の上に墜つる人は碎かれ、又此石誰の上に墜つるも之を微塵にせん」とあるは何ぞや、と。
19司祭長、律法學士等、イエズスが己等を斥して此喩を語り給ひしを曉りければ、卽時に彼を取押へんとせしかど、人民を懼れたり。
20斯て彼等は事の樣を窺ひつつ、イエズスを總督の權威の下に引渡すべき言質を取らしめんとて、己を義人に裝へる間者等を遣はししに、
21彼等イエズスに問ひて云ひけるは、師よ、我等は汝の語り且敎へ給ふ所の正しくして、人を贔屓せず、眞理に據りて神の道を敎へ給ふ事を知れり。
22然て我等セザルに稅を納むるは可きや否や、と。
23イエズス彼等の狡猾なるを慮りて曰ひけるは、何ぞ我を試むるや、
24デナリオを我に示せ、之に在る像と銘とは誰のなるぞ、と。彼等答へてセザルのなり、と云ひしに
25曰はく、然らばセザルの物はセザルに歸し、神の物は神に歸せ、と。
26彼等イエズスの言を人民の前に咎むること能はず、其答に感服して沈默せり。
27又復活を否定せるサドカイ人數人近づきて、問ひて云ひけるは、
28師よ、モイゼが我等に書置きし所によれば、人の兄弟妻を娶りて死し、後に子等無き時は、其兄弟其妻を娶りて、兄弟に子を得さすべきなり。
29然れば爰に兄弟七人ありしに、兄妻を娶り、子なくして死したれば、
30其次なる者之を娶りしが、亦子なくして死せしかば、
31第三の者之を娶り、七人皆同じ樣にして、子を遺さずして死し、
32最後に婦も亦死せり、
33然らば復活の時、彼婦は彼等の中誰の妻たるべきか、其は七人之を娶りたればなり、と。
34イエズス彼等に曰ひけるは、現世の子等は娶嫁すれども、
35來世及び復活に堪へたりとせらるべき人々は、嫁がず娶らざらん、
36蓋最早死する能はず、復活の子なれば天使に等しくして神の子等なり。
37抑死者の復活する事は、モイゼ茨の篇に、主を「アブラハムの神、イザアクの神、ヤコブの神」と稱して之を示せり、
38卽ち死者の神には非ずして、生者の神にて在す、其は人皆之に活くればなり、と。
39或律法學士等答へて、師よ、善く曰へり、と云ひしが、
40其後は何事をも敢て問ふ者なかりき。
41然て彼等に曰ひけるは、キリストをダヴィドの子なりと言ふは何ぞや。
42卽ちダヴィド自ら詩篇に於て曰く、「主我主に曰へらく、
43我汝の敵等を汝の足臺とならしむ迄、我右に坐せよ」と、
44ダヴィド既に之を主と稱するに、彼爭か其子ならんや、と。
45人民皆聞ける中にて、イエズス弟子等に曰ひけるは、
46律法學士等に用心せよ、彼等は敢て長き衣を着て步み、衢にては敬禮、會堂にては上座、宴會にては上席を好み、
47長き祈を裝ひて寡婦等の家を喰盡すなり、彼等は尙大いなる宣告を受くべし、と。
1イエズス目を翹げて、富める人々の賽錢を賽錢箱に投るるを見、
2又一人の貧しき寡婦の二厘を投るるを見て、
3曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、彼貧しき寡婦は凡ての人より多く投れたり。
4其は、彼等は皆其餘れる中より賽錢を投れたるに、彼婦は其乏しき中より有てる活計の料を悉く投れたればなり、と。
5或人々、神殿が美き石及び獻物にて飾られたる事を語れるに、イエズス曰ひけるは、
6汝等の見る此品々、終には一の石も崩れずして石の上に遺らざる日來らん、と。
7彼等又問ひて、師よ、此等の事は何時あるべきぞ、其起らん時には如何なる兆かあるべき、と云ひしに、
8イエズス曰ひけるは、汝等惑はされじと注意せよ、其は多くの人我名を冒して來り、我なり、時は近し、と云ふべければなり。然れば彼等に從ふこと勿れ、
9又戰爭叛亂ありと聞くとも怖るること勿れ、此事等は先有るべしと雖、終は未だ直に來らざるなり、と。
10斯て彼等に曰ひけるは、民は民に、國は國に起逆らひ、
11又處々に大地震、疫病、飢饉あり、天に凶變あり、大いなる兆あるべし。
12然て此一切の事に先ちて、人々我名の爲に汝等に手を下して汝等を迫害し、會堂に、監獄に付し、王侯總督の前に引かん、
13此事の汝等に起るは證據とならん爲なり。
14然れば汝等覺悟して、如何に答へんかと豫め慮ること勿れ、
15其は我、汝等が凡ての敵の言防ぎ言破ること能はざるべき、口と智惠とを汝等に與ふべければなり。
16又汝等は親、兄弟、親族、朋友より賣られ、其中或は彼等に殺さるる者もあるべく、
17又我名の爲に凡ての人に憎まれん。
18然れども、汝等の髮毛の一縷だも失せじ。
19忍耐を以て其魂を保て。
20然てエルザレムが軍隊に取圍まるるを見ば、其時其滅亡は近づきたりと知れ。
21其時ユデアに居る人は山に遁るべく、市中に居る人は立退くべく、地方に居る人は市中に入るべからず。
22此は是刑罰の日にして、錄されたる事總て成就すべければなり。
23然れど其日に當りて孕める人、乳を哺まする人は禍いなる哉、其は地上に大いなる難ありて、怒は此民に臨むべければなり。
24斯て人々は剣の刃に倒れ、捕虜となりて諸國に引かれ、エルザレムは異邦人に蹂躙られ、諸國民の時滿つるに至らん。
25又日、月、星に兆顯れ、地上には海と波との鳴轟きて、諸の國民之が爲に狼狽へ、
26人々は全世界の上に起らんとする事を豫期して、怖ろしさに憔悴ん、其は天上の能力震動すべければなり。
27時に人の子が、大いなる權力と威光とを以て、雲に乘り來るを見ん。
28是等の事起らば、仰ぎて首を翹げよ、其は汝等の救贖はるること近ければなり、と。
29イエズス又彼等に喩を語り給ひけるは、無花果及び一切の樹を見よ、
30既に自ら芽せば、汝等夏の近きを知る。
31斯の如く此事等の起るを見ば、神の國は近しと知れ。
32我誠に汝等に告ぐ、此事の皆成就するまで、現代は過ぎざらん、
33天地は過ぎん、然れど我言は過ぎざるべし。
34自ら愼め、恐らくは汝等の心、放蕩、酩酊、或は今生の心勞の爲に鈍りて、彼日は思はず汝等の上に來らん、
35此は地の全面に住む人間一切の上に、罠の如く來るべければなり。
36然れば汝等、來るべき此凡ての事を迯れ、人の子の前に立つに堪へたる者とせらるる樣、警戒して不斷に祈れ、と。
37イエズス晝は[神]殿にて敎へ、夜は出でて橄欖山と云へる山に宿り居給ひしが、
38人民は、之に聽かんとて、朝早くより[神]殿の内に於て、御許に至り居りき。
1然て過越と稱する無酵麪の祭日近づきけるに、
2司祭長、律法學士等、如何にしてかイエズスを殺すべきと相謀りたれど、人民を懼れ居たり。
3然るにサタン、十二人の一人にしてイスカリオテとも呼ばれたるユダに入りしかば、
4彼往きて、司祭長、官吏等にイエズスを賣る方法を語りしかば、
5彼等喜びて之に金を與えんと約せしに、
6ユダ諾して、群衆の居らざる時にイエズスを付さんものと、機を窺ひ居たり。
7斯て過越[の恙]を屠るべき無酵麪の日來り、
8イエズス、ペトロとヨハネとを遣はさんとして、汝等往きて、我等が食せん爲、過越の備を爲せ、と曰ひしかば
9彼等、何處に備へん事を望み給ふぞ、と云ひしに
10イエズス曰ひけるは、汝等市中に入る時、看よ、水甁を肩にせる人汝等に遇はん、其入る家に隨行きて
11其家の主に向ひ、師汝に謂ひて、我が弟子と共に過越の食事を爲すべき席は何處に在るかと曰ふ、と云へ、
12然らば彼既に整へたる大いなる高間を汝等に示さん、汝等其處にで準備せよ、と。
13彼等往きて見るに、イエズスの曰ひし如くなりしかば、過越の準備を爲せり。
14時至りて、イエズス十二使徒と共に食に就き給ひしが、
15彼等に曰ひけるは、我苦を受くる前に此過越の食事を汝等と共にせん事を切に望めり、
16蓋我汝等に告ぐ、其が神の國にて成就するまでは、我今より之を食せざるべし、と。
17軈て杯を執り、謝して曰ひけるは、取りて汝等の中に分て、
18蓋我汝等に告ぐ、神の國の來るまでは、我葡萄の液を飲まじ、と。
19又麪を取り、謝して之を擘き、彼等に與へつつ曰ひけるは、是汝等の爲に付さるる我體なり、我記念として之を行へ、と。
20晚餐了りて後、杯をも亦斯の如くにして曰ひけるは、此杯は、汝等の爲に流さるるべき我血に於る新約なり。
21然りながら看よ、我を付す人の手我と共に食卓に在り。
22抑人の子は豫定せられし如くにして逝くと雖も、之を付す人は禍なる哉、と。
23斯て弟子等己等の中に於て之を爲さんとする者は誰なるぞ、と互に僉議し始めたり。
24然るに、己等の中大いなりと見ゆべき者は誰ぞ、と爭起りしかば、
25イエズス彼等に曰ひけるは、異邦人の帝王は人を司り、又人の上に權を執る者は恩人と稱せらる、
26然れど汝等は然あるべからず、却て汝等の中に大いなる者は小き者の如くに成り、首たる者は給仕の如くに成るべし。
27蓋食卓に就ける者と給仕する者とは、孰か大いなるぞ、食卓に就ける者ならずや、然れども我が汝等の中に在るは給仕する者の如し。
28汝等は我が患難の中に於て絕えず我に伴ひし者なれば、
29我父の我に備へ給ひし如く、我も汝等の爲に國を備へんとす、
30是汝等をして、我國に於て我食卓に飲食せしめ、又高座に坐してイスラエルの十二族を審判せしめん爲なり、と。
31主又曰ひけるは、シモンシモン、看よ、麥の如く篩はんとて、サタン汝等を求めたり、
32然れど我汝の爲に、汝が信仰の絕えざらん事を祈れり、汝何時か立歸りて、汝の兄弟等を堅めよ、と。
33彼イエズスに向ひ、主よ、我汝と共に監獄にも、死にも至らん覺悟なり、と云ひしかば、
34イエズス曰ひけるは、ペトロ、我汝に告ぐ、今日鷄鳴はざる中、汝三度我を知らずと否まん、と。又彼等に曰ひけるは、
35我が汝等を、財布なく、嚢なく、履なくて遣はしし時、汝等に何の不足かありし、と。
36彼等、無かりきと云ひしかば、曰ひけるは、然りながら今は、財布ある者は之を携へ、嚢をも亦然せよ、無き者は己が上衣を賣りて剣を買へ、
37蓋我汝等に告ぐ、錄して「彼は罪人に列せられたり」とあるも、亦我に於て成就せざるべからず、其は凡我に關する所、將に了らんとすればなり、と。
38弟子等、主よ、見給へ、此處に二口の剣あり、と云ひしかば、イエズス、足れり、と曰へり。
39然て出でて、例の如く橄欖山へ往き給ふに、弟子等も之に從ひしが、
40處に至り給ふや、彼等に向ひて、汝等誘惑に入らざらん爲に祈れ、と曰ひ、
41自らは石の投げらるる程を彼等より引離れて跪き、祈りて
42曰ひけるは、父よ、思召ならば、此杯を我より取除き給へ、然りながら我心の儘にはあらで、思召成れかし、と。
43時に一箇の天使天より現れて力を添へしが、イエズス死ぬばかり苦しみて、祈り給ふ事愈切に、
44汗は土の上に滴りて、血の雫の如くに成れり。
45斯て祈より起上りて、弟子等の許に來給ひしが、彼等が憂の爲に眠れるを見て、
46曰ひけるは、何ぞ眠れるや、起きよ、誘惑に入らざらん爲に祈れ、と。
47尙語り給へる中に、折しも一團の群衆來りしが、十二人の一人なるユダと云へる者先ち居り、イエズスに接吻せんとて近づきしかば、
48イエズス之に曰ひけるは、ユダ、接吻を以て人の子を付すか、と。
49斯てイエズスの周圍に居たる人々事の成行を見て、主よ、我等剣を以て擊たば如何に、と云ひつつ、
50其一人、大司祭の僕を擊ちて、其右の耳を切落せり。
51イエズス答へて、汝等是迄にて容せ、と曰ひ、彼の耳に觸れて之を醫し給へり。
52然て己に近づける司祭長、神殿の司、長老等に曰ひけるは、汝等は、强盜に向ふ如く、剣と棒とを持ちて出來りしか、
53我日々汝等と共に神殿に在りしに、汝等我に手を掛けざりき。然れども今は汝等の時なり、黑暗の勢力なり、と。
54彼等イエズスを捕へて大司祭の家に引行きしかば、ペトロ遥に從ひたりしが、
55彼等庭の中央に炭火を焚きて其周圍に坐せるに、ペトロも其中に坐し居たりき。
56一人の下女、彼が火光に坐せるを見て之を熟視め、此人も彼と共に在りき、と云ひければ、
57ペトロイエズスを否みて、女よ、我彼を知らず、と云へり。
58少頃ありて、又一人の男ペトロを見て、汝も彼等の一人なり、と云ひしに、ペトロ、人よ、我は然らず、と云へり。
59約一時間を經て、又一人言張りて、實に此人も彼に伴ひたりき、是もガリレア人なれば、と云ひしに
60ペトロは、人よ、我汝の云ふ所を知らず、と云ひしが、未だ言終らざるに鷄忽ち鳴へり。
61此時主回顧りて、ペトロを見給ひしかば、ペトロは、鷄鳴はぬ前に汝三度我を否まん、と曰ひたりし主の御言を思起し、
62外に出でて甚く泣出せり。
63衞れる人々、イエズスを打ちて嘲笑ひ、
64御目を掩ひて御顏を打ち、然て問ひて、預言せよ、汝を打てるは誰なるぞ、と云ひ、
65尙之に向ひ冒涜して、樣々の事を云ひ居たり。
66夜の明くると共に、民間の長老、司祭長、律法學士等相集り、イエズスを其衆議所に引きて、汝はキリストなるか、我等に告げよ、と云ひしかば、
67イエズス彼等に曰ひけるは、我汝等に告ぐとも、汝等我を信ぜじ、
68又我問ふとも我に答へず、又我を放たじ、
69然れども今より後、人の子は全能に在す神の右に坐し居らん、と。皆云ひけるは、然らば汝は神の子なるかと。
70イエズス、汝等の云へるが如し、我は其なり、と曰ひしかば、
71彼等云ひけるは、我等何ぞ尙證據を要せんや、自ら其口より聞けるものを、と。
1斯て群衆一同に立上りて、イエズスをピラトの許に引行き、
2之を訟へて云出しけるは、我等此人の我國民を惑はし、セザルに稅を納むる事を禁じ、己を王たるキリストなりと云へるを認めたり、と。
3ピラトイエズスに問ひて、汝はユデア人の王なるか、と云ひしかば、答へて、汝の云へるが如し、と曰へり。
4ピラト司祭長等と群衆とに向ひ、我は此人に罪を認めず、と云ひしかど、
5彼等益言張りて、彼はガリレアを始め此地に至る迄、ユデアの全國に敎へつつ、人民を煽動す、と云へり。
6ピラトガリレアと聞きて、此人はガリレア人なるかと問ひ、
7其ヘロデが權下の者なるを知るや、彼も當時エルザレムに居りければ、イエズスをヘロデの許に送れり。
8ヘロデはイエズスを見て大いに喜べり、是曾て彼に就きて多く聞く所ありて、久しく之に遇はん事を冀ひ、彼によりて行はるる不思議を見んことを望み居たればなり。
9斯て多くの言を以て問ひしかど、イエズス何をも答へ給はず、
10司祭長、律法學士等、傍に立ちて頻に之を訟へければ、
11ヘロデ其兵士等と共に侮辱を加へ、白き衣服を着せて之を調戲り、終にピラトに送還せり。
12ヘロデとピラトとは曾て相讐敵たりしが、此日よりして朋友となれり。
13ピラト、司祭長と官吏と人民とを呼集めて
14云ひけるは、汝等此人を、人民を惑はす者として、我に差出せり。然れども看よ、我之を汝等の前に審問すれども、汝等の訟ふる諸件に就きては、毫も之に罪を見出さず、
15ヘロデも亦然り、卽ち我汝等を彼の許に差廻したりしに、死に當るべき何等の處分もなかりしなり、
16故に我懲らして之を免さんとす、と。
17然て祭日に當りては一人を人民に免さざるを得ざりければ、
18群衆一同に叫びて、此人を除きて、我等にバラバを免せ、と云へり。
19バラバとは、市中に起りし一揆と人殺との爲に、監獄に入れられたる者なり。
20ピラトはイエズスを免さんと欲して、再び彼等に語りしかども、
21彼等又々叫びて、之を十字架に釘けよ、十字架に釘けよ、と云ひ居たり。
22ピラト三度目に彼等に向ひて、此人何の惡事をか爲したる、我は毫も死罪を認めざれば、懲して之を免さんとす、と云ひたるに、
23彼等聲高く、頻に十字架に釘けん事を求め、其聲愈激しければ、
24ピラト彼等の求に應ぜんと決し、
25其求むる儘に、彼人殺と一揆の爲に監獄に入れられたる者を免し、イエズスをば、彼等の意に任せたり。
26彼等イエズスを引行く時、田舎より來懸れるシモンと云へるシレネ人を執へ、强ひてイエズスに後に跟きて十字架を擔はせたり。
27然て夥しき人民、及びイエズスの御身上を泣*てる婦人等、其後に從ひければ、
28イエズス此等を顧みて曰ひけるは、エルザレムの女等よ、我身上を泣くこと勿れ、己を己が子等との身上を泣け。
29看よ、日は將に來らんとす、其時人々は云はん、石女なる者、未だ産まざる腹、未だ哺ませざる乳房は福なりと、
30其時又山に向ひては、我等の上に墜ちよと言ひ、岡に向ひては、我等を覆へと言出さん、
31蓋生木すら斯く爲らるれば、枯木は如何にか爲らるるべき、と。
32然て二人の罪人、殺さるべきにて、イエズスと共に引かれつつありしが、
33髑髏(カルヴァリオ)と云へる處に至りて、イエズスを十字架に釘け、彼强盜をも、一人は右に、一人は左に、磔にしたり。
34斯てイエズスは、父よ、彼等は爲す所を知らざる者なれば、之を赦し給へ、と曰ひけるに、彼等はイエズスの衣服を分ちて鬮取にせり。
35人民は立ちて眺め居たりしが、長等は彼等と共にイエズスを嘲りて、彼は他人を救へり、果して神より選まれたるキリストならば、己を救ふべし、と云ひ、
36兵卒等も亦之を嘲りつつ、近づきて醋を差出し、
37汝若ユデア人の王ならば己を救へ、と云ひ居たり。
38イエズスの上には、ギリシア、ラテン及びヘブレオの文字にて書きたる罪標ありて、「是ユデア人の王なり」とありき。
39彼吊られたる强盜の中、一人は冒涜して、汝キリストならば、己と我等とを救へ、と云へるに、
40一人は答へて之を咎め、汝は同じ刑罰を受けながら、尙神を畏れざるか、
41我等は己が所爲に當る酬を受くるものなれば當然なれども、此人は何の惡をも爲したる事なし、と云ひて、
42又イエズスに向ひ、主よ、御國に至り給はん時、我を記憶し給へ、と云ひけれは、
43イエズス曰ひけるは、我誠に汝に告ぐ、今日汝我と共に樂園に在るべし、と。
44時は殆十二時なりしが、三時に至るまで、地上洽く暗黑と成り、
45日暗みて、神殿の幕中より裂けたり。
46イエズス聲高く呼はりて、父よ、我靈を御手に托し奉る、と曰ひしが、斯く曰ひつつ息絕え給へり。
47百夫長事の顛末を見て、神に光榮を歸し、實に此人は義人なりき、と云ひしが、
48此慘狀に立會ひて、事の次第を見たる群衆も、皆己が胸を打ちつつ歸りたり。
49然れどイエズスの知人、及ガリレアより從ひたりし婦人等は遥に立ちて事の樣を眺め居たり。
50折しも、議員の一人にユデアの町なるアリマラアのヨゼフと名くる人あり、義しき善人にして、
51彼等の決議及處分に同意せず、己も神の國を待ち居りしが、
52ピラトの許に至りてイエズスの御屍を求め、
53取下して布に包み、石を鑿穿ちて作りたる墓の、未だ誰をも葬りし事なきに納めたり。
54恰も用意日にして安息日の曉なりしが、
55ガリレアよりイエズスに伴ひ來りし婦人等後に從ひて、其墓とイエズスの御屍の置かれたる狀態とを見、
56歸りて香料及香油を支度せしかと、安息日の間は掟に循ひて息めり。
1安息日の翌日、婦人等支度せし香料を携へて朝早く墓に至り、
2墓より石の轉ばし退けられたるを見て、
3内に入りけるに、主イエズスの御屍見當らざしかば、
4之に當惑したりしが、折しも輝ける衣服を着けたる二人の男、彼等の傍に立てり。
5彼等懼れて俯きたるに、其二人言ひけるは、何ぞ生者を死者の中に尋ぬるや、
6彼は此處に在さず、復活し給へり。思出せ、未だガリレアに居給ひし時、如何に汝等に語りしかを。
7卽ち、人の子は必ず罪人の手に付され、十字架に釘けられ、三日目に復活すべし、と曰ひしなり、と。
8婦人等此御言を思出し、
9墓より歸りて、一切の事を十一使徒及び他の人々に告げたり。
10使徒等に告げしは、マグダレナ、マリアとヨハンナとヤコボの母マリア及び伴へる婦人等なりしが、
11其言荒誕の樣に覺えて、使徒等は之を信ぜざりき。
12然れどペトロは起ちて墓に走行き、身を屈めて唯布のみ置かれたるを見しかば、有りし次第を心に怪しみつつ去れり。
13然て同日に弟子の二人、エルザレムより約三里を隔てたる、エンマウスと名くる村に往く途中、
14此起りたる凡ての事を語合ひ居たりしが、
15斯く語合ひて僉議しつつある程に、イエズス御自らも近づきて、彼等に伴ひ居給へり。
16然れど彼等の目は之を認めざる樣、覆はれてありき。
17斯て彼等に向ひ、汝等が步みながら語合ひつつ悲しめるは何の談ぞ、と曰ひしかば、
18名をクレオファと云へる一人答へて云ひけるは、汝は獨りエルザレムに於る旅人にして、此頃彼處に起りし事を知らざるか、と。
19イエズス何事ぞ、と曰ひしに彼等言ひけるは、ナザレトのイエズスの事なり、彼は預言者にして、言行ともに神と一般の人民とに對して勢力ありしが、
20我大司祭、及び首領等は、之に死罪を言渡して十字架に釘けたる次第なり。
21我等は、彼こそイスラエルを贖ふべき者なれと、待設け居たりしが、此等の事ありてより今日は早三日目なり。
22然て我等の中の或婦人等も亦我等を驚かせたり、卽ち彼等未明に墓に至りしに、
23イエズスの御屍見當らず、而も天使等の現れて、彼は活き給へりと告ぐるを見たり、と云ひつつ來れり、
24斯て我等の中より或人々墓に往きしに、婦人等の云ひし如くなるを見しも、彼をば見付けざりき、と。
25イエズス彼等に曰ひけるは、嗚呼愚にして預言者等の語りし凡ての事を信ずるに心鈍き者よ、
26キリストは、是等の苦を受けて而して己が光榮に入るべき者ならざりしか、と。
27斯てモイゼ及び諸の預言者を初め、凡ての聖書に就きて、己に關する所を彼等に說明し居給ひしが、
28彼等其之く所の村に近づきし時、イエズス行過ぎんとするものの如くにし給へるを、
29彼等强ひて、日既に傾きて暮れんとすれば、我等と共に留り給へ、と云ひしかば共に入り給へり。
30斯て共に食卓に就き給へるに、麪を取りて之を祝し、擘きて彼等に授け給ひければ、
31彼等の目開けてイエズスを認りしが、忽ちにして其目より消え給へり。
32彼等語合ひけるは、路次語りつつ聖書を我等に說明かし給へる間、我等の心は胸の中に熱したりしに非ずや、と。
33時を移さず、立上りてエルザレムに歸れば、十一使徒及び伴へる人々既に集りて、
34主實に復活してシモンに現れ給ひたり、と云ひ居れるに遇ひ、
35己等も亦、途中にて起りし事、及び麪を擘き給ひし時に主を認めし次第を語れり。
36此等の事を語る程に、イエズス其眞中に立ちて、汝等安かれ、我なるぞ、畏るること勿れ、と曰ひければ、
37彼等驚き怖れて、幽靈を見たりと思へるを、
38イエズス曰ひけるは、汝等何ぞ取亂して心に種々の思を起すや。
39我手我足を見よ、卽ち我自身なり、撫で試みよ、幽靈は、汝等が我に於て見る如き骨肉ある者に非ず、
40と曰ひて手足を彼等に示し給へり。
41彼等歡喜の餘に驚嘆しつつも、猶信ぜざりければ、イエズス、茲に食すべき物ありや、と曰ひ、
42彼等燒魚の一片と、一房の蜂蜜とを呈したるに、
43彼等の前にて食し給ひ、殘を取りて彼等に與へ給へり。
44然て彼等に曰ひけるは、是我が未だ汝等と共に在りし時に、モイゼの律法と預言者等の書と詩篇とに、我に關して錄したる事は、悉く成就せざるべからず、と汝等に語りし事なり、と。
45是に於て聖書を曉らしめん爲に、彼等の精神を啓きて曰ひけるは、
46錄されたる所斯の如く、又キリストは苦を受けて、死者の中より三日目に復活すること、斯の如くなるべかりき。
47又改心と罪の赦とは、エルザレムを始め、凡ての國民に、其名に由りて宣傳へられざるべからず、
48汝等は此等の事の證人なり。
49我は父の約し給へるものを汝等に遣はさんとす、汝等天よりの能力を着せらるるまで市中に留れ、と。
50イエズス終に彼等をベタニアに伴ひ、手を擧げて之を祝し給ひしが、
51祝しつつ彼等を離れて、天に上げられ給ひぬ。
52彼等之を拜し奉り、大いなる喜を以てエルザレムに歸りしが、
53其より常に[神]殿に在りて、神を頌贊し且祝し奉りつつありき、アメン。