<聖書<我主イエズスキリストの新約聖書
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
ルカ聖福音書2
1イエズス其凡ての言を人民に說き聞かせ畢りて、カファルナウムに入り給ひしが、
2或百夫長、己が重んぜる僕の病みて死するばかりなれば、
3イエズスの事を聞くや、ユデア人の長老等を遣はし、來りて其僕を醫し給はん事を請はしめたり。
4彼等イエズスの許に詣りて切に願ひ、彼人は之を爲し給ふに堪へたる者なり、
5其は我が國民を愛し、我等の爲に自ら會堂を建てたればなり、と云ひければ、
6イエズス彼等と共に往き給ひ、既に其家に遠からずなり給へる時、百夫長朋輩を遣はして云はしめけるは、主よ、自ら煩はし給ふこと勿れ、其は我不肖にして、主の我屋根の下に入り給ふに足らざればなり。
7故に我身も御前に詣るに堪へずと思へり。然りながら唯一言にて命じ給へ、然らば我僕痊えん。
8蓋我も人の權下に立つ者ながら、部下に兵卒ありて、此に往けと云へば往き、彼に來れと云へば來り、又我僕に之を爲せと云へば爲すなり、と。
9イエズス之を聞きて感嘆し、從へる群衆を顧みて曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、イスラエルの中にても、斯程の信仰に逢ひし事なし、と。
10斯て遣はされし人々家に歸りて見れば、病みたりし僕既に痊えたりき。
11其後イエズスナイムと云へる町に往き給ふに、弟子等も夥しき群衆も共に往きてありしが、
12町の門に近づき給ふ時、折しも舁出さるる死人あり。是は其母の獨子にて、母は寡婦なり、町の人夥しく之に伴ひ居たり。
13主此寡婦を見給ふや哀を感じ給ひて、泣くこと勿れ、と曰ひつつ、
14近づきて棺に手を觸れ給ひしかば、舁ける人々立止れり。
15イエズス、若者よ、我汝に命ず、起きよ、と曰ふや、死したる者起返りて言ひ始めけるを、其母に與へ給ひしかば、
16人々皆懼を懷き、光榮を神に歸して云ひけるは、大いなる預言者我等の中に起れり、神は其民を顧み給へるなり、と。
17斯て此噂ユデア一般及凡て其周圍の地方に弘まれり。
18ヨハネの弟子等、此一切の事を己が師に告げしかば、
19ヨハネ其弟子の二人を呼びて、來るべき者は汝なるか、或は我等の待つ者は尙外に在るか、と云ひてイエズスに遣はしければ、
20彼等イエズスの許に至りて云ひけるは、洗者ヨハネ我等を汝に遣はして、來るべき者は汝なるか或は我等の待つ者尙外に在るかと云ふ、と。
21當時イエズスは、多くの人を病と傷と惡鬼とより醫し、且多くの瞽者に視力を與へ給ひしが、
22答へて使に曰ひけるは、汝等見聞せし事を、往きてヨハネに告げよ、卽ち瞽者は見え、跛者は步み、癩病者は潔く成り、聾者は聞え、死者は蘇り、貧者は福音を聞かせらる、
23總て我に就きて躓かざる人は福なり、と。
24ヨハネの使去りて後、イエズスヨハネの事を群衆に語出で給ひけるは、汝等何を見んとて荒野に出でしぞ、風に搖かさるる葦か、
25然らば何を見んとて出でしぞ、柔き衣服を着たる人か、看よ、値高き衣服を着て樂しく暮す人々は、帝王の家に在り、
26然らば何を見んとて出でしぞ、預言者か、我汝等に告ぐ、然り預言者よりも優れる者なり、
27錄して「看よ、我使を汝の面前に遣はさん、彼汝に先ちて汝の道を備ふべし」とあるは彼の事なり。
28卽ち我汝等に告ぐ、婦より生れたる者の中に、洗者ヨハネより大なる預言者はあらず、然れど神の國にて最小き人も彼より大いなり。
29彼に聞ける總ての人民稅吏までも、ヨハネの洗禮を受けて神を義しとせり、
30然れどファリザイ人、律法學士等は彼に洗せられずして、己に於る神の御旨を輕んぜり、と。
31主又曰ひけるは、然れば我現代の人を誰にか擬へん、彼等は、誰に似たるぞや、
32恰童等が衢に坐して語合ひ、我等、汝等の爲に笛吹きたれども、汝等踊らず、汝等の爲に嘆きたれども、汝等泣かざりき、と云へるに似たり。
33卽ち洗者ヨハネ來りて、麪を食せず酒を飲まざれば、汝等、彼は惡魔に憑かれたりと云ひ、
34人の子來りて飲食すれば、彼は食を嗜み酒を飲み、稅吏と罪人との友たり、と云ふ。
35然りながら、智惠は其凡ての子に義しとせられたり、と。
36爰に一人のファリザイ人、イエズスに會食せん事を請ひければ、其ファリザイ人の家に入りて、食卓に就き給ひしが、
37折しも其町に罪人なる一個の婦ありて、イエズスがファリザイ人の家にて食卓に就き給へるを聞くや、香油を盛りたる器を持來り、
38イエズスの足下にて其後に立ち、御足を次第に淚にて濡し、己が髮毛にて之を拭ひ、且御足に接吻し且香油を注ぎければ、
39イエズスを招きたるファリザイ人、之を見て心の中に云ひけるは、彼は果して預言者ならば、己に觸るる婦の誰にして如何なる人なるかを、能く知れるならん、彼婦は罪人なるものを、と。
40イエズス答へて、シモンよ、我汝に云ふ事あり、と曰ひければ、彼、師よ、仰せられよ、と云ふに、
41[曰ひけるは]、或債主に二人の負債者あり、一人は五百デナリオ、一人は五十デナリオの負債あるを、
42還すべき由なければ、債主二人を共に免せり、斯て債主を最も愛せん者は孰れなるぞ、と。
43シモン答へて、我思ふに其は多くを免されたる者ならん、と云ひしに、イエズス、汝善く判斷せり、と曰ひ、
44然て婦を顧みてシモンに曰ひけるは、此婦を見るか、我汝の家に入りしに、汝は我足の水を與へざりしを、此婦は淚を以て我足を濡し、己が髮毛を以て之を拭へり。
45汝は我に接吻せざりしに、此婦は入來りてより絕えず我足に接吻せり。
46汝は油を我頭に注がざりしに、此婦は香油を我足に注げり。
47此故に我汝に告ぐ、此婦は多く愛したるが故に、多くの罪を赦さるるなり、赦さるる事少き人は愛する事少し、と。
48斯て彼婦に向ひ、汝の罪赦さる、と曰ひしかば、
49食卓を共にせる人々、心の中に言出でけるは、彼何人なれば罪をも赦すぞ、と。
50イエズス婦に向ひて、汝の信仰汝を救へり、安んじて往け、と曰へり。
1其後イエズス、說敎し且神の國の福音を宣べつつ、町々村々を巡廻し給ひければ、十二使徒之に伴ひ、
2又曾て惡鬼を逐拂はれ、病を醫されたる數人の婦人、卽ち七の惡魔の其身より出でたる、マグダレナと呼ばるるマリア、
3ヘロデの家令クサの妻ヨハンナ及スザンナ、其他多くの婦人ありて、己が財産を以て彼等に供給し居たり。
4然て夥しき人、町々よりイエズスの許に走集りければ、イエズス喩を以て語り給ひけるは、
5種播く人其種を播きに出でしが、播く時或者は路傍に落ちしかば、踏着けられ、空の鳥之を啄めり。
6或者は石の上に落ちしかば、生出たれど、潤なきに由りて枯れたり。
7或者は茨の中に落ちしかば、茨共に長ちて之を蔽塞げり。
8或者は沃壤に落ちしかば、生出でて百倍の實を結べり、と。イエズス此事を曰ひて、聞く耳を有てる人は聞け、と呼はり居給へり。
9弟子等、此喩を如何にと問ひしに、
10曰ひけるは、汝等は神の國の奧義を知る事を賜はりたれど、他の人は喩を以てせらる、是は彼等が見つつ視えず、聞きつつ曉らざらん爲なり。
11此喩は斯の如し、種は神の御言なり、
12路傍の者は聞く人々にして、彼等の信じて救はれざらん爲、後に惡魔來りて言を其心より奪ふなり。
13石の上の者は、聞く時に喜びて言を受くれど、己に根無く、暫く信じて、誘の時には退く人々なり。
14茨の中に落ちしは、聞きたる後、往く往く世の慮と富と快樂とに蔽塞がれて、實を結ばざる人々なり。
15然るに沃壤に落ちしは、善良なる心にて、言を聞きて之を保ち、忍耐を以て實を結ぶ人々なり。
16誰も燈を點して、器を以て之を覆ひ、或は寢臺の下に置く者はあらず、入來る者に明を見せん爲に、之を燭臺の上に置く。
17蓋祕して露れざるはなく、隱れて遂に知れず公にならざるはなし。
18此故に汝等聞方に注意せよ。其は有てる人は尙與へられ、有たぬ人は其有てりと思ふ物をも奪はるべければなり、と。
19然てイエズスの母、兄弟、逢はんとて來りしかど、群衆の爲に近づくこと能はざりしかば、
20汝の母、兄弟汝に逢はんとて外に立てり、と告ぐる者ありしに、
21イエズス答へて人々に曰ひけるは、神の御言を聽き且行ふ人、是我母、兄弟なり、と。
22一日イエズス、弟子等と共に小舟に乘り給ひしに、我等湖の彼方に渡らん、と曰ひて軈て乘出せり。
23斯て渡る間にイエズス眠り給ひしが、暴風湖に吹下し來り、水舟に充ちて危かりければ、
24弟子等近づきて、師よ、我等亡ぶ、と云ひつつイエズスを覺ましたるに、起きて風と怒涛とを戒め給ひしかば、波風息みて凪となれり。
25然て、汝等の信仰何處に在る、と曰ひければ、彼等且怖れ且感嘆して、是を誰と思ふぞ、風も湖も、命じ給へば是に從ふよ、と云合へり。
26又ガリレアに對へるゲラサ人の地方に渡りて、
27上陸し給ひしに、一箇の人ありて之を迎へたり。彼惡魔に憑かれたる事既に久しくして、衣服をも着ず家にも住まず、墓にのみ居りしが、
28イエズスを見るや御前に平伏し、聲高く叫びて、最高き神の御子イエズスよ、我と汝と何の關係かあらん。願くは我を苦しむること勿れ、と云へり。
29是イエズス惡鬼に、此人より出でよ、と命じ給へばなり。蓋彼惡鬼に執へらるる事既に久しく、鎖にて縛られ、桎にて護らるるも、繫を破り、惡魔に驅られて、荒野に往き居たりき。
30イエズス之に問ひて、汝の名は何ぞ、と曰ひしに彼、軍團なり、と云へり、其は之に入りたる惡魔多ければなり。
31然てイエズスの命じて底なき淵に往かしめ給はざらん事を請ひたりしが、
32其處に多くの豚の群、山にて草を食み居しかば、惡魔等其豚に入るを允されん事を請ひけるに、イエズス之を允し給ひければ、
33惡魔等其人より出でて豚に入り、其群周章しく崖より湖に飛入りて溺死せり。
34牧者等其成行を見るや迯往きて、町に村に吹聽せしかば、
35人々事の樣を見んとて出でしが、イエズスの許に來り、彼惡魔の出でたりし人の、既に衣服を纏ひ心確にして、イエズスの足下に坐せるを見て怖れたり。
36斯て見し人々も亦、惡魔憑の救はれし次第を誰彼に告げしかば、
37ゲラサ地方の人民擧りて、己等より立去り給はん事をイエズスに請へり、是大いに怖れたればなり。然てイエズス船に乘りて歸り給ひしに、
38惡魔の離れし男伴はん事を願ひしかど、イエズス之を去らして曰ひけるは、
39己が家に歸りて、神が如何ばかり大いなる事を汝に爲し給ひしかを告げよ、と。斯くて彼は普く町を廻りて、イエズスの如何ばかり大いなる事を己に爲し給ひしか言弘めたり。
40イエズス歸り給ひしに、人皆待居たりければ、群衆之を歡迎せり。
41折しも名をヤイロと云える人來り、會堂の司なりしが、イエズスの足下に平伏して、己が家に入り給はん事を請へり、
42其は己に十二歲ばかりの獨女ありて、將に死なんとすればなり。イエズス往き給ふ途にて、群衆に押蹙られ給へる中に、
43十二年來血漏を患へる一人の女、曾て醫者の爲に悉く其財産を費したれども、誰の手にも醫され得ざりしが、
44後より近づきてイエズスの衣服の總に觸れしかば、其の出血忽止れり。
45イエズス、我に觸れし者は誰ぞ、と曰へば皆否めるを、ペトロ及び之に伴ひたる人々云ひけるは、師よ、群衆押蹙りて汝を煩はすに、猶誰か我に觸れし、と曰ふか。
46イエズス曰ひけるは、我に觸れし者あり、我靈能の我身より出でたるを覺ゆればなり、と。
47女其隱れざりしを見て慄きつつ、來りてイエズスの足下に平伏し、其觸れし理由と直に痊えたる次第とを公衆の前に明しければ、
48イエズス之に曰ひけるは、女よ汝の信仰汝を救へり、安んじて往け、と。
49言未了らざるに、人會堂の司の許に來り、汝の女死せり、師を煩わすこと勿れ、と云ひしに、
50イエズス此言を聞きて女の父に答へ給ひけるは、懼るること勿れ、唯信ぜよ、然らば彼助かるべし、と。
51斯て其家に至り給ひて、ペトロ、ヤコボ、ヨハネ及び女の父母の外、共に入る事を誰にも許し給はず、
52人皆女の爲に泣き且歎き居れるを、泣く勿れ、女は死したるに非ず、寢ねたるなり、と曰ひしに、
53人々は彼の死したるを知りて、之を嘲笑ひ居たり。
54然るにイエズス、女の手を取り、呼はりて、女起きよ、と曰へば、
55其靈還りて女直に起きしかば、之に食物を與ふる事を命じ給へり。
56兩親は甚く驚きしが、成りし事を誰にも語るな、とイエズス戒め給へり。
1斯て十二使徒を呼集めて、諸の惡魔を逐ひ病を醫す能力と權利とを授け給ひ、
2神の國の事を宣べ、且病者を醫す爲に遣はさんとして、
3曰ひけるは、汝等途に在りて何物をも携ふること勿れ、杖、嚢、麪、金、及二枚の下衣を有つこと勿れ。
4何れの家に入るも是に留りて、其處より出去ること勿れ。
5總て汝等を承けざる人あらば、其町を去り、彼等に對する證據として、己が足の塵までも拂え、と。
6斯て十二使徒出立して村々を巡廻し、到處に福音を宣べ、病者を醫し居たり。
7時に分國の王ヘロデ、イエズスによりて行はるる凡ての事を聞きて疑惑へり。其は或人々はヨハネ死者の中より復活したりと謂ひ、
8或人々はエリア現れたりと謂ひ、或人々は古の預言者の一人復活したりと謂へばなり。
9斯てヘロデ云ひけるは、ヨハネは我既に馘りしものを、斯る事の聞ゆる彼人は誰なるぞ、とてイエズスを見ん事を求め居たり。
10使途等歸りて、面々が行ひし一切の事を告げければ、イエズス彼等を從へて、別にベッサイダ附近なる寂しき處に退き給ひしに、
11群衆之を知りて其跡を慕ひしかば、イエズス之を接けて神の國の事を語り、治療を要する人を醫し居給へり。
12日既に昃きしかば、十二[使徒]近づきて云ひけるは、我等は斯る寂しき處に居るなれば、群衆を解散して、周圍の村及び田家に宿らせ、且は食物を索めしめ給へ、と。
13然るにイエズス彼等に向ひ、汝等之に食物を與へよ、と曰ひしかば、彼等云ひけるは、我等の五の麪と二の魚とあるのみ。或は往きて此凡ての群衆の爲に食物を買はんか、と。
14然て居合せたる男子五千人許なりしが、イエズス、人々を五十人宛、組々に坐せしめよ、と弟子等に曰ひければ、
15彼等其如くにして、悉く坐せしめたり。
16イエズス五の麪と二の魚とを取り、天を仰ぎて之を祝し、擘きて弟子等に分ち、群衆の前に置かしめ給ひしかば、
17皆食して飽足りしが、食餘したる物を拾ひて屑十二筐ありき。
18イエズス獨祈り居給ひけるに、弟子等と共に居りしが、問ひて曰ひけるは、群衆我を誰と言ふぞ、と。
19彼等答へて云ひけるは、人々或は洗者ヨハネなりと謂ひ、或はエリアなりと謂ひ、或は古の預言者の一人の復活したるなりと謂ふ、と。
20イエズス彼等に曰ひけるは、汝等は我を誰と謂ふか、と。シモン、ペトロ答へて、神のキリストなり、と云ひしかば、
21イエズス嚴しく彼等を戒め、誰にも之を語らざる樣命じて、
22曰ひけるは、人の子は樣々に苦しめられ、且長老、司祭長、律法學士等に排斥せられ、然て殺され、而して三日目に復活すべし、と。
23又一同に對ひて曰ひけるは、人若わが後に來らんと欲せば、己を棄て、日々己が十字架を取りて我に從ふべし。
24其は己が生命を救はんと欲する人は之を失ひ、我爲に生命を失ふ人は之を救ふべければなり。
25卽ち人假令全世界を贏くとも、若己を失ひ己を害せば、何の益かあらん。
26蓋我と我言とを愧づる人をば、人の子も亦己と父と聖使等との威光を以て來らん時彼を愧づべし。
27然れど我誠に汝等に告ぐ、此處に立てる者の中に、神の國を見るまで死を味ははざらん人々あり、と。
28是等の御言の後八日ばかりを經て、イエズスペトロとヤコボとヨハネとを從へ、祈らんとて山に登り給ひしに、
29祈り給ふ間に、御顏の容變り、衣服は白くなりて輝けり。
30折しも二個の人ありてイエズスと共に語り居りしが、是モイゼとエリアとにして、
31威光を帶びて現れつつ、イエズスが將にエルザレムに於て遂げんとし給ふ逝去の事を語り居れり。
32ペトロ及び共に居る人々、耐へずして眠りたりしに、其覺むるや、イエズスの榮光と、共に立てる二人とを見たり。
33然て其二人イエズスを離れければ、ペトロ言ふ所を知らずして、イエズスに云ひけるは、師よ、善哉我等が此處に居る事、我等三の廬を造り、一は汝の爲、一はモイゼの爲、一はエリアの爲にせん、と。
34斯く語り居る程に、一叢の雲起りて彼等を覆ひしかば、弟子等雲に入る時懼を懷けり。
35斯て聲雲の中より響きて曰く、「是ぞ我愛子なる、之に聽け」と。
36此聲の響ける時、唯イエズス獨のみ見え給ひしが、弟子等は默して、其見たりし事を當時誰にも語らざりき。
37翌日彼等山を下る時、群衆夥しく來迎へしが、
38折しも一個の人、群衆の中より呼はりて云ひけるは、師よ、希くは我子を眷み給へ、其は我獨子なるものを、
39あはれや惡鬼之に憑けば、俄に叫びて投倒し、且泡吹かせ*攣させ、碎くるばかりにして漸くに立去る。
40我汝の弟子等に、之を逐拂ふ事を請ひしかど、能はざりき。
41イエズス答えて曰ひけるは、吁嗟信仰なき邪の代なる哉、我何時まで汝等と共に居りて汝等を忍ばんや。其子を此處に連來れ、と。
42斯て彼近づきけるに、惡魔之を倒して*攣させしかば、
43イエズス汚鬼を叱り、子を醫して其父に還し給へり。
44是に於て人皆神の大能に驚き、イエズスの爲し給へる凡ての事を感嘆しければ、イエズス弟子等に向ひ、汝等此言を耳に藏めよ、蓋人の子は人々の手に付さるる事あらん、と曰ひしが、
45彼等此言を解せず、而も彼等が曉らざらん爲に、之に對して隱されしかば、此言に就きてイエズスに問ふ[事を畏れ居たり。
46爰に、己等の孰が最大いなるか、との考彼等の中に起りしかば、
47イエズス其心に慮る所を見貫き給ひ、一人の孩兒を取りて己が側に立たせ、
48彼等に曰ひけるは、誰にてもあれ、我名の爲に此孩兒を承くる人は、我を承くるなり、又我を承くる人は、我を遣はし給ひしものを承くるなり、卽ち汝等一同の中に於て最小き者は、是最大いなる者なり、と。
49ヨハネ答へて、師よ、汝の名を以て惡魔を逐拂う者あるを見しが、我等と共に從はざる者なれば、我等之を禁じたり、と云ひければ、
50イエズス之に曰ひけるは、禁ずること勿れ、汝等に反せざる人は汝等の爲にする者なればなり、と。
51イエズスが此世より取られ給ふべき日數滿ちんとしければ、エルザレムに往くべく御顏を堅め、
52先數人の使を遣はし給ひしかば、彼等往きてイエズスの爲に準備せんとて、サマリアの或町に入りしかど、
53イエズスの御顏エルザレムに向へるによりて、人々之を承けざりき。
54然ればヤコボとヨハネと二人の弟子之を見て、主よ、我等今命じて天より火を下し、彼等を燒亡ぼさしめば如何に、と云ひければ、
55イエズス顧みて、叱りて曰ひけるは、汝等は如何なる精神なるかを自ら知らざるなり、
56人の子の來りしは、魂を亡ぼさん爲に非ず、之を救はんが爲なり、と。斯て一同他の村に往けり。
57一行路を步める時、或人イエズスに向ひ、何處にもあれ、往き給ふ處に我は從はん、と云ひしかば、
58イエズス之に曰ひけるは、狐は穴あり、空の鳥は巢あり、然れど人の子は枕する處なし、と。
59然るに又一人に向ひて、我に從へ、と曰ひしかば彼、主よ、先往きて父を葬る事を我に允し給へと云ひけるに、
60イエズス曰ひけるは、死人をして其死人を葬らしめ、汝は往きて神の國を告げよ、と。
61又一人が云ひけるは、主よ、我汝に從はん、然れど先我家に在る物を處置する事を允し給へ。
62イエズス曰ひけるは、手を犂に着けて尙後を顧みる人は、神の國に適せざる者なり、と。
1其後主又七十二人を指名して、己が至らんとする町々處々に、先二人づつ遣はさんとして、
2曰ひけるは、收穫は多けれども働く者は少し、故に働く者を其收穫に遣はさん事を、收穫の主に願へ。
3往け、我が汝等を遣はすは、羔を狼の中に入るるが如し、
4汝等、財布、旅嚢、履を携ふること勿れ、途中にて誰にも挨拶を爲すこと勿れ。
5何れの家に入るも、先此家に平安あれかしと言へ、
6若し其處に平安の子あらば、汝等の祈る平安は其上に留らん、然らずば汝等の身に歸らん。
7同じ家に留りて、其内に在合はする物を飲食せよ、是働く者は其報を受くるに値すればなり。家より家に移ること勿れ、
8又何れの町に入るとも、人々汝等を承けなば、汝等に供せらるる物を食し、
9其處にある病人を醫し、人々に向ひて、神の國は汝等に近づけり、と言へ。
10何れの町に入るとも、人々汝等を承けずば、其衢に出でて斯く云へ、
11汝等の町にて我等に附きし塵までも、我等は汝等に向ひて拂うぞ、然りながら神の國の近づきたるを知れ、と。
12我汝等に告ぐ、彼日には、ソドマはかの町よりも恕さるる事あらん。
13禍なる哉汝コロザイン、禍なる哉汝ベッサイダ、其は若汝等の中に行はれし奇蹟、チロとシドンとの中に行はれしならば、彼等は早く改心して、荒き毛衣を纏ひて灰に坐せしならん。
14然れば審判に當りて、チロとシドンとは汝等よりも恕さるる事あらん。
15又カファルナウムよ、汝も地獄にまで沈めらるべし、天にまでも上げられたるものを。
16抑汝等に聽く人は我に聽き、汝等を輕んずる人は我を輕んじ、我を輕んずる人は我を遣はし給ひしものを輕んずるなり、と。
17斯て七十二人、喜びつつ歸來り、主よ、汝の名に由りて、惡魔すらも我等に歸服す、と云ひしかば、
18イエズス彼等に曰ひけるは、我サタンが電光の如く天より落つるを見つつありき。
19看よ我汝等に、蛇、蠍、竝に敵の一切の勢力を蹂躙るべき權能を授けたれば、汝等を害する者はあらじ、
20然りながら、鬼神の汝等に服するを喜ぶこと勿れ、寧汝等の名の天に錄されたるを喜べ、と。
21其時イエズス、聖靈によりて喜悦して曰ひけるは、天地の主なる父よ、我汝を稱贊す、其は是等の事を學者、智者に隱して、小き人々に顯し給ひたればなり。然り父よ、斯の如きは御意に適ひし故なり。
22一切の物は我父より我に賜はりたり、父の外に、子の誰なるかを知る者なく、子及び子が肯て示したらん者の外に、父の誰なるかを知る者なし、と。
23斯て弟子等を顧みて曰ひけるは、汝等の見る所を視る目は福なる哉。
24蓋我汝等に告ぐ、多くの預言者及び帝王は、汝等の視る所を視んと欲せしかど視ることを得ず、汝等の聞く所を聞かんと欲せしかど聞くことを得ざりき、と。
25折しも一人の律法學士立上り、イエズスを試みんとして云ひけるは、師よ、我何を爲してか永遠の生命を得べき。
26イエズス之に曰ひけるは、律法に何と錄したるぞ、汝其を何と讀むぞ、と。
27彼答へて、汝の心を盡し、魂を盡し、力を盡し、精神を盡して汝の神たる主を愛し、又汝の近き者を己の如く愛すべし、と云ひしに、
28汝の答正し、之を行へ、然らば汝活くることを得ん、と曰へり。
29然るに彼自ら弁ぜんと欲してイエズスに向ひ、我近き者とは誰ぞ、と云ひしかば、
30イエズス答へて、或人エルザレムよりエリコに下る時、强盜の手に陷りしが、彼等之を剥ぎて傷を負はせ、半死半生にして棄去れり。
31偶一人の司祭、同じ道を下れるに、之を見て過行き、
32又一人のレヴィ人も、其所に來合せて之を見しかど、同じ樣に過行けり。
33然るに一人のサマリア人、旅路を辿りつつ彼の側に來りけるが、之を見て憐を催し、
34近づきて油と葡萄酒とを注ぎ、其傷を繃帶して己が馬に乘せ、宿に伴ひて看護せり。
35然て翌日デナリオ銀貨二枚を取り出して宿主に豫へ、此人を看護せよ、此上に費したらん所は、我歸る時汝に償ふべし、と云へり。
36此三人の中、彼强盜の手に陷りたる人に近かりしと汝に見ゆる者は孰ぞ、と曰ひけるに、
37律法學士、彼人に憫を加へたる者是なり、と云ひしかばイエズス、汝も往きて斯の如くせよ、と曰へり。
38斯て皆往きけるに、イエズス或村に入り給ひしを、マルタと名くる女自宅にて接待せり。
39彼女にマリアと名くる姉妹ありて、是も主の足下に坐して御言を聽き居たるに、
40マルタは饗應の忙しさに取紛れたりしが、立止りて云ひけるは、主よ、我姉妹の我一人を遺して饗應さしむるを意とし給はざるか、然れば命じて我を助けしめ給へ、と。
41主答へて曰ひけるは、マルタマルタ、汝は樣々の事に就きて思煩ひ心を騷がすれども、
42必要なるは唯一、マリアは最良の部分を選めり、之を奪はるまじきなり、と。
1斯てイエズス、或處にて祈り給へるに、其終り給ふや、弟子の一人云ひけるは、主よ、ヨハネも其弟子に敎へし如く、我等に祈る事を敎へ給へ、と。
2イエズス彼等に曰ひけるは、汝等祈る時に斯く言へ、父よ、願はくは御名の聖とせられん事を、御國の來らん事を、
3我等の日用の糧を、日々我等に與へ給へ、
4我等も總て己に負債ある人を免すに由り、我等の罪を免し給へ、我等を試に引き給ふこと勿れ、と。
5又曰ひけるは、汝等の中友を有てる者、夜中に其許に往き、友よ、我に三の麪を貸せ、
6我一個の友人旅路を我許に來れるに、之に供すべき物なければ、と言はんに、
7彼内より答へて、我を煩はすこと勿れ、戶は既に閉ぢ、我子等我と共に床に在れば、起きて汝に與ふることを得ず、と言ふ事あらんか、
8然るを猶叩きて止まざる時は、我汝等に告ぐ、彼人假令己が友なればとては起きて與へざるも、其煩はしさの爲に起きて、其の要する程の物を與ふるならん。
9我も汝等に告ぐ、願へ、然らば與へられん、探せ、然らば見出さん、叩け、然らば[戶を]開かれん、
10其は總て願ふ人は受け、探す人は見出し、叩く人は[戶を]開かるべければなり。
11汝等の中誰か父に麪を乞はんに其父石を與へんや、或は魚を[乞はんに]其代に蛇を與へんや、
12或は卵を乞はんに蠍を與へんや、
13然れば汝等惡き者ながらも、善き賜を其子等に與ふるを知れば、况や天に在す汝等の父は、己に願ふ人々に善良なる靈を賜ふべきをや、と。
14イエズス惡魔を逐出し給ふに、其人唖なりしが、既に惡魔を逐出し給ふや唖言ひしかば、群衆感嘆せり。
15然れど其中の或人々は、彼が惡魔を逐出すは惡魔の長ベエルゼブブに依るなり、と謂ひ、
16又他の人は、イエズスを試みんとて、天よりの徵を之に求め居たり。
17イエズス其心を見拔きて彼等に曰ひけるは、總て自ら分れ爭ふ國は亡び、[分れ爭ふ]家と家とも亦倒るべし、
18サタン若自ら分れ爭はば、其國如何にしてか立つべき、蓋汝等は謂ふ、我ベエルゼブブに由りて惡魔を逐出すと。
19我若ベエルゼブブに由りて惡魔を逐出すならば、汝等の子等は誰に由りて之を逐出すぞ、然らば彼等は汝等の審判者となるべし。
20然れど我若神の指を以て惡魔を逐出すならば、神の國は眞に汝等に來れるなり。
21强き者武裝して其住所を守る時は、其有てる物安全なりと雖、
22若彼より强き者襲來りて彼に勝たば、悉く其恃める武器を奪ひて、其捕獲物を分たん。
23我と共に在らざる人は我に反し、我と共に集めざる人は散らすなり。
24汚鬼人より出でし時、荒れたる處を巡りて安息を求むれども得ず、曰く、出でし我家に歸らん、と。
25卽ち來りて其家の掃清められ飾られたるを見るや、
26往きて己よりも惡き七の惡鬼を携へ、共に入りて此處に住む、斯て其人の末は前よりも更に惡くなるなり、と。
27此事等の事を曰へるに、或女群衆の中より聲を揚げて、福なる哉汝を孕しし胎よ、汝の吮ひし乳房よ、と云ひしかば、
28イエズス曰ひけるは、寧ろ福なる哉、神の言を聽きて之を守る人々よ、と。
29然て群衆馳集りければ、イエズス語出で給ひけるは、現代は邪惡の代にして、徵を求むれども、預言者ヨナの徵の外は徵を與へられじ、
30卽ちヨナがニニヴ人に徵となりし如く、人の子の現代に於るも亦然り。
31南方の女王は、審判に當りて、現代の人と共に立ちて之を罪に定めん、彼は地の極より、サロモンの智惠を聽かんとて來りたればなり、看よ、サロモンに優れるもの茲に在り。
32ニニヴ人は審判に當りて現代の人と共に立ちて之を罪に定めん、彼等はヨナの說敎によりて改心したればなり、看よ、ヨナに優れるもの茲に在り。
33燈を點して、隱れたる處又は桝の下に置く者はあらず、入來る人に明を見せん爲に之を燭臺の上に置く。
34汝の身の燈は目なり、其目にして善くば、全身明かなるべく、若惡しくば其身も亦暗かるべし。
35此故に、汝に在る明の闇にならざる樣心せよ、
36汝の全身明かにして闇の處なくば、全體明かにして輝ける燈に照らさるる如くならん、と[語り給へり]。
37イエズス語り給へる中に、一人のファリザイ人、己が家にて食し給はんことを請ひしかば、入りて食に就き給ひしが、
38イエズス食前に身を洗ひ給はざりしを、此人見て訝りければ、
39主之に曰ひけるは、偖も汝等ファリザイ人は、杯と皿との外部を淨むれど、汝等の内部は盜と不義とに滿てり。
40愚なる者等よ、外部を造り給ひし者は、亦内部をも造り給ひしに非ずや。
41然りながら餘れる物を施せ、然らば一切の物直に汝等の爲に淨めらるべし。
42然れど禍なる哉汝等ファリザイ人、其は薄荷、**、其他一切の野菜の十分の一を納むれど、義と神を愛する事とを措けばなり、是等を爲してこそ彼等をも怠らざるべかりしなれ。
43禍いなる哉汝等ファリザイ人、其は會堂にては上座を、衢にては敬禮を好めばなり。
44禍なる哉汝等、蓋露れざる墓に似て、上を步む人々之を知らざるなり、と。
45律法學士の一人之に答へて、師よ、斯く言ひては、我等にも侮辱を加ふるなり、と云ひしかば、
46イエズス曰ひけるは、汝等も禍なる哉律法學士、其は人々には擔ひ得ざる荷を負はすれど、自らは指一だも其荷に觸れざればなり。
47禍なる哉汝等、預言者等の墓標を建つる者、之を殺ししは汝等の先祖にして、
48汝等自ら其先祖の所爲に同意する事を證す、其は彼等之を殺したるに汝等其墓を建つればなり。
49是によりて亦神の智惠曰はく、「我彼等に預言者及び使徒等を遣はさんに、彼等は其中の者を殺し、又は迫害せん」と。
50然れば世界開闢以來、流されたる凡ての預言者の血、
51卽ちアベルの血より祭壇と神殿との間に倒れしザカリアの血に至るまで、現代は其罪を問はれん、我誠に汝等に告ぐ、現代は斯の如く罪を問はるべし。
52禍いなる哉汝等律法學士、其は知識の鍵を奪取りて、自らも入らず、入らんとする人々をも拒みたればなり、と。
53是等の事を曰ふ中に、ファリザイ人、律法學士等甚しく憤出でて、樣々の事を以て閉口せしめんとし、
54イエズスを訟へんとして陰謀を廻らし、其口より何事をか捉へんとせり。
1其時夥しき群衆、周圍に立ち居て踏合ふ計なるに、イエズス弟子等に語出で給ひけるは、ファリザイ人等の麪酵に用心せよ、是僞善なり。
2蔽はれたる事に顯れざるべきはなく、隱れたる事に知れざるべきはなし、
3其は汝等の暗黑にて言ひし事は光明に言はれ、室内にて囁きし事は屋根にて宣べらるべければなり。
4然れば我わが友たる汝等に告ぐ、肉體を殺して其後に何をも爲し得ざる者を懼るること勿れ。
5爰に汝等の懼るべき者を示さん、卽ち殺したる後地獄に投入るる權能ある者を懼れよ、然り、我汝等に告ぐ、之を懼れよ。
6五羽の雀は四錢にて賣るに非ずや、然るに其一羽も、神の御前に忘れらるる事なし。
7汝等の髮毛すら皆算へられたり、故に懼るること勿れ、汝等は多くの雀に優れり。
8我汝等に告ぐ、總て人々の前にて我を宣言する者は、人の子も亦神の使等の前にて之を宣言せん。
9然れど人々の前にて我を否む者は、神の使等の前にて否まるべし。
10又總て人の子を譏る人は赦されん、然れど聖靈に對して冒涜したる人は赦されじ。
11人々汝等を會堂に、或は官吏、權力者の前に引かん時、如何に又は何を答へ、又は何を言はんかと思煩ふこと勿れ、
12言ふべき事は、其時に當りて、聖靈汝等に敎へ給ふべければなり、と。
13斯て群衆の中より、或人イエズスに向ひ、師よ、我兄弟に命じて、家督を我と共に分たしめ給へ、と云ひしかば、
14イエズス之に曰ひけるは、人よ、汝等の上の判事又は分配者として、誰か我を定めしぞ、と。
15斯て人々に曰ひけるは、愼みて凡ての貪欲に用心せよ、其は人の生命は所有物の豐なるに因らざればなり、と。
16又彼等に喩を語りて曰ひけるは、或富者の畑豐かに實りければ、
17其人心の中に考へけるは、我産物を積むべき處なきを如何にせんと。
18遂に謂へらく、我は斯爲べし、卽ち我倉を毀ち、更に大いなる物を建てて、其處に我産物と財貨とを積まん、
19而して我魂に向ひ、魂よ、多年の用意に蓄へたる財産數多あれば、心を安んじ、飲食して樂しめ、と言はん、と。
20然れど神は彼に曰はく、愚者よ、汝の魂は今夜呼還されんとす、然らば備へたる物は誰が物と爲るべきぞ、と。
21己の爲に寳を積みて、神の御前に富まざる人は斯の如き者なり、と。
22又弟子等に曰ひけるは、然れば我汝等に告ぐ、生命の爲に何をか食ひ身の爲に何をか着ん、と思煩ふこと勿れ、
23生命は食物に優り、身は衣服に優れり。
24烏を鑑みよ、播く事なく刈る事なく、倉をも納屋をも有たざれども、神は之を養ひ給ふなり、汝等烏に優ること幾何ぞや。
25汝等の中誰か工夫して己が壽命に一肘だも加ふることを得んや、
26然れば斯く最小き事すらも能はざるに、何ぞ其他の事を思煩ふや。
27百合の如何に長つかを鑑みよ。働く事なく紡ぐ事なし、然れども我汝等に言う、サロモンだも其榮華の極に於て、彼百合の一ほどに粧はざりき。
28今日野に在りて明日爐に投入れらるる草をさへ、神は斯く粧はせ給へば、况や汝等をや、信仰薄き者等哉。
29汝等も、何をか食ひ何をか飲まんと求むること勿れ、又大望を起すこと勿れ、
30蓋世の異邦人は、此一切の物を求むれども、汝等の父は汝等の之を要することを知り給へばなり。
31然れば先神の國と、其義とを求めよ、然らば此一切の物は汝等に加へらるべし。
32小き群よ、懼るること勿れ、汝等に國を賜ふ事は、汝等の父の御意に適ひたればなり。
33汝等の所有物を賣りて施を行へ、己の爲に古びざる金嚢を造り、匱きざる寳を天に蓄へよ、彼處には盜人も近づかず、蠹も壞はざるなり。
34是汝等の寳の在る處には、心も亦在るべければなり。
35汝等腰に帶して手に燈あるべし。
36又恰も、主人婚莚より還來りて門を叩かば直に開かん、と待受くる人の如くに爲よ。
37主人の來る時に醒めたるを見らるる僕等は福なり、我誠に汝等に告ぐ、主人自ら帶して此僕等を食に就かせ、通ひて彼等に給仕せん。
38主人十二時までに來るも三時までに來るも、僕等の斯の如きを見ば、彼等は福なり。
39汝等知るべし、家父若盜人の來るべき時を知らば必ず警戒して其家を穿たしめじ。
40汝等も亦用意してあれ、人の子は汝等の思はざる時に來るべければなり、と。
41ペトロ、イエズスに向ひ、主よ、此喩を曰ふは、我等の爲にか、凡ての人の爲にもか、と云ひしかば、
42主曰ひけるは、時に應じて家族に麥を程よく分與へしめんとて、戶主が其家族の上に立つる、忠義にして敏き執事は誰なるか、
43主人の來る時に斯く行へるを見らるる僕は福なり。
44我誠に汝等に告ぐ、主人は己が有てる一切の物を之に掌らしめん。
45もし彼僕心の中に、我主人の來る事遲しと謂ひて、下男、下女を打擲き、飲食して醉始めんか、
46期せざる日、知らざる時に、彼僕の主人來りて之を罰し、其報を不忠者と同じくせん。
47又其主人の意を知りて用意せず、主人の意に從ひて行はざる僕は、鞭たるる事多からん。
48然れども、知らずして鞭たるべき事を爲したる者は、打たるる事少かるべし、總て多く與へられたる人は多く求められ、委托したる事多ければ催促する事も多かるべし。
49我は地上に火を放たんとて來れり、其燃ゆる外には何をか望まん。
50然るに我には我が受くべき洗禮あり、其が爲遂げらるるまで、我が思逼れる事如何許ぞや。
51汝等は、我地上に平和を持來れりと思ふか、我汝等に告ぐ、否却つて分離なり。
52蓋今より後、一家に五人あらば、三人は二人に、二人は三人に對して分れん、
53卽ち父は子に、子は父に、母は女に、女は母に、姑は嫁に、嫁は姑に對して分るる事あらん、と。
54イエズス又群衆に曰ひけるは、汝等西より雲起るを見れば直に雨來らんと謂ふ、既にして果して然り。
55又南風吹くを見れば暑くなるべしと謂ふ、既にして果して然り。
56僞善者よ、汝等は天地の有樣を見分くる事を知れるに、如何ぞ今の時を見分けざる、
57如何ぞ義しき事を自ら見定めざる。
58汝等敵手と共に官吏の許に往く時、途中にて彼に赦されん事を力めよ。恐らくは汝を判事の許に引き、判事は下役に付し、下役は監獄に入れん、
59我汝に告ぐ、最終の一厘までも還さざる中は、汝其處を出でざるべし、と。