<聖書<我主イエズスキリストの新約聖書
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
ヨハネ聖福音書-2
1然てマリアと其姉妹マルタとの里なるベタニアに、ラザルと云へる人病み居りしが、
2マリアは卽ち香油を主に注ぎ、御足を己が髮毛にて拭ひし婦にして、病めるラザルは其兄弟なり。
3然れば彼が姉妹等、人をイエズスの御許に遣はし、主よ汝の愛し給ふ人病めり、と言はしめしに、
4イエズス聞きて曰ひけるは、此病は死に至るものに非ず、神の光榮の爲、神の子が之に由りて光榮を得ん爲なり、と。
5イエズスはマルタと其姉妹マリアとラザルとを愛し居給ひしが、
6ラザルの病めるを聞き、尙同じ處に留ること二日にして、
7遂に弟子等に向ひ、我等復ユデアへ趣かん、と曰ひしかば、
8弟子等云ひけるは、ラビ、唯今ユデア人が汝に石を擲たんとしたりしに、復も彼處へ往き給ふか。
9イエズス答へて曰ひけるは、一日に十二時あるに非ずや、人晝步む時は、此世の光を見る故に躓かざれども、
10夜步む時は、身に光あらざる故に躓くなり、と。
11斯く曰ひて後又、我等が親友ラザルは眠れり、然れど我往きて之を眠より喚起さん、と曰ひしかば、
12弟子等、主と、眠れるならば彼は痊ゆべきなり、と云へり。
13但イエズスの曰ひしは彼が死の事なりしを、弟子等は眠りて臥せることを曰ひしならんと思ひたりければ、
14イエズス明かに曰ひけるは、ラザルは死せり、
15我は汝等の爲、卽ち汝等を信ぜしめん爲に、我が彼處に在らざりしことを喜ぶ、卒ざ彼が許に往かん、と。
16然ればチヂモと呼ばれたるトマ、其相弟子に謂ひけるは、將ざ我等も往きて彼と共に死なん、と。
17斯てイエズス至りて見給ひしに、ラザルは墓に在る事既に四日なりき。
18然るにベタニアはエルザレムに近くして、廿五町許を隔てたれば、
19數多のユデア人、マルタとマリアとを其兄弟の事に就きて弔はん爲に來りてありき。
20マルタはイエズス來り給ふと聞くや、卽ち出迎へしが、マリアは家の内に坐し居たり。
21マルタイエズスに云ひけるは、主よ、若此處に在ししならば、我兄弟は死なざりしものを、
22然れど神に何事を求め給ふとも神之を汝に賜ふべしとは、今も我が知れる所なり、と。
23イエズス、汝の兄弟は復活すべし、と曰ひしかば、
24マルタ云ひけるは、我は彼が終の日、復活の時に復活すべきことを知れり、と。
25イエズス、我は復活なり、生命なり、我を信ずる人は死すとも活くべし、
26又活きて我を信ずる人は、凡て永遠に死する事なし、汝之を信ずるか、と曰ひしに、
27マルタ云ひけるは、主よ、然り、我は汝が活ける神の御子キリストの此世の來り給ひたる者なるを信ず、と。
28斯く云ひて後、往きて其姉妹マリアを呼び*きて、師茲に在して汝を召し給ふ、と云ひしに、
29彼之を聞くや、直に立ちてイエズスの許に至れり、
30卽ちイエズス未だ里に入り給はずして、尙マルタが出迎へし處に居給ひしなり。
31然ればマリアと共に家に在りて之を弔ひ居たりしユデア人、彼が速に立ちて出しを見、彼は泣かんとて墓に往くぞ、と云ひつつ後に隨ひしが、
32マリアはイエズスの居給ふ處に至り、之を見るや御足下に平伏して、主よ、若此處に在ししならば、我兄弟は死なざりしものを、と云ひければ、
33イエズス彼が泣き居り、伴ひ來れるユデア人も泣き居れるを見、胸中感激して御心を騷がしめ給ひ、
34汝等何處に彼を置きたるぞ、と曰ひしに、彼等は、主よ、來り見給へ、と云ひければ、
35イエズス淚を流し給へり。
36然ればユデア人、看よ彼を愛し給ひし事の如何許なるを、と云ひしが、
37又其中に或人々、彼は生れながらなる瞽者の目を明けしに、此人を死せざらしむるを得ざりしか、と云ひければ、
38イエズス復心中感激しつつ墓に至り給へり。墓は洞にして、之に石を覆ひてありしが、
39イエズス、石を取除けよ、と曰へば死人の姉妹マルタ云ひけるは、主よ、最早四日目なれば彼は既に臭きなり、と。
40イエズス曰ひけるは、汝若信ぜば神の光榮を見るべし、と我汝に告げしに非ずや、と。
41斯て石を取除けしに、イエズス目を翹げて曰ひけるは、父よ、我に聽き給ひしことを謝し奉る。
42何時も我に聽き給ふ事は、我素より之を知れども、汝の我を遣はし給ひし事を彼等に信ぜしめんとて、立會へる人々の爲に之を言へるなり、と。
43斯く曰ひ終りて聲高く、ラザル出來れ、と呼はり給ひしに、
44死したりし者、忽ち手足を布に卷かれたる儘に出來り、其顏は尙汗拭に包まれたれば、イエズス人々に、之を解きて往かしめよ、と曰へり。
45然ればマリアとマルタとの許に來合せて、イエズスの爲し給ひし事を見しユデア人の中には、之を信じたる者多かりしが、
46中にはファリザイ人の許に至りて、イエズスの爲し給ひし事を告ぐる者ありしかば、
47司祭長、ファリザイ人等、議會を召集して、斯人數多の奇蹟を爲すを、我等は如何にすべきぞ、
48若其儘に恕し置かば、皆彼を信仰すべく、又ロマ人來りて我等の土地と國民とを亡ぼすべし、と云ひたるに、
49其中の一人カイファと呼ばるる者、其年の大司祭なりけるが、彼等に謂ひけるは、汝等は事を解せず、
50又一人人民の爲に死して全國民の亡びざるは汝等に利ある事を思はざるなり、と。
51彼は己より之を言ひしに非ず、其年の大司祭なれば、イエズスが國民の爲に死し給ふべき事を預言したるなり、
52卽ち啻に此國民の爲のみならず、散亂れたる神の子等を一に集めんが爲なりき。
53然れば此日より、彼等イエズスを殺さんと謀りしかば、
54イエズス最早陽にユデア人の中を步み給はず、荒野に接ける地方に往き、エフレムと云へる町に至りて、弟子等と共に其處に留り居給へり。
55斯てユデア人の過越祭近づきければ、之に先ちて身を潔めん爲に、地方よりエルザレムに上れる人多かりしが、
56彼等イエズスを探しつつ[神]殿に立ちて、汝等如何に思ふぞ、彼は此祭に來らざるか、と語合へり。
57司祭長ファリザイ人等は、イエズスを捕ふべきにより、之が在所を知れる人あらば申出づべし、と豫て命令を出したりしなり。
1過越祭の六日前、イエズスベタニアに至り給ひしに、是ラザルの死したりしを復活せしめ給ひし處なれば、
2或人々イエズスの爲に晚餐を設け、マルタ給仕しけるが、ラザルはイエズスと共に食卓に就ける者の一人なりき。
3然るにマリアは價高き純粹のナルドの香油一斤を取りてイエズスの御足に注ぎ、御足を己が髮毛もて拭ひしかば、香油の薰家に滿てり。
4其時弟子の一人、イエズスを賣るべきイスカリオテのユダ、
5何故に此香油を三百デナリオに賣りて貧者に施さざりしぞ、と云へり。
6但し斯く云ひしは貧者を慮れる故に非ず、己盜人にして、財嚢を預り、中に入れらるる物を取れる故なり。
7然るにイエズス曰ひけるは、此女を措け、我葬の日の爲に此香油を貯へたるなり、
8其は貧者は恒に汝等と共に居れども、我は恒に居らざればなり、と。
9斯てユデア人の大群衆、イエズスの此處に居給ふを知り、獨りイエズスの爲のみならず、死者の中より復活せしめ給ひしラザルを見んとて來りしが、
10司祭長等はラザルをも殺さんと思へり、
11是は彼の爲に、去りてイエズスを信仰する者、ユデア人の中に多ければなり。
12翌日、祭日の爲に來りし夥しき群衆、イエズスエルザレムに來り給ふ由を聞きて、
13梭櫚の葉を執りて出迎へ、ホザンナ、主の御名によりて來るイスラエルの王祝せられ給へかし、と呼はり居りしが、
14イエズスは小驢馬を得て之に乘り給へり、錄して
15シオンの女よ、懼るること勿れ、看よ、汝の王は牝驢馬の子に乘りて來る」とあるが如し。
16弟子等初は此等の事を曉らざりしが、光榮を得給ひて後、其イエズスに就きて錄されたりし事と自ら御爲に爲し事とを思出せり。
17然てイエズスがラザルを墓より呼出して、死者の中より復活せしめ給ひし時彼と共に居合せたり夥しき人々證明し、
18群衆も亦、イエズスが此奇蹟を爲し給ひしを聞きて出迎へしかば、
19ファリザイ人語合ひけるは、汝等何の效驗もなきを見ずや、世既に擧りて彼に從へり、と。
20然るに祭日に禮拜せんとて上りたる人々の中に異邦人もありしが、
21此人々ガリレアのベッサイダ生れなるフィリッポに近づき、之に乞ひて、君よ、我等はイエズスに謁えん事を欲す、と云ひしかば、
22フィリッポ來りてアンデレアに告げ、アンデレアとフィリッポと又イエズスに告げしに、
23イエズス答へて曰ひけるは、人の子が光榮を得べき時來れり。
24誠に實に汝等に告ぐ、麥の粒地に墮ちて、若死せざれば、
25唯一にして止るも、若死すれば多くの實を結ぶ。己が生命を愛する人は之を失ひ、此世にて生命を憎む人は、之を保ちて永遠の生命に至るべし、
26人若我に事へば我に從ふべし、而して我が居る處には、我に事ふる人も亦居るべし、人若我に事へば、我父之に榮譽を賜はん。
27今や我心騷げり、我何をか云はん、父よ、我を救ひて此時を免れしめ給へ、然りながら、我は之が爲にこそ此時に至れるなれ、
28父よ、御名に光榮あらしめ給へ、と。其時聲天より來りて曰く、我既に光榮あらしめたり、更に光榮あらしめん、と。
29是に於て立ちて之を聞きたる群衆は、雷鳴れりと云ひ、或人々は、天使彼に言ひたるなり、と云へり。
30イエズス答へて曰ひけるは、此聲の來りしは我が爲に非ずして汝等の爲なり。
31今は世の審判なり、此世の長、今逐出されんとす、
32我地より上げられたらん時は、萬民を我に引寄せん、と。
33斯く曰へるは、如何なる死狀を以て死すべきかを示し給はんとてなるに、
34群衆之に答へけるは、キリストは永遠に存すとこそ、我等は律法より聞けるものを、汝何ぞ人の子上げられるべしと云ふや、人の子とは是誰なるぞ、と。
35イエズス卽ち彼等に曰ひけるは、光は尙暫く汝等の中に在り、汝等光を有する間に步みて、闇に追付かるな。闇に步む人は行先を知らず、
36汝等光を有する間に、光の子と成らん爲に光を信ぜよ、と。斯く曰ひて後、イエズス去りて身を彼等より匿し給へり。
37斯ばかり夥しき奇蹟を彼等の前に爲し給ひたれど、彼等尙イエズスを信ぜざりき。
38是預言者イザヤの言の成就せん爲なり、曰く「主よ、誰か我等に聽きて信じたるぞ、主の御腕は誰に顯れたるぞ」と。
39彼等の信じ得ざりしはイザヤの又云ひし事によれり、
40曰く「彼等目にて見ず、心にて曉らず、飜りて我に醫されざらん爲に、神彼等の目を矇まし、彼等の心を頑固にし給へり」と。
41イザヤが斯く云ひしは、彼の光榮を見て、彼に就きて語りし時なり。
42然れども、重立ちたる人々の中にも、イエズスを信仰せる者多かりしが、ファリザイ人を憚り、會堂より遂出されじとて、之を公言せざりき。
43卽ち彼等は神の光榮よりも人の光榮を好みしなり。
44イエズス呼はりて曰ひけるは、我を信ずる人は、我を信ずるに非ずして、我を遣はし給ひし者を信ずるなり。
45又我を見る人は、我を遣はし給ひし者を見るなり。
46我は光として世に來れり、是總て我を信ずる人が暗に止らざらん爲なり。
47人若我言を聽きて守らざれば、我は之を審かず、我が來りしは世を審かん爲に非ずして、世を救はん爲なればなり。
48我を輕んじて我言を受けざる人には、之を審く者あり、卽ち我が語りし言其物、終の日に於て之を審くべし。
49蓋我は己より語りしに非ず、我を遣はし給ひし父自ら、我が言ふべき事語るべき事を我に命じ給ひしなり、
50我は其命令が永遠の生命たる事を知る、然れば我が語るは、父の我に曰ひし儘に之を語るなり、と。
1過越の祭日の前、イエズス己が時、卽ち此世より父に移るべき時來れるを知り給ひて、豫ても世に在る己が[弟子]を愛し給ひしが、極まで之を愛し給へり。
2然て晚餐の終つるに臨み、惡魔既にイエズスを付さん事を、シモンの子イスカリオテのユダの心に入れしかば、
3イエズス父より萬事を己が手に賜はりたる事と、己が神より出でて神に至る事とを知り給ひ、
4晚餐より起上りて上衣を脱ぎ、布片を取りて腰に帶び、
5軈て水を銅盤に盛り、弟子等の足を洗ひて、其帶びたる布片もて之を拭ひ始め給へり。
6斯てシモン、ペトロに至り給ふや、ペトロ、主よ、我足を洗ひ給ふか、と云ひしに、
7イエズス答へて、我が爲す所汝今は知らざれども、後には之を知るべし、と曰ひければ、
8ペトロ云ひけるは、我足を洗ひ給ふ事決してあるべからず、と。イエズス我若汝を洗はずば、我と一致する所あらじ、と答へ給ひしかば、
9シモン、ペトロ、主よ、我足のみならず、手をも頭をも、と云ひしが、
10イエズス曰ひけるは、既に身を洗ひたる人は全身潔くして、足の外洗ふを要せず、汝等も潔けれど總てには非ず、と。
11蓋己を付す者の誰なるを知り給ひて、汝等悉く潔きには非ずと曰ひしなり。
12然て彼等の足を洗ひ終りて上衣を取り、復席に着きて彼等に曰ひけるは、我が汝等に爲しし事の何たるを知るや。
13汝等は我を師又は主と呼ぶ、其言ふことや宜し、我は其なればなり。
14然るに主たり師たる我にして汝等の足を洗ひたれば、汝等も亦互に足を洗はざるべからず。
15蓋我汝等に例を示したるは、我が汝等に爲しし如く、汝等にも爲さしめん爲なり。
16誠に實に汝等に告ぐ、僕は其主よりも大いならず、使徒は之を遣はしし者よりも大いならず、
17汝等是等の事を知りて之を行はば福なるべし。
18我は汝等の凡てを指して云ふに非ず、曾て選みたる人々を知れり。然れども聖書に「我と共に麪を食する人我に向ひて其踵を擧げたり」とある事の成就せん爲なり。
19我今事の成るに先ちて汝等に告ぐるは、其成りたらん時、汝等をして我が其なることを信ぜしめん爲なり。
20誠に實に汝等に告ぐ、我が遣はす者を承くる人は我を承け、我を承くる人は我を遣はし給ひしものを承くるなり、と。
21イエズス之を曰ひ終りて御心騷ぎ、證明して、誠に實に汝等に告ぐ、汝等の中一人我を付さんとす、と曰ひければ、
22弟子等、誰を指して曰へるぞと訝りて、互に顏を見合せたりしが、
23イエズスの愛し給へる一人の弟子、御懷の邊りに倚懸り居たるに、
24シモン、ペトロ、腮もて示しつつ、曰へるは誰の事ぞ、と云ひければ、
25彼御胸に倚懸りて、主よ誰なるか、と云ひしかば、
26イエズス答へて曰ひけるは、我が麪を浸して與ふる者卽ち其なり、と。斯て麪を浸して、シモンの子イスカリオテのユダに與へ給ひしに、
27此一片を取るやサタン彼に入れり。然てイエズス之に向ひて、其爲す所を速に爲せ、と曰ひしかど、
28食卓に就けるものは一人として、何の爲に之を曰ひしかを知らず、
29中にはユダが財嚢を持てるによりて、祭日の爲に我等が要する物を買へ、或は貧者に何かを施せ、とイエズスの曰へるならん、と思ふ人々もありき。
30ユダは彼一片を受くるや直に出行きしが、時は既に夜なりき。
31ユダが出でし後、イエズス曰ひけるは、今や人の子光榮を得、神も彼に於て光榮を得給へり、
32神彼に於て光榮を得給ひたれば、神亦己に於て光榮を彼に得させ、而も直に得させ給ふべし。
33小子よ、我は尙暫く汝等と共に在り、汝等將に我を尋ぬべけれども、曾てユデア人に向ひて、我が往く處には汝等來る能はずと言ひし如く、今は汝等にも亦然言ふ。
34我は新しき掟を汝等に與ふ、卽ち汝等相愛すべし、我が汝等を愛せし如く、汝等も相愛すべし、
35汝等相愛せば、人皆之によりて汝等の我弟子たる事を認めん、と。
36シモン、ペトロ、主よ、何處に往き給ふぞ、と云ひしにイエズス答へ給ひけるは、我が往く處に汝今は從ふ能はず、後に從はん、と。
37ペトロ又、我今は汝に從ふ能はざるは何ぞや、我は汝の爲に生命をも棄てんとす、と云ひしかば、
38イエズス之に答へ給ひけるは、汝は我が爲に生命をも棄てんとするか、誠に實に汝に告ぐ、汝が三度我を否む迄は鷄鳴はざるべし。
1汝等の心騷ぐべからず、神を信ずれば我をも信ぜよ。
2我父の家に住所多し、然らずば我既に汝等に告げしならん、其は至りて汝等の爲に處を備へんとすればなり。
3至りて汝等の爲に處を備へたる後、再び來りて汝等を携へ、我が居る處に汝等をも居らしめん。
4汝等は我が往く處を知り、又其道をも知れり、と。
5トマ云ひけるは、主よ、我等は其往き給ふ處を知らず、爭でか其道を知る事を得ん、と。
6イエズス之に曰ひけるは、我は道なり、眞理なり、生命なり、我に由らずしては父に至る者はあらず。
7汝等若我を知りたらば、必ず我父をも知りたらん、今より汝等之を知らん、而も既に之を見たり、と。
8フィリッポ之に向ひ、主よ、父を我等に示し給へ、然らば我等事足るべし、と云へるを、
9イエズス曰ひけるは、我斯も久しく汝等と共に居れるに、汝等尙我を知らざるか、フィリッポよ、我を見る人は父をも見るなり、何ぞ父を我等に示せと云ふや、
10我父に居り父我に在す、とは汝等信ぜざるか、我が汝等に語る言は己より語るに非ず、父こそ我に在して自ら業を爲し給ふなれ。
11汝等は、我れ父に居り父我に在すと信ぜざるか、
12然らば業其物の爲に信ぜよ。誠に實に汝等に告ぐ、我を信ずる人は自ら亦我が爲す業をも爲し、而も之より大いなる者を爲さん、其は我父の許に之けばなり。
13汝等が我名に由りて(父に)求むる所は、何事も我之を爲さん、是父が子に於て光榮を歸せられ給はん爲なり。
14汝等我名によりて何をか我に求めば、我之を爲さん。
15汝等若我を愛せば我命を守れ、
16而して我は父に請ひ、父は他の弁護者を汝等に賜ひて、永遠に汝等と共に止らしめ給はん。
17是卽ち眞理の靈にして、世は之を見ず且知らざるに由りて、之を承くるに能はず、然れども汝等は之を知らん、其は汝等と共に止りて、汝等の中に居給ふべければなり。
18我汝等を孤兒として遺さじ、將に汝等に來らんとす。
19今暫時にして、世は最早我を見ざるべし、然れど汝等は我を見る、其は我は活き居りて汝等も亦活くべければなり。
20汝等彼日に、我わが父に居り、汝等我に居り、我汝等に居る事を曉らん。
21我命令を有して之を守る者は、是我を愛する者なり、我を愛する者は我父に愛せらるべく、我も之を愛して之に己を顯すべし、と。
22彼イスカリオテに非ざるユダ、イエズスに謂ひけるは、主よ何爲ぞ、己を我等に顯して世に顯し給はざるや。
23イエズス答へて曰ひけるは、人若我を愛せば、我言を守らん、斯て我父は彼を愛し給ひ、我等彼に至りて其内に住まん、
24我を愛せざる者は我言を守らず、而して汝等の聞きしは我言に非ずして、我を遣し給ひし父のなり。
25我尙汝等と共に居りて是等の事を汝等に語りしが、
26父の我名に由りて遣はし給ふべき弁護者たる聖靈は、我が汝等に謂ひし總ての事を敎へ、且思出でしめ給ふべし。
27我は平安を汝等に遺し、我平安を汝等に與ふ、我が之を與ふるは、世の與ふる如くには非ず、汝等の心騷ぐべからず、又怖るべからず、
28曾て我往きて復汝等に來らんとと云ひしは、汝等が聞ける所なり、汝等我を愛するならば、必ず我が父の許に歸るを喜ぶならん、父は我より更に大いに在せばなり。
29今事の成るに先だちて我が汝等に告げたるは、其成りて後汝等に信ぜしめん爲なり。
30最早多く汝等に語らじ、蓋此世の長來る、彼は我に何の權をも有せず。
31然れど我が父を愛して父の我に命じ給ひし如く行ふ事を世の知らん爲に、立て、將此處より去らん。
1我は眞の葡萄樹にして、我父は栽培者なり、
2我に在る枝の果を結ばざる者は、父悉く之を伐去り、果を結ぶ者は、尙多く果を結ばしめん爲に、悉く之を切透かし給ふべし。
3我が汝等に語りたる言に由りて汝等は既に潔きなり。
4我に止れ、我も亦汝等に止るべし。枝が葡萄樹に止るに非ずば自ら果を結ぶこと能はざる如く、汝等も我に止るに非ずば能はじ。
5我は葡萄樹にして汝等は枝なり、我に止り我が之に止る人、是多くの果を結ぶ者なり、蓋我を離れては、汝等何事をも爲す能はず。
6人若我に止らずば枝の如く棄てられて枯れ、然て拾はれ、火に投入れられて焚けん。
7汝等若我に止り、我言汝等に止らば、欲する所を願はんに叶へらるべし。
8我父の據りて以て光榮を得給ふは、汝等が夥しき果を結びて我弟子と成らん事是なり。
9父の我を愛し給へる如く、我も亦汝等を愛せり、汝等我愛に止れ。
10若我命を守らば汝等我愛に止る事、我も我父の命を守りて其愛に止るが如くなるべし。
11是等の事を汝等に語れるは、我喜汝等の衷に在りて、汝等が喜の全うせられん爲なり。
12汝等相愛すること、我が汝等を愛せしが如くせよ、是我命なり。
13誰も其友の爲に生命を棄つるより大いなる愛を有てる者はあらず。
14汝等若我が命ずる所を行はば是我友なり。
15我最早汝等を僕と呼ばじ、僕は其主の爲す所を知らざればなり。然て我は汝等を友と呼べり、是總て我父より聞きし事を悉く汝等に知らせたればなり。
16汝等が我を選みたるに非ず、我こそ汝等を選みて立てたるなれ、是汝等が往きて果を結び其果永く存して、我名によりて父に何事を願ふも、父が汝等に之を賜はん爲なり。
17我が斯く汝等に命ずるは、汝等が相愛せん爲なり。
18世若汝等を憎まば、汝等より先に我を憎めりと知れ。
19汝等世のものなりしならば、世は己がものとして愛せしならん、然れども、世のものに非ずして、我が世より選出せる汝等なれば、世は汝等を憎むなり。
20僕は其主より大いならず、と我が曾て汝等に語りしを記憶せよ、人我を迫害したれば、亦汝等をも迫害せん、我言を守りたれば、亦汝等の言をも守らん、
21然れども此凡ての事は、彼等我名の爲に之を汝等に爲さん、是我を遣はし給ひし者を知らざる故なり。
22若我が來りて彼等に告ぐる事なかりせば、彼等罪なかりしならん。然れど今は其罪を推*くるに所なし。
23我を憎む人は我父をも憎むなり、
24若我彼等の中に在りて、何人も曾て爲さざりし業を行はざりせば、彼等罪なかりしならん。然れど今は現に之を眼前に見て而も我と我父とを憎みたるなり。
25但し是彼等の律法に錄して「彼等謂なく我を憎めり」とある言の成就せん爲なり。
26斯て父の許より我が遣はさんとする弁護者、卽ち父より出づる眞理の靈來らば、我に就きて證明を爲し給はん、
27汝等も初より我に伴へるに由りて亦證明を爲さん。
1我が斯く汝等に語りしは、汝等の躓かざらん爲なり。
2人々汝等を會堂より逐出さん、而も汝等を殺す人凡て自ら神に盡すと思ふ時來らん。
3人の斯る事を汝等に爲さんとするは、父をも我をも知らざる故なり。
4但し我が斯く汝等に語りたるは、時至らば汝等をして、我が之を告げたるを思出でしめんが爲なり。
5而も之を初より告げざりしは、汝等と共に居りし故なり、今我を遣はし給ひし者に至らんとするに、何處に至るぞと我に問ふ者、汝等の中に一人もあらず、
6然れど斯く語りしに因りて、憂汝等の心に滿てり。
7然りながら我實を以て汝等に告ぐ、我が去るは汝等に利あり、我若去らずば弁護者は汝等に來るまじきを、去りなば我之を汝等に遣はすべければなり。
8彼來らば世を責めて、罪と義と審判とに就きて其過を認めしめん。
9罪に就きてとは、人々我を信ぜざりし故なり。
10義に就きてとは、我父の許に去りて汝等最早我を見ざるべき故なり。
11審判に就きてとは、此世の長既に審判せられたる故なり。
12我が汝等に云ふべき事尙多けれども、汝等今は之に得堪へず。
13彼眞理の靈來らん時、一切の眞理を汝等に敎へ給はん。其は己より語るに非ずして、悉く其聞きたらん所を語り、又起るべき事を汝等に告げ給ふべければなり。
14彼は我に光榮あらしむべし、其は我がものを受取りて汝等に示し給ふべければなり。
15凡て父の有し給ふものは悉く我ものなり、彼は我ものを受取りて汝等に示し給はんと云へるは、之を以てなり。
16暫くにして汝等最早我を見ざるべく、又暫くにして我を見ん、是我父に至ればなり、[と曰へり]。
17是に於て弟子の或人々、暫くにして汝等我を見ざるべく、又暫くにして我を見ん、又我父に至ればなり、と曰へるは何事ぞ、と語合ひつつ、
18然て、暫くにしてと曰へるは何ぞや、我等は其語り給ふ所を知らず、と云ひ居りしに、
19イエズス彼等が己に問はんと欲するを曉りて曰ひけるは、汝等は、暫くにして汝等を見ざるべく、又暫くにして我を見ん、と我が云へるを僉議し合へるか、
20誠に實に汝等に告ぐ、汝等は悲しみ且泣かんに世は喜ぶべく、汝等は憂ふべけれども、其憂は變りて喜となるべし。
21婦の産まんとするや、我時期來れりとて憂ふれども、既に子を産み了れば、世に人一人生れたる喜によりて、最早苦痛を覺ゆる事なし。
22汝等も今は憂を懷けども、我再び汝等を見ば、汝等の心は喜ぶべく、而も其喜を汝等より奪ふ者なかるべし。
23彼日には、汝等何事をも我に問はざらん。誠に實に汝等に告ぐ、汝等もし我名によりて父に求むる所あらば、父は之を汝等に賜ふべし。
24汝等今までは、我名によりて何をも求めざりしが、求めよ、然らば受け得て汝等の喜全かるべし。
25我喩を以て斯く汝等に語りしかど、最早喩を以て語らずして明白に父に就きて汝等に告ぐべき時は來る、
26其日には汝等我名によりて求めん、而も我汝等の爲に父に祈らんとは云はず、
27其は汝等我を愛して、我が神より出でたるを信じたるが故に、父自ら汝等を愛し給へばなり。
28我は父より出でて世に來りしが、復世を離れて父に至る、と曰ひしかば、
29弟子等云ひけるは、今は明白に語り給ひて豪も喩を語り給はず。
30今にして我等は、汝が萬事を知り給ひて、人の問ふを待ち給はざる事を知り、是によりて汝の神より出で給へる事を信ず、と。
31イエズス彼等に答へ給ひけるは、汝等は今信ずるか、
32看よ時は來る、最早來れり、汝等は何れも己がじし散亂れて我を獨り棄置くに至らん。然れど我は獨に非ず、其は父我と共に在せばなり。
33斯く汝等に語りたるは、汝等が我に於て平安を得ん爲なり。世に於ては汝等難に遇はん、然れど賴もしかれ、我は世に勝てり、と。
1イエズス斯く語り果てて、目を翹げ天を仰ぎて曰ひけるは、父よ時來れり、御子をして汝に光榮あらしめん爲に、御子に光榮あらしめ給へ、
2其は父より賜はりし人々に永遠の生命を與へしめんとて、之に萬民の上に權能を賜ひたればなり。
3抑永遠の生命は、唯一の眞の神にて在す汝と、其遣はし給へるイエズス、キリストとを知るに在り。
4我は地上にて汝に光榮あらしめ、我に爲さしめんとて賜ひし業を全うせり。
5父よ、世界の存在に前だちて我が汝と共に有せし光榮を以て、今汝と共に我に光榮あらしめ給へ。
6我は、此世より選みて我に賜ひし人々に御名を顯せり。彼等汝のものたりしに之を我に賜ひ、彼等は汝の言を守り、
7我に賜ひし事悉く汝より出づることを今にして曉れり。
8蓋我に賜ひし言を我彼等に授け、彼等は之を受けて、深く我が汝より出でたるを曉り、汝の我に遣はし給ひしことを信ぜり。
9我彼等の爲に祈る。我が祈るは世の爲に非ずして、我に賜ひたる人々の爲なり、彼等は汝のものなればなり。
10我ものは悉く汝のもの、汝のものは我ものにして、我彼等の中に光榮を得たり。
11我最早世に居らず、彼等は世に居り、我は汝に至る。聖なる父よ、我に賜ひたる人々を御名を以て護り給へ、是我等の如く彼等も一ならん爲なり。
12我彼等と共なりし間、御名を以て彼等を護り居たりしが、我に賜ひたる人々を保ち、其中の一人も失せず、唯聖書の成就せん爲に、亡の子の失せたるのみ。
13今は我汝に至る、世に在りて斯く語るは、我喜を彼等の身に圓滿ならしめんが爲なり。
14我は御言を彼等に授け、世は彼等を憎めり、是は我も世のものに非ざる如く、彼等は世のものに非ざればなり。
15我が祈るは彼等を世より取去り給へとには非ず、彼等を護りて惡を逃れしめ給へとなり。
16我も世のものに非ざる如く、彼等は世のものに非ず、
17願くは彼等を眞理の中に聖ならしめ給へ、御言は卽ち眞理なり、
18我を世に遣はし給ひし如く、我も彼等を世に遣はせり、
19且彼等をも眞理の中に聖ならしめんとして、彼等の爲に己を聖ならしむ。
20我が祈るは彼等の爲のみならず、又彼等の言によりて我を信ずる人々の爲にして、
21彼等が悉く一ならん爲なり。父よ、是汝の我に在し我が汝に居るが如く、彼等も我等に居りて一ならん爲にして、汝の我を遣はし給ひし事を世に信ぜしめんとてなり。
22我に賜ひし光榮を我彼等に與へたり、是は我等の一なるが如く、彼等も一ならん爲なり。
23我彼等に居り汝我に在す、是は彼等が一に全うせられん爲、又汝の我を遣はし給ひし事と、我を愛し給ひし如く彼等をも愛し給ひし事とを、世の曉らん爲なり。
24父よ、願くは我に賜ひし人々も、我が居る處に我と共ならん事を、是世界開闢以前より我を愛し給ひて我に賜ひたる我光榮を、彼等に見せん爲なり。
25正しき父よ、世は汝を知らざれども我は汝を知り、彼等も亦汝の我を遣はし給ひしことを知れり。
26我は御名を彼等に知らせたり、又知らせんとす、是我を愛し給ひたる愛の彼等に存して、我も彼等に居らん爲なり、[と曰へり]。
1イエズス斯く曰ひて、弟子等と共にセドロンの溪流の彼方に出で給ひしが、其處に園の在りけるに、弟子等を伴ひて入り給へり。
2イエズス屡弟子と共に此處に集り給ひければ、彼を賣れるユダも處を知り居たり。
3然ればユダは、一隊の兵卒及び下役等を大司祭ファリザイ人より受けて、提燈と炬火と武器とを持ちて此處に來れり。
4イエズス我が身に來るべき事を悉く知り給ひて、進出でて彼等に向ひ、誰を尋ぬるぞ、と曰ひしかば彼等、ナザレトのイエズスを、と答へしに、
5イエズス、其は我なり、と曰ひしが、彼を付せるユダも彼等と共に立ち居たり。
6然てイエズスが我なりと曰ふや、彼等後退して地に倒れたり。
7イエズス乃ち復、汝等誰を尋ぬるぞ、と問ひ給ひしに彼等、ナザレトのイエズスを、云ひたれば、
8イエズス答へ給ひけるは、我既に我なりと汝等に告げたり、我を尋ぬるならば、此人々を容して去らしめよ、と。
9是曾て、我に賜ひたる人々を我一人も失はざりき、と曰ひし御言の成就せん爲なり。
10時にシモン、ペトロ剣を持ちたりしかば、拔きて大司祭の僕を擊ち、其右の耳を切落ししが、其僕の名をマルクスと云へり。
11然てイエズスペトロに曰ひけるは、汝の剣を鞘に收めよ、父の我に賜ひたる杯は我之を飲まざらんや、と。
12斯て兵隊、千夫長、及びユデア人の下役等、イエズスを捕へて之を縛り、
13先アンナの許に引行けり、是其年の大司祭たるカイファの舅なるが故にして。
14カイファは曾てユデア人に向ひて、一人が人民の爲に死するは利なり、との忠告を與へたりし人なり。
15然るにシモン、ペトロ及び他の一人の弟子、イエズスの後に從ひたりしが、彼弟子は曾て大司祭に知られたりければ、イエズスと共に大司祭の庭に入りしも、
16ペトロは門の外に立ちてありしに、彼大司祭に知られたりし弟子出でて門番の婦に語らいしかば、ペトロを内に入れたり。
17斯て門番の婦ペトロに向ひ、汝も彼人の弟子の一人ならずや、と云ひしに彼、然らずと云へり。
18時しも寒かりければ、僕及び下役等、炭火の傍に立ちて煬り居るに、ペトロも立交りて煬り居れり。
19然て大司祭は其弟子と敎とに就きてイエズスに問ひしかば、
20イエズス之に答へ給ひけるは、我は白地に世に語り、何時も凡てのユデア人の相集まる會堂及び[神]殿にて敎へ、何事をも密に語りし事なし、
21汝何ぞ我に問ふや、我が語りし所を聽聞したる人々に問へ、彼等こそ我が言ひし所を知るなれ、と。
22斯く曰ひしかば、立合へる一人の下役、手にてイエズスの頰を打ち、汝大司祭に答ふるに斯の如きか、と云ひしを、
23イエズス答へ給ひけるは、我が言ひし事惡くば其惡き所以を證せよ、若善くば何爲ぞ我を打つや、と。
24斯てアンナはイエズスを縛りたる儘に、大司祭カイファの許に送りたりき。
25然てシモン、ペトロ火に煬りつつ立てるに、人々、汝も彼が弟子の一人ならずや、と云ひしかばペトロ否みて、然らずと云へり。
26又一人、大司祭の僕にしてペトロに耳を切落とされし人の親族なる者、我汝が園にて彼に伴へるを見たるに非ずや、と云ふを、
27ペトロ又否みたるに、鷄忽ち鳴へり。
28斯て人々、イエズスをカイファの許より官廰に引きしが、時は天明なりき。彼等は汚れずして過越の犧牲を食し得ん爲に、其身は官廰に入らざりしかば、
29ピラト彼等の居る所に出でて、汝等彼人に對して如何なる事を告訴するぞ、と云ひしに、
30彼等答へて、彼若惡人ならずば我等之を汝に付さざりしならん、と云ひければ、
31ピラト彼等に向ひ、汝等之を引受けて汝等が律法の儘に審け、と云ひしにユデア人、我等は人を殺す事を允されず、と云へり。
32是イエズスが曾て、如何なる死狀を以て死すべきかを、示して曰ひし御言の成就せん爲なりき。
33是に於てピラト再び官廰に入り、イエズスを呼出して、汝はユデア人の王なるか、と云ひしに、
34イエズス答へ給ひけるは、汝之を己より云へるか、又人我に就きて汝に告げたるか。
35ピラト答へけるは、我豈ユデア人ならんや、汝の國民と大司祭等と汝を我に付したるが、汝何を爲したるぞ。
36イエズス答へ給ひけるは、我國は此世のものに非ず、若我國此世のものならば、我をユデア人に付されじとて、我臣僕は必ず戰ふならん、然れど今我國は茲のものならず、と。
37斯てピラトイエズスに向ひ、然らば汝は王なるか、と云ひしにイエズス答へたまいけるは、汝の云へる[が如し、]我は王なり、我之が爲に生れ、之が爲に世に來れり。卽ち眞理に證明を與へん爲なり、總て眞理に據れる人は我聲を聽く、と。
38ピラトイエズスに謂ひけるは、眞理とは何ぞや、と。斯く云ひて再びユデア人の所に出行き、彼等に云ひけるは、我彼人に何の罪をも見出さず、
39但し過越祭に當りて、我汝等に一人を赦すは汝等の慣例なるが、然らばユデア人の王を我より赦されん事を欲するか、と。
40是に於て彼等復一同に叫びて、其人ならでバラバを、と云へり、バラバは卽ち强盜なりき。
1其時ピラトイエズスを捕へて之を鞭ち、
2兵卒等は茨の冠を編みて御頭に冠らせ、又赤き上衣を着せ、
3然て御前に至りて、ユデア人の王よ、安かれ、と云ひて手を以て御頰を打ち居たり。
4斯てピラト復出來り、人々に向ひて言ひけるは、我が何の罪をも彼に見出さざる事を汝等に知らしめん爲に、看よ彼を汝等の前に引出すぞ、と。
5此に於てイエズス、茨の冠赤き上衣にて出來り給ひしかば、ピラト、看よ人を、と云ひしに、
6大司祭及び下役等イエズスを見るや叫出でて、十字架に釘けよ、十字架に釘けよ、と云ひければピラト、汝等自ら之を執りて十字架に釘けよ、我は何の罪をも之に見出さざるを、と云ひしに、
7ユデア人答へけるは、我等に律法あり、其律法によりて彼は死せざるべからず、其は、己を神の子としたればなり、と。
8ピラト此言を聞きて、益懼れ、
9復官廰に入りてイエズスに向ひ、汝は何處の者ぞ、と云ひしかど、イエズス答へ給はざれば、
10ピラト云ひけるは、汝我に言はざるか、汝を十字架に釘くるの權も、亦免すの權も、我に在る事を知らざるか、と。
11イエズス答へ給ひけるは、汝上より與へられたるに非ずば、我に對して何らの權あらんや。我を汝に付したる者の罪、是に於てか更に大いなり、と。
12是よりピラト復イエズスを免さんと謀り居たれども、ユデア人叫びて、汝若此人を免さばセザルの忠友に非ず、凡て己を王とする人はセザルに叛く者なればなり、と云ひければ、
13ピラト斯る言を聞きてイエズスを伴出し、切嵌の敷石、ヘブレオ語にてはガパタと云へる處にて、審判席に就けり。
14恰も過越祭の用意日にして、十二時頃なりしが、ピラトユデア人に向ひ、看よ汝等の王を、と云ひしに、
15彼等、取除けよ、取除けよ、十字架に釘けよ、と叫び居ければピラト彼等に、我豈汝等の王を十字架に釘けんや、と云へるを大司祭等、セザルの外我等に王なし、と答へたり。
16斯てピラト、十字架に釘くる爲にイエズスを彼等に付しければ、兵卒等之を取りて引出ししが、
17イエズス自ら十字架を負ひ、彼髑髏、ヘブレオ語にてゴルゴタと云へる處に出で給へり。
18彼等此處にて之を十字架に釘け、又別に二人を左右に、イエズスをば中央にして磔けたり。
19然るにピラト亦罪標を書きて十字架の上に置きしが、ユデア人の王ナザレトのイエズスと記されたりき。
20イエズスの十字架に釘けられ給ひし處は市街に近くして、罪標はヘブレオとギリシアとラテンとの語にて書きたれば、ユデア人の中に之を讀みたる者多し。
21然ればユデア人の大司祭等ピラトに向ひ、ユデア人の王と書かずして、ユデア人の王と自稱せし者と書き給へ、と云ひしをピラトは、
22我が書きし所は書きし[儘なれ、]と答へたり。
23斯て兵卒等、イエズスを十字架に釘けし後、其衣服と下衣とを受け、衣服は四分して一人に一分づつ分ちしが、下衣は上より一つに織りたる縫目なき物なりしかば、
24之を裂かずして、誰のになるべきか鬮引にせんと言合へり。是聖書に錄して「彼等は互に我が衣服を分ち、我下衣を鬮引にせり」とある事の成就せん爲にして、卽ち兵卒等は實に此事を爲せるなり。
25然てイエズスの十字架の傍に、其母と母の姉妹、卽ちクレオファの[妻]マリアと、マグダレナ、マリアと立ちてありしが、
26イエズス其母と愛せる弟子との立てるを見給ひて母に向ひ、婦人よ、是汝の子なり、と曰ひ、
27次に弟子に向ひて、是汝の母なり、と曰ひければ、此時より其弟子イエズスの母を我家に引取りたり。
28軈てイエズス何事も成り終れるを知り給ひて、聖書の成就し果てん爲に、我渴くと曰ひしが、
29其處に醋の滿ちたる器置かれてありしに、兵卒等海綿を醋に浸し、イソプに刺して其口に差付けしかば、
30イエズス醋を受け給ひて、成り終れりと曰ひ、首を垂れて息絕え給へり。
31時は用意日にて大安息日の前なれば、安息日に屍の十字架上に遺らざらん爲に、其脛を折りて取下さん事を、ユデア人ピラトに願ひしかば、
32兵卒等來りて、先なる者及び共に十字架に釘けられたる他の一人の脛を折りしが、
33イエズスに至り、其既に死し給へるを見て脛を折らざりき。
34然れど兵卒の一人鎗もて其脇を披きしかば、直に血と水と流出でたり。
35目擊せし人之を證明せしが、其證明は眞實にして、彼は其云ふ所の眞實なるを知れり、是汝等にも信ぜしめん爲なり。
36是等の事の成りしは、聖書に「汝等其骨の一も折るべからず」とある事の成就せん爲なり。
37更に又聖書に曰く「彼等は其貫けるものを仰ぎ見ん」と。
38其後アリマテアのヨゼフ、ユデア人を憚りて密にはすれども、イエズスの弟子なれば、其御屍を引取らん事をピラトに願ひしに、ピラト許ししかば來りてイエズスの御屍を取下せり。
39又嚮に夜イエズスに至りしニコデモも、没藥と蘆薈との混合物を百斤許携へて來りしが、
40兩人イエズスの御屍を受取り、ユデア人の葬の習慣に從ひて香料と共に布にて之を捲けり。
41然てイエズスの十字架に釘けられ給ひし處に園ありて、園の中に未だ誰をも葬らざる墓ありければ、
42彼等はユデア人の用意日なるに因り、墓の手近きに任せて、イエズスを其處に斂めたり。
1週の第一日、マグダレナ、マリア朝爽に墓に往き、墓より石の取除けられたるを見しかば、
2走りてシモン、ペトロ及びイエズスの愛し居給ひし今一人の弟子の許に至り、主を墓より取去りたる人あり、何處に置きたるか我等は之を知らず、と云ひければ、
3ペトロと彼一人の弟子出でて墓に往けり。
4二人共に走り居りしが、彼一人の弟子ペトロに走勝ちて先墓に着き、
5身を屈めて、布の橫はれるを見しも、未だ内に入らざる程に、
6シモン、ペトロ後より來り、墓に入りて見れば布は橫はりて、
7頭を覆ひたりし汗拭は布と共に置かれずして、卷きて別の處に在りき。
8其時先墓に着きし彼一人の弟子も内に入り、見て信じたり。
9其は彼等未だ、イエズスが死者の中より復活し給ふべし、との聖書を知らざりければなり。
10斯て兩人の弟子は己が家に歸れり。
11然れどマリアは墓の外に立ちて泣き居りしが、泣きつつ身を屈めて墓を覗きしに、
12白衣を着たる二の天使、イエズスの御屍の置かれたりし處に、一は頭の方に、一は足の方に坐せるを見たり。
13彼等マリアに向ひ、婦よ、何故に泣くぞ、と云ひしかば、マリア云ひけるは、我主を取去りたる人ありて、何處に置きたるか我之を知らざる故なり、と。
14斯く言終りて後を回顧りしに、イエズスの立ち給へるを見たり。然れど其イエズスなる事を知らざりしが、
15イエズス之に、婦よ、何故に泣くぞ、誰を尋ぬるぞ、と曰ひしかば、マリア園丁ならんと思ひて之に謂ひけるは、君よ、若汝が彼を取去りしならば、其置きたる處を我に告げよ、我之を引取るべし、と。
16イエズス、マリアよ、と曰ひければ彼回顧りて、ラボニ、卽ち師よ、と云へり。
17イエズスこれに向ひ、我未だ我父に陟らざれば我に觸るる事勿れ、但先わが兄弟等に至りて、我は汝等の父なる我父、汝等の神なる我神に陟ると云へ、と曰ひければ、
18マグダレナ、マリア往きて、我主を見たり、我に云々曰へり、と弟子等に告げたり。
19斯て其日、卽ち週の第一日既に暮れて、弟子等ユデア人の怖しさに戶を閉ぢて集れる處に、イエズス來りて其中に立ち曰ひけるは、汝等安かれ、と。斯く曰ひて、
20手と脇とを彼等に示し給ひければ、弟子等主を見て喜べり。
21イエズス復曰ひけるは、汝等安かれ、父の我を遣はし給ひし如く、我も汝等を遣すなり、と。
22斯く曰ひて、息吹掛けて曰ひけるは、聖靈を受けよ、
23汝等誰の罪を赦さんも其罪赦されん、誰の罪を止めんも其罪止められたるなりと。
24然るに十二人の一人にしてチヂモと呼ばるるトマは、イエズスの來り給ひし時彼等と共に居らざりしかば、
25他の弟子等之に向ひ、我等は主を見たり、と云ひしに、彼云ひけるは、我は其手に釘の痕を見て、其釘の處に我指を入れ、其脇に我手を入るるに非ずば信ぜじ、と。
26八日の後、弟子等復内にありてトマも共に居りしが、戶は閉ぢたるにイエズス來りて眞中に立ち給ひ、汝等安かれ、と曰ひて、
27軈てトマに曰ひけるは、汝指を茲に入れて我手を見よ、手を伸べて我脇に入れよ、不信者とならずして信者となれ、と。
28トマ答へて、我主よ、我神よ、と云ひしかば、
29イエズス之に曰ひけるは、トマ汝は我を見しによりて信じたるが、見ずして信ぜし人々こそ福なれ、と。
30此外にも尙數多の徵を、イエズス弟子等の眼前に爲し給ひしかど本書には書載せず。
31是等の事を書載せられたるは、汝等がイエズスの神の御子キリストたる事を信ぜん爲、信じて御名によりて生命を得ん爲なり。
1其後イエズス、又チベリアデの湖邊にて己を弟子等に現し給ひしが、其現し給ひし次第は次の如し。
2シモン、ペトロとチヂモと呼ばるるトマと、ガリレアのカナ生れなるナタナエルと、ゼベデオの子等と、尙外に二人の弟子共に在りけるに、
3シモン、ペトロ、我漁に往く、と云ひしかば彼等、我等も共に往く、と云ひて、皆出行きて船に乘りしに、其夜は何をも獲ざりき。
4然て天明に至りてイエズス濱に立ち給へり、然りながら弟子等は其イエズスなる事を認めざれば、
5イエズス彼等に向ひ、子等よ肴あるか、と曰ひしに彼等、無しと答へたり。
6イエズス、網を船の右に下せ、然らば獲物あらん、と曰ひければ、彼等下したるに、魚夥しくして、網を引くこと能はざれば、
7イエズスの愛し給へる彼弟子ペトロに向ひて、主なり、と云ひしをシモン、ペトロ、主なりと聞くや、裸なりければ上衣を纏ひて湖に飛入り、
8他の弟子等は魚の滿てる網を引きつつ船にて來れり、陸を距る事遠からず、凡そ五十間許なりければなり。
9陸に上りて見れば既に炭火ありて、其上に一の魚の乘せられたるあり、又麪ありき。
10イエズス彼等に向ひ、汝等が今獲りたる魚を持來れと曰ひしかば、
11シモン、ペトロ乘りて、大なる魚百五十三尾まで充滿たる網を陸に引來りしが、斯くまで夥しかりしかど網は裂けざりき。
12イエズス彼等に、來りて食せよ、と曰ひしに、弟子等其主なることを知りて、汝は誰ぞと敢て問ふ者一人もなかりしが、
13イエズス近づき給ひ、麪を取りて彼等に與へ、魚も亦同じ樣にし給へり。
14イエズスが死者の中より復活して、其弟子等に現れ給ひしは是にて既に三度目なりき。
15然て彼等食したるに、イエズスシモン、ペトロに曰ひけるは、ヨハネの[子]シモン、汝は此人々に優りて我を愛するか、と。彼、主よ、然り、我が汝を愛するは汝の知り給ふ所なり、と云ひしかばイエズス、我羔を牧せよ、と曰へり。
16又再び、ヨハネの[子]シモン、汝は我を愛するか、と曰ひしに、彼、主よ、然り、我が汝を愛するは汝の知り給ふ所なり、と云ひしかばイエズス我羔を牧せよ、と曰へり。
17三度之に向ひて、ヨハネの[子]シモン、汝は我を愛するか、と曰ひしかば、ペトロは、我を愛するかと三度まで言はれたるを憂ひしが、主よ、萬事を知り給へり、我が汝を愛するは汝の知り給ふ所なり、と云ひしに、イエズス之に曰ひけるは、我羊を牧せよ。
18誠に實に汝に告ぐ、汝若かりし時、自ら帶して好む處を步み居たりしが、老いたらん後は手を伸べん、而して他の者汝に帶して、其好まざる處に導かん、と。
19是ペトロが如何なる死を遂げて神に光榮あらしむべきかを示して曰ひしなり。然て之を曰ひ果てて、我に從へ、とペトロが曰ひしが、
20ペトロ回顧りてイエズスの愛し居給ひし彼弟子、卽ち晚餐の時イエズスの御胸に橫はりて、主よ汝を付す者は誰なるぞ、と云ひし弟子の從へるを見たり。
21ペトロ之を見てイエズスに向ひ、主よ、彼は如何に、と云ひしに、
22イエズスペトロに曰ひけるは、我が來るまでに彼の留らん事を命ずとも、汝に於て何かあらん、汝は我に從へ、と。
23然れば彼弟子死せずとの說兄弟等の中に傳はりしが、彼死せず、とイエズスのペトロに曰ひしには非ず、唯我が來るまで彼の留らん事を命ずとも、汝に於て何かあらん、と曰ひしのみ。
24此等の事に就きて證明し、此等の事を書きし人は、卽ち彼弟子にして、我等は其證明の眞實なる事を知る。
25然れどイエズスの爲し給ひし事尙此他にも夥しく、若之を一々書記さば、我思ふに書記すべき書籍は、世界すらも載盡すこと能はざるべし。