<聖書<我主イエズスキリストの新約聖書
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
マルコ聖福音書3 第3篇
1天明けて直に、大司祭等は、律法學士長老等及全議會と謀りてイエズスを縛り、召連れてピラトに付ししが、
2ピラトイエズスに向ひ、汝はユデア人の王なるか、と問ひしに、答へて、汝の云へる[如し]、と曰へり。
3斯て大司祭等數多の事を以て訟へければ、
4ピラト復イエズスに問ひて、汝は何をも答へざるか、彼等の汝を訟ふる事柄の如何ばかりなるかを看よ、と云ひしも、
5イエズス尙何をも答へ給はざりしかば、ピラトは之を感嘆し居たり。
6然て祭日に當り、總督が、人々の乞ふ所の囚人一個を、彼等に釋すの例ありしが、
7茲に一揆の時人を殺して、一揆の者等と共に入獄したるバラバといへる者ありき。
8群衆出頭して例の如く爲られん事を願出でしに、
9ピラト答へて、汝等、ユデア人の王を我より釋されん事を欲するか、と云へり。
10是大司祭等が嫉によりて之を付したることを知ればなり。
11然るに大司祭等、寧バラバを己等に釋さしむべく、群衆を唆ししかば、
12ピラト又答へて、然らばユデア人の王を我が如何に處分せん事を欲するか、と云ひしに、
13彼等又、十字架に釘けよ、と叫びたり。
14ピラト、彼は何の惡を爲ししぞ、と云ひたれど、彼等益々、彼を十字架に釘けよ、と叫び居たり。
15ピラト人民を滿足せしめんと欲して、バラバを彼等に釋し、イエズスをば鞭ちて後、十字架に釘けん爲に引行せり。
16是に於て兵卒等、イエズスを廰の中庭に引出だして、全隊を呼集め、
17イエズスに赤き袍を着せ、茨の冠を編みて冠らせ、
18ユデア人の王よ安かれ、と云ひて、禮し始め、
19尙葦もて其頭を擊ち、唾吐きかけ、跪きて拜し居たり。
20嘲弄して後、赤き袍を褫ぎて、原の衣服を着せ、十字架に釘けんとて引出ししが、
21一個のシレネ人、名をシモンと呼びて、アレキサンデルとルフォとの父なるもの、田舎より來りて通りかかりければ、强て是に其十字架を負はせ、
22イエズスを、ゴルゴタと云ふ處に引行けり。ゴルゴタは(カルヴァリオ)卽髑髏の處と譯せらる。
23又没藥を和ぜたる葡萄酒を、イエズスに飲ましめんとしたれど、受け給はざりき。
24斯て之を十字架に釘くるや、誰が何を取るべきと、籤を抽きて其衣服を分てり。
25九時頃イエズスを十字架に釘けしが、
26其罪標にはユデア人の王と記されたりき。
27是と共に二人の强盜、一人は其右に、一人は其左に十字架に釘けられたり。
28斯て[聖]書に、「彼は罪人に列せられたり」とある事成就せり。
29往來の人々イエズスを罵り、首を搖りて云ひけるは、吁神殿を毀ちて三日の内に建直す者よ、
30十字架より下りて自らを救へ、と。
31大司祭等も亦同じく嘲りて、律法學士等と語合ひけるは、彼は他人を救ひしに、自らを救ふ能はず。
32イスラエルの王キリスト、今十字架より下りよ、然らば我等見て信ぜん、と。共に十字架に釘けられたる者等も、亦之を罵り居たり。
33十二時に至り、地上洽く暗黑となりて三時に及びしが、
34時にイエズス、聲高く呼はりて、エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニと曰へり。是は、我神我神、曷ぞ我を棄て給ひしや、と云ふ義なり。
35傍に立てる人々の中、或者等聞きて、エリアを呼ぶよ、と云ひけるに、
36一人走り行きて、酢を海綿に含ませ、葦に附けて飲ましめつつ、措け、エリア來りて彼を下すや否やを見ん、と云ひけるが、
37イエズス聲高く呼はりて、息絕え給へり。
38時に[神]殿の幕上より下まで二に裂けしが、
39イエズスの對面に立てる百夫長、斯く呼はりて息絕え給ひしを見て云ひけるは、實に此人は神の子なりき、と。
40又遥に眺め居たりし婦人等ありて、其中にはマグダレナ、マリア及小ヤコボとヨゼフとの母マリア、竝にサロメありき。
41彼等はイエズスのガリレアに居給ひし時、從ひて事へ居りしが、此外にイエズスと共にエルザレムに上りたりし婦人も多く居たりき。
42夕暮に及びて、安息日の前なる用意日なれば、
43頭立ちたる議員アリマテアのヨゼフ來り、己も神の國を待てる者なれば、憚らずしてピラトの許に至り、イエズスの屍を求めしが、
44ピラトはイエズス最早死亡したりやと訝り、百夫長を召して、既に死したりやと問ひ、
45百夫長より聞知りて後、ヨゼフに其屍を與へたり。
46ヨゼフ布を買ひて、イエズスを下して其布に包み、岩に鑿りたる墓に納め、其墓の入口に石を轉ばし置けり。
47マグダレナ、マリアとヨゼフの[母]マリアとは、イエズスの置かれ給ふ處を眺め居たりき。
1安息日過ぎて後マグダレナ、マリアとヤコボの母マリアとサロメと往きて、イエズスに塗らんとて香料を買ひ、
2一週の首の日に、朝早く出でて日既に昇れる頃墓に至り、
3誰か我等の爲に墓の入口より石を轉ばし退くべき、と互いに云ひ居りしが、
4目を翔げて見れば、石は既に取除きてあり、其は甚だ巨いなるものなりき。
5斯て墓に入るに及びて、右の方に白き衣服を着たる少年の坐せるを見て、驚怖れしかば、
6彼婦人達に云ひけるは、怖るること勿れ。汝等は十字架に釘けられ給ひしナザレトのイエズスを尋ぬれども、彼は復活し給ひて、此處には在さず。其置かれ給ひし處を見よ。
7但往きて、其弟子等とペテロとに至り、彼は汝等に先ちてガリレアに往き給ひ、曾て汝等に曰ひし如く、汝等彼處にて彼を見ん、と告げよ、と。
8婦人等怖れ戰きつつ墳より逃出でしが、恐怖の爲に何事をも人に語らざりき。
9然てイエズスは一週の首の日の朝復活し給ひて、先マグダレナ、マリアに現れ給ひしが、是曾て七個の惡魔を其身より逐出されし婦なり。
10彼往きて、イエズスと偕に在りし人々の哀哭きつつあるに告げしかど、
11彼等之を聞きて、イエズスが活きて此婦に見え給ひし事を信ぜざりき。
12其後彼等の中の二人、田舎に往かんとして步む途中、イエズス異なる姿にて現れ給ひしを、
13彼等往きて他の人々に告げしかど、亦之をも信ぜざりき。
14最後にイエズス、彼十一人の會食せるに現れ給ひ、己が復活し給へるを見たる人々の言を信ぜざりしを以て、彼等の不信仰と、心の頑固なる事を咎め給へり。
15斯て之に曰ひけるは、汝等、全世界に往きて、凡ての被造物に福音を宣べよ。
16信じ且洗せらるる人は救はれ、信ぜざる人は罪に定められん。
17然て信ずる人々には是等の徵伴はん、卽ち彼等は我名によりて惡魔を逐拂ひ、新しき言語を話し、
18蛇を捕へ、死毒を飲むも身に害なく、病人に按手せば其病癒えん、と。
19彼等に語り給ひて後、主イエズス天に上げられ給ひて、神の右に坐し給ふ。
20弟子等は出立して、徧く敎を宣べしが、主力を加へ給ひて、伴へる徵によりて言を證し給ひたりき。