<聖書<我主イエズスキリストの新約聖書
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
マルコ聖福音書2 第2篇
1一行橄欖山の下にて、エルザレムとペッファゼとベタニアとに近づける時、イエズス二人の弟子を遣はし給ふとて、
2之に曰ひけるは、向の邑に往け、然て其處に入らば、直に未人の乘らざる小驢馬の繫がれたるに遭はん、其を解きて牽來れ。
3若人ありて、何を爲すかと云はば、主之を要す、と云へ、然らば直に其を此處に遣はさん、と。
4弟子等往きて、門前の辻に小驢馬の外に繫がれたるに遇ひて、之を解きけるに、
5其處に立てる人々の中に、汝等小驢馬を解きて何とかする、と云ふ者ありければ、
6弟子等イエズスの命じ給ひし如く云ひしに、人々之を容せり。
7斯て小驢馬をイエズスの許に牽來り、己が衣服を其上に被けしかば、イエズス之に乘り給へり。
8多くの人己が衣服を道に鋪き、或人々は樹より枝を伐落して道に鋪きたりしが、
9先に立ち後に從ふ人々呼はりて、ホザンナ、
10主の名によりて來れる者は祝せられ給へ、我等の父ダヴィドの來る國は祝せられよ、最高き處にホザンナ、と云ひ居たり。
11イエズスエルザレムに入り、[神]殿に至りて洽く見廻し給ひしに、時既に夕暮なりしかば、十二人と共にベタニアに出で給へり。
12翌日一同ベタニアを出づる時、イエズス飢ゑ給ひしが、
13遥に葉ある無花果樹を見て、是に何をか見出だす事もやと、其處に至り給ひしに、葉の外に何をも見出だし給はざりき。其は無花果の期にあらざればなり。
14イエズス是に言ひて、今より後何時までも汝の實を食ふ人あらざれ、と曰ひしを弟子等聞きたりき。
15一同エルザレムに至り、イエズス神[殿]に入り給ひて、殿内に賣買する人々を逐出し始め、兩替屋の案と鴿賣る人々の榻とを倒し給ひ、
16器を携へて[神]殿を通る事を何人にも許し給はず、
17彼等に敎へて曰ひけるは、錄して「我家は萬民に祈の家と稱へられん」とあるにあらずや、然るに汝等之を强盜の巢窟と爲せり、と。
18司祭長律法學士等之を聞き、如何にしてかイエズスを亡ぼさんと相謀り居たり、其は群衆擧りて其敎を感嘆するによりて、彼を怖れたればなり。
19夕暮にはイエズス市より出で給ひしが、
20朝弟子等通りかかりて、彼無花果樹の根より枯れたるを見しかば、
21ペトロ思出して、ラビ看給へ、詛ひ給ひし無花果樹枯れたり、と云ひしに、
22イエズス答へて曰ひけるは、神を信仰せよ、
23我誠に汝等に告ぐ、誰にてもあれ此山に向ひ、汝拔けて海に投ぜよと云ひて、其心に逡巡がず、我が云ふ所は何にても成るべしと信ぜば、其事必成らん。
24故に我汝等に告ぐ、汝等何事をも祈りて求むれば悉く得べしと信ぜよ、然らば其事必汝等に成らん。
25又祈らんとて立つ時、人に對して恨あらば之を宥せ、是天に在す汝等の父も汝等の罪を赦し給はん爲なり。
26汝等若宥さずば、天に在す汝等の父も汝等の罪を赦し給はじ、と。
27一同再エルザレムに至りしが、イエズス[神]殿の内を步み給ふ時、司祭長、律法學士、長老等近づきて、
28云ひけるは、汝何の權を以て是等の事を爲すぞ、又是等の事を爲すべく、誰か、此權を汝に授けしぞ。
29イエズス答へて曰ひけるは、我も一言汝等に問はん、我に答へよ、然らば、我何の權を以て是等の事を爲すかを告げん。
30ヨハネの洗禮は天よりせしか、人よりせしか、我に答へよ、と。
31彼等心に慮りけるは、天よりと云はんか、然らば何ぞ彼を信ぜざりしと云はれん、
32人よりと云はんか、人民に憚る所ありと。其は皆ヨハネを眞に預言者と認めたればなり。
33斯てイエズスに答へて、我等之を知らず、と云ひしかば、イエズス答へて、我も何の權を以て此事等を爲すかを汝等に告げず、と曰へり。
1イエズス、喩を以て彼等に語出で給ひけるは、或人葡萄畑を造りて、籬を環らし、酒醡を堀り、物見臺を設け之を小作人に貸して遠方へ旅立ちしが、
2季節に至り、小作人より葡萄畑の果を受取らしめんとて、一人の僕を彼等に遣はししに、
3小作人等之を捕へて打ち、空手にて逐歸せり。
4再他の僕を遣はししに、彼等又其頭を傷け、大に之を辱めたり。
5更に他の僕を遣はししに、彼等之をも殺し、尙其他數人の[使]をも、或は打ち或は殺せり。
6爰に尙一人の最愛の子ありければ、彼等我子をば敬ふならん、とて最後に之をも遣はししに、
7小作人等語合ひけるは、是相續人なり、いざ來れかし彼を殺さん、然らば家督は我等の有と成るべし、と。
8乃ち捕へて之を殺し、葡萄畑の外に擲てり。
9然れば葡萄畑の主如何に之を處分せんか。彼は當に來りて、小作人等を打亡ぼし、葡萄畑を他人に貸與ふべし。
10汝等未此[聖]書を讀まざるか、卽「家を建つる人々の棄てし石は、隅の首石と爲られたり。
11是は主の手に爲されし事にて、我等の目には不思議なり」とあるなり、と。
12司祭長律法學士等は、イエズスが己等を斥して此喩を語り給ひし事を悟りたれば、之を捕へんと謀りたりしも、群衆を懼れたり。斯て遂に彼を舍きて去りしが、
13言質を捉へん爲に、ファリザイ人とヘロデの徒との中より、或人々をイエズスの許に遣はししに、彼等至りて是に云ひけるは、師よ、汝が眞實にして誰をも憚らざることは我等之を知る、其は人の面を見ず、眞理によりて神の道を敎へ給へばなり。
14セザルには稅を納むべきか、又は之を納めざるべきか、と。
15イエズス彼等の狡猾を知りて、汝等何ぞ我を試むるや。デナリオを持來りて我に見せよ、と曰ひしかば、
16彼等之を齎せり。然て曰ひけるは、此像と銘とは誰のなるぞ、と。彼等セザルのなりと云ひしに、
17イエズス答へて、然らばセザルの物はセザルに還し、神の物は神に還せ、と曰ひしかば、彼等大いにイエズスを感歎し居たり。
18復活なしと主張せるサドカイ人等、イエズスの許に至り、問ひて云ひけるは、
19師よ、モイゼの我等に書殘しし所によれば、若人の兄弟死して妻を後に遺し、子を遺さざる時は、其兄弟彼が妻を娶りて兄弟の爲に子を擧ぐべし、とあり。
20然るに兄弟七人ありて、兄妻を娶り子を遺さずして死し、
21其次の者之を娶りて亦子を遺さずして死し、第三の者も亦斯の如くにして、
22七人同じ樣に之を娶りしかど、子を遺さず、最後に婦も亦死せり。
23斯て復活の時彼等復活せば、彼婦は誰の妻となるべきか、其は七人皆之を娶りたればなり、と。
24イエズス答へて曰ひけるは、汝等は聖書をも神の能力をも知らざるが故に誤れるに非ずや。
25蓋死者の中より復活したらん時には、娶らず嫁がず天に於る天使等の如し。
26汝等死者の復活する事に就きては、モイゼの書中、荊棘の篇に神が彼に曰ひし所を讀まざりしか、卽曰へらく「我はアブラハムの神、イザアクの神ヤコブの神なり」と、
27死者の神には非ず、生者の神にて在す。然れば汝等大いに誤れり、と。
28一人の律法學士は、サドカイ人等の論じ合へるを聞き、イエズスの善く彼等に答へ給ひしを見て、是に近づき、凡ての掟の中、第一なるものは孰ぞ、と問ひしに、
29イエズス答へて曰ひけるは、凡ての掟の中第一なるものは卽、「イスラエルよ聽け、主なる汝の神は唯一の神なり。
30汝の心を盡し、魂を盡し、意を盡し、盡して能力を盡して、主なる汝の神を愛すべし」と、是第一の掟なり。
31第二も是に同じく、「汝の近き者を己の如く愛すべし」と是なり。是等より大いなる掟は他に在る事なし、と。
32律法學士云ひけるは、善し、師よ、汝の曰へる所は眞なり。實に神は唯一にして、彼の外他の[神]なし。
33又心を盡し、智惠を盡し、魂を盡し、力を盡して之を愛すべし、又近き者を己の如く愛するは、凡ての燔祭及犧牲に優れり、と。
34イエズス彼が賢く答へしを見て、汝は神の國に遠からず、と曰ひしが、此後敢てイエズスに問ふ者なかりき。
35イエズス[神]殿に於て敎へつつ居給ひし時、答へて曰ひけるは、律法學士等は如何ぞキリストをダヴィドの子なりと云ふや。
36蓋ダヴィド聖靈によりて自ら曰く「主我主に曰へらく、我汝の敵を汝の足臺と爲すまで、我右に坐せよ」と。
37斯くダヴィド自らキリストを主と稱ふるに、是如何にして其子ならんや、と。夥しき群衆、欣びて之を聞けり。
38イエズス敎を說きて人々に曰ひけるは、律法學士等に用心せよ、彼等は長き袍を着步く事、衢にて敬禮せらるる事、
39會堂にて上座を占むる事、宴席にて上席に着く事を好み、
40長き祈に託けて寡婦等の家を食盡すなり。彼等は一入長き審判を受くべし、と。
41イエズス、賽錢箱の向に坐して、群衆の錢を投入るる狀を眺め居給へるに、富者の多くは多分に投入れたりしが、
42一人の貧しき寡婦來りて、二ミスタ卽三厘計を入れしかば、
43イエズス弟子等を呼集めて曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、此貧しき寡婦は、賽錢箱に投入れたる凡ての人よりも多く入れたり。
44其は凡ての人は、其餘れる中より入れしに、此婦は其乏しき中より、總て有てる物、己が生計の料を悉く入れたればなり、と。
1イエズス[神]殿を出で給ふに、弟子の一人、師よ、視給へ、此石は如何に、此構造は如何に、と云ひしかば、
2イエズス答へて曰ひけるは、此一切の大建築を見るか、一の石も崩れずして石の上に遺されじ、と。
3イエズス橄欖山に於て、[神]殿に向ひて坐し給へるに、ペトロヤコボヨハネアンデリア特に是に問ひけるは、
4此事等は何時あるべきぞ。而して事の皆果され始めん時に、如何なる兆あるべきぞ、我等に告げ給へ、と。
5イエズス答へて彼等に曰ひけるは、汝等人に惑はされじと注意せよ。
6其は多くの人我名を冒し來りて、我はキリストなりと云ひて、多くの人を惑はすべければなり。
7汝等戰爭及戰爭の噂を聞きて懼るる勿れ、此事等は蓋有るべし、然れど終は未至らざるなり。
8卽民は民に、國は國に起逆ひ、地震飢饉處々にあらん、是等は苦の始なり。
9汝等自省みよ、蓋人々汝等を衆議所に付し、汝等は諸會堂にて鞭たれ、我爲に證據として、總督と王侯との前に立たんとす。
10然て福音は先萬民に宣傳へられるべし。
11人々汝等を引きて付さん時、何を云はんかと預案ずること勿れ、唯其時汝等に賜はらん事を云へ、其は言ふ者は汝等に非ずして聖靈なればなり。
12兄弟は兄弟を、父は子を死に付し、子等は兩親に立逆ひ、且之を殺さん。
13汝等我名の爲に凡ての人に憎まれん。然れど終まで耐忍ぶ人は救はるべし。
14汝等「最憎むべき荒廢」の、立つべからざる處に嚴然たるを見ば、讀む人は悟るべし。其の時ユデアに居る人々は山に遁るべし、
15屋の上に居る人は家の内に下り、家より何物をか取出さんとて内に入るべからず。
16畑に居る人は其上衣を取らんとて歸るべからず。
17其日に當りて懷胎せる人、乳を哺する人は禍なる哉。
18此事の冬に起らざらん事を祈れ。
19其は其日に際して、神が[萬物を]創造し給ひし開闢の始より今に至るまで曾て有らず、後にも復有らざらん程の難あるべければなり。
20主若其日を縮め給はずは、救はるる人なからん。然れど特に選み給ひし、選まれたる人々の爲に、其日を縮め給へり。
21其時汝等に向ひて、看よキリスト此處に在り、看よ彼處に在り、と云ふ者ありとも之を信ずること勿れ。
22其は僞キリスト、僞預言者等起りて、能ふべくば、選まれたる人々をさへ惑はさんとて、大いなる徵と不思議なる業とを爲すべければなり。
23然れば汝等省みよ。我預め一切を汝等に告げたるぞ。
24其時、斯る患難の後、日晦み、月其光を與へず、
25空の星隕ち、天に於る能力動搖せん、
26其時人々は、人の子が大いなる權力と榮光とを以て、雲に乘り來るを見ん。
27時に彼其使等を遣はし、地の極より天の極まで、四方より其選まれたる人を蒐集めしめん。
28汝等無花果樹より喩を學べ、其枝既に柔ぎて葉を生ずれば、夏の近きを知る。
29斯の如く、此事等の成るを見ば、汝等亦其近くして門に至れるを知れ。
30我誠に汝等に告ぐ、此事等の皆成るまでは現代は過ぎざらん。
31天地は過ぎん、然れど我言は過ぎざるべし。
32其日其時をば、天に於る天使等も、子も、何人も知らず、唯父のみ[之を知り給ふ]。
33汝等注意し、警戒し、且祈祷せよ、蓋期の何時なるかを知らざればなり。
34其は恰も人、其家を去りて遠方に旅立つに當り、僕等に命じて、各其務を頒ち充て、門番には警戒する事を命じたるが如し。
35然れば汝等警戒せよ、家の主の來るは何時なるべきか、夕暮なるか夜半なるか、將鷄鳴く頃なるか朝なるか、之を知らざればなり。
36恐くは、彼遽に來りて汝等の寢ねたるを見ん。
37我汝等に云ふ所を凡ての人に云ふ、警戒せよ[、と曰へり]。
1然て過越と無酵麪との祝、最早二日の後にあるべければ、司祭長律法學士等、如何に詭りてかイエズスを捕へ且殺すべき、と相謀りたりしが、
2「祝日には之を爲すべからず、恐くは人民の中に騷動起らん」と云ひ居たり。
3イエズスベタニアに在りて、癩病者シモンの家にて食卓に就き給へるに、一人の女、價高き穗ナルドの香油を盛りたる器を持ちて來り、其器を破りて彼が頭に注ぎしかば、
4或人々心に憤りて、何の爲に香油を斯は費したるぞ、
5此香油は三百デナリオ以上に賣りて、貧者に施し得たりしものを、と云ひて、身顫しつつ此女を怒りたるに、
6イエズス曰ひけるは、此女を措け、何ぞ之を累はすや。彼は我に善業を爲ししなり。
7其は貧者は常に汝等の中に在れば、隨時に之を惠むことを得べけれど、我は常に汝等の中に居らざればなり。
8此女は、其力の限を爲して、葬の爲に預め我身に油を注ぎたるなり。
9我誠に汝等に告ぐ、全世界何處にもあれ、福音の宣傳へられん處には、此女の爲しし事も其記念として語らるべし、と。
10時に十二人の一人なるイスカリオテのユダ、イエズスを司祭長等に賣らんとて、彼等の許に至りしが、
11彼等之を聞きて喜び、金を與へんと約せしかば、ユダ如何にして機好くイエズスを付さんかと、企み居たり。
12斯て無酵麪の祝の首の日、卽過越[の羔]を屠る日、弟子等イエズスに向ひ、我等が何處に往きて過越の食を汝の爲に備へん事を欲し給ふか、と云ひしかば、
13イエズス二人の弟子を遣はすとて、是に曰ひけるは、市に行け、然らば水甁を肩にせる人汝等に遇はん、其後に從ひて行き、
14何處にもあれ、彼が入る家の主に向ひて云へ、師曰く、我が弟子と共に過越を食すべき席は何處なるぞ、と。
15然らば、彼既に整えたる大なる高間を汝等に示さん、其處にて我等の爲に備へよ、と。
16弟子等出でて市に至りしに、遇ふ所イエズスの曰ひし如くなりしかば、食事の準備を爲せり。
17夕暮に及びて、イエズス十二人と共に至り、
18一同席に着きて食しつつあるに、イエズス曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、汝等の中一人、我と共に食するもの、我を付さんとす、と。
19彼等憂ひて、各我なるかと云出でしに、
20イエズス彼等に曰ひけるは、十二人の一人にして、我と共に手を鉢に着くるもの、卽是なり。
21抑人の子は、己に就きて錄されたる如く逝くと雖、人の子を付す者は禍なる哉、此人生れざりしならば、寧其身に取りて善かりしものを、と。
22弟子等の食するに、イエズス麪を取り、祝して之を擘き、彼等に與へて曰ひけるは、取れよ汝等、是我體なり、と。
23又杯を取り、謝して彼等に與へ給ひ、皆之を以て飲みしが、
24イエズス彼等に曰ひけるは、是衆人の爲に流さるべき新約の我血なり。
25我誠に汝等に告ぐ、神の國にて、汝等と共に新なるものを飲まん日までは、我今より復此葡萄の液を飲まじ、と。
26斯て贊美歌を誦へ畢り、彼等橄欖山に出行きしが、
27イエズス曰ひけるは、汝等皆今夜我に就きて躓かん、其は錄して「我牧者を擊たん、斯て羊散らされん」とあればなり、
28然れど我復活したる後、汝等に先だちてガリレアに往かん、と。
29ペトロイエズスに向ひ、假令皆汝に就きて躓くとも、我は然らず、と云へるを、
30イエズス曰ひけるは、我誠に汝に告ぐ、汝、今日今夜、鷄二次鳴く前に、必ず三次我を否まん、と。
31彼尙言張りて、假令汝と共に死すとも、我は汝を否まじ、と云ひければ、一同も亦齊しく云ひ居たり。
32彼等ゲッセマニと云へる田舎家に至るや、イエズス弟子等に向ひ、我が祈る間、汝等此處に坐せよ、と曰ひて、
33ペトロとヤコボとヨハネとを隨へ行き給ひしに、畏れ且忍びがたくなりて、
34彼等に曰ひけるは、我魂死ぬばかりに憂ふ。汝等此處に留りて醒めて在れ、と。
35斯て少しく進みて、地に平伏し、叶ふべくば己より此時の去らん事を祈り給ひしが、
36又曰ひけるは、アバ、父よ、汝は總て能はざる事なし、此杯を我より去らしめ給へ、然れど我が思ふ所の如くにはあらで、思召す儘なれかし、と。
37斯て來り給ひて、弟子等の眠れるを見、ペトロに曰ひけるは、シモン汝眠れるか、我と共に一時間を醒め居る能はざりしか。
38汝等誘惑に入らざらん爲に醒めて祈れ、精神は逸れども肉身は弱し、と。
39復往きて、同じ詞を以て祈り給ひしが、
40復返りて弟子等の眠れるを見給へり。蓋彼等の目疲れて、イエズスに如何に答ふべきかを知らざりしなり。
41三度目に來りて彼等に曰ひけるは、今は早眠りて息め、事足れり、時は來れり、今や人の子罪人の手に付されんとす、
42起きよ、我等往かん、すは我を付さんとするもの近づけり、と。
43イエズス尙語り給ふに、十二人の一人なるイスカリオテのユダ來り、司祭長律法學士長老等の許より來れる夥しき群衆剣棒などを持ちて之に伴へり。
44イエズスを賣りたる者、曾て彼等に合圖を與へて、我が接吻する所の人其なり、捕へて確と引行け、と云ひいたりしが、
45來りて直にイエズスに近づき、ラビ安かれ、と云ひて接吻せしかば、
46彼等イエズスに手を掛けて、之を捕へたり。
47側に立てる者の一人、剣を拔き、大司祭の僕を擊ちて其耳を切落ししが、
48イエズス答へて群衆に曰ひけるは、汝等强盜に[向ふ]如く、剣と棒とを持ちて我を捕へに出來りしか、
49我日々に[神]殿に於て、汝等の中に在りて敎へたりしに、汝等我を捕へざりき。但是[聖]書の成就せん爲なり、と。
50時に、弟子等彼を舍きて、皆遁去れり。
51一人の青年肌に廣布を纏ひたる儘イエズスに從ひたりしが、人々之をも捕へしかば、
52廣布を抛棄て、裸にて逃れ去れり。
53斯て彼等、イエズスを大司祭の許に引行きしに、司祭律法學士長老等、皆此處に集りしが、
54ペトロ遥にイエズスに從ひて、大司祭の中庭までも入込み、僕等と共に坐して火に燠り居れり。
55大司祭等及議會擧りて、イエズスを死に付さんとし、之が證據を求むれども、得ざりき。
56蓋數多の人、彼に對して僞證すれども、其證據一致せず、
57又或者等起ちて彼に對して僞證し、
58彼は手にて造れるこの[神]殿を毀ち、三日の中に別に手にて造らざるものを建てんと云へるを、我等聞けり、と云ひしも、
59彼等の證言一致せざりき。
60大司祭眞中に立上り、イエズスに問ひて、彼等より咎めらるる所に對して、汝は何事をも答へざるか、と云ひたれど、
61イエズス默然として、一言も答へ給はず、大司祭再問ひて、汝は祝すべき神の子キリストなるか、と云ひしかば、
62イエズス是に曰ひけるは、然り、而して汝等、人の子が全能に在す神の右に坐して、空の雲に乘り來るを見ん、と。
63茲に於て大司祭己が衣服を裂き、我等何ぞ尙證人を求めんや。
64汝等は冒涜の言を聞けり。之を如何に思へるぞ、と云ひしに一同、イエズスの罪死に當ると定めたり。
65斯て或者等はイエズスに唾し、御顏を覆ひ、預言せよ、と云ひて、拳にて擊ちなどし始め、僕等は平手にて之を打ち居たり。
66然てペトロは下なる庭に居りしが、大司祭の下女の一人來りて、
67ペトロの火に燠れるを見しかば、之を熟視めて、汝もナザレトのイエズスと共に在りき、と云ひたるに、
68彼否みて、我は知らず、汝の云ふ所を解せず、と云ひしが、軈て庭の前に出行きしに、鷄鳴けり。
69又或下女彼を見て、側に立てる人々に向ひ、此人は彼等の徒なり、と云出でけるを、
70ペトロ又否めり。暫時ありて、傍に立てる人々又ペトロに向ひ、汝は實に彼等の徒なり、齊しくガリレア人なれば、と云ひしかば、
71ペトロ詛ひ且誓出でて、我汝等の云へる彼人を知らず、と云ひしが、
72忽鷄二次鳴けり。斯てペトロ、鷄二次鳴く前に汝三次我を否まん、とイエズスの曰ひたりし御言を思出でて、泣出せり。