マテオ聖福音書叙言 (ラゲ訳)
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
馬瓄聖福音書叙言
[編集](一)記者。第一の福音書の記者と云はるるはマテオにして、本名はレヴィ、マテオは主に從ひて後得たる名マッタイより轉訛したる也。マタイはヘブレオ語にて「賜はりたる」の義、ギリシヤ語にてはマットタヨスラテン語にてはマッテウスと云ふ。彼が正しく本書の記者たる事は、古代より信ぜられて、曾て疑なき所なりとす。福音書によれば、マテオは當時ユデア人に最も憎まれし稅吏、即ロマ帝國の爲に租稅を取立る官吏たりしが、イエズスの一言の召によりて直に一切を棄てて主に從ひ、十二使徒の一人となれり。聖靈降臨の後、他の使徒と共にパレスチナ地方に福音を宣べしが、古代の著述家の傳ふる所によれば、彼は廣くエチオピアアラビアペルシヤメヂアマケドニアにも布敎して、終に殉敎せりと信ぜらる。
(二)目的。古代の著述家の言ふ所に據れば、マテオ福音書は、キリスト敎に歸依せしユデア人の信仰を永く繫がん爲に書きしものなり、と云ふ。本書の書きぶり實に然もあるべし。蓋記者は、他の福音史家の如く、地名、慣習等を解釋せず、是等の事は讀者の既に通達せるものとして、之を省き、專神をイスラエルの神と稱し、キリストをユデア人の王と稱し、キリストの談話の中、特にキリスト敎とユデア敎と相關連せる事項を詳にし、主が先ユデア人に布敎すべき事、律法學士をモイゼの後任者として聽くべきことを勸め給ひし事、などを主として載する耳ならず、數次舊約聖書殊に預言を引證し、其がイエズスに於て成就せるを證として、イエズスの實にキリストたる事を明にしたり。本書がユデア人に宛たるものなる事は、是によりて知らるべし。
(三)區分。篇を分つこと四。第一キリストの私生活(一章二章)、第二キリストの公生活(三章乃至廿章)、第三キリストの最後の週間(廿一章乃至廿七章)、第四キリストの復活(廿八章)是なり。尙詳細は目錄に就きて見るべし。
(四)言語。本書が原ヘブレオ語にて書かれたりし事は、古代の著述家の定說なるが如し。其所謂ヘブレオ語は、バビロンの謫遷以來パレスチナ地方に流行せしアラメアン方言、或はシロカルダイク語なるべし。原書は早く失せて、今は只ギリシア語の飜譯存する耳。然れども、其飜譯は最良好にして、行文の簡潔雄大なるは其特色なり。
(五)記述の年代 は明ならず。或は聖マテオのパレスチナを去りし時、即紀元四十一年より四十八年までの間ならんと云ひ、或は六十一年以後ならんと云ふ。