コンテンツにスキップ

イソップ童話集/樵夫と神さま

提供:Wikisource
ある日一人の樵夫が、山おくの深い沼のそばで、木をきっているうちに、どうしたはずみか、どぶんと斧を、沼のなかへおとしてしまいました。
この樵夫は、たいへん貧乏なので、たった一つしかない大事な斧をなくしてしまって、こののち、どうしてくらしたらいいだろうと、ぼんやり水の面をながめておりますと、急に水の中から、うつくしい神さまがあらわれて、
「おまえは、なにをそんなにしおれているのじゃ。」
と、しんせつに、おたずねになりました。
そこで樵夫は、おそるおそる、斧を落してしまったことを申し上げますと、神さまは、うなずいて、ちょっと水の中へ消えたかとおもうと、すぐ、ピカピカ光る金の斧を持ってあらわれ、
「おまえのおとした斧というのは、これではないか。」
と、おたずねになりました。樵夫はびっくりして、
「どういたしまして、わたくしのは、そんな立派なものではございません。」
と、こたえますと、神さまは笑って、また水の中へかくれると、間もなく今度はうつくしい銀の斧を持って出て、
「では、これではないか。」
と、おたずねになりました。樵夫は頭をふって、
「いえ、いえ、そんな見事な斧ではございません。」
と、こたえますと、神さまは三度目に、ようやく鉄の斧を持ってあらわれ、
「こりゃ樵夫、おまえは実に正直者じゃ。そのほうびとして、おまえの落した斧をかえしてやるばかりか、金の斧も、銀の斧もおまえにあげよう。」
こうおっしゃったかとおもうと、たちまち、すがたは消えてしまいました。
樵夫は、ゆめではないかとよろこんで、三つの斧をかついでかえり、そののちは、ますます仕事に精を出しました。
すると、この樵夫のとなりに、これはまたたいへん欲深な樵夫がありまして、このはなしをきいて、たいそううらやましくおもい、さっそく自分の斧をかついで、その沼のそばへいき、わざと斧を投げこんで、水の底までとどくようにと、大きな大きな声を出して、泣きわめきました。ながい間そうやって泣いていますと、ようやく神さまがあらわれて、しかも、ちゃんと金の斧を持っていらっしゃいます。
欲深の樵夫はいきなりとびついて、
「たしかにこれでございます。これが私のおとした斧でございます。」
と、申しますと、神さまはたいへんお怒りになって、
「このうそつきめ、おまえのような奴には、おとした斧もかえすことはならん。」
と、おっしゃって、それきりすがたはきえてしまい、いつまで待っても、もうもう出てはいらっしゃいませんでした。