五十音 (北原白秋)

• 初出は、雑誌『大観　第5巻第1号』（実業之日本社、1922年1月1日）に発表された『叡智と感覚　――童謡四十五篇――』。「第一部」（芸術自由教育の見地に立って歌ったもの）の1つとして収録される。
• 後に、童謡集『祭の笛』（アルス、1922年6月10日、下記の底本）に、「学問のうた」の1つとして収録される。
• 通称は『あめんぼの歌』。50音をバランスよく配しているため、演劇での発声練習によく用いられる。

五十音（ごじゆうおん）

これは單に語呂を合せるつもりで試みたのではない、各行の音の本質そのものを子供におのづと歌ひ乍らにおぼえさしたいがためである。

水馬（あめんぼ）赤（あか）いな。ア、イ、ウ、エ、オ。
浮藻（うきも）に小蝦（こえび）もおよいでる。

柿（かき）の木（き）、栗（くり）の木（き）。カ、キ、ク、ケ、コ。
啄木鳥（きつつき）こつこつ、枯（か）れけやき。

大角豆（ささげ）に醋（す）をかけ、サ、シ、ス、セ、ソ。
その魚（うを）淺瀬（あさせ）で刺（さ）しました。

立（た）ちましよ、喇叭（らつぱ）で、タ、チ、ツ、テ、ト。
トテトテタツタと飛（と）び立（た）つた。

蛞蝓（なめくじ）のろのろ、ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ。
納戸（なんど）にぬめつて、なにねばる。

鳩（はと）ぽつぽ、ほろほろ、ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ。
日向（ひなた）のお部屋（へや）にや笛（ふえ）を吹（ふ）く。

蝸牛（まゐまゐ）、螺旋卷（ねぢまき）、マ、ミ、ム、メ、モ。
梅（うめ）の實（み）落（お）ちても見（み）もしまい。

燒栗（やきぐり）、ゆで栗（ぐり）。ヤ、イ、ユ、エ、ヨ。
山田（やまだ）に灯（ひ）のつく宵（よひ）の家（いへ）。

雷鳥（らいてう）は寒（さむ）かろ、ラ、リ、ル、レ、ロ。
蓮花（れんげ）が咲（さ）いたら、瑠璃（るり）の鳥（とり）。

わい、わい、わつしよい。ワ、ヰ、ウ、ヱ、ヲ。
植木屋（うゑきや）、井戸換（ゐどが）へ、お祭（まつり）だ。

底本

• 北原白秋「五十音」『祭の笛』アルス、1922年6月13日、190-193頁。国立国会図書館デジタルコレクション:info:ndljp/pid/969783/1/114。