東京地方裁判所平成17年(ワ)第805号損害賠償請求事件

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判決[編集]

  • 以下のX、V、P1-P3、Q-Q1、R、SおよびZは仮名

主文[編集]

  1. 被告新潮社は、別紙1書籍目録記載の書籍を、同書籍中、別紙2記載の部分を含んだ状態で増刷及び販売をしてはならない。
  2. 被告株式会社新潮社及び被告佐藤隆信は、原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成14年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  3. 被告株式会社新潮社、被告中瀬ゆかり及び被告上條昌史は、原告に対し、連帯して110万円及びこれに対する平成14年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  4. 原告のその余の請求を棄却する。
  5. 訴訟費用はこれを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
  6. この判決は、第2、3項に限り、仮に執行することができる。

事実[編集]

第1 当事者の求める裁判[編集]

(請求の趣旨)[編集]
  1. 株式会社新潮社は、別紙1書籍目録記載の書籍を、増刷及び販売してはならず、既に配送済みの同書籍を書店より回収せよ。
  2. 被告株式会社新潮社及び被告佐藤隆信は、原告に対し、連帯して550万円及びこれに対する平成14年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  3. 被告株式会社新潮社、被告中瀬ゆかり及び被告上條昌史は、原告に対し、連帯して550万円及びこれに対する平成14年1月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  4. 被告らは、別紙3の2及び3記載の謝罪広告を、別紙3の1記載の掲載条件にて、各1回ずつ掲載せよ。
  5. 訴訟費用は被告らの負担とする。
  6. 仮執行宣言
(請求の趣旨に対する被告らの答弁)[編集]
  1. 原告の請求をいずれも棄却する。
  2. 訴訟費用は原告の負担とする。

第2 当事者の主張[編集]

(請求の原因)[編集]

1 当事者

(1) 原告は、職場の同僚であるV(以下「V」という。)(当時24歳)を殺害し、死体に灯油をかけ、火を放って焼損したという殺人、死体損壊の罪(以下「本件犯罪」という。)により、平成12年6月13日に札幌地方裁判所に起訴され(以下「本件刑事被告事件」という。)、一貫して無罪を主張したが、平成15年3月26日、同裁判所が有罪判決を宣告したので、同判決に不服があるとして控訴し、札幌高等裁判所において審理を受けていた者である。
(2) 被告株式会社新潮社(以下、「被告新潮社」という。)は、書籍及び雑誌の出版等を目的とする株式会社であり、月刊誌「新潮45」を始め、「週刊新潮」等の雑誌や文芸作品を発行する出版社である。
(3) 被告佐藤隆信(以下、「被告佐藤」という。)は、被告新潮社の代表取締役であり、被告新潮社発行の新潮文庫である別紙1書籍目録記載の書籍(以下、「本件書籍」という。)の発行者である。
(4) 被告中瀬ゆかり(以下、「被告中瀬」という。)は、被告新潮社が発行する月刊誌「新潮45」の編集人兼発行者である。
(5) 被告上條昌史(以下、「被告上條」という。)は、被告新潮社が発行する月刊誌「新潮45」2002年2月号(以下「本件雑誌」という。)に掲載された「恵庭美人OL社内恋愛殺人事件」と題する記事(以下、「本件記事」という。)の本文を執筆した者である。

2 本件雑誌による名誉毀損行為

(1) 被告新潮社は、平成14年1月18日ころ、被告上條が執筆した本件記事が掲載され、被告中瀬を編集人兼発行人とする「新潮45」2002年2月号(本件雑誌)を全国で発行して販売した。
(2) 本件雑誌中、本件記事には、表題として「恵庭美人OL社内恋愛殺人事件」とあり、表題の下の前文には、「職場内のありふれた恋愛が終わる時、殺意は芽生えた。女は、男が新しく選んだ若い同僚を絞め殺し、焼き捨てた。」と記載された。
(3) 本件記事の本文には、別紙4記載のとおりの記述があった。
(4) 本件雑誌中の本件記事は、その表題、前文及び上記各記述の構成、配置とその文脈等に照らして総合的に斟酌すると、全体として原告が本件犯罪を犯したとの事実及び原告が以前に勤務していた職場において放火や窃盗を犯したとの事実を摘示するものといえ、本件雑誌の発行により、原告の社会的評価は著しく低下した。

3 本件書籍による名誉毀損行為

(1) 被告新潮社は、平成14年11月1日、被告上條が執筆した本件記事を採録した本件書籍を、全国で発行し、販売した。
(2) 本件書籍の表題は、主題が「殺ったのはおまえだ」、副題が「修羅となりし者たち、宿命の九事件」とされた。また、本件記事の採録されている本件書籍第2部の見出しは、「青白きその微笑みの下で殺意が芽吹く」とされ、本件記事採録部分の表題は、主題が「炭化した『下半身』が炙り出す黒い影」であり、副題が「恵庭『社内恋愛』絞殺事件」とされた。
(3) そして、本件書籍は、本件記事中、別紙4記載のとおりの記述をそのまま採録した。
(4) 本件書籍は、その題名、構成、見出し、文脈等を踏まえて総合的に見ると、原告が本件犯罪を犯したとの事実及び原告が以前勤務していた職場において放火や窃盗を犯したとの事実を摘示するものといえ、本件書籍の発行により、原告の社会的評価は著しく低下した。

4 損害

(1) 本件記事を掲載した本件雑誌は、原告が本件刑事被告事件で無罪を主張し、争っている最中に、約11万部発行され、全国の書店において販売されたことで、原告のことを知る多くの者の目にも触れることとなった。これにより、原告は多大な精神的損害を被ったのであり、その慰謝料額は、500万円が相当である。
(2) 本件書籍は、本件記事が本件雑誌に掲載された後、原告の本件刑事被告事件における弁護人が抗議し、謝罪文を求めたにもかかわらず、約2万部以上発行され、全国の書店で販売されたもので、これにより、原告は、さらに精神的損害を被ることとなったのであり、その慰謝料額は、500万円が相当である。
(3) 原告は、本件訴訟を提起・追行するため、やむなく原告訴訟代理人らに委任したのであり、そのために要する弁護士費用は、本件各名誉毀損行為と相当因果関係が認められ、その額は、100万円が相当である。

5 謝罪広告の必要性

本件雑誌及び本件書籍の発行・販売により、本件記事の内容は、極めて多数の知るところとなったものであり、原告に対する社会的評価を回復するためには損害賠償をもってするだけでは不十分であり、別紙3の条件により、全国紙及び新潮45による謝罪広告をもってするのが相当である。

6 本件書籍の差止めの必要性

本件書籍は、現在も出版及び販売が継続されており、また、雑誌や単行本となり、長期間にわたり、流通する可能性がある。そのため、本件書籍の増刷及び販売を差し止めない限り、原告の社会的評価の低下は今後も継続し、原告の精神的損害は増加の一途をたどることとなる。

よって、原告の人格権に基づき、本件書籍の増刷及び販売の差止めが認められるべきであるとともに、既に書店に配送済み分の本件書籍の回収が認められるべきである。

7 よって、原告は、

(1) 被告新潮社に対し、人格権に基づく差止め請求として、本件書籍の増刷、販売及び既に配送済みの同書籍の回収
(2) 被告新潮社、被告中瀬及び被告上條に対し、不法行為に基づき、連帯して損害金550万円及びこれに対する本件雑誌が発行された平成14年1月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
(3) 被告新潮社及び被告佐藤に対し、不法行為に基づき、損害金550万円及びこれに対する本件書籍が発行された平成14年11月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
(4) 被告らに対し、不法行為に対する原状回復措置として、別紙3の2及び3記載の謝罪広告の各掲載をそれぞれ求める。
(請求原因に対する認否)[編集]

1 請求原因1の事実は認める。

2 (1) 同2(1)ないし(3)の事実は認め、同(4)については、争う。

(2) 同3(1)ないし(3)の事実は認め、同(4)については、争う。
(3) 本件記事は、次のとおり、札幌地裁において審理中であった本件刑事被告事件の裁判の経過を伝え、検察及び無罪主張をする弁護人の主張及びその根拠をバランスよく摘示し、双方の主張の合理性、不合理性を指摘しているにすぎず、原告が本件犯罪を犯したとの事実を摘示するものではないし、「もちろんそれらの事件に、Xが関係していたという証拠があるわけではない。誰が火をつけ、誰が盗んだのか、それは今でも謎のままだ」との記述があり、原告が以前勤務していた職場において放火や窃盗を犯したとの事実を摘示するものでもないから、原告の社会的評価を低下させるものではない。
ア 本件雑誌中の本件記事の見出しである「恵庭美人OL社内恋愛殺人事件」は、単に原告が本件刑事被告事件の被告人として公判請求され、その審理が継続していることを意味しているにすぎず、「職場内のありふれた恋愛が終わる時、殺意は芽生えた。女は、男が新しく選んだ若い同僚を絞め殺し、焼き捨てた」は、本件刑事被告事件の刑事裁判の立証命題である犯行やその動機をかなり抽象化して記述しているにすぎない。
イ 本件書籍は自白事件を含む九つの事件を取り扱っており、その主題である「殺ったのはおまえだ」は必ずしも原告が本件犯罪を犯したことを断定するものではないし、サブタイトルの「恵庭『社内恋愛』絞殺事件」も、原告が職場内の恋愛に絡んで被害者を絞殺した疑いで公判が継続していることを意味するにすぎない。また、「殺ったのはおまえだ」、「修羅となりし者たち、宿命の九事件」とあるが、その意味は、直接証拠もないまま、重大事件の犯人として起訴されて「殺ったのはおまえだ」と厳しい追及を受け、その人生を翻弄された者のこととも読み取れる。そして、本文を読めば、本件書籍が原告の犯行を断定するものではないことを容易に読み取ることができる。
ウ 別紙4の1の記述の前には、原告が会社同僚のVを殺害した罪で起訴され、審理が続けられているが、原告は、任意同行の時点から完全無罪を主張し、法廷外で支援活動が行われていること、本件犯罪は、目撃者も凶器も見つかっておらず、直接証拠がない難事件であること、公判廷では、検察側、弁護側双方決め手を欠くという状況であること、公判では北海道警察の見込み捜査や、原告以外の人物に対する杜撰なアリバイ捜査などが発覚し、検察側が窮地に立たされている場面があったことなども記述されており、原告の主張する上記記述は、原告が本件犯罪の犯人であると断定した事実摘示にはなっていないし、殺人の動機を摘示するものでもない。
エ 同2の記述は、本件犯罪が発生するまでの10日間の原告の行動を摘示し、「孤独な迷走」と論評したにすぎない。
オ 同3の記述は、原告の行動が、弁護側が指摘するように「十五日の時点で本当に終わりを告げたのか」、検察側が指摘するように「その静けさは何かを覚悟あるいは決意したことによるものだったのか」について、疑問を呈しているにすぎず、原告が本件犯罪を敢行しようとしていたことを断定しておらず、そのような印象を与えないように配慮もしている。
カ 同4の記述からは、原告が本件犯罪を犯したことを読み取ることができない。
キ 同5の記述は、原告の支援者が評する原告の人柄とは異なる「二面性」を象徴するような評判が出てきたことを指摘しているだけにすぎない。
ク 同7の記述では、放火や窃盗について、原告が関係していたという証拠があるわけではなく、今でも犯人は謎のままであることを明記しているし、そもそも、同記述は、原告の木材会社で起こった様々な騒動の時に、きちんと原告に話をしていれば、本件犯罪で逮捕され、公判請求に結びつくような行動は慎んでいたはずだという趣旨である。
ケ 同8の記述は、本件犯罪とは直接関係しない。
コ 同9の記述は、弁護人の主張に対し、意見を述べたものにすぎず、同10の記述は、北海道警察の捜査状況について指摘したにすぎないのであって、いずれも本件犯罪とは直接関係しないことである。
サ 以上に加え、本件記事には、「冤罪の証拠」と小見出しをつけて、弁護側が無罪と考える根拠を掲げ、さらに、原告の殺人を犯すとは思えない外見や人柄の良さ、A君(原告の元交際相手で、被害者の当時の交際相手)との別れ話が殺人の動機となることは決してないという原告の幼いころからの友人の話及びA君が一貫して原告の無罪を信じて刑事裁判を傍聴していることなども記述しており、さらに、本件記事の末尾には、疑わしきは罰せずという刑事裁判の原則に則れば、決定的な証拠がない以上、原告が無罪になる可能性は十分にある旨明記しており、原告が本件犯罪を犯したことを摘示するものではない。
シ そして、本件記事の放火事件や窃盗事件に関する記述は、原告が、弁護人や支援者が主張する原告の人柄の良さや殺人を犯すとは思えない外見的な様子とは異なる一面を持っているという、原告の二面性を主張するための記述にすぎず、検察側と弁護側の主張の検証の一つとしてわずかに記載されているにすぎないのであって、一般の読者に対し、原告が上記放火事件や窃盗事件に関与した事実を印象づけるものではない。

  3 同4ないし同6については争う。

(被告らの抗弁)[編集]

1 本件記事は、24歳という若い女性が殺害の上、死体を焼損された冷酷非道な犯罪における捜査や公判の進捗状況、当事者双方の主張の検証、さらに、殺された被害者の遺族の気持ち等に言及したものであり、極めて公共性の高い記事であり、かつ、専ら公益を図る目的で報道されたものである。

2 そして、公正中立性が確保されている紛争報道の場合、報道された紛争当事者の主張の正確性が立証されれば、名誉毀損による不法行為責任を免れるというべきところ、本件記事は、上記のとおり本件刑事被告事件の当事者双方の主張を公正中立に取り扱うものであり、真実性の立証対象は、検察側と弁護側の主張の内容それ自体であるというべきである。そして、本件記事は、検察側及び弁護側の主張を正確に報道するものであるから、被告らは、不法行為責任を負わない。

また、仮に上記公正中立性が認められないとしても、平成18年9月25日、本件刑事被告事件の上告が棄却され、同日、本件刑事被告事件における第一審裁判所の有罪判決が確定しており、原告は、本件犯罪の犯人であるということができる。

3 報道された犯罪につき、有罪判決が言い渡された場合には、判決の確定を待つことなく報道機関においてその内容が真実であったと信ずるにつき相当な理由があったことが推定されるところ、札幌高等裁判所は、平成17年9月29日、本件刑事被告事件について、一審の原告に対する有罪判決を維持し、原告の控訴を棄却したのであるから、本件においても、被告が原告を本件犯罪の犯人であると信じたことに相当の理由があるものと推定される。そして、被告らは、約2か月間、本件刑事被告事件について多くの報道やインターネット上の情報、検察側の冒頭陳述書や弁護人側の冒頭陳述要旨等を入手し、本件犯罪が起こり、公判がされている北海道に赴き、公判を傍聴し、本件犯罪の犯行現場を訪れ、原告弁護人の伊東秀子弁護士(以下「伊東弁護士」という。)、原告の支援者、原告の元交際相手であり、本件犯罪当時Vと交際していて、原告が本件犯罪を犯した動機に密接に関係する人物とされていたP1(以下「P1」という。)、原告が逮捕された当時勤めていたQ株式会社Q1事業所(以下「Q社事業所」という。)の元同僚、原告の同級生、原告が以前に勤めており、放火事件や窃盗事件の現場となったR株式会社(以下「R社」という。)の元同僚、現地の新聞記者、原告や原告を支援する会のメンバーをよく知る人物などを取材した上で、原告が本件犯罪の犯人であると信じたのであるから、上記推定を覆す理由は認められない。

4 また、新潮45編集部のZ(以下「Z」という。)と被告上條は、放火事件及び窃盗事件について、原告が以前勤めていたR社の代表者らから2日間にわたって話を聞いており、その際、同人らから、原告がR社に入社して以来、頻繁に放火事件や窃盗事件が起こり、原告が退職してからはそういったことがなくなったこと、平成元年6月、建築したばかりのR社の事務所のトイレで火事があり、同所に外部の人間が放火するには、経営者の家の中に入っていく必要があるため、トイレの存在を知っている内部の者による放火であると考えられたこと、平成元年7月、R社の事務所の2階に置いてあるストーブのホースの切断による火事があり、外部から侵入した形跡がないことから内部の者の犯行であると考えられたこと、原告の退職後である平成4年7月にもR社の社宅で火事があり、原告が退社して3、4か月しか経っていなかったことや原告の父親がR社の社宅の近くの部屋を借りており、原告もその部屋に出入りしていたことから、原告の犯行と考えられたこと及びR社の事務所で、100万円近くの現金の窃盗事件があり、その状況から、原告の犯行であると考えられたことなどを聞いた。また、Zと被告上條は、上記各放火事件については、消防署に赴き原告がR社に在職中にR社で2件の放火と思われる火事があったこと及び原告が退職した4か月後にも、R社の社宅で火事があったことを確認した。以上よりすれば、被告らが原告を放火及び窃盗の犯人であると信じたことにも相当な理由があるといえる。

(抗弁に対する認否)[編集]

1 抗弁2のうち、本件刑事被告事件における控訴審判決が平成18年9月25日に確定したことは認め、公正中立性が確保されている紛争報道の場合、報道された紛争当事者の主張の正確性が立証されれば、名誉毀損による不法行為責任を免れるとの主張及び原告が本件犯罪の犯人であることは争う。また、本件記事が、公正中立な立場で書かれた紛争報道であることは否認する。前述のとおり、本件記事は、一般読者に対し、原告が本件犯罪の犯人であるとの印象を与えるもので、公平中立な立場とはいえない。

2 抗弁3のうち、被告らが、伊東弁護士及び原告の支援者を取材したことは認め、報道された犯罪につき、有罪判決が言い渡された場合には、判決の確定を待つことなく報道機関においてその内容が真実であったと信ずるにつき相当な理由があったことが推定されることは争い、その余の事実はいずれも不知。

3 抗弁4はいずれも不知。

被告らの取材は、不十分なものといわざるを得ず、被告らが、原告を、本件犯罪の犯人であり、放火及び窃盗の犯人であると信じたことに相当な理由があるとはいえない。

理由[編集]

1 認定事実

(1) 請求原因1、2(1)ないし(3)、3(1)ないし(3)及び抗弁2のうち本件刑事被告事件の第一審札幌地方裁判所の有罪判決が平成18年9月25日に確定したことについては、当事者間に争いがない。
(2) 上記争いのない事実、《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
ア 原告は、Vを殺害し、その死体に火を放って損壊した旨の公訴事実で、平成12年6月13日、札幌地方裁判所に起訴された(本件刑事被告事件)。
イ 被告新潮社の新潮45編集部編集者兼記者のZは、平成13年10月中旬、企画会議において、本件刑事被告事件について取材することを提案し、同部編集長の被告中瀬はこれを採用した。
Zは、以前から事件の取材を一緒にしていたノンフィクション・ライターの被告上條に、本件刑事被告事件について記事執筆を依頼した。
ウ Zは、まず、札幌在住で本件刑事被告事件を取材していたジャーナリストに電話で本件犯罪の概要、捜査の様子、裁判になってからの原告の様子、弁護人の動向等、そのときの状況について大まかな説明を受けた上、検察側の冒頭陳述書及び弁護側の冒頭陳述要旨を入手した。また、原告の支援団体のホームページを調べたり、Vの父親へ手紙を出し、取材を申し入れるなどした。
被告上條は、テレビや新聞、週刊誌などの報道やインターネットを通じて情報を集め、本件刑事被告事件の内容と公判の状況を把握した上、平成13年11月20日、被告上條は、原告を支援する会の代表者であるP2に対し、取材を申し込んだ。
エ 被告上條は、同月27日に札幌に向かい、翌28日、本件刑事被告事件の第27回公判を傍聴し、その際、原告の弁護人である伊東弁護士と原告を支援する会のP3に取材を申し込んだ。また、被告上條は、検察側の冒頭陳述書や弁護人の冒頭陳述書などを入手し、「道新TODAY」などの地元雑誌の記者を取材した。その際、被告上條は、同誌の記者から、北海道警察の捜査に問題があること、直接証拠がないことなどを指摘され、また、他の記者から、本件犯罪の概要や現場の様子、これまでの公判の争点などを聞いた。
同月29日及び30日、被告上條は、本件犯罪に関連する場所を見て回った上、伊東弁護士を取材し、原告と本件犯罪とを結びつける証拠がないこと、北海道警察の捜査が杜撰であること、疑わしい真犯人像等について説明を受けた。また、被告上條は、原告が本件犯罪を犯した動機に密接に関係する人物とされていたP1を取材し、同人から原告の事件前後の様子、Vと原告との付き合い方、事件後のP1の気持ち及び事件に対するP1の見方等について話を聞いた。
同年12月1日、被告上條は、P3と本件犯罪の現場に赴き、遺体発見の場所等について説明を受けた後、同人から原告を支援する会を立ち上げた理由、伊東弁護士に原告の弁護を依頼した経緯、本件犯罪及び本件刑事被告事件の公判に関する話並びにP3が本件犯罪の遺留品を発見した当時の話等を聞き、さらに、同人に上記遺留品発見現場を案内してもらった。
オ 同月17日、被告上條は、再び現地に向かい、同月19日、遺体発見現場近隣の取材を行い、遺体の第一発見者や近所の住人から本件犯罪発生当日の朝の状況や、遺体の状態、警察の捜査状況、普段の交通状況及び土地の様子などを聞いた。同日夕刻、被告上條は、原告が本件犯罪発生以前に勤めていたR社における原告の同僚や、早来町に住む原告の知人ら数名をインタビューし、本件犯罪発生前後の原告の様子や、原告の人柄についての話及び勤務先の疑わしい人物についての話などを聞いた。
同日、Zは現地に向かい、翌20日、Zと被告上條は合流し、Vの父親の下を訪ね、本件犯罪発生当時の話や公判に対する気持ち、現在の心境等について話を聞いた。その後、Zと被告上條は、卒業名簿を頼りに、Vの学生時代の友人を取材した上、早来町に向かい、原告の実家を訪ね、原告の母親から話を聞いた。
カ 同日、Zと被告上條は、同町内にあるR社で1時間程度の取材をし、R社の代表者と思われる男性と従業員の合計2、3名から、原告が平成元年5月か6月ころ入社し、平成4年3月ころに、突然退職したいと申し入れて退職したこと、事務所に通常いるのは、男性が1人と女性が2人だけで、原告の在職中は、原告がその女性の内の1人であったこと、原告が在職中に放火騒ぎが2件あったこと、そのうち1件は男女兼用のトイレの窓から出火したもので、その状況から放火の疑いがあり、事件があったのが上記トイレが増設された数日後のことで、外部の人間はトイレの存在を知らず、かつ、その場所が事務所の奥で、外部の人間が立ち寄るような場所でなかったことから、内部の人間による犯行であることが疑われたこと、もう1件は、事務所の中の2階に置かれていたストーブとその燃料をつなぐホースが切られて事務所が半焼したというもので、その状況から放火の疑いがあり、同所には外部の人間が侵入した痕跡がなく、内部の人間による犯行が疑われたこと、原告が退職する前後に、R社の社宅で火事があり、居間の真ん中のカーペットが出火場所で、同所に火の気はなかったことから放火の疑いがあったこと(以下、上記各放火を併せて「本件放火事件」という。)、原告が入社してからR社の事務所では机の中にあるお金などがなくなることが頻繁にあり、女性従業員が銀行から下ろしてきたばかりでバックに入れていた約100万円が事務所内で盗まれたことがあったこと(以下、上記100万円の窃盗を「本件窃盗事件」という。)、その後被害届が出され、警察とのやりとりがあったこと、原告が入社して以来かかる事件が起こるようになり、原告が退社してからは事件が収まったことから、本件放火事件及び本件窃盗事件の犯人は原告であると思われることなどを聞いた。
キ 翌21日、Zと被告上條は、札幌地方裁判所で本件刑事被告事件の第29回公判を傍聴し、現地の司法ジャーナリストらから本件刑事被告事件や公判における状況を聞いた上、原告が本件犯罪発生当時勤務していたQ社事業所長を取材した。
ク 翌22日、Zと被告上條は、早来町に向かい、再びR社を訪ね、前回取材したのとは別の従業員を取材し、前回取材した時と同様の話を聞き、また、本件窃盗事件の被害者の名前などを聞いた。
その後、Zと被告上條は、早来町の消防署へ行き、昭和60年にR社の工場(1246平方メートル)が全焼したこと、平成元年6月17日午前8時13分ころ、R社の事業所1階奥のトイレで火事があり、付近の火の気がなかったことから放火であることが疑われたこと、同年7月5日午前1時33分ころ、R社の事務所で火事があり、放火であることが疑われたこと、平成4年7月27日午後2時48分ころ、R社の社宅で火事があったこと及び平成6年1月15日にR社の工場で火事があったことを確認した。
次に、Zと被告上條は、原告が以前に臨時職員として勤めていた市役所へ行き、原告の元同僚から原告の勤めていた当時の様子を聞き、さらに、早来町で、原告や原告を支援する会のメンバーをよく知る人物を取材したところ、同人から、原告は性的にだらしなく、怪物である旨の話を聞いた。
もっとも、Zと被告上條は、R社で約100万円盗まれた被害者であるS(以下「S」という。)から本件窃盗事件について事情を聞くために電話帳でその居場所を調べたものの、見つけることができなかったため、同人から話を聞くことができず、また、本件放火事件について、当時の現地の新聞等を調べることはなく、さらに、本件放火事件及び本件窃盗事件について警察がどのような捜査をしたかについて、警察には確認しなかった。
平成13年12月22日、Zと被告上條は、Vの遺留品が焼かれて置いてあった場所に向かい、現場周辺を歩いた後、Q社事業所から長都駅に行き、そこからVの遺体発見現場に行って戻る道筋を、タクシーで時間を計りながら走行し、移動ルートの確認をした。
ケ 翌23日、被告上條は、ホテルの会議室で、2、3時間、P1を取材し、同人から、原告との出会い、Vとの関係、本件犯罪発生前後の勤務先の状況や原告の様子、その後の原告との関係や公判を傍聴し続けることへの思いなどを聞いた。
その後、被告上條は、電話を使い、原告の学生時代の友人から話を聞くなどした。
コ 被告上條は、上記取材結果を基に、別紙4記載のとおりの記述を含む本件記事を執筆し、平成14年1月5日ころ、これを被告新潮社新潮45編集部に提出した。
サ 被告新潮社新潮45編集部は、被告上條の執筆した本件記事に、「恵庭美人OL社内恋愛殺人事件」というタイトルを付け、「職場内のありふれた恋愛が終わるとき、殺意は芽生えた。女は、男が新しく選んだ若い同僚を絞め殺し、焼き捨てた。」というリードを付けて、同月18日、被告中瀬を編集人兼発行人とする「新潮45」2002年2月号(本件雑誌)に掲載して、全国で約5万部発行した。
シ 伊東弁護士らは、被告新潮社及び被告上條に対し、同年2月21日付けで、本件記事に対する抗議をし、謝罪文の掲載を求めた。
ス 同年11月1日、被告新潮社は、タイトルを「殺ったのはおまえだ」とし、サブタイトルを「修羅となりし者たち、宿命の九事件」とした上、第二部に「青白きその微笑みの下で殺意が芽吹く」との見出しを付け、「炭化した『下半身』が炙り出す黒い影」という主題と「恵庭『社内恋愛』絞殺事件」という副題を付けて本件記事を採録した本件書籍を、被告佐藤を発行者として、全国で発行した。本件書籍のカバーの裏面には、「『普通の人間』は、どうして殺人鬼へと化したのか……。児童惨殺、実子虐待、同僚絞殺、さらには通り魔。日毎起きる惨劇、連鎖する凶器。強行に手を染めた常人の、その背後で薄笑いさえ浮かべる影が蠢く。業か、因果か、偶然か。今もまた、どこかで羅刹が羽化をする-。全身怖気立つノンフィクション集。」と記載された。本件書籍は、約10万部程度発行された。
セ 平成15年3月15日、原告は、札幌地方裁判所において、殺人及び死体遺壊の罪により懲役16年に処するとの有罪判決を受け、平成17年9月29日、札幌高等裁判所において控訴が棄却され、平成18年9月25日、最高裁判所において上告が棄却されたことにより、同日、第一審裁判所の有罪判決が確定した。

2 本件犯罪に関する記述について検討する。

(1) 原告は、本件雑誌及び本件書籍中の本件記事は、その題名、構成、見出し、文脈等を踏まえて総合的に見ると、原告が本件犯罪を犯したとの事実を摘示し、原告の社会的評価を下げるものであり、名誉毀損行為といえ、これにより原告は多大な精神的苦痛を被ったのであるから、被告らは不法行為責任を負う旨主張する。
(2) しかしながら、民法上の不法行為としての名誉毀損については、当該行為が公共の利害にかかわり、専ら公益を図る目的に出た場合において、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠き、また、上記事実が真実であると証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当な理由があるときには、上記行為には故意又は過失がなく、いずれの場合も不法行為とはならないものというべきである(最高裁判所昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁)。
そして、本件記事中の本件犯罪に関する記述は、24歳の女性が殺害の上、死体を焼損されるという犯罪に関する事項を内容とするものであり、公共の利害にかかわり、かつ、専ら公益を図る目的で報道されたものであるということができる。
しかしながら、前記認定のとおり、本件刑事被告事件については、平成18年9月15日、最高裁判所において、原告の上告が棄却され、第一審裁判所の原告に対する有罪判決が確定しており、原告が本件犯罪を犯したものと認めることができるから、被告が摘示したとされる原告が本件犯罪を犯したとの事実は真実であったということができる。
そうすると、仮に、被告が、本件雑誌及び本件書籍において上記事実を摘示し、これらを発行し、販売することは、いずれも違法性を欠き、不法行為とはならないものというべきである。
(3) よって、本件犯罪に関する記述を基にした原告の請求は認められない。

3 本件放火事件及び本件窃盗事件に関する記述について検討する。

(1) 被告らは、本件雑誌及び本件書籍中の本件記事の内、本件放火事件や本件窃盗事件に関する記述は、原告が、弁護人や支援者が主張する原告の人柄の良さや殺人を犯すとは思えない外見的な様子と異なる一面を持っているという、原告の二面性を主張するための記述にすぎず、検察側と弁護側の主張の検証の一つとしてわずかに記載されているにすぎないのであって、一般の読者に対し、原告が本件放火事件や本件窃盗事件に関与した事実を印象づけるものではない旨主張する。
しかしながら、ある記事の意味内容が他人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは、当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきであり(最高裁昭和31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁)、その際、単に当該記述の断片的な文言だけを見たとき、人の社会的評価を低下させるような事実を摘示していない場合や、他人の発言を引用したにすぎない場合であっても、当該記述の前後の文脈等を総合的に考慮すると、一般の読者をして、当該記述が間接的ないしえん曲に人の社会的評価を低下させる事実をいうものと理解され得るならば、当該記述は、社会的評価を低下させる事実摘示するものというべきである。
そして、本件記事には、原告のR社における出来事として、「その木材会社をよく知る人物が、Xにまつわるある騒動の記憶を語った。彼によれば彼女が在籍した四年間は、『とにかくいろんなことが起こった』という。」との記述があり、また、1989年に2件の放火騒ぎがあったことを紹介した後に、「Xが在籍した4年間は、その放火事件のほかに、数え切れないほどの窃盗事件が社内で起きた。とにかく机に入れておいた貴重品やお金がなくなってしまう。」、「その窃盗事件で一番被害が大きかったのは、Xの前に座っていた若い女子社員が、車を買うために貯めていたお金を盗まれたことだった。」、「こうした一連の騒ぎは、Xが会社を辞めてからは、ピタリとおさまったという。」との記述(上記の各引用部分を併せて「本件放火等事件記述部分」という。)があるところ、かかる記述は、一般の読者をして、原告がR社に在職していた間に本件放火事件や本件窃盗事件を犯したことを間接的ないしえん曲にいうものと理解され得るものである。また、上記記述に続けて「もちろんそれらの事件に、Xが関係していたという証拠があるわけではない」との記述があるけれども、さらに「しかし、『もしあのとき、きちんと釘をさしていたら、今回の事件(恵庭OL殺人事件)のようなことは起こらなかったはずだ』と、その木材会社の関係者は確信を込めて語るのである。」との記述があることからすれば、上記記述は、その文脈上、一般の読者をして、間接的ないしえん曲に、本件放火事件及び本件窃盗事件について原告が関係している証拠はないものの、真実は、原告が上記各事件の犯人であり、その時点で対処していれば、原告が本件犯罪を犯すことはなかったという事実を表現しているものと理解され得るものである。
これに対し、証人Z及び被告上條は、本件放火等事件記述部分は、原告の人柄の良さや殺人を犯すとは思えない外見的な様子とは異なる一面があることをいう趣旨であると供述する。しかしながら、上記各記述部分は、一般の読者をして、単に原告には外見的様子とは異なる一面があるということを認識させるに止まらず、原告が本件放火事件や本件窃盗事件を犯したことまでを印象付けるものである。
以上よりすれば、上記各記述部分は、原告が本件放火事件及び本件窃盗事件の犯人であるとの事実を適示し、原告の社会的評価を低下させるものというべきである。
(2) 次に、被告らは、Z及び被告上條がR社の代表者らから聞いた内容と消防署で実際に放火事件があった事実を確認したことから、被告らが、原告が本件放火事件及び本件窃盗事件の犯人であると信じたことに相当な理由があり、被告らは不法行為責任を負わない旨主張する。
しかし、上記の取材の結果は、原告が上記各事件の犯人であることを疑う根拠としても薄弱であり、前記認定のとおり、被告らは、上記各事件について警察に何ら確認をしておらず、さらに、窃盗事件を最もよく知る被害者のS本人に直接話を聞くことさえしていないのであって、結局、原告と上記各事件とを結びつける客観的証拠は存在せず、被告らは、R社の従業員らの言葉をそのまま信じたにすぎない。
この点、証人Z及び被告上條は、警察はもともと取材を申し込んでも答えてはもらえないため、取材せず、Sについては、氏名等を聞き、電話帳などで住所を調べたものの、突き止めることができなかった旨証言ないし供述するけれども、十分な取材ができなかったことを理由に、当該事実が真実であることを信じるに足りる相当な理由があったということはできない。
また、証人Zは、平成13年12月21日に札幌地方裁判所で本件刑事被告事件の第29回公判を傍聴した後、検察官に上記放火事件及び窃盗事件について把握しているか訪ねたところ、「そんなことを今さら持ち出せるわけじゃないじゃないか。」という話を聞いたと証言するけれども、仮に検察官がかかる話をしたとしても、それだけでは、捜査機関がどの程度本件放火事件及び本件窃盗事件の犯人が原告であることの資料を有していたかは明らかでなく、原告が本件放火事件及び窃盗事件を犯した事実を信ずるに足りる理由となるものとはいえない。
よって、被告には、原告が本件放火事件及び本件窃盗事件を犯した事実を信ずるに足りる相当な理由があったとは認められず、被告らは、原告に対する不法行為責任を免れない。
(3) そこで、慰謝料の額について検討すると、本件記事は殺人、死体損壊の犯罪に関する事項を主要な内容とするもので、その内、本件放火事件及び本件窃盗事件についての記述はわずかであり、また、その表現は間接的ないしえん曲なものに止まること、他方で、本件放火事件及び本件窃盗事件についての記述は、殺人、死体損壊事件とは同一性のない犯罪についての記述であり、本件雑誌及び本件書籍という異なる出版物として重ねて全国的に発行され、その発行部数も多いことなどの事情を考慮すると、本件雑誌及び本件書籍の発行及び販売により被った原告の精神的苦痛を慰藉するための金額としては、これを通じて200万円と認めるのが相当である。
また、上記慰謝料認容額、その他本件に顕れた一切の事情にかんがみれば、本件訴訟手続のための弁護士費用としては、20万円が相当である。
したがって、被告新潮社は、原告に対し、220万円を支払うべき義務を負う。
被告中瀬は本件雑誌の編集人兼発行人であり、被告佐藤は本件書籍の発行者であるから、それぞれの出版物の発行についてのみ不法行為責任を負うというべきであり、その発行の時期、発行部数などにかんがみれば、それぞれ慰謝料100万円及び弁護士費用10万円(合計110万円)の限度で損害賠償義務を負うものと認める。
原告は、被告上條に対し、本件雑誌に係る損害の賠償を請求するものであるから、被告上條において賠償すべき額は110万円となる。
(4) 原告は、原告の社会的評価を回復するためには損害賠償をもってするだけでは不十分であり、別紙3の条件により、全国紙及び新潮45による謝罪広告をもってするのが相当であると主張するけれども、上記(3)のとおり、本件記事の内、本件放火及び本件窃盗事件についての記述はわずかであり、また、その表現は間接的ないしえん曲なものに止まること、前記認定のとおり、既に本件記事の掲載された本件雑誌は平成14年1月18日に、本件書籍は同年11月1日以降にそれぞれ発行されており、本訴提起までに相当部数が発行され、かつ、相当期間が経過していることにかんがみれば、金銭的賠償とは別に謝罪広告までは要しないものというべきである。
(5) 原告の人格権に基づく、本件書籍の増刷及び販売の差止め請求について判断する。
名誉は生命、身体とともに極めて重大な保護法益であり、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害が為の差止めを求めることができる(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁)。
原告は、本件書籍の増刷及び販売の差止めを請求するものであるが、本件書籍の内、原告の名誉を毀損する本件放火等事件記述部分は、わずかな部分に限られていること及び被告新潮社の表現の自由等にかんがみれば、原告の名誉の毀損を防ぐ手段としては、本件書籍全体の増刷及び販売を差し止める必要はないものというべきである。
前示のとおり、本件書籍中の本件放火等事件記述部分は、原告の名誉を毀損する事実を適示するものであり、今後も本件書籍が増刷及び販売され続ければ、将来にわたり原告の名誉は毀損され続けることになるため、これを差し止める必要性は高い。他方、前記認定のとおり、本件書籍は、平成14年11月1日以降約10万部発行されており、既に相当部分が販売されたものと考えられることからすれば、将来の増刷及び販売を差し止めることによる被告新潮社の表現行為に対する制約は全体として限定的であり、これにより被告新潮社が被る財産的影響もさほど大きくないものというべきである。
したがって、本件書籍中、本件放火等記述部分である「その木材会社をよく知る人物が、Xにまつわるある騒動の記憶を語った。彼によれば彼女が在籍した四年間は、『とにかくいろんなことが起こった』という。」、「Xが在籍した四年間は、その放火事件のほかに、数え切れないほどの窃盗事件が社内で起きた。とにかく机に入れておいた貴重品やお金がなくなってしまう。」、「その窃盗事件で一番被害が大きかったのは、Xの前に座っていた若い女子社員が、車を買うために貯めていたお金を盗まれたことだった。」、「こうした一連の騒ぎは、Xが会社を辞めてからは、ピタリとおさまったという。」及び「しかし、『もしあのとき、きちんと釘をさしていたら、今回の事件(恵庭OL殺人事件)のようなことは起こらなかったはずだ』と、その木材会社の関係者は確信を込めて語るのである」の部分に限り、原告の増刷及び販売の差止請求を認めることができる。
(6) 原告は、さらに、既に書店に配送済み分の本件書籍の回収が認められるべきであると主張するけれども、かかる措置は、少なからず第三者である書店の任意の協力を要するものであるし、前示のとおり、本件記事全体の内、本件放火等事件記述部分はわずかであり、また、その表現は間接的ないしえん曲なものに止まること、前示のとおり、既に本書籍は平成14年1月18日に約5万部発行され、本件書籍は同年11月1日に約10万部発行されており、いずれも相当部数が発行された後相当期間が経過していることからすれば、上記措置が原告の名誉回復ないしは名誉毀損防止の措置として適切かつ相当なものとはいい難い。

4 以上の次第で、原告の請求は、被告新潮社に対し220万円及びこれに対する遅延損害金の支払、被告佐藤に対し、被告新潮社と連帯して110万円及びこれに対する遅延損害金の支払、被告中瀬及び被告上條に対し、被告新潮社と連帯して110万円及びこれに対する遅延損害金の支払並びに被告新潮社に対し、本件放火等事件記述部分を含む状態での本件書籍の増刷及び販売の差止めを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高野伸 裁判官 小島法夫 古賀大督)

別紙[編集]

別紙1 書籍目録[編集]

  • 編者 「新潮45」編集部
  • 書名 「殺ったのはおまえだ 修羅となりし者たち、宿命の九事件」
  • 発行者 佐藤隆信
  • 発行所 株式会社新潮社

別紙2[編集]

  1. 「その木材会社をよく知る人物が、Xにまつわるある騒動の記憶を語った。彼によれば彼女が在籍した四年間は、『とにかくいろんなことが起こった』という。」(137頁5、6行目)
  2. 「Xが在籍した四年間は、その放火事件のほかに、数え切れないほどの窃盗事件が社内で起きた。とにかく机に入れておいた貴重品やお金がなくなってしまう。」(138頁1及び2行目)
  3. 「その窃盗事件で一番被害が大きかったのは、Xの前に座っていた若い女子社員が、車を買うために貯めていたお金を盗まれたことだった。」(同頁7、8行目)
  4. 「こうした一連の騒ぎは、Xが会社を辞めてからは、ピタリとおさまったという。」(同頁16行目ないし139頁1行目)
  5. 「しかし、『もしあのとき、きちんと釘をさしていたら、今回の事件(恵庭OL殺人事件)のようなことは起こらなかったはずだ』と、その木材会社の関係者は確信を込めて語るのである。」(同頁3ないし5行目)

別紙3 謝罪広告目録《略》[編集]

別紙4[編集]

  1. 「出廷した検察側証人の証言などから、事件発生直前のXの不自然な行動も明らかになっている。関係者の証言を合わせると、事件直前の十日間、彼女の中で、ある感情が臨界点に達していたこともまた事実なのだ。その十日間、Xの行動は、傍から見れば常軌を逸したものであり、感情には大きな振幅があった。はたしてそれは、殺人に至る過程であったのであろうか。」
  2. 「いずれにせよ、Xは三月六日の時点で、A君とVさんの関係を疑いだし」、「Xは、まさにこの日から事件発生までの十日間、孤独な迷走を始めることになったのだ。」
  3. 三月一五日、原告が会社からの帰りに行きつけの喫茶店で、原告が「A君とのことを吹っ切れた」という言葉を残し、傍目にはかなり気持ちの整理がついているような様子であったこと、弁護側が一五日には、既に気持ちが落ち着いていたはずだと主張していることに続けて、「A君とVさんの仲を疑い、執拗に詮索をしたように見える一週間の迷走は、十五日の時点で本当に終わりを告げていたのか。あるいは、その静けさは、何かを覚悟あるいは決意したことによるものだったのか。」
  4. 三月一六日の夜のこととして、「配車センターに勤務する上司の係長は、仕事中、ある奇妙な風景を目撃している。XがVさんの方を振り向き、眉間にしわを寄せてしばらく睨んでいたのを二回ほど見たというのである。」
  5. 弁護側が原告を無罪だと考える根拠及び原告を無罪だと信じる人たちの原告に対する印象に続けて、「彼女を信じる人々は、このように彼女が殺人を犯すことの不自然さを強調する。しかしながら、Xの過去をさかのぼっていくと、その不自然な乖離を埋めるような驚くべき証言、A君も知らなかったような、彼女の隠れた人格を現すような評判が、いくつか出てきたのである。」
  6. 原告が高校卒業後に就職した木材会社における出来事として、「その木材会社をよく知る人物が、Xにまつわるある騒動の記憶を語った。彼によれば彼女が在籍した四年間は、『とにかくいろんなことが起こった』という。」とし、一九八九年に二件の放火騒ぎがあったことを紹介し、「Xが在籍した四年間は、その放火事件のほかに、数え切れないほどの窃盗事件が社内で起きた。とにかく机に入れておいた貴重品やお金がなくなってしまう。」、「その窃盗事件で一番被害が大きかったのは、Xの前に座っていた若い女子社員が、車を買うために貯めていたお金を盗まれたことだった。」
  7. 「こうした一連の騒ぎは、Xが会社を辞めてからは、ピタリとおさまったという。もちろんそれらの事件に、Xが関係していたという証拠があるわけではない。」、「しかし、『もしあのとき、きちんと釘をさしていたら、今回の事件(恵庭OL殺人事件)のようなことは起こらなかったはずだ』と、その木材会社の関係者は確信を込めて語るのである。」
  8. 「早来町を訪ね歩くと、別の証言者にも行き逢った。町内に住む、Xをよく知るという人物は、彼女のことを『怪物ですよ』と語った。『彼女を支援している人たちは、彼女のことをよく言うだろうけれど、私に言わせれば、彼女には怪物的な要素がある。というのは、彼女には性的にだらしない面があって、私の友人たちの間で、実際相当に遊んでいるという事実があるんです。それは事件とは直接関係がないことかもしれないけれど、彼女の二面性がよく出ていると思う。つまり彼女は皆が言うような人間ではなく、ウラオモテがある人物なんです』」
  9. 被害者の遺留品が早来町で発見された点について、弁護側が、別の真犯人が、原告に罪を着せるために、早来町の「町民の森」までやってきて、わざと人に発見されるように遺留品を焼損したと主張したことを紹介した後、「だが、その弁護側の主張にも、不合理な点がある。それは、遺留品は元々遺留品としてすぐわかる状況にはなかったということだ。」、「もし真犯人が別にいて、Xに罪を着せようと考えたならば、もっと簡単に、わかりやすく、Xの住居近くに捨てればよかったのではないか。」
  10. 遺留品の発見者であり、通報者である「ドングリの会」の会員が、一貫して原告の無罪を信じ、支援活動を積極的に行っており、同会の代表者が、原告を幼いころから知る親代わりの人物であることを紹介した後、「彼らが遺留品を発見し警察に通報したことが、どのような意味を持つのか。道警では、公判が始まった今も、彼らとXの間に接触がなかったかどうか聞き込み捜査を行っているという。」

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