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藏人の頭より始めて、殿上人垣下してから人の遊びの如く、此の世の事とも見えざりけり。弟の宗輔のおほきおとゞは笛をぞきはめ給ひける。あまり心ばへふるめきて、この世の人にはたがひ給へりけり。菊や牡丹など、めでたく大きに作り立てゝ好みもち、院にも奉りなどして、ことことの世の用事など、いと申し給ふことなかりけり。餘り足ぞはやくおはすとて、御供の人も追ひつき申さゞりけり。思ひかけぬことには、蜂といひて、人さす蟲をなむ好み飼ひ給ひける。かうなる紙などに蜜ぬりて、さゝげてありき給へば、幾らともなく飛びきて、遊びけれど、大方つゆさし奉ることせざりけり。足高、角みじか、はねまだらなどいふ名つけて、呼ばれければ、召しに從ひて聞きしりてなむ來つゝむれゐける。うへなどいふ人も、いと定め給はざりけるにや、幼きめのわらはべをぞあまた御ふところにはふせておはしける。知り給ふ所より、何もてくらむとも知り給はで、預かりたるものなど、取りいづることあれば、「こはいづくなりつるぞ」などいひて、世に喜びたまひけりとぞ。おやは大臣にもなり給はざりしかども、此の二人は、高く至り給へりき。中御門の右のおとゞ宗忠の御子は、宗能の內大臣と聞こえ給ふ。美濃守行房の女の腹にやおはすらむ。大臣も辭し給ひて御ぐしおろして、まだおはすとぞうけたまはる。おとなしき人だに此の世にはおはせず。いかなるにか、わかき人のみ、上達部にもおはする世に、やとせにやあまり給ひぬらむ。ひとり殘りたまへるとぞ。宰相の中將など申しゝ程直衣ゆるされておはしけるとかや。讃岐の帝の御時、御身したしき上達部にもおはせぬに、思ひかけずなどきこえき。わきの關白かなと、あざける人など