改革の着手は猶予す可らず

• 初出：『時事新報』明治27年（1894年）7月6日
• 底本：『時事新報』明治27年（1894年）7月6日
• 所蔵：国立国会図書館新聞資料室
• 注釈：原文は漢字ひらがな交じり。句点はなし。

改革の着手は猶豫す可らず

朝鮮（てうせん）國事（こくじ）の改革（かいかく）を必要（ひつえう）なりとして何（いづ）れの邊より着手（ちやくしゆ）せんかと云ふに我輩は外國人（ぐわいこくじん）のことなれば直接（ちよくせつ）に不便（ふべん）を感（かん）ずる彼の外交の改良（かいりやう）を促（うなが）さゞるを得ず外交の衝（しよう）に當（あた）る者を外務督辨（ぐわいむとくべん）と稱して我國にて云へば先づ外務大臣の地位（ちゐ）に居（を）る長上官（ちやうじやうくわん）なれども其實は全（まつた）くの無權力（むけんりよく）にして外交の談判（だんぱん）に專對（せんたい）するを得ず理非（りひ）利害（りがい）の明白（めいはく）なる事柄（ことがら）にても必ず其筋（そのすぢ）の内意（ないゝ）を承（う）けて恰も取次（とりつぎ）同樣（どうやう）のことを勤（つとむ）る其内意の發（はつ）する所は一種の全權（ぜんけん）にして之を勢道（せいだう）と稱し能く國事（こくじ）を左右（さいう）するの力（ちから）あれども公然（こうぜん）たる執權（しつけん）の資格（しかく）を以て外面（ぐわいめん）に現（あら）はるゝことなく俗（ぞく）に云ふ蔭武者（かげむしや）の地位（ちゐ）に居て勝手次第（かつてしだい）に無理剛情（むりがうじやう）を張（は）るが故に督辨（とくべん）は外國人と勢道（せいだう）との中間（ちうかん）に挾（はさ）まりて進退（しんたい）に窮（きう）し唯一時を彌縫（がほう）して責（せめ）を兔（まぬ）かれんとし叶（かな）はざるときは病（やまひ）など稱して遁（のが）るゝのみ諸開港塲（しよかいかうぢやう）に在る地方官（ちはうくわん）の不始末（ふしまつ）も亦大抵同樣にして内外人民の間（あひだ）に商賣上（しやうばいじやう）の間違（まちがひ）もあり刑事上（けいじゝやう）の事變（じへん）もありて何（いづ）れも審判（しんぱん）を要することなれども事實の取調（とりしらべ）と云ひ政廳（せいちやう）の評議（ひやうぎ）と稱し因循姑息（いんじゆんこそく）日一日を空（むなし）ふして右（みぎ）とも左（ひだり）とも决（けつ）することなき其内に忽（たちま）ち主任官（しゆにんくわん）の兔職（めんしよく）轉任（てんにん）に際（さい）し舊令尹（きうれいいん）去（さつ）て新令尹（しんれいいん）來（きた）り一切の公務（こうむ）は新任者と共に新（あらた）にして年來（ねんらい）停滯（ていたい）したる詞訴（ししやう）事件（じけん）も更に端（たん）を改（あらた）めて第二の停滯（ていたい）を催（もよ）ほし殆（ほと）んど際限（さいげん）あることなし現に釜山（ふざん）の一港に於ても日本人と朝鮮人との間に取引上（とりひきじやう）の行違（ゆきちがひ）を生じたること何十件の多きに達（たつ）し幾年も埓（らち）明（あ）かずして到底（たうてい）落着（らくちやく）の見込（みこ）みなしと云ふ凡そ是等の宿弊（しゆくへい）を除（のぞ）かんとするには中央政府（ちうわうせいふ）に於て外交の衝（しやう）に當（あた）る者又開港塲（かいかうぢやう）に在勤（ざいきん）して貿易（ぼうえき）の事務（じむ）を司（つかさ）どる者は名實（めいじつ）共に全權（ぜんけん）にして責任（せきにん）の在る所を明（あきらか）にし假令（たと）ひ其人が職（しよく）を去（さ）るも其職務は繼續（けいぞく）して事を理（り）するに差支（さしつかへ）なからしむるのみか差向（さしむ）きの必要として内外人の差縺（さしもつ）れに關して特に裁判法（さいばんはふ）を設（まう）くること今日の急なる可し又外交を外（ほか）にして更に内治（ないぢ）の内情を見れば其（その）紊亂（びんらん）の樣（さま）は前節（ぜんせつ）に記（しる）したる通（とほ）りの次第にして手（て）の着（つ）けやうもなきものと云ふ可し彼の地方官が税權（ぜいけん）法權（はふけん）を濫用（らんよう）して私利（しり）を營（いとな）むのみならず大小（だいせう）の官吏（くわんり）を始（はじ）めとして所在（しよざい）無數（むすう）の士大夫（したいふ）が私（わたくし）に人（ひと）を捕（とら）へ物（もの）を掠（かすむ）るも之を禁（きん）ずる者なく甚だしきは私家（しか）に人を禁錮（きんこ）し時としては死に至（いた）らしむるが如き畢竟（ひつきやう）數百年來の沿革（えんかく）より自然（しぜん）に生じたる流弊（りうへい）なりと雖も今にして之を除（のぞ）かんとするには何は扨置（さてお）き先づ國法に依頼（いらい）するの外あらざれば改革（かいかく）の第一として法律（はふりつ）の改正（かいせい）に着手（ちやくしゆ）す可し既に之を改正して其（その）實行（じつかう）を促（うなが）すには視察（しさつ）と實力（じつりよく）とを要するが故に同時に警察法（けいさつはふ）を作（つく）りて憲兵（けんぺい）巡査（じゆんさ）の仕組（しくみ）を設（まう）く可し又收税法（しうぜいはふ）の改革、國庫金（こくこきん）出納（すいにふ）の整理（せいり）は最も急要（きふえう）にして之が爲めには貨幤（くわへい）の制度（せいど）を定め又は銀行（ぎんかう）の設立（せつりつ）も要用なる可し尚ほ此外に海陸兵制（かいりくへいせい）の事あり宗教（しうけう）の事あり學校（がくかう）教育（けういく）の事あり衞生（えいせい）の事あり勸業（くわんげふ）の事あり運輸（うんゆ）交通（かうつう）道路（だうろ）橋梁（けうりやう）の事あり何（いづ）れも數百年來の舊習慣（きうしふくわん）を一掃（いつさう）するに非ざれば改新の實効（じつかう）を見る可らず滿腹（まんぷく）腐敗物（ふはいぶつ）の停滯（ていたい）には唯吐下劑（とげざい）の一方あるのみ又公然たる國事には關係（くわんけい）なきが如くなれども彼の國に於て宦官（くわんぐわん）を宮中に用（もちゆ）るの法は是非（ぜひ）とも廢止（はいし）す可きものなりと我輩の敢て斷言（だんげん）する所なり朝鮮に宦官の法は何（いづ）れの時代（じだい）に始（はじ）まりしや知る所に非ざれども深宮（しんきう）の中に男女（なんによ）雜居（ざつきよ）せしむるは危險（きけん）なりとて恐（おそ）る可き手術（しゆじゆつ）を施（ほどこ）して男子（なんし）の陽道（やうだう）を斷（た）ち之を君王々妃（くんわう〳〵ひ）の座右（ざいう）に近（ちか）づけて宮女（きうぢよ）と共に日用（にちよう）に使役（しえき）する者なりと云ふ彼等（かれら）は人爲（じんゐ）を以て不具（ふぐ）の身（み）と爲ると雖も精神（せいしん）に異同（いどう）あらざれば才力（さいりよく）ある者は君王（くんわう）に昵近（じつきん）するを幸に次第（しだい）に寵（ちやう）を得（え）て權（けん）を恣（ほしひまゝ）にし時としては政府の人をして畏懼（いたん）せしむるに至ること多しと云ふ明治十七年の亂に朴泳孝（ぼくえいかう）金玉均（きんぎよくきん）の一類が宮闕（きうけつ）に於て第一に當時（たうじ）執權（しつけん）の宦官（くわんぐわん）柳在賢（りうざいけん）を誅（ちう）したるを見ても知る可し實に普通（ふつう）の人心には了解（れうかい）に苦（くる）しむ程の奇談（きだん）なれども其政治上に關係（くわんけい）するとせざるとは姑（しばら）く擱（さしお）き僅に國王の便利（べんり）の爲めなりとて無辜（むこ）の人（ひと）の身（み）を傷（きづゝ）けて片輪者（かたわもの）の不幸（ふかう）に陷（おとしゐ）れ獸類（ぢうるゐ）に向（むかつ）ても忍（しの）びざる殘酷（ざんこく）を敢行（かんかう）して以て宮中（きうちう）不取締（ふとりしまり）の弊（へい）を防（ふせ）がんとするとは人間（にんげん）無上（むじやう）の惡事（あくじ）にして不人（ふじん）の極度（きよくど）に達（たつ）したるものと云ふ可し故に我輩は政治上（せいぢじやう）の關係如何を問はず宦官の法は人肉（じんにく）を喰（くら）ふ者の亞流（ありう）なりと認（したゝ）め今回の機（き）に乘（じよう）じて序（ついで）ながら廢止（はいし）せしめんと欲する者なり以上（いじやう）枚擧（まいきよ）する所の諸件（しよけん）に着手（ちやくしゆ）せんとするには大に官途（くわんと）社會（しやくわい）を沙汰（さた）して人物（じんぶつ）を黜陟（ちゆつちよく）することなれば文明に慣（な）れざる彼の國人が之を悦（よろこ）ばざるは勿論、利害（りがい）に直接（ちよくせつ）する官吏又例の士大夫（したいふ）の輩は全力（ぜんりよく）を盡（つく）して抵抗（ていかう）を試（こゝろみ）ることならん未開國人（みかいこくじん）に無理（むり）ならぬ次第なれども彼等の爲めに謀（はか）り一時の不愉快（ふゆくわい）は一時の夢（ゆめ）と諦（あきら）めて之を忍（しの）び他年の快樂（くわいらく）を以て之を償（つぐな）ひ果して報酬（はうしう）の過分（くわぶん）なるを發明（はつめい）するの日ある可し是即ち我日本國人が隣國（りんごく）の好（よしみ）を以て之に臨（のぞ）み軍隊（ぐんたい）と名（なづ）くる双刀（さうとう）を帶（たい）して嚴重（げんぢう）に其國事の改革（かいかく）を促（うなが）す所以なり

明治27年（1894年）7月6日

現代訳

　朝鮮国事の改革が必要だとしてどの辺から着手するかといえば、筆者は外国人だから直接に不便を感じる彼の外交の改良を促さざるを得ない。

　外交の折衝に当たる者を外務督弁と呼び、我国で言えばまず外務大臣の地位にいる長上官なのだが、その実は全くの権力が無く外交の談判に専対せず、判断や利害の明白な事柄であっても必ずその筋の内意をうけて、あたかも取次同樣のことを勤めている。

　その内意の発する所は一種の全権でありこれを勢道と呼び、よく国事を左右する力があっても公然に執権の資格をもって外面に現れることなく、俗にいう影武者の地位にいて勝手次第に無理強情を張るがゆえに、督弁は外国人と勢道との間に挾まれて進退に窮し、ただ一時を取りつくろって責を免かれようとし叶わないときは病などいって逃れるだけだ。

　諸開港場にある地方官の不始末もまた大抵同樣で、外国人との間に商売上の間違いもあり、刑事上の事件もあっていずれも審判を必要とすることなのだが、事実の取調べといったり政庁の評議といったりして因循姑息に日一日を空くして右にも左にも決することがないそのうちに、たちまち主任官の免職と専任に際して旧令尹が去り新令尹が来て、一切の公務は新任者と共に新しくなり年来停滞した詞訴事件もさらに振り出しに戻って第二の停滞をもよおしほとんど際限がない。

　現に釜山の一港だけでも日本人と朝鮮人との間に取引上の行違いを生じたことは何十件という多さに達し、何年も埒が明かずに到底決着の見込みがないという。

　およそこれらの宿弊を除こうとするには、中央政府において外交の折衝にあたる者、また開港場に在勤して貿易の事務を司る者は名実共に全権として責任の所在を明らかにし、たとえその人が職を去ってもその職務は断続して事を進めるのに差支えなくさせるだけでなく、さしあたりの必要として外国人とのいざこざに関して特に裁判法を設けることが今日急がれる。

　また外交のほか、さらに内政の内情を見ればその紊乱のさまは前節に記した通りの次第であり手の着けようもない。

　彼の地方官が収税権、司法権を濫用して私利を営むのみならず、大小の官吏を始めとして所在無数の士大夫が私的に人を捕え物を奪ってもこれを禁じる者がなく、甚だしきは私家に人を禁錮し時としては死に至らしめるような、畢竟数百年来の沿革より自然に生じた流弊だといっても、今にしてこれを除こうとするには何はさておきまず国法による外にないため、改革の第一として法律の改正に着手すべきだ。

　すでにこれを改正してその実行を促すには視察と実力とが必要だから、同時に警察法を作って憲兵巡査の仕組みを設けるべきだ。

　また収税法の改革、国庫金出納の整理は最も急要であり、このためには貨幤の制度を定めまた銀行の設立も必要だ。

　なおこの外に陸海軍制度の事があり、宗教の事があり、学校教育の事があり、衛生の事があり、観業の事があり、運輸交通、道路橋梁の事がありいずれも数百年来の旧習慣を一掃しないわけにいかないから、改新の実効を見るべきではない。

　満腹腐敗物の停滞にはただ吐下剤の方法あるのみで、また公然の国事には関係のないようだが、彼の国において宦官を宮中に用いる制度は是非とも廃止すべきものと筆者は敢て断言する所だ。

　朝鮮に宦官制度はどの時代に始まったのか知る所にないが、深宮の中に男女を雑居させるのは危険だといって、恐るべき手術を施して男子の生殖を断ち、これを君王王妃の座右に近づけて宮女と共に日用に使役する者だという。

　彼等は人為をもって不具の身となるといっても精神に異同がなければ、才力ある者は君王に近づくのを幸いに次第に寵愛を得て権力をほしいままにし、時としては政府の人間をして畏怖させるに至ることが多いという。

　明治十七年の乱に朴泳孝、金玉均の一派が宮殿において、第一に当時執権の宦官柳在賢を討ったのを見てもわかる。

　実に普通の人の心には了解に苦しむ程の奇談なのだが、その政治上に関係するしないはしばらくさしおいて、わずかに国王の便利のためでも無辜の人の身を傷つけて障害者の不幸に陷れ、獣類に向かっても忍びない残酷を敢行して、もって宮中不取締の弊を防ごうとするとは、人間無上の悪事にして非人間性の極度に達したものというべきだ。

　ゆえに筆者は政治上の関係いかんを問わず宦官制度は人肉を喰う者の悪流としたため、今回の機に乗じてついでながら廃止させようと望む者だ。

　以上枚挙した所の諸件に着手しようとするには大きく官吏社会を処理して人物を取捨することだから、文明に慣れない彼の国人がこれを喜ばないのはもちろん、利害に直接する官吏やまた例の士大夫の輩は全力をつくして抵抗を試ることだろう。

　未開国人には無理のない次第だが、彼等のためを考え一時の不愉快は一時の夢と諦めてこれに耐え、他年の利益をもってこれを償い果して報酬が過分になることを発見する日が来るだろう。

　これがすなわち我日本人が隣国のよきをもってこれに臨み、軍隊と名のつく双刀を帯して、厳重にその国事の改革を促すゆえんだ。

関連資料

• 「亜細亜諸国との和戦は我栄辱に関するなきの説」（『郵便報知新聞』明治8年（1875年）10月7日）
• 「朝鮮の交際を論ず」（『時事新報』明治15年（1882年）3月11日）
• 「朝鮮独立党の処刑」（『時事新報』明治18年（1885年）2月23、26日）
• 「脱亜論」（『時事新報』明治18年（1885年）3月16日）
• 「朝鮮人民のために其国の滅亡を賀す」（『時事新報』明治18年（1885年）8月13日）
• 「兵力を用るの必要」（『時事新報』明治27年（1894年）7月4日）
• 「土地は併呑す可らず国事は改革す可し」（『時事新報』明治27年（1894年）7月5日）
• 「支那人親しむ可し」（『時事新報』明治31年（1898年）3月22日）
• 「支那人失望す可らず」（『時事新報』明治31年（1898年）4月16日）