机 田山花袋
書斎の机に坐って見る。
筆を執って、原稿紙を並べて、さていよいよ書き出そうとする。一字二字書き出して見る。どうも気に入らない。題材も面白くなければ、気乗りもしていない。とても会心の作が出来そうに思われない。もう日限は迫って来ているのだが、「構うことはない、もう一日考えてやれ。」と思って、折角書く支度をした机の
「また、駄目ですか。」
こう妻が言う。
「駄目、駄目。」
「困りますね。」
「今夜、やる。今夜こそやる。……」
こう言って、日当りのいい
T雑誌の編集者の来るのが、そうなると恐ろしい。きっとやって来る。そしてどうしても原稿を手にしない中は承知しないという
と、今度は、もうどうしても書けないような気がする。
「駄目、駄目。」
「どうしても、出来ませんか。」
妻も心配らしい顔をしていう。
「こうして歩き廻っているところを見ると、どうしても動物園の虎だね。」
「本当ですよ。」
妻も
「ああ、いやだ、いやだ。小説なんか書くのはいやだ。」
「出来なければ仕方がないじゃありませんか。」こうは言うが、妻は決して、「好い加減で好いじゃありませんか。」とは言わない。それがまた一層苦痛の種になる。