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いゝづけおやたのんでをつけてもらひました。その嫋竹なよたけ赫映姬かぐやひめといふのでした。そのころ習慣ならはしにしたがつて、三日みつかあひだ大宴會だいえんかいひらいて、近所きんじよひとたちや、そのほかおほくの男女なんによをよんでいはひました。
 このうつくしい少女をとめ評判ひようばんたかくなつたので、世間せけんをとこたちはつまもらひたい、またるだけでもておきたいとおもつて、いへちかくにて、すきのようなところからのぞかうとしましたが、どうしても姿すがたることが出來できません。せめていへひとつて、ものをいはうとしても、それさへつてくれぬ始末しまつで、人々ひとはいよんでさわぐのでした。そのうちで、よるひるもぶっとほしにいへそばはなれずに、どうにかして赫映姬かぐやひめつてこゝろざしせようとおも熱心家ねつしんか五人ごにんありました。みなくらゐたか身分みぶんたふとかたで、一人ひとり石造いしつくりの皇子みこ一人ひとり車持くらもちの皇子みこ一人ひとり右大臣うだいじん阿倍あべの御主人みうし一人ひとり大納言だいなごん大伴おほともの御行みゆき一人ひとり中納言ちゆうなごん石上麻呂いそのかみのまろでありました。このひとたちはおもだてをめぐらしてひめれようとしましたが、たれ成功せいこうしませんでした。おきなもあまりのことにおもつて、あるときひめむかつて、