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げらる。之れを有機體の自然物に譬ふれば相と素とが一つに合するが如く見ゆれど、尙ほ其の相對するものなることは蔽ふべからず。桃の種子は素なりと云へどそを形づくるもの其の中に存するにあらざれば素の開發して桃樹の形を取る所以は解すべからず。知るべし譬喩を有機體に取る時に於いても形づくるものと形づくらるゝものとの對待を說かざるべからざるを。かくアリストテレースの相素論は一見一元的にてありながら、更に細見すればその二元的なる所は蔽ふべからず、寧ろ二元的方面が一元的方面に勝てりといふも不可なからむ。

《相と素との關係。》〔一九〕かく彼れは相素の關係を二元的に考ふる所よりして素が相の實現に對して障礙を呈するが如く說けり。以爲へらく、自然物が其の形を成すや皆悉く完全なる形を成さず又其の形の破壞せらるゝに至ることあるは是れ素が全く相に化せられずして相の實現を妨ぐればなり。また素は唯だ成り能ふべき性にして尙ほ不定なるものなるが故に相に相應したる形を現ずることの外に定まりなき形をも現ずることあり。世に偶然の出來事あり自然物に怪異なるものの生ずるはこのゆゑなりと。かくしてアリストテレースは素に歸するに凡べて不完全なる