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夕闇の中から

やさしい子守歌が聞えママて來る

風呂からあがつて

裸で林檎をたべてると

木立ちの向うから

細いやさしい歌聲が聞えて來る


いつか聞いた歌だ

誰かが歌つた歌だ……


さうだ私の生徒、

三月󠄁靜岡へうつつていつた

あの黑い眼の少女がうたつた子守歌だ


とんとんとろりこ

とんとろり


あの少女はさう歌ひ

私は悲しくきいてゐた

別れもまぢかい日だつたが


私はちやんと知つてゐた

私達󠄁はあまり年が違󠄁ふので

私の言葉はあの子に通󠄁じないことを

あの子の言葉は私の心にとゞかないことを


だがあの歌を

しみじみあの子が歌つたとき

それはあの子の魂のしんに觸れ

私の魂のしんに觸れ

それらは一つのリトムをうつた


それならばあのとき

私はあの子を理解しなかつたと

どうして云へよう


  とんとんとろりこ

  とんとろり


美しい子守歌よ、やさしい旋律よ、


私と私の生徒だつたあの少女の

お互の魂を共鳴させえた

不思議なるものよ


私はここに、たまゆらの深さを知り

生命の價値を知り、

この世を悲しくも美しいものに思ふ


懐しい子守歌がまだ續いてゐる

夕闇の向う