Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/264

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がしが見侍れば出で給はぬなめり。さらぬをりはまもなくこれよりぞ聞え給ふなる」など申し給へば、御おもてはすこしあかみながら少しうちほゝゑみ給へるいとめでたし。「とく」などうへも聞え給へば、奧ざまに向きて書かせ給ふ。うへ近く寄り給ひて、もろともにかゝせ奉り給へばいとゞつゝましげなり。宮の御かたより萌黃の織物の小袿袴押し出されたれば、三位中將かづけ給ふ。くるしげに思ひて立ちぬ。松君のをかしう物のたまふを、誰も誰もうつくしがり聞え給ふ。「宮の御子たちとて引き出でたらむにわろくは侍らじかし」などのたまはするを、げになどか今までさる事のとぞ心もとなき。ひつじの時ばかりに、えんだうまゐるといふ程もなく、うちそよめき入らせ給へば、宮もこなたに寄らせ給ひぬ。やがて御帳に入らせ給ひぬれば、女房南おもてにそよめき出でぬめり。らうに殿上人いと多かり。殿の御まへに宮司めしてくだものさかなめさす。「人々ゑはせ」などおほせらる。誠に皆ゑひて女房と物いひかはす程、かたみにをかしと思ひたり。日の入る程に起きさせ給ひて山井の大納言〈道賴〉召し入れてみうちきまゐらせ給ひてかへらせ給ふ。櫻の御直衣に、紅の御ぞの夕ばえなどもかしこければとゞめつ。山のゐの大納言はいりたゝぬ御せうとにても、いとよくおはすかし。にほひやかなる方はこの大納言にもまさり給へるものを、世の人はせちに言ひおとしきこゆるこそいとほしけれ。殿、大納言、山のゐの大納言、三位の中將、內藏頭など皆さぶらひ給ふ。宮のぼらせ給ふべき御使にてうまの內侍のすけ參り給へり。「今宵はえ」などしぶらせ給ふを、殿聞かせ給ひて「いとあるまじき事。はやのぼらせ給へ」と申させ給ふに、又春宮