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若しき御程なるにまめやかにいみじとおぼす。藥師と大夫定實の君一人召し入れて又人も參らず、御門の御前にて五所ぞせさせ奉らせ給ひける。御乳母どもいと悲しと思ひて、いぶかしうすれどをさをさゆるさせ給はず。宮いとあつくむつかしうおぼせど、大夫につといだかれ給ひて上の御手をとらへ、よろづに慰め聞えさせ給ふ。御氣色のあはれにかたじけなさををさなき御心におぼししるにやいとおとなしく念じ給ふ。かくて後程なくをこたらせ給ひぬればめでたく御心おちゐ給ひぬ。大方今年はなゐしげくふり、世の中さわがしきやうなれば、つゝしみおぼされて十月十五日より圓滿院の二品親王內にさぶらひ給ひて尊星〈勝イ〉王の御修法つとめ給ふに、二十日の宵二の對より火いできたりあさましともいはむかたなし。上下立ちさわぎのゝしるさま思ひやるべし。大宮の院も內におはしましける比にて、急ぎ出でさせ給ふ。御車の棟木にも既に火もえつきけるを又さしよせて春宮奉らせけり。その夜しも勾當の內侍里へいでたりければ、塗籠のかぎをさへもとめ失ひていみじき大事なりけるを、うへきこし召して荒らかにふませ給ひたりければ、さばかり强き戶のまろびてあきたりけるぞおそろしき。さなくばいとゆゝしき事どもぞあるべかりける。故院の御そぶんの入りたる御小唐櫃、何くれの御寶ことゆゑなくとり出だされぬ。それだにもあまり騷ぎて御かもん御うぶぎぬなどの入りたるものは燒けにけり。上はたごしにて押小路殿へ行幸なりぬ。法親王は「修法のつよきゆゑにかゝる事はあるなり」とぞのたまはせける。この四月に御わたましありつるに幾程なうかゝるはげにいみじきわざなれど、昔も三條院位の御時かとよ、大內つ