Page:Kokubun taikan 07.pdf/622

提供:Wikisource
このページは校正済みです

ていとめでたし。かくて今上の若宮、六月廿六日親王宣旨ありて同じき八月廿五日坊に居給ひぬ。かく華やかなるにつけても入道殿はあさましくおぼさる。故おとゞの先立ち給ひしなげきにしづみてのみ物し給へど、かゝる世のけしきをかしこく見給はぬよとおぼしなぐさむ。中宮は御服の後も參り給はず、萬ひきかへ物うらめしげなる世の中なり。一院は御本意遂げむ事をやうやうおぼす。その年の九月十三夜白川殿にて月御らんずるに、上達部殿上人例の多く參りつどふ。御歌合ありしかば、內の女房ども召されて、いろいろのひき物源氏五十四帖のこゝろ、さまざまの風流にして上達部殿上人までも別ちたまはす。院の御製、

  「我のみや影もかはらむあすか川おなじ淵瀨に月はすむとも。

   かねてより袖もしぐれて墨染のゆうべ色ます峯のもみぢ葉」。

「この御歌にてぞ御ほいの事おぼしさだめけり」とみな人袖をしぼりて聲もかはりけり、あはれにこそ。民部卿入道爲家判せさせられけるにも身をせめ心をくだきて「かきやる方も侍らず」とかや奏しけり。かくて神無月の五日龜山殿へ御幸なる。今日をかぎりの御たびなれば心ことにとゝのへさせ給ふ。新院も例のおはします。大宮、東二條、ひとつ御車にておなじく渡らせ給ふ。大宮女院は白菊の御ぞ、東二條院は靑紅葉の八つ菊の御小袿奉る。まづ北野、平野の社へ御まゐりあれば御隨身ども花ををりつくし、今日をかぎりとさまあしきまでさうぞきあへり。兩社にて馬あげさせられけり。神もいかに名殘多く見たまひけむ、空さへうちしぐれて木の葉さそふ嵐もをりしりがほに物悲しう淚あらそふ心ちし給ふ人々多かるべ