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增鏡


きさらぎの中の五日は鶴の林にたきゞつきにし日なれば、かの如來三傳の御かたみのむつましさに、嵯峨の淸凉寺にまうでゝ、常在靈鷲山など心のうちに唱へて拜み奉る。傍にやそぢにもや餘りぬらむと見ゆる尼ひとり、鳩の杖にかゝりてまゐれり。とばかりありて「「たけく思ひたちつれど、いと腰いたくて堪へがたし。今宵はこの局にうちやすみなむ。坊へ行きてみあかしの事などいへ」」とて、具したる若き女房のつきづきしきほどなるをばかへしぬめり。「「釋迦牟尼佛」」とたびたび申して、夕日のはなやかにさし入りたるをうち見やりて、「「哀にも山の端近く傾ぶきぬめる日影かな。我が身のうへの心ちこそすれ」」とてよりゐたるけしき何となくなまめかしく、心あらむかしと見ゆれば、近くよりて「「いづくよりまうで給へるぞ。ありつる人のかへりこむほど御伽せむはいかゞ」」などいへば「「このわたり近く侍れど、年のつもりにや、いとはるけき心ちし侍る。あはれになむ」」といふ。「「さてもいくつにかなり給ふらむ」」と問へば、「「いさよくも我ながら思ひ給へわかれぬほどになむ。百とせにもこよなく餘り侍りぬらむ。來し方ゆく先ためしもありがたかりし世のさわぎにも、この御寺ばかりはつゝがなくおはします。なほやんごとなき如來の御光なりかし」」などいふも古代にみやびかなり。年のほどなど聞くもめづらしきこゝちして、かゝる人こそ昔ものがたりもすなれと思ひ