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せ給へりき。三瀧のひじりとか聞こえしは、御戒の師と聞こえ侍りし、よろづおもほしすてたる御有樣にやあらむ。鳥羽などをも、よろづ女院の御まゝとのみさたしおかせ給へれど、後の世のことを、おもほし掟てさせ給ふうへに、心かしこく何事にものがれさせ給へりき。姬宮たち御母おはしましゝ折、皆御ぐしおろさせ給ひてしこそいとあはれに聞こえ侍りしか。むかしの佛の、やたりの王子十六の沙彌などの御有樣なるべし。なかにも、當時のきさきの宮にて、佛の道にいらせ給ふ。世にたぐひなし。この世をつら〈よイ〉くおぼしめしとりて、わが御身もひめ宮たちをもすゝめなし奉りて、つとめさせ給ふほどに、わづらはせおはします御事ありて、應保元年十一月廿三日に、かくれさせおはしましにき。紫の雲たなびきて、ゐながら、うせさせおはしにけるとぞうけ給はりし。かねて高野の御山に、しのびて、御堂建てさせ給ひて、それにぞ御舍利をば送りまゐらせたまひけるとなむ。かの御ともには、さもあるべき人々、おのおの御さはりありて、贈左大臣の末の子時通の備後守とか聞こえし、後には法師になられたりけるに、年ごろも契りおかせ給へりけるとて、その人ばかりぞ、首にかけ參らせて、たゞ一人參られければ、若狹守にて、たかのぶと申して、むげに年若き人、をさなくより、なれ仕うまつりて、御なごりのしのびがたさに、事にのぞみて、慕ひまゐりけるに、御山へいらせ給ふ日、雪いたくふりければ、よみ侍りける、

  「誰か又けふのみゆきを送りおかむわれさへかくて思ひ消えなば」。

     大內わたり