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さむ方なく苦しかりけり。中納言は、三條の宮つくりはてゝ、さるべきさまにて渡し奉らむとおぼす。げにたゞ人は心やすかりけり。かくいと心苦しき御氣色ながら安からず忍び給ふからに、かたみに思ひ惱み給ふべかめるも心苦しくて、忍びてかくかよひ給ふよしを中宮などにも漏し聞しめさせて、しばしのさわがれはいとほしくとも女がたの御ためは咎もあらじ、いとかく夜をだに明し給はぬ苦しげさよ、いみじくもてなしてあらせ奉らばやなど思ひて、あながちにもかくろへず、ころもがへなどはかばかしく、誰かはあづからむなどおぼして、御帳のかたびらかべしろなど、三條の宮つくりはてゝわたり給はむ心まうけにしおかせ給へるを、まづさるべきやうなむなどいと忍びて聞え給ひて奉れ給ふ。さまざまなる女房のさうぞく、御めのとなどにものたまひつゝ、わざともせさせ給ひけり。十月一日ごろ「あじろもをかしきほどならむ」とそゝのかし聞え給ひて、紅葉御覽ずべう申し給ふ。親しき宮人ども殿上人のむつましくおぼすかぎりいと忍びてとおぼせど、所せき御いきほひなればおのづからことひろごりて、左のおほいとのゝ宰相の中將も參り給ふ。さてはこの中納言殿ばかりぞ上達部は仕うまつり給ふ。たゞ人はおほかり。「かしこにはろなう中やどりし給はむを、さるべきさまにおぼせ。さきの春も花見に尋ね參りこしこれかれ、かゝるたよりにことよせて、時雨のまぎれに見奉り顯すやうもぞ侍る」などこまやかに聞え給へり。みすかけかへ、こゝかしこかきはらひ、岩がくれに積れる紅葉の朽葉少しはるけ、遣水のみ草はらはせなどぞし給ふ。よしあるくだものさかななどさるべき人なども奉れ給へり。かつはゆかしげなけれ