Page:KōgaSaburō-Yōkō Murder Case-Kokusho-1994.djvu/20

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 尚、この方法の隠れた目的の一つは、こうして相手が射殺され、家屋が焼失した時に、嫌疑は第一に、居留守をしていた彼の妻にかかるでしょう。老博士はこうして、間接に彼の妻にも復讐を試みる積りだったのです。彼は妻を愛する余り、殺してしまおうとは考えませんでしたが、さりとて、すべてを黙許するほど、寛大でもありませんでした。彼は妻が殺人の嫌疑を受けて苦しむのを、心地よげに見守ろうとしたのです。

 老博士は考えに考え、水も洩らさない計画を完成した後に、気味の悪い笑いを洩らしながら、旅行に出かけました。

 すべては旨く運びました。もし、ここに一人の道化役が出場しなかったら、博士の目的は完全に達せられたでしょう。が、哀れなピエロの登場は、博士の計画を木葉微塵にしました。最早、お気づきの事と思いますが、道化役と云うのは八木万助です。彼は何にも知らずに、博士夫人にピストルを突つけました。夫人は両手を高く上げました。そこは、赤外線の仕掛けてあった真下でした。科学は正確で無情です。赤外線は、横林博士の頭に遮られても、又、脇田夫人の手に遮られても、効果には少しも変りはないのでした。ここで、ちょっとつけ加えて置きますが、廊下にピストルが抛り出してあったと云うのは、恐らく、博士が夫人に拾わせて、後の嫌疑の種の一つにする積りではなかったのでしょうか。

 今まで申上げた事は全部私の推定ですが、この推定に多分誤りはないだろうと考えますのは、八木万助が博士邸に忍び込んだ時に、真暗な廊下にモヤモヤした妖しい光を見たと云う言葉から思いつきまして、みなさんも御承知のように実験を試みたのでありますが、この妖光こそ、赤外光線でありました。誠に信じ難い事でありますが、八木万助の視覚は特異でありまして、一般の人に見えない筈の赤外線を、やや感ずるのであります。万助はこの独特の霊妙な力によりまして、私に事件を解決するヒントを与えると共に、彼自身も生命いのち拾いをしました。もし、彼がモヤモヤした妖光を見た所を、頭を下げて通らなかったら、彼は脇田博士の犠牲になっているところでした。

 脇田博士は思わぬ失敗に歯がみをしました。彼は無論八木万助が邪魔をした事を知りませんから、横林博士が計画を見破って、夫人を犠牲にしたものと信じ、以前に増した憎悪と憤激を持って、復讐の企てを練り始めました。一方横林博士は脇田博士の奸策を知り、彼自身と夫人の復讐のために、八木万助を利用したのです。時間が迫りましたから簡単に申しますが、横林博士は、多分問題の夜、脇田博士邸にいたので、万助を認めて、顔を知っていたのでしょう。彼は万助を見つけ出すと同時に、万助の名で、脇田博士に手紙を送って、当夜の事情を知っていると云って、脇田博士に危惧きぐの念を起させて、万助の家を訪ねなければならないようにしたのでしょう――アッ、星合さん、どちらへお出になります」

「僕は検事の注意を促すために、電話を掛けに行くのです。検事は多分僕に横林博士に拘引状を要求するでしょう」

「ちょ、ちょっとお待ち下さい。もう少しです。もう少し説明したい事がありますから」

 青年理学士の言葉に、予審判事は渋々しぶしぶ元の所に腰を下した。

「もう少しです」理学士は弁解するように云った、「横林博士は安全のため、脇田博士に変装して、万助を呼留よびとめ、彼にテレビジョンだと云って、いい加減な映画を見せて、彼の心情を乱し、姦夫に対して殺意を起させて、家に帰しました。すると、恰度脇田博士が――」

 この時、突然、ドーンと云う鈍い大きな音がして、ズシンと地響じひびきがすると同時に、窓硝子がビリビ