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うに飛上りながら叫んだ。「ああ思い出しました。思い出しました。この穴に這入つていたものを」

 「え、え、それはどこにありますか。そして何です。それは」

 繁太郎は彼女の傍にり寄って叫んだ。



 「それは鉄の塊です。私が大切にしまっておきました」

 彼女が息を弾ませながら語る所によると、彼女の父というのは一種の発明狂で、それに大の帝国主義者だったので、その当時では未だ珍らママしかった飛行機の研究をしたり、水雷すいらいを操縦する機械の発明に凝ったりして、とうとう親から伝った莫大な財産を一文なしにしてしまった。しかし、一部の人々の中には、あれほどの大財産がすっかりくなる訳はない、どこかに隠してあるのだろうと疑って、いろいろ調べてみたが、結局なんにも得る所はなかった。

 「母も、ことによったらお父さんが戦争の時を考えて、きんにでもして隠しておかれたかも知れないと冗談のようには云いましたが、結果私達に残されたものは、古ぼけた家財道具と、今云う鉄の角の多い四角な塊だけでした。鉄の塊は父の生前よほど大切にしていましたので、何の役に立つか分らないで、蔵っておきましたのです」

 「鍵はありませんでしたか、鍵は」一伍一什を聞いて、繁太郎は興奮しながら叫んだ。

 「え、どうしてそれを御存じですか、古びた鍵一つ、父の遺して行ったものがあります」

 「そうですか。では行きましよう」

 「え」あまりだしぬけだったので、直子は耳を疑うように、「どこへ行くのですか」

 「あなたの故郷へ、あなたの元の屋敷へ」

 「参りますまい」直子は首を振った。「昔の事を思い出すのは厭ですし、それに」彼女は口籠くちごもりながら、「私はあなたとお交際つきあいをした事を後悔していますの。あなたにお会いしなければ好かったと思っていますわ。私はやはりただの女事務員として暮して行かねばなりませんもの。あなたのような方とお交際は出来ません」

 「いいえそんな事を云ってはいけません。あなたはあなたの家に蔵された宝を探しに行かねばなりません」

 「えっ、宝ですって」

 「さママうです」

 「どうしてそんな事がお分りになりました?」

 「想像です。想像ですけれどもたしかだと思われます。ですが考えてみると、今日はもう日が暮れました。明日の朝参りましょう」



 翌朝早く、二人の男女が川越行の電車に乗っていた。それは、笠松繁太郎と小山直子だったが、電車に乗った時から彼等の後を怪しい男が二人尾行しているのを、彼等は少しも知らないようだった。二人は宝を掘りに行くという異様な仕事に、すっかり余裕を失っていた。

 「これが蔵ですわ。母屋おもやの方には人は住んでいますが、この蔵はこんなに荒れてしまったから、もう使ってないようですわ」

 二人が直子の旧屋敷についた時に、直子は丁字路になった狭い路の角に建っている蔵をゆびさした。

 「この角が東南ですか」

 「いいえ向うの角になります」

 「では断らねば這入れませんね」

 「どっちにしたって、断らなければ這入れません。私が断ってきます」

 直子は駈け出したが、やがて許しを得て帰って来たので、二人は蔵の中に這入った。

 「これが東南の隅ですね。鍵穴があるでしょうから探して下さい」繁太郎はそう云って、用意していた懐中電燈を照らした。

 「ああ、ありました」直子は叫んだ。

 「では、あなたの持っている鍵で開けて下さい。多分合うでしょう」

 「ええ、合います。ですけれども、私何だか恐ろしいような気がして」

 「馬鹿な事を云っちゃいけません。早く開けて御覧なさい」

 床の隅にあった鍵穴に鍵を入れて、カチリとひねると、床の一部が持上るようになった。床の下には小さい鉄の函があった。鉄の函の鍵もやはり同じだったので、難なく蓋を開けると、鉄の函の底に多角形の穴が開いていて、それが管のようなもので、ずっと土中まで続いているらしかった。

 繁太郎は暫く腕を組んで考えていたが、やがて直子の方を向いて、

「直子さん、この穴から例の鉄の塊を投げ入れて御覧なさい」