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したのさ」

「誰が燃したんだ」私は思わず声を強めた。

「まあ聞き給え」反対に金子は落着いて、

「暖炉の傍に、一寸気のつかないような揚げ蓋があってね、その中に枯枝が一杯詰っていたらしい形跡があるんだ。底の方に未だいくらか小枝が残っていたし、暖炉の燃え残りからも、確かに小枝らしい事が立証されるのだ。むろん、その枯枝はみな子さんが、幾日もかかって拾い集めていたのだ。だから、先刻みな子さんが無意識に枯枝を拾い上げたのは、必ずしもキャンプの習慣ではなかったのだ。毎日のように拾い集めていたので、すっかり癖がついてしまったんだよ」

「なるほど、そうだったのか。しかし、集めたのはみな子さんとして、燃したのは――」

「温度の低い所と、温度の高い所では、死後硬直の起る時間や、血液の凝固する時間が大へん違うそうだ。気候でいって見れば、冬と夏では大部違う――」

「そ、それで」

「つまり暖かママいと死後硬直も血液の凝固も徐々に起る。例えていえば、零度に近い気温では一時間で起るが、華氏の八十度近くもある気温では二時間かかるといったような訳さ」

私は少し分って来たような気がした。

「そうか、じゃ――」

「医師は、兇行時間をさかのぼって二時間以上と推定したね」金子は私がいおうとするのを遮って、「それは医師は最初からあの部屋が華氏の八十度近い温度だったとして断定したのだ。もしあの部屋が初め零度近くだったとして、その時に兇行が行われ、それから大急ぎで枯枝を焚いて、温度を急騰さしたのだとすると――」

「ううむ」私は唸った。「そうなると、推定時間が狂って来る」

「そうなんだ。最初から華氏八十度の気温なら、あの状態では死後二時間という事になるけれど、もし零度に近い気温で殺害されたとすると、死後一時間或いはそれより以内という風に短縮されるのだ」

「――」私は一寸言葉が出なかった。

「みな子さんは、僕達に地境の石杭を見てくれといって、自分一人だけ先へ帰ったね。僕達は地境まで引返して、それからあちこちと石杭を調べ、それから元来た路を廻り路して家に帰ったね。それに要した時間はたっぷり三十分はかかっている。ところが、あそこから近路をして、駆け出せば、家まで優に五分で行けるのだ。その十五分の間に驚いて眠りから覚めた秀造を、窓の開け放しになっている客間へ引摺って行き、長椅子に押しつけて、ー刺に刺し殺し、開いていた窓を締め、それから暖炉の中にかねて貯えてあった枯枝を突込んで、火をつけ、ドンドン燃やし、台所へ行って、素知らぬ顔をしている――」

「じゃ、秀造は別の部屋で寝ていたんだね」

「そうなんだ。まさか今日の寒さでは、火の気のない、窓の開け放しの部屋では、いかに精神異常者でも寝ていられんからね。客間に寝ているといったのは噓なんだ。もうみな子さんはすっかり白状したよ。なくなったという時計も蟇口もその他のものも、みんな二階の寝室から出て来たよ。みな子さんは一時そこへ隠して置いて、そっと処分する心算だったのだ」

 ああ、何という恐ろしい企みであろう。気温を変えて、死後硬直や血液凝固の有様を変えて兇行の