さりとて今からどう仕様もない。勿論体を大切にせねばならぬといふことは意識してゐるけれど、病気のことを考へるとこのままじつとしてゐられない思ひもするし、何にしても弱つたことだ。
九月十八日。
附添も終つた。今日は朝から雨で終日部屋にゐる。焦燥と悲しみと不安と、切なさと淋しさと、その他凡てこれに類する形容詞をもつてしても自分の気持は書き表はせぬ程、憂ひに閉ざされた日であつた。
朝「若い妻」を書かうと思つて机に向つてどうしても書けない。この作物は自分には必然的に書けないのかも知れない。かうした社会不安をテーマにしたものは自分の不安を刺激し、焦燥を募らせるだけである。居ても立つてもゐられない。この朝こそはほんたうに自分の気が狂ふのではないかと思つた。五十嵐先生にでも相談して強い睡眠薬でも貰つて四五日ぶつ続けに眠つたらいいだらうとほんとに思つた。
かうした不安に苦しめられるといふのも、自分の作家としての力無さをはつきり識つたからだ。自分には才能など丸切りなく小説を書かうと思ふさへをこがましい沙汰かも知れぬ。けれどかう思ふことを余儀なくされる程苦しいことが又とあらうか。この思ひこそは自分に致命的な痛みを与へる。
現在の自分には何一つとして心から頼ることの出来るものはない。勿論頼り得る人もない。それだけ又この頼り得るものが欲しい。
自分の周囲は依然として雑駁だ。思索など毛程も出来ぬ。自分の弱い神経は絶えず悲鳴を挙げる。
今日藤蔭に行つて光岡君や鈴木君、Hさん等と話したけれど、自分は全く彼等と反対な風に生れついてゐることを感じただけだつた。彼等は申分のない立派な人間であり、善い事を行はうとする気持を十分に所有してゐて、正直である。そして彼等は神を
彼等は遠く自分から離れて彼方にゐる。
九月十九日。
雨。――起きると六時二十分前だつた。雨は降つてゐなく、これは晴れ渡つた日かも知れぬと思つた。裏の窓から外を見ると、松舎のあたりは朝霧に閉ざされて武蔵野らしい茫漠とした景色だつた。上村君や佐藤君がラヂオ体操に行つてから散歩に出る。テニスコートの近くまで来て松川君に会ふ。それから二人で垣根の所を歩き栗を拾ふ。三合くらゐも拾つたらうか? うでて食つて大変うまかつた。
十一時頃から雨が降つて来た。二時頃注射に出かけると、看護婦達が笑ふのでどうしたのかと思つて気がつくと、自分が坊主頭に髪を切つたので笑つてゐるのだ。苦笑した。
今日の気分はどうにかごまかして憂鬱ではなかつた。朝から松川君と栗を拾ひながら、ピンポンをやりながらも、自分の気持をごまかすことで懸命だつた。
けれど夕方風呂から帰つて来ると、またしても所在なさに昨日の狂ほしい気持が出て来さうで、急いで寝ることに定めて床を引いて中に這入る。それからこの日記を書き出したのだ。雨は相変らず降り続いて、音がする。暗い中を忍びやかにこの部屋に人が来るやうに――。蒲田のS子はどうしてゐるか? 何がなくもう一度会つて話してみたいやうな思ひがする。彼女の気持など判り切つてゐるのだが、何か彼女の口から自分の気持を慰められるやうな言葉が聞かれさうに思はれてならぬ。さりとてそれも仕様のない事ではあるし、今更と思はれて自分の気持の弱さが情ない。過去に見た夢はそのまま夢として自分の胸でまさぐつて楽しんでゐるのが、幸福といふものかも知れぬ。プルウストは人生は夢見るべきだと言つてゐるが、自分にはそのやうな気持になれず、またそれだけに夢見たく思はれてならない。ほんとにプルウス