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歪んだ口から涎をたらしてをり、ある児は顔いつぱいに絆創膏を貼りつけてゐる。ひどいのになると机に松葉杖を立てかけてをり、歩く時にはギッチンギッチンと義足を鳴らせるといふ有様であつた。一体この児たちに何を教へたらいいのであらう、また、彼等にどういふ希望を与へたらいいのであらう、そして二十五歳で発病した自分ですら一切の希望を奪はれてしまつてゐるのではないか、して七八歳の年少に発病した彼等が如何なる望みをこの人生に持ち得るといふのか――。彼は教壇に立ちながら、この少年少女たちに対してはもう教へるものは一切なかつたばかりでなく、教へることは不可能だと思つたのであつた。彼の受け持つてゐた学科は国語と算術であつたが、彼はそれ以来算術を他の教師に頼んで自分は作文を受け持ち、ただ思ひ切り時間を豊かに使用することに考へついた。彼は教科書を放擲してしまひ、国語の時間には童話を話してやつたり、読ませてみたりし、作文はなんでも勝手に綴らせ、時間の半分は学園の外に出て草や木の名を教へた。それは教へるといふよりも、むしろ、一緒になつて遊ぶといふ気持であつたのである。彼にはこの子供たちに対して教へるといふ風な気持になることがどうしても出来なかつた。この年にしてこの不幸に生きぬママばならぬ運命を背負つてゐるといふだけでも、地上に於ける誰よりも立派な役割を果してゐるのではないか、よしんばこれが立派な役割だと言へない無意味な不幸であるにしても、彼はその不幸に敬意を払ふのは人間の義務であると信じたのであつた。

 子供たちは教室から一歩外へ出ると、忽ち水を得た魚のやうに生きかへつた。血液は軀の隅々まで流れわたつて、歪んだ口の奥にも、腫れ上つた顔面の底にも、なほ伸び上らうとする若芽の力が覗かれるのだつた。

「癩病になりや人生一巻のお終ひさ、ちえッ。」

 といふ彼等の眼にさへも光りが増して、鶏三はさういふ言葉も笑ひながら聴いた。彼は一切を忘れて遊びに熱中してゐる子供たちを眺めるのが何よりの楽しみであつた。彼等は学科を全然理解せず、ただそれが自分たちには無意味であるといふことだけを本能的に感得してゐたが、遊んでゐる時の彼等にとつては無意味なものはこの地上に一つもなかつた。彼等は至るところに遊びを発見し、そこに凡ての目的を置き、力を出し尽して悔いなかつた。子供たちはみなそれぞれ恐しい発病当時の記憶と、虐げられ辱しめられた過去とをその小さな頭の中に持つてゐる。それは柔かな若葉に喰ひ入つた毒虫のやうに、子供たちの成長を歪め、心の発育を不良にしていぢけさせてしまふのである。子供たちをこれらの記憶から救ひ、正しい成長に導くものは学科でもなければ教科書でもなかつた。ただ一つ自由な遊びであつた。彼等は遊びによつて凡てを忘れ、恐しい記憶を心の中から追放する。それはちやうど、最初に出た斑紋が自らの体力によつて吸収してしまふやうに、彼等自身の精神の機能によつて心の傷を癒してしまふのであつた。

 鶏三はじつと、夕暮れてゆく中に駈け廻つてゐる子供たちを眺めながら、貞六、光三、文雄、元次、と彼等の名前を繰つてゐたが、ふと山下太市の顔が浮んで来ると、あらためて庭ぢゆうを眼でさがしてみた。そして予期したやうに太市の姿が見当らないと、彼は暗い気持になりながらその病気の重い、どこか性格に奇怪なところのある少年を思ひ浮べた。

 その時どつとあがつた女の児たちの喚声が聴えて来た。小山の上に立つてゐる彼の姿を見つけたと見えて、顔が一せいにこちらを向いて、

「せんせーい。」「せんせーい。」

 と口々に叫ぶのである。鶏三が歯を見せて笑つてゐることを知らせてやると、彼女等は蜘蛛の子を散らせたやうに駈けよつて来て、ばらばらと山の斜面に這ひつき、栗や小松の葉をぱちぱちと鳴らせて、見る間に鶏三の腰のまはりをぐるぐると取り巻いた。そしてさつきのやうに手をつないで彼を中心にぐるぐると廻り、

   中のなあかの小坊主さん

   まあだ背がのびん

 そんな歌を唄つてまたわあつと喚声をあげるのだつた。そして手を放すと、今度は、

「かくれんぼしようよ、よう先生。」

 と、わいわい彼を片方へ押しながら言ふのであつた。鶏三は笑ひながら、

「よし、よし。さあ、じやんけん。」

「あら、先生が鬼よ、先生が鬼よ。」

「なあんだ、ずるいね、じやんけんで決めなきあ…。」

「だつて、先生おとななんだもの、ねえ、よつちやん。」

「さうよ、さうよ。」

 そして子供たちははやばらばらとかくれ始めるのだつた。鶏三は苦笑しながら山の頂きにかがまつて眼をつぶつた。

「先生、百、かぞへるのよ。」

「遠くまで行つちやだめよ。」