Page:Bukyō shitisyo.pdf/19

提供:Wikisource
このページは検証済みです

の故に甲を卷いてはしり、日夜にちやとどまらず、道を倍して兼ね行くこと百里にして利を爭はゞ、則ち三將軍をとりこにせらる。つよき者は先きに、つかれたる者は後に、其の法十一にして至る。五十里にして利を爭はゞ、則ち上將軍をとりひしがる、其法半ば至る。三十里にして利を爭はゞ、卽ち三分の二至る。是の故に軍に輜重なくば亡び、糧食なくば亡び、委積なくば亡ぶ、故に諸侯の謀を知らざる者はあらかじめ交はる能はず。山林、險阻けんそ沮澤そたくの形を知らざる者は軍をる能はず。鄕導を用ひざる者は地の利を得る能はず。故に兵はいつはりを以て立ち、利を以て動き、分合を以て變を爲すものなり。故にそのはやきこと風の如く、そのしづかなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこといんの如く、動くことらいふるふが如し。鄕をかすむるには衆を分かち、地をひろむるには利を分かつ、はかりを懸けて動き、先づ迂直うちよくの計を知る者は勝つ、此れ軍爭ぐんさうはふなり。

 軍政に曰く、ことばあひこえず故に之れが爲めに金鼓きんこし、みることあひえず故に之れが爲めに旌旗せいきす。夫れ金鼓きんこ旌旗せいきは人の耳目を一にする所以ゆゑんなり。人旣に專一なれば、勇者獨り進むを得ず、怯者獨り退くを得ず、此れ衆を用ふるの法なり。故に夜の戰には火鼓を多くし、晝の戰には旌旗を多くし、人の耳目を變ずる所以なり。三軍も氣を奪ふべし、將軍も心を奪ふべし。是故にあしたの氣はするどく、晝の氣はおこたり、暮の氣はかへる。故に善く兵を用ふる者は、其の銳氣を避けて其惰歸を擊つ、