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校正增注元親征錄

 明治卅三年五月淸國兩湖書院の助敎、陳毅氏前約を履んで遙に先生に贈︀るに何李沈三氏合校の元親征錄を 以てす。旣にして史學會に同書飜刻の議起る、先生乃ち自ら進んで更に增注して以て完璧と爲し、同會叢書 の一として之を上梓せんと欲し、爾來拮据約そ二年、略ぼ其の業を畢られたり。本書卽ち是なり。然るに是 より先き、內藤湖南氏新に淸儒文廷式より蒙文元朝祕史の寄贈︀を受け、特に先生の爲めに一部を影寫せしめ て東京高等師範學校に贈らる、時に卅四年十二月なり。先生乃ち之を讀み、從來行はれたる明譯祕史の誤脫 少からざるを知り、決然自ら之が全譯に從ひ、絕倫の精力を傾注して遂に完成せられしもの、即ち、かの有 名なる成吉思汗實錄なり。先生生前親しく編者に語りて曰く、祕史の新譯今將に成らんとす、予が增注元親 征錄引く所の祕史の文は、悉く此新譯に據りて改められざるべからずと、乃ち深く筐底に藏して之が大成を 他日に期せられき。史學會飜刻の事遂に止みしは蓋し之に由れるなり。然るに新譯祕史成れるの後、幾もな くして先生簀を易へ本書改訂の業を果されざりしは、實に學界の大恨事といふべし。想ふに、吾人は成吉思 汗實錄卷頭の序文によりて先生の精深なる學風を窺ひ、巧妙なる譯文によりて稀有の文才と絕倫の精力とを 知るを得たるも、未だ以て先生の蒙古史に關する硏究の細目に就いて聽くを得ざるの恨ありき。今、本書の 增注を見るに、博引旁搜能く諸家の長を取り短を捨て、論證明晰所謂快刀亂麻を斷つの槪あり。成吉思汗の 偉業は殆んど此一書に盡き、先生の高論卓說は槪ね本書に收められたりといふも不可なきに似たり。乃ち本 書は先生の未定稿なりしに拘はらず、敢て斯學の爲めに之を公にす。若し本書の讀者にして、常に成吉思汗 實錄を參照するの用意を缺くことなくんば、先生亦深く吾人の此擧を尤め給はざるべし。印刷成るに及んで