鉄道唱歌

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音楽

鐵道唱歌
作者:大和田建樹

表記は歴史的仮名遣とし、漢字制限はJIS X 0208に文字が収録されていれば元の漢字をそのまま使った。

[編集] 東海道編

  • 作曲:多梅雅・上真行
  • 初版では12番の歌い出しは「国府津おるれば馬車ありて」、40番の歌い出しは「瀬田の長橋右に滿て」になっていた。
  1. 汽笛一聲新橋を はや我が汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として
  2. 右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ 雪は消えても消えのこる 名は千載の後までも
  3. 窓より近く品川の 台場も見えて波白く 海のあなたにうすがすむ 山は上総か房州か
  4. 梅に名をえし大森の すぐれば早も川崎の 大師河原は程ちかし 急げや電氣の道すぐに
  5. 鶴見神奈川あとにして ゆけば横浜ステーション 湊を見れば百船の 煙は空をこがすまで
  6. 横須賀ゆきは乗換と 呼ばれておるる大船の つぎは鎌倉鶴ヶ岡 源氏の古跡や尋ね見ん
  7. 八幡宮の石段に 立てる一木の大鴨脚樹 別當公曉のかくれしと 歴史にあるは此蔭よ
  8. ここに開きし頼朝が 幕府のあとは何かたぞ 松風さむく日は暮れて こたへぬ石碑は苔あをし
  9. 北は圓覺建長寺 南は大佛星月夜 片瀬腰越江ノ島も ただ半日の道ぞかし
  10. 汽車より逗子をながめつつ はや横須賀に著きにけり 見よやドックに集まりし 我が軍艦の壯大を
  11. 支線をあとに立ちかへり わたる相模の馬入川 海水浴に名を得たる 大磯見えて波すずし
  12. 国府津おるれば電車あり 酒匂小田原とほからず箱根八里の山道も あれ見よ雲の間より
  13. いでてはくぐるトンネルの 前後は山北小山驛 今も忘れぬ鐵橋の 下ゆく水のおもしろさ
  14. はるかに見えし富士の嶺は はや我がそばに來たりたり 雪の冠雲の帶 いつもけだかき姿にて
  15. ここぞ御殿場夏ならば われも登山を試みん 高さは一萬數千尺 十三州もただ一目
  16. 三島は近年ひらけたる 豆相線路のわかれみち 驛には此地の名を得たる 官幣大社の宮居あり
  17. 沼津の海に聞えたる 里は牛伏我入道 春は花咲く桃のころ 夏はすずしき海のそば
  18. 鳥の羽音に驚きし 平家の話は昔にて 今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の歸り舟
  19. 世に名も高き興津鯛 鐘の音響く清見寺 清水につづく江尻より 行けば程なき久能山
  20. 三保の松原田子の浦 逆さにうつる富士の嶺を 波にながむる舟人は 夏も冬とや思ふらむ
  21. 駿州一の大都会 靜岡いでて阿部川を わたればここぞ宇津ノ谷の 山きりぬきし洞の道
  22. 鞘より拔けておのづから 草薙はらいし御劍の 御威は千代に燃ゆる火の 焼津の原はここなれや
  23. 春咲く花の藤枝も すぎて島田の大井川 昔は人を肩に乘せ わたりし話も夢のあと
  24. いつしかまたも闇となる 世界は夜かトンネルか 小夜の中山夜泣石 問へども知らぬよその空
  25. 掛川袋井中泉 いつしかあとにはやなりて さかまき來る天龍の 川瀬の波に雪ぞ散る
  26. この水上にありと聞く 諏訪の湖水に冬景色 雪と氷の掛け橋を 渡るは神か里人か
  27. 琴彈く風の浜松も 菜種に蝶の舞坂も うしろに走る愉快さを うたふか磯の波のこゑ
  28. 煙を水に横たへて 渡る濱名の橋のうへ たもと涼しく吹く風に 夏ものこらずなりにけり
  29. 右は入海しづかにて 空には富士の雪しろし 左は遠州洋ちかく 山なす波ぞ碎けちる
  30. 豊橋おりて乘る汽車は これぞ豊川稻荷道 東海道にてすぐれたる 海のながめは蒲郡
  31. 見よや徳川家康の 起こりし土地の岡崎を 矢矧の橋に殘れるは 藤吉郎のものがたり
  32. 鳴海しぼりの産地なる 鳴海に近き大高を 下りておよそ一里半 ゆけば昔の桶狭間
  33. めぐみ熱田の御やしろは 三種の神器の一つなる その草薙の神つるぎ あふげや同胞四千万
  34. 名高き金の鯱は 名古屋の城の光なり 地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん
  35. 父やしなひし養老の 瀧は今なほ大垣を 三里へだてて流れたり 孝子の名譽ともろともに
  36. 天下の旗は徳川に 歸せしいくさの関ヶ原 草むす屍今もなほ 吹くか伊吹の山おろし
  37. 山はうしろに立ち去りて 前に來るは琵琶の海 ほとりに沿ひし米原は 北陸道の分岐線
  38. 彦根に立てる井伊の城 草津にひさぐ姥が餠 かはる名所も名物も 旅の徒然のうさはらし
  39. いよいよ近く慣れくるは 近江の海の波のいろ その八景も居ながらに 見てゆく旅の楽しさよ
  40. 瀬田の長橋横に滿て 行けば石山觀世音 紫式部が筆のあと のこすはここよ月の夜に
  41. 粟津の松にこととへば 答へがほなる風の聲 朝日将軍義仲の 滅びし深田は何かたぞ
  42. 比良の高嶺は雪ならで 花なす雲にかくれたり 矢走にいそぐ船の帆も 見えてにぎはふ波の上
  43. 片田におつる雁がねの たえまに響く三井の鐘 夕ぐれさむき唐崎の 松には雨のかかるらん
  44. 昔ながらの山ざくら にほふところや志賀の里 都のあとは知らねども 逢坂山はそのままに
  45. 大石良雄が山科の その隱家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稻荷山
  46. 東寺の塔を左にて 止れば七條ステーション 京都京都と呼びたつる 驛夫のこゑも勇ましや
  47. ここは桓武のみかどより 千有餘年の都の地 今も雲井の空たかく あふぐ清涼紫宸殿
  48. 東に立てる東山 西に聳ゆる嵐山 かれとこれとの麓ゆく 水は加茂川桂川
  49. 祇園清水智恩院 吉田黒谷真如堂 ながれも清き水上に 君がよまもる加茂宮
  50. 夏は納涼の四條橋 冬は雪見の銀閣寺 櫻は春の嵯峨御室 紅葉は秋の高雄山
  51. 琵琶湖を引きて通したる 疏水の工事は南禪寺 岩きりぬきて舟をやる 智識の進歩も見られたり
  52. 神社佛閣山水の 外に京都の物産は 西陣織の綾錦 友禪染の花もみぢ
  53. 扇おしろい京都紅 また加茂川の鷺しらず みやげを提げていざ立たん 後に名殘は殘れども
  54. 山崎おりて淀川を わたる向ふは男山 御幸ありし先帝の かしこきあとぞ忍ばるる
  55. 淀の川舟さをさして くだりし旅はむかしにて またたくひまに今はゆく 煙たえせぬ陸の道
  56. 送り迎ふる程もなく 茨木吹田うちすぎて はや大阪につきにけり 梅田は我をむかへたり
  57. 三府の一つに位して 商業繁盛の大阪市 豐太閤のきづきたる 城に師團はおかれたり
  58. ここぞむかしの難波の津 ここぞ高津宮のあと 安治川口に入りたる 煙は日夜たえまなし
  59. 鳥も翔らぬ大空に かすむ五重塔の影 佛法最初の寺と聞く 四天王寺はあれかとよ
  60. 大阪いでて右左 菜種ならざる畑もなし 神崎川のながれのみ 淺黄にゆくぞ美しき
  61. 神崎よりはのりかへて ゆあみののぼる有馬山 池田伊丹と名にききし 酒の産地もとほるなり
  62. 神戸は五港の一つにて あつまる汽船のかずかずは 海の西より東より 瀬戸内がよひも交じりたり
  63. 磯にはながめ晴れわたる 和田の岬を控えつつ 山には絶えず布引の 瀧見に人ものぼりゆく
  64. 七度うまれて君が代を 守るといひし楠公の いしぶみ高き湊川 ながれて世々の人ぞ知る
  65. おもへば夢か時のまに 五十三次はしりきて 神戸のやどに身をおくも 人に翼の汽車の恩
  66. 明けなばさらに乘りかへて 山陽道を進ままし 天氣は明日も望あり 柳にかすむ月の影

[編集] 関西・参宮・南海篇

  • 作曲:多梅雅
  1. 汽車をたよりに思い立つ 伊勢や大和の国めぐり 網島いでて関西の 線路を旅路の始にて
  2. 造幣局の朝ざくら 桜の宮の夕すずみ 名残を跡に見かえれば 城の天守も霞ゆく
  3. 咲くや菜種の放出も 過ぎて徳庵住道 窓より近き生駒山 手に取る如く聳えたる
  4. 四条畷に仰ぎみる 小楠公の宮どころ ながれも清き菊水の 旗風いまも香らせて
  5. 心の花も桜井の 父の遺訓を身にしめて 引きは返さぬ武士の 戦死のあとは此土地よ
  6. 飯盛山をあとにして 星田すぎれば津田の里 倉治の桃の色ふかく 源氏の滝の音たかし
  7. 柞の森と歌によむ 祝園すぎて新木津の 左は京都右は奈良 奈良は帰りに残さまし
  8. 京都の道に名を得たる 駅は玉水宇治木幡 佐々木四郎の先陣に 知られし川もわたるなり
  9. 共仁の都の跡と聞く 加茂を出づれば左には 木津川しろく流れたり 晒せる布の如くにて
  10. 川のあなたにながめゆく 笠置の山は元弘の 宮居の跡と聞くからに ふるは涙か村雨か
  11. 水をはなれて六丈の 高さをわたる鉄の橋 すぎればここぞ大河原 河原の岩のけしきよさ
  12. 上野は伊賀の都会の地 春はここより汽車おりて 影もおぼろの月ヶ瀬に 梅みる人の数おおし
  13. 月は姨捨須磨明石 花はみよしの嵐山 天下一つの梅林と きこえし名所は此山ぞ
  14. 伊賀焼いづる佐那具の地 芭蕉うまれし柘植の駅 線路左にわかるれば 迷わぬ道は草津まで
  15. 鈴鹿の山のトンネルを くぐれば早も伊勢の国 筆捨山の風景を 見よや関より汽車おりて
  16. 愛知逢坂鈴鹿とて 三つの関と呼ばれたる 昔の跡は知らねども 関の地蔵は寺ふるし
  17. 巌にあそぶ亀山の 左は尾張名古屋線 道にすぎゆく四日市 舟の煙や絶えざらん
  18. 万古の焼と蛤に 其名知られし桑名町 日も長島の西東 揖斐と木曽との川長し
  19. 亀山城をあとにして 一身田も夢のまに 走ればきたる津の町は 参宮鉄道起点の地
  20. 町の社に祭らるる 神は結城の宗広と きこえし南朝忠義の士 まもるか今も君が代を
  21. 阿漕が浦に引く網の 名も高茶屋の雲出川 わたりながらも眺めやる 桃のさかりやいかならん
  22. 木綿産地の松坂は 本居翁の墳墓の地 国学界の泰斗とて あふがぬ人はよもあらじ
  23. 田丸の駅に程ちかき 斎宮村は斎王の むかし下りて此国に 住ませ給ひし御所の跡
  24. 轟きわたる宮川の 土手の桜の花ざかり 雲か霞か白雪か にほはぬ色の波もなし
  25. 伊勢の外宮のおはします 山田に汽車は着きにけり 参詣いそげ吾友よ 五十鈴の川に御祓して
  26. 五十鈴の川の宇治橋を わたればここぞ天照す 皇大神の宮どころ 千木たかしりてたち給ふ
  27. 神路の山の木々あをく 裳濯川の水きよし 御威は尽きじ千代かけて いづる朝日ともろともに
  28. 伊勢と志摩とにまたがりて 雲井にたてる朝熊山 のぼれば富士の高嶺まで 語り答ふるばかりにて 
  29. 下りは道を踏みかへて 見るや二見の二つ岩 画に見しままの姿にて 立つもなつかし海原に
  30. 今ぞめでたく参宮に すまして跡に立ちかえる 汽車は加茂より乗りかへて 奈良の都をめぐりみん 
  31. はや遠ざかる奈良の町 帯解寺も打ちすぎて 渡るながれは布留の川 石の上とはここなれや
  32. 都のあとを教へよと いへども答へぬ賎の男が 帰るそなたの丹波市 布留の社に道ちかし
  33. 三輪の杉むら過ぎがてに なくか昔のほととぎす 今は青葉の桜井に 着きたる汽車の速やかさ
  34. ここよりおりて程ちかき 長谷の観音ふし拝み 雄略帝が朝倉の 宮の遺跡もたづねみん
  35. 初瀬列樹の宮のあと 問はんとすれば日は落ちて 初瀬の川の夕波に ふくや初瀬の山おろし
  36. さぐる名所の楽しさに 思はずのぼる多武の峰 峰にかがやく鎌足の 社のあたり花おほし
  37. 桜井いでてわが汽車は 畝傍耳無香山の 鼎に似たる三山を 前後に見つつ今ぞゆく
  38. 畝傍の麓橿原に 始めて都したまひし 御威も高き大君が 御陵をがめ人々よ
  39. 高田わかれて右ゆけば 河内に走る線路あり 路にすぎゆく柏原の 名高き寺は道明寺
  40. 右の窓よりながめやる 葛城山の南には 楠氏の城に名を挙げし 金剛山もつづきたり
  41. 新庄御所を打ちすぎて 掖上ゆけば神武帝 国を蜻蛉と宣ひし ロ兼間の丘ぞ仰がるる
  42. 終れば起る鉄道の 南和と紀和の繋口 五条すぎれば隅田より 紀伊の境に入りにけり
  43. 瞬くひまに橋本と 叫ぶ駅夫に道とへば 紀の川わたり九度山を すぎて三里ぞ高野まで
  44. 弘法大師この山を ひらきしよりは千余年 蜩ひびく骨堂の あたりは夏も風さむし
  45. 木隠をぐらき不動坂 夕露しげき女人堂 みれば心もおのづから 塵の浮世を離れけり
  46. ふたたび渡る紀の川の 水上とほく雲ならで 立てるは花の吉野山 見て来んものを春ならば
  47. あはれ暫は南朝の 仮の皇居となりたりし 吉水院の月のかげ 曇るか今も夜な夜なは
  48. 夕べ悲しき梟の 声なり猶も身にしむは 如意輪堂の宝蔵に のこる鏃の文字のあと
  49. 親のめぐみの粉河より また乗る汽車は紀和の線 船戸田井の瀬うちすぎて 和歌山みえし嬉しさよ
  50. 紀の川口の和歌山は 南海一の都会には 宮は日前国懸 旅の心の名草山
  51. 紀三井寺より見わたせば 和歌の浦波しづかにて こぎゆく海士の釣船は うかぶ木の葉か笹の葉か
  52. 芦辺のあしの夕風に 散り来る露の玉津島 苫が島には灯台の 光ぞ夜は美しき
  53. 蜜柑のいづる有田村 鐘の名ひびく道成寺 紀州名所は多けれど 道の遠きを如何にせん
  54. みかへる跡に立ちのこる 城の天守の白壁は 茂れる松の木の間より いつまで吾を送るらん
  55. 北口いでて走りゆく 南海線の道すがら 窓に親しむ朝風の 深日はここよ夢のまに
  56. 尾崎に立てる本願寺 樽井にちかき躑躅山 やまず来て見ん春ふけて 花うつくしく咲く頃は
  57. 佐野の松原貫之が 歌に知られし蟻通 蟻のおもひにあらねども とどく願は汽車の恩
  58. 貝塚いでしかひありて はや岸和田の城の跡 ここは大津かいざさらば おりて信太の楠も見ん
  59. かけじや袖とよみおきし その名高師が浜の波 よする浜寺あとに見て ゆけば湊は早前に
  60. 堺の浜の風景に 旅の心もうばはれて 汽車のいづるも忘れたり 霞むはそれか淡路島
  61. 段通刃物の名産に 心のこして又も来ん 沖に鯛つる花の春 磯に舟こぐ月の秋
  62. 蘇鉄に名ある古寺の 話ききつつ大和川 渡ればあれに住吉の 松も灯籠も近づきぬ
  63. 遠里小野の夕あらし ふくや安倍野の松かげに 顕家父子の社あり 忠死のあとは何方ぞ
  64. 治まる御代の天下茶屋 さわがぬ波の難波駅 いさみて出づる旅人の 心はあとに残れども 

[編集] 中央線鉄道唱歌

  • 作詞:福山寿久
  • 作曲:福山直秋
  1. 霞たなびく大内や 御濠にうかぶ松の陰 栄行く御代の安らけく 列車は出ずる飯田町
  2. 花かぐわしき靖国の やしろ間近き牛込の 牛の歩みも遅からで 市ヶ谷見附四ツ谷駅
  3. 東宮御所の壮観を 仰げばやがて信濃町 朝露清き練兵場 響く喇叭の音高し
  4. 都を後に見かりえて 甲州街道新宿や 又行く春に大久保の つつじの園ぞ美しき
  5. 中野荻窪吉祥寺 境町より十余町 多摩上水の岸の辺は 桜ならざる里もなし
  6. 彩の衣手ふりはえて 都乙女がたもとおり 花狩りくらす小金井は 関東一の名所かな
  7. 川越線の分岐点 国分寺には其の昔 聖武天皇勅願の 御寺の名残を留めたり
  8. 青梅の里へ行く人の 袂を分つ立川や 手作りさらす多摩川の 末は帝都の飲料水
  9. 日野や豊田も打過ぎて 行けば武蔵の八王子 機織の業の名にし負う 町の栄えぞ著き
  10. 色浅からぬ浅川の 紅葉林に日は落ちて 草より出でて入る月の 山の端近き与瀬の駅
  11. 甲武二州の国境を 越ゆれば雲の上野原 四方津の嶺は我々として 翼をかえす鳥沢や
  12. 五百里の山は深けれど 人住む里は打拓け 南北都留の両郡は 甲斐絹織の名産地
  13. 積翠凝りて滴りて 玉なす水の桂川 岸千尋の断崖に かかるや猿橋虹の如
  14. 大月駅に下り立ちて 南へ馬車の便を借り 富士の高嶺の雲分けて 千古の雪を踏みや見む
  15. 川を隔てて聳ゆるは 岩殿山の古城蹟 主君に叛きし奸党の 骨また朽ちて風寒し
  16. いで武士の初狩に 手向けし征箭のあとふりて 矢立の杉も神さびし 笹子の山の峠路や
  17. 横に貫くトンネルは 日本一の大工事 一万五千呎余の 夜の闇を作りたり
  18. 武運尽きたる武田氏が 重囲の中に陥りし 天目山は初鹿野の駅より東二里の道
  19. 山の麓の墳墓に 恨みは残る景徳院 国は滅びていたずらに 山河昔を語るのみ
  20. 海の幸ある塩山の 温泉に遊ぶ夕間ぐれ 晩鐘ひびく恵林寺は 夢窓国師の大伽藍
  21. さし出の磯の村千鳥 鳴きて過ぎ行く日下部や 石和の川に夜をこめて 鵜飼舟に棹ささむ
  22. 東夷を打ちきため 夜には九夜日には又 十日重ねし旅衣 酒折の宮はかしこしや
  23. 今は旅ちょう名のみにて 都を出でて六時間 座りて越ゆる山と川 甲府にこそは着きにけれ
  24. 山梨県庁舞鶴城 炊煙のぼる一万戸 杖曳く園に聳ゆるは 昔ながらの天守閣
  25. 世にひびきわたる戦国の 名将武田信玄が 英魂毅魄とこしえに 眠りて覚めぬ大泉寺
  26. 香煙細き三代の 廟に額づく人もなし 躑躅が崎の址訪えば 夏草しげく荒れ果てて
  27. 御嶽詣での新道に 覚円の峰仙蛾滝 神工鬼鑿の勝景を 探る旅客ぞ日に多き
  28. 煙草の産地竜王や 韮崎駅の車窓より 新府の址を弔いつ 登る日野春小淵沢
  29. 芙蓉の嶺に送られて 列車は進む高原の 海抜三千二百尺 ここは信州富士見駅
  30. 北には仰ぐ八ヶ嶽 麓は青柳茅野の里 湖水に臨む上諏訪の 町には商業栄えたり
  31. 手引きの岩を手末に 擎げし力折りたため 天照る神の御孫に 譲りまけしむ秋津島
  32. 建見名方の神霊は 神宮寺の上社 日本第一軍神と 崇めまつるぞ尊けれ
  33. 翠の山にかこまれし 周囲四里の諏訪の湖 衣が崎に波も無く 富士の上漕ぐ釣小舟
  34. 涼しき夏の舟遊び 凍る湖上のスケートや 温泉の宿も心地よく 諏訪は四時の行楽地
  35. 下諏訪町は明神の 御船祭に賑いて 下社の森の木立には 水戸の浪士の物語り
  36. 岡谷の里の工場は 日本無双の製糸業 引出す糸は細くとも 国家の富はいや増さむ
  37. 湖水を出ずる天竜川 流れに波も辰野駅 伊那に赴く旅人は 降りて電車に乗替えよ
  38. 小野の社を伏し拝み 善知鳥を越えて右に見る 峠の麓塩尻は 篠井線の分岐点
  39. 小笠原家の興廃を ここに定めし古戦場 永井の坂に武士の 夢の跡をや弔わむ
  40. 草むす屍年古りて 松風寒き桔梗の 原に栞の道かえて 遊ぶも旅の興なれや
  41. 西には望むアルプスの 嶺には斑れの雪景色 めでつつ語る程もなく 村井を過ぎて松本市
  42. 信濃の国司守護の職 世々の歴史に跡とめし 信府の名にも相応しき 市街は人口三万余
  43. 女鳥羽の水は変われども 五層の天主今も猶 三百年のいにしえの 名残とどむる深志城
  44. 浅間の温泉賑わいて 入浴の客の足繁く くる人絶えぬ白糸の 御湯は山辺の里にあり
  45. 犀の川辺をたどりつつ 豊科近き田沢駅 仁科へ通う明科の 里に名高き製材所
  46. 山又山を貫きて 出ずれば西條停車場 麻績の駅を過ぎて又 トンネル潜る冠着山
  47. 心なぐさむ更級や 姨捨山にてる月は 秋は田毎にうつろいて 四郡の平野朧なり
  48. 粂路の橋に行く人の 下車する駅は稲荷山 継は篠井停車場 信越線の連絡点
  49. 川中島や善光寺 巡る名どころ数尽きて 又立帰る塩尻の 駅より道は西南
  50. 将軍馬を洗いけむ 洗馬や贄川奈良井宿 駅路の鈴の音絶えて 汽笛は響く木曾の谷
  51. 甲信二軍のつわものが 雄叫びの声治まりて 屍さらせし峠路に 咲くや鳥居の山桜
  52. 薮原駅の名物は 今もお六の玉くしげ あけなば云わで山吹の 古城は花の名のみなり
  53. 旭将軍義仲の 育ちし里は宮の越 傲る平家を討たばやと 旗揚げしたる南宮社
  54. 都に入りし甲斐もなく 覇業空しくくずおれし 地下の恨みやこむるらむ 鐘の音さびし徳音字
  55. 福島町は御料局 木曾の支庁のある処 水を隔てて両岸に 連なる家は一千戸
  56. 信飛二州に跨りて 天そそり立つ御嶽や 登山の男女群がりて 夏は賑わう雲の嶺
  57. 五木の翠鬱葱と 御料の林枝栄え 伊勢の内戸の御あらかに 奉行は運ぶ宮ばしら
  58. 桟の名は残れども 命をからむ蔦もなく 寝覚の床のあさ衣 木曾の川波静かなり
  59. はや上松の里過ぎぬ 結びて行かん風越の すそ野の尾花穂に出でて まねくは雪の駒が嶽
  60. 小野の滝つせ霧はれて しぶきに虹ぞ立ちわたる 名所めぐりも束の間に須原の宿や野尻駅
  61. 三留野は古き殿作り 秋の与川の月冴えて 浮世の外の眺めさえ 塵をいといし湯舟沢
  62. 木曾路出でて坂下や 東美濃なる商業地 中津は恵那の麓にて 紙すく業ぞ知られたる
  63. 岩村城址程近き 大井の里の硯水 汲むべき暇もあらなくに 釜戸 瑞浪 土岐津駅
  64. 多治見に下車の旅人は 土岐の川辺の虎渓山 東濃一の勝境に 杖曳くことを忘るるな
  65. 玉野川原の山水を めでつつ行けば高蔵寺 陶器い名高き瀬戸町は ここより僅か二里余り
  66. 尾濃の平野末広し 両雄陣を対しつつ 一兵血ぬらず勝川や むかしを忍ぶ小牧山
  67. 早くも過ぐる大曽根や 花の千種の八事山 たび路の憂さも忘られて 名古屋の駅に着きにけり
  68. 三府につづく大都会 名古屋は人口四十万 商工業の繁昌も 四方にかがやく金の鯱
  69. 都を出でてなまよみの 甲斐にはめでし富士の嶺 諏訪の湖木曾の谷 美濃の名所も訪れぬ
  70. 行き悩みたる山道の こごしき嶺も砥の如く 三百二十余哩を 夢に過ぎけり中央線
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