金槐和歌集/卷之上

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  金 槐 和 歌 集   卷 之 上

春部[編集]

      春  部


正月一日よめる
(一) 今朝けさみれば山も霞みて久方ひさかたあまの原より春は來にけり
眞淵この歌に○を附す。

春のはじめの歌

類從本には「立春の心をよめる」とあり。
(二) 九重ここのへの雲井に春ぞ立ちぬらしぬらん 大內山おほうちやまに霞たなびく 眞淵この歌に○を附し、「中さだの歌なり」と評せり。
(三) 山里に家居いへゐはすべし鶯のなく初こゑの聞かまほしさに
(四) うちなびき春さりくればひさぎおふる片山かたやまかげに鶯なく 類從本に「春のはじめの歌」といふ題あり。眞淵はこの歌の初句につき「萬葉に打なびく春とあり、うちなびきてふ語は別なり、冠辭考にくはし」と評せり。
春のはじめ 類從本には「春のはじめに雪の降をよめる」とあり。
(五) かきくらしなほ降る雪の寒ければ春とも知らぬ谷の鶯 眞淵この歌に○を附す。
(六) 新千ママ 春はまづ若菜つまむとめおきし野邊とも見えず雪の降れれば 類從本定家所傳本には、初句「春たたば」とあり。なほ新千載集には結句を「雪はふりつゝ」とせり。
眞淵この歌に○を附す。

故鄕立春
(七) 續後撰 朝霞たてるを見ればみづのえの吉野の宮に春は來にけり 眞淵この歌に○○を附し、且つ「後世みづのえの吉野の宮とよめるは、何ともなきことなり。此公もさるを傳へてよみ給ひしにや。されど公の歌の樣を思ふに古へにこそより給はめ、さらばみよし野のよしのとつゞけしこと、古事記よりこのかたの例により給ひけめ」といへり。

海邊立春
類從本に「海邊立春といふことをよめる」とありて、「雜」の部にあり。
(八) 鹽釜しほがまの浦の松風霞むなり八十島やそしまかけて春や立つらむ 眞淵はこの歌を「はた中さだ」と評せり。

子  日

類從本には「雜」の部にあり。
(九) いかにして野中の松のりぬらむ昔の人引かずやありけむ 類從本定家所傳本には第四句「人」とあり。


類從本には「霞をよめる」とあり。
(一〇) おほかたに春の來ぬれば春霞四方よも山邊やまべに立ちみちにけり
(一一) 新勅撰 み冬つき春し來ぬれば靑柳の葛城かつらぎ山に霞たなびく 眞淵この歌に○を附して、「靑柳のかつらぎ山とよめるは、たゞ冠辭なるを、春の歌につゞけ給へるは、是も後のにならへたまへるか。さもあらずば、この歌はよし」と評せり。
(一二) おしなべて春は來にけりつくばのもとごとに霞たなびく


二首とも類從本にては「雜」の部にあり。
(一三) ふか草の谷の鶯春ごとにあはれむかしとをのみぞ鳴く
(一四) 草ふかき霞の谷にはぐくまる鶯のみやむかし戀ふら 類從本には第三句「春ごもる」定家所傳本には「はぐくる」とあり。
この二首につき、眞淵は、「此二くさはむかし思ふよしありてよみたまひけむ」と評せり。
花 間 鶯 類從本には、「花の間の鶯といふ事を」とあり。
(一五) 春くればまづ咲く宿の梅の花をなつかしみうぐひすぞ鳴く 眞淵この歌に○を附す。

雨 後 鶯
類從本には「雨後鶯といふ事を」とあり。
(一六) 春雨の露もまたひず梅が枝にうは毛しをれて鶯ぞなく 類從本定家所傳本には第二句「まだひ」とあり。
眞淵この歌を、「露もまたひずは後拾遺にもある言葉ながら、此公のにはふさはず」と評せり。

雪中若菜
類從本には「雪中の若菜といふ事を」とあり。
(一七) 若菜つむ衣手ころもでぬれて片岡のあしたの原にあわママ雪ぞふる 類從本には第四句「あしたの原」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

屛風の繪に若菜つむ所
類從本には「若菜つむ處」とあり。
(一八) 春日野のとぶ火の野守のもり今日とてや昔かたみに若菜つむらむ 眞淵は「昔かたみの句わろし」と評せり。

屛風の繪に春日山に雪ふれるところ
類從本には、「……をよめる」とあり。
(一九) 松の葉のしろきを見れば春日山の芽もはるの雪ぞ降りける 眞淵は、「木の芽もはるの句此公の心に似ず、はじめの歌ならむ」と評せり。

殘  雪
この歌、類從本には「雜」の部にあり。定家所傳本[1]新勅撰集には第二句「花とか見む」とあり。
(二〇) 新勅撰 春きては花とか見えむおのづから朽木のそまに降れる白雪 眞淵はこの歌を「花とか見らんと有りしなるべし。見えんとては、この歌は冬の歌と見ゆ。萬葉にも見らんとはよみたり」と評し、且つ「朽木に花を用ひられしは、まだしきはじめの歌なり」といへり。

雨そぼふれる朝に勝長壽院の梅ところ咲きけるを見て花にむすびつけ侍りし

類從本には、「……咲たるを見て花にむすびつけし歌」とあり。
(二一) 古寺のくち木の梅も春雨にそぼちて花もほころびにけり 類從本には第四句「花」とあり、定家所傳本には第四句以下「花ほころびにけ」とあり。
眞淵は第二句を「是は用ひざまあしからず」と評せり。

梅の花をよめる
(二二) 梅が枝にこほれる霜やとけぬらむほしあへぬ露の花にこほれる 類從本定家所傳本には第五句「花にこぼるる」とあり。猶ほ第四句の「露の」は貞享本に「霜の」とあれど類從本定家所傳本によりてかく改む。
(二三) 春風はふけどふかねど梅の花さけるあたりはしるくぞありける 眞淵この歌に○を附す。
(二四) 梅の花さけるさかりを目のまへにすぐせる宿は春ぞすくなき
(二五) わが宿の八重の紅梅咲きにけり知るも知らぬもなべてとはなむ 眞淵この歌に○を附し、「紅梅を音にていはれしはよろしからねど、かはらぬ所に器量あり」と評せり。
(二六) 咲きしよりかねてぞをしき梅の花ちりのわかれはわが身とおもへば 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。眞淵は「ちりのわかれはの句、此心のちの樣なり」と評せり。
(二七) わが袖に香をだにのこせ梅の花あかで散りぬるわすれがたみに
(二八) さりともとおもひしほどに梅の花散りすぐるまで君來まさぬ
眞淵は「さりともは後なり」と評せり。
(二九) 鶯はいたくなわびそ梅の花ことしのみ散るならひならねば

故鄕梅花
(三〇) 年ふれ宿は荒れにけり梅のはな花はむかしの香に匂へども 初句、原本に「年ふれど」とあれど傍註及類從本によりてかく改む。
眞淵はこの歌を「一二句はよし。四句此公にふさはしからず」と評せり。
(三一) 故鄕にたれしのべとか梅の花むかしわすれぬ香に匂ふらむ 類從本には、第二句「たれしのとか」とあり。
(三二) 續拾遺 誰にかもむかしをとはむ故鄕の軒端の梅は春をこそ知れ 續拾遺集には第四句「梅」とあり。
眞淵はこの歌に○を附し、「中さだのうちにてはよし」と評せり。

梅花薰衣
(三三) 梅が枝はわが衣手ににほひぬ花よりすぐる春の初風 眞淵は、「花より過ぐるの句後なり」と評せり。

梅花風に匂ふといふ事を人々によませ侍りしついでに
類從本には「……人々讀せ侍りし次に」とあり。
(三四) 梅が香を夢の枕にさそひきてさむる待ちける春のはつ風 類從本には、下句「さむる侍け春の風」定家所傳本には「春の風」とあり。眞淵は「夢の枕、このつゞけ後なり」と評せり。
(三五) 新勅撰 このねぬる朝けの風にかをるなり軒端の梅の春のはつ花 類從本には、「春の哥」として、「一本及印本所載歌」の部にあり。眞淵この歌に○○を附し、「一二句は萬葉、末をいひながされたるが高きなり」と評せり。

梅花厭雨
(三六) わが宿の梅の花さけり春雨はいたくな降りそ散らまくもをし 類從本には、第二句を「梅はなさけり」と七音にせり。
眞淵この歌に○を附す。

屛風の繪に梅花に雪のふりかかるを
類從本には、「屛風に梅の木に雪降かかれる所」とあり。
(三七) 續後撰 梅の花色はそれともわかぬまで風にみだれて雪はふりつつ 眞淵この歌に○を附す。

梅の花さける所

類從本には、「梅の花さける處をよめる」とあり。
(三八) わが宿やどの梅のはつ花咲きにけり待つ鶯はなどか來なかぬ


類從本には、「柳をよめる」とあり。
(三九) 春くればなほ色まさる山城のときはの森の靑柳あをやぎのいと 眞淵はこの歌を、「なほの語は古へは皆までてふ意のみ、いよいよの意に用ひられたるは、のちのりにならはれたり。ときはのもりといへる、この心後なり」と評せり。
(四〇) 靑柳の絲もてぬける白露の玉こき散らす春の山風 眞淵は、「白露の玉こきちらすといへる、この樣のちなり。柳は山の木にあらず」と評せり。

雨 中 柳
類從本には、「一本及印本所載歌」の部にあり。
(四一) 續拾遺 靑柳の絲よりつたふ白露を玉と見るまで春雨ぞ降る 眞淵はこの歌を「中さだなり」と評せり。
(四二) 水たまる池のつつみのさし柳この春雨に萌えでにけり 眞淵この歌に○を附す。
(四三) あさみどり染めてかけたる靑柳の玉ぬく春雨ぞ降る 眞淵この歌に○を附す。

早  蕨

類從本には「春の哥」と題せり。
(四四) さわらびのもえいづる春になりぬれば野邊の霞もたなびきにけり 眞淵は「下の句後なり」と評せり。

花をよめる
(四五) 櫻花ちらまくをしうちひさす宮路みやぢの人ぞとのゐまとゐせりける 類從本定家所傳本には第二句「をし」結句「まとゐせりける」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(四六) 新勅撰 櫻花ちらばをしけむ玉ぼこの道ゆきぶりに折りてかざさむ 眞淵この歌に○を附す。
(四七) みよしのの山したかげの櫻花咲きてたてと風に知らすな 類從本には「花をよめる」と題し、第四句「咲てたて」とあり。定家所傳本また同じ。

弓あそびせしに芳野山のかたをつくり山人の花見たる所をよめる
類從本に「つくり」とあり。
(四八) みよし野の山の山守り花を見てながながし日をあかずもあるかな 定家所傳本には第三句「花をよみ」とあり。
(四九) 續千載 み吉野の山に入りけむ山人となり見てしがな花にあくやと 眞淵この歌に○を附し、「二三は萬葉」と評せり。

屛風に吉野山かきたる所
(五〇) みよし野の山にこもりし山人や花をばやどのものに見るらむ 類從本定家所傳本には、結句「もの」とあり。

名 所 櫻
(五一) 音にきく吉野の櫻咲きにけり山のふもとにかかる白雲 眞淵は、この歌を「花を雲と見なせる事、さいつ人一人二人はさる事なり。此頃となりてはいかにぞや。まして是より後にもいふ人のつたなさよ。結句後なり。」と評せり。

遠 山 櫻

類從本には「遠き山の櫻」とあり。
(五二) 新後撰 かつらぎや高間たかまの櫻ながむればゆふゐる雲に春雨ぞふる風ぞふく 新後撰集には結句「春風ぞ吹く」とあり。眞淵は、「花を雲と見たる後の事にてまだし」と評せり。

雨 中 櫻
(五三) 雨降るとたち隱るれば山櫻花のしづくにそぼちぬるかな 眞淵は、「下の句後なり」と評せり。
(五四) 今日もまた花にくらしつ春雨の露のやどりをわれにかさなむ 眞淵は「四句後なり」と評せり。

山路夕花
(五五) みち遠み今日こえくれぬ山櫻花のやどりをわれにかさなむ 眞淵は「四句後なり」と評せり。

屛風繪に山家に花見る所
類從本には「山家に花見るところ」とあり。
(五六) ときと思ひて來しを山里に花見る見ると長居ながゐしぬべし 眞淵は「中さだの中にはいささかよし」と評せり。

同じ心を人々によませしついでに
類從本には「山家見花といふ事を人々數多つかうまつりし次に」とあり。
(五七) 櫻花咲き散る見れば山里にわれぞおほくの春はにける 眞淵は「是も」と評せり。前の歌と同斷の意なり。

尋  花

類從本には「花をたづぬといふ事を」とあり。
(五八) 花をみむとしも思はでこしわれぞふかき山路やまぢ日數ひかずへにける

屛風の繪に旅人あまた花の下にふせる所
(五九) 今しはと思ひし程に櫻花ちるのもとに日かず經ぬべし
(六〇) のもとにやどりはすべし櫻花ちらまくをしみ旅ならなくに 眞淵この歌に○を附す。
(六一) のもとにやどりをすれば片しきのわが衣手ころもでに花はちりつつ 眞淵この歌に○○を附す。
(六二) このもとの花のしたぶし夜ごろ經てわが衣手に月ぞ馴れぬる 眞淵は「三句五句後なり」と評せり。

故 鄕 花
(六三) 尋ねても誰にかとはむ故鄕の花もむかしのあるじならねば 眞淵は「下の句後なり」と評せり。
(六四) 里は荒れぬ志賀の花園そのかみのむかしの君や戀しかるらむ

關 路 花

類從本には「雜」の部にあり。
(六五) たづね見るかひはまことに相坂あふさか關路せきぢに匂ふ花にぞありける 定家所傳本には、第四句「路」とあり。
眞淵は「一二句後なり。尋ねて見るといはでは古意ならず。此類世に多し。次に行て見んと有るを行き見んといふ類なり」と評せり。
(六六) 名にしおはばいざ尋ねみむあふ坂の關路に匂ふ花ありやと 類從本には「雜」の部にあり。結句原本に「花」とあり。傍註及類從本によりてかく改む。
眞淵は「尋ねみん、後なり」といへり。
(六七) あふ坂の嵐の風に散る花をしばしとどむる關守せきもりぞなき 類從本には「雜」の部にあり。
(六八) 逢坂の關の關屋の板びさしまばらなればや花のもるらむ 類從本には「雜」の部にあり。

花 厭 風

類從本には「花風をいとふ」とあり。
(六九) 咲きにけりながらの山の櫻花風に知られでりもわきなむ過ぎけむ 類從本定家所傳本には、結句「春も過ぎなん」とあり。

花 恨 風
(七〇) 心うき風にもあるかな櫻花さくほどもなくりぬべらな 類從本には、結句「りぬべらなり」定家所傳本には「りぬべらな」とあり。

三月すゑつかた勝長壽院にまうでたりしにある僧山かげに隱れをるを見て花はと問ひしかばちりぬとなむ答へ侍りしを聞きて

類從本には「三月の末かた……聞きてよめる」とあり。
(七一) 行きて見むと思ひし程に散りにけりあなやの花や風たたぬまに 眞淵この歌に○を附す。
(七二) さくら花さくと見しまに散りにけり夢かうつつか春の山風 眞淵は「四句此公には似つかず」と評せり。

人のもとによみてつかはしける

類從本には「……遣はし侍りし」とあり。
(七三) 春くれど人もすさめぬ山櫻風のたよりに我のみぞとふ 類從本定家所傳本には、初句「はくれど」とあり。

屛風に山中の櫻のさきたる所
(七四) 山櫻ちらば散らなむ惜氣をしげなみよしや人見ず花の名だてに 原本第二句「ちらばらなむ」とあり。類從本によりてかく改む。
(七五) 瀧の上の三船みふねの山の山櫻風にうきてぞ花も散りける 眞淵は「地の名をはたらかせて作るなどいまだし。四の句後なり」と評せり。
(七六) 山風のさくらふきまく音すなりよし野の瀧の岩もとどろに 眞淵この歌に○○を附す。

湖邊落花
(七七) 山風のさくらかすみふきまき散る花のみだれて見ゆる志賀の浦波 類從本定家所傳本には第二句の「さくら」を「かすみ」とせり。

水邊落花
(七八) 山ざくら木々きぎの梢にみしものを岩間いはまの水にあわとなりぬる 類從本定家所傳本には、第四句「岩間の水」とあり。
(七九) 行く水に風のふきいるる櫻花ながれてきえぬあわかとぞ見る 定家所傳本には、第二句を「風ふきいるる」として「の」を省き、類從本定家所傳本には、結句を「あわかと」とせり。
(八〇) 櫻花ちりかひ霞む春の夜のおぼろ月夜の加茂の川風

春  風
類從本には「春風をよめる」とあり。
(八一) さくら花咲きてむなしく散りにけり吉野の山はよし春の風 類從本定家所傳本には結句「たゞ春の風」とあり。

名所落花
(八二) 櫻花うつろふ時はみ吉野よしの山下風やましたかぜに雪ぞ降りける

花 似 雪
類從本には「花雪に似たるといふ事を」とあり。
(八三) 風吹けば花は雪とぞちりまがふ吉野の山は春やなからむ 眞淵この歌に○を附す。
(八四) 春は來て雪は消えにしのもとに白くも花の散りつもるかな 定家所傳本には初句「春」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(八五) 山ふかみ尋ねて來つる木の下に雪とみるまで花ぞ散りける 眞淵この歌に○を附す。

雨中夕花
(八六) 山ざくらあだに散りにし花のに夕べの雨の露殘れる。 類從本定家所傳本には、結句「露」とあり。眞淵は「結句後なり」と評せり。
(八七) 山ざくら今はの頃の花の枝にゆふべの雨の露ぞこぼるる 眞淵は「下の句この心似つかはしからず」と評せり。

故鄕惜花
類從本には「故鄕惜花心を」とあり。
(八八) 今年ことしさへはれで暮れぬ櫻花春もむなしき名にこそありけれありける 眞淵は「四句後なり」と評せり。
(八九) 散りぬればとふ人もな故鄕は花むかしのあるじなりけ 類從本定家所傳本には、第二句以下を「人もな故鄕は花むかしのあるじなりけ」とあり。
眞淵は「下の句後なり」と評せり。
(九〇) さざ波や志賀しがの都の花盛はなざかり風よりさきにはましものを 眞淵この歌に○を附す。

落花をよめる
(九一) 春ふかみ嵐の山のさくら花咲くと見しまに散りにけるかな 眞淵は「嵐を巧に用ひられしは後なり」と評せり。
(九二) 春くれば糸賀いとかの山のいとざくら風にみだれて花ぞ散りける 類從本には「散花」と題し、第三句「やま櫻」とあり。定家所傳本また同じ。
眞淵はこの歌を「是も同じ」と評せり。
(九三) 咲けばかつうつろふ山の櫻花はなのあたりに風な吹きそも 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(九四) 春ふかみ花散りかかる山のはふるき淸水にかはづ鳴くなり 類從本には第三四句「山の井のふりにし水に」定家所傳本には「山の井ふるき淸水に」とあり。
眞淵は「山の井はのは、此助辭大かたの人はいひ得じ」と評せり。
(九五) 道すがら散りかふ花を雪と見てやすらふ程にこの日くらしつ 類從本の「春」の部には結句「此の日くれつつ」とし、「一本及印本所載歌」の部には、「此日暮しつ」と重複にこの歌を出せり。

櫻をよめる
(九六) 櫻花さける山路やまぢや遠からむ過ぎがてにのみ春の暮れぬる 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
眞淵は「下の句まだし」と評せり。

春 山 月
(九 七) 風さわぐをちの外山とやまに雲晴れてさくらにくもる春の夜の月 類從本定家所傳本には、第三句のとあり。眞淵は「四の句後なり」と評せり。

春  月
(九 八) ながむれば衣手ころもでかすむ久方ひさかたの月の都の春の夜のそら

故鄕春月
類從本には「故鄕春月といふ事をよめる」とあり。
(九 九) 故鄕は見しごともあらず荒れにける影ぞ昔の春の夜の月 類從本には第三句「あれにけ」とあり。
(一〇〇) たれすみて誰ながむらむ故鄕の吉野の宮の春の夜の月
眞淵この歌に○を附す。

海邊春月
(一〇一) 住吉の松の木がくれ行く月のおぼろに霞む春の夜のそら 類從本には「雜」の部にあり。眞淵は「四五句ふさはしからず」と評せり。

海邊春望
(一〇二) 難波がたこぎいづる舟の目もはるに霞に消えてかへるかりがね 類從本には「雜」の部にあり。眞淵は「三句ふさはず」と評せり。

きさらぎの廿日あまりのほどにやありけむ北むきの緣にたち出でて夕暮の空を眺めひとりをるに雁の鳴くを聞きてよめる

眞淵は、この歌の詞書につき「北のすのこに立出でて夕べの空のあやしきにむかひをるにと有べし」といへり。
(一〇三) ながめつつ思ふもかなし歸る雁行くらむ方のゆふぐれのそら

屛風の繪に花散る所に雁のとぶを
類從本に「花ちれるところに雁のとぶを」とあり。
(一〇四) 雁がねの歸るつばさにかをるなり花をうらむる春の山風 眞淵は「四の句まだし」と評せり。

喚 子 鳥
(一〇五) あをによしならの山なる呼子鳥よぶこどりいたくな鳴きそ君もなくに 眞淵この歌に○を附す。

(一〇六) 高圓たかまどのをのへのきぎす朝な朝なつまにこひつつ鳴くかなしも
(一〇七) 玉葉 おのが妻こひわびにけり春の野にあさるきぎすの朝な朝な鳴く

菫  菜
(一〇八) あさぢ原行方ゆくへも知らぬ野べに出でて故鄕人ふるさとびとは菫つみけり

まと弓風流ふりうに大井川をつくりて松に藤のかゝれる所を

類從本の詞書には「まとゆみママふりうに大井川をつくりて松に藤のかゝるところ」(を缺)とあり。
(一〇九) 立ちかへり見てもわたらむ大井川かはべの松にかかる藤なみ 類從本定家所傳本には第二句「見て」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

屛風の繪にたごの浦に旅人藤の花を折りたる所

類從本には「……旅人の藤の花をりたる所」(一字缺)とあり。
(一一〇) たごの浦の岸の藤なみ立ちかへりをらでは行かじ袖は濡るとも 初句、貞享本に「田子の浦」類從本に「田籠の浦」とあり。

池邊藤花

類從本には「池のほとりの藤の花」とあり。
(一一一) 續後撰 いとはやも暮れぬる春かわが宿の池の藤なみうつろはぬまに 眞淵この歌に○を附す。
(一一二) 故鄕の池の藤なみたれ植ゑてむかし忘れぬかたみなるらむ 眞淵は「四の句まだし」と評せり。

河邊款冬
(一一三) 山ぶきの花の雫に袖ぬれて昔おぼゆる玉川のさと 眞淵は「四の句まだし」と評せり。
(一一四) 山吹の花のさかりになりぬれば井手ゐでのわたりにゆかぬ日ぞなき

款冬よめる
(一一五)の歌につき、類從本には「山吹のちるを見て」とせり。猶ほ眞淵この歌に○を附し、「かけては、こゝよりかしこをかくるにも、かしこよりこゝをかくるにもいへり。山吹にかくいひては理りなし。思ふにこれは古今集に、梅が枝に來ゐる鶯春かけて鳴けどもいまだ雪はふりつつといふは、隔句の歌にて、鶯なけどもいまだ春かけて雪はふりつつと心得る歌なるを、其頃の人り侍りしなり。されどこの歌、しらべのすぐれたるはめづべし」と評せり。
(一一五) 新勅撰 玉もかる井手のしがらみ春かけて咲くや川せのやまぶきの花
(一一六) 續拾遺 玉藻かる井手の河風吹きにけり水泡みなわにうかぶ山吹の花
眞淵この歌に○を附す。

水底款冬といふ事を人々あまたつかうまつらせしついでに
(一一七) 聲たかみかはずなくなり井手の川岸の山吹いまは散るらむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
眞淵はこの歌の初句につき「聲たかみ、此みは聲高くしててふ意なるを此公思ひり給へり。下にもこのみをれる多し」と評せり。
(一一八) 立ちかへり見れどもあかず山吹の花散る岸の春の川なみ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

款冬を折りてよめる
(一一九) いまいく春しなければ春雨ぬるともをらむ山ぶきの花 類從本定家所傳本には第三句「春雨」とあり。

款冬をよめる
類從本には「山吹を見てよめる」とあり。
(一二〇) わが宿の八重の山ぶき露をおもみうち拂ふ袖のそぼちかをりぬるかな 類從本には結句「かをりぬるかな」とあり。

雨のふれる日款冬をよめる
(一二一) 春雨の露のやどりを吹く風にこぼれてにほふやまぶきの花 眞淵は「二の句四の句後なり」と評せり。

款冬に風の吹くをみて
類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(一二二) わが心いかにせよとか山吹のうつろふ花のあらしたつみむらむ 類從本には結句「あらし立らん定家所傳本には第四句「花」結句「たつらん」とあり。また佐佐木博士は「校註金槐和歌集」にて、「嵐らむ」と濁りて讀めり。
眞淵は「結句のあらしいかが」と評せり。

款冬の花を折らせて人のもとにつかはすとて

類從本には「山吹の花折て……」とあり。
(一二三) おのづからあはれともみよ春ふかみ散り殘る岸の山吹の花 定家所傳本には、第四句「散りる」とあり。
(一二四) 散り殘る岸の山吹春ふかみこのひと枝をあはれといはなむいはん 類從本には結句「あはれといはん」とあり。

春の暮をよめる
(一二五) 春ふかみあらしもいたく吹く宿やどは散り殘るべき花もなきかな
(一二六) 眺めこし花もむなしく散りはててはかなく春のくれにけるかな 眞淵はこの歌の初句につき「ながめこし、此語はこの頃の人思ひりしままなり」と評せり。
(一二七) いづかたに行き歸るらむ春霞立ちでて山の端にも見えなくなん 類從本には、第二句「行かるらん」定家所傳本には、第二句「行きかくるらむ」結句「見えなで」とあり。
(一二八) 行く春のかたみにと思ふにあまつ空有明ありあけの月は影もたけにき 類從本には、第二句「行春かたみとおもふ」結句「かげもたえけり」定家所傳本には、第二句「行く春のかたみと思ふ」結句「かげもたにき」とあり。

三 月 盡
(一二九) 朝ぎよめ格子かうしなあけそ行く春をわがねやのうちにしばしとどめむ この歌、類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(一三〇) 惜しむともこよひあけなば明日あすよりは花の袂をぬぎやかへさむ 類從本には結句「ぬぎかへん」定家所傳本には「ぬぎやかへむ」とあり。眞淵はこの歌の第四句につき、「遍照の花の袂とよみし如く、常の色有る衣をいふはよし。櫻色に染し袂といふ意にて花の袂といふは後世のなり。打まかせてつき草染をこそ色とはいへ」と評せり。

正月ふたつありし年の三月郭公のなくを聞きて

類從本には「……年三月に郭公の鳴を聞てよめる」とあり。
(一三一) きかざりきやよひの山の郭公春くははれる年にはありしかあるかと 類從本定家所傳本には結句「年はありしかど」とあり。眞淵は「かく樣に上へかへすいひなしは萬葉にはなし」と評せり。

屛風に春の景色を繪がきし所を夏見てよめる

この歌、類從本には「雜」の部にあり。原本には「屛風に春の景色を繪かき所を」類從本には「屛風に春の繪かきたる所を……」とあり。
(一三二) 見てのみぞおどろかれぬる烏羽玉ぬばたまの夢かと思ひし春の殘れる 眞淵はこの歌に○を附し「鳥羽玉と書く例なし。是は後人此語を心得りてのわざなり。萬葉に烏羽玉と書きしは黑玉のことなり」と評せり。


夏部[編集]

      夏  部


更衣をよめる
(一三三) 惜しみこし花の袂もぬぎかえつ人の心ぞ夏にはありける 眞淵はこの歌の第一二句につき「をしみことしといひて、花の袂とあるは、後世櫻色に染しをいふにてりなる事、前に云しが如し」と評せり。

夏のはじめ

類從本には「夏の始の歌」とあり。
(一三四) 夏衣なつごろもたつきの山の郭公いつしか鳴かむこゑを聞かばや 類從本定家所傳本には、第二句「たつの山」とあり。
眞淵はこの歌に○を附し「萬葉に、きの山を妹が袖まききの山とよめる類にて夏衣たちきとつづくるはよし。今たつきとつづけたるはわろし。思ふに、公は、立きとかかれしを、後にみだりに、たつきと書きけむかし」と評せり。
(一三五) 春過ぎていくかもあらねどわが宿の池の藤波うつろひにけり 眞淵この歌に○を附し「萬葉に秋立ていくかもあれねば、とある如く、いくかもあらねばとよみ給ひけんを、後にりつらん。萬葉にこの歌を、あらねばとありて、あらねど、あらぬになどいふにひとし」と評せり。

卯  花
(一三六) わが宿の垣根に咲けるうの花うきことしげき世にこそありけれ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(一三七) 神まつる卯月うつきになれば卯の花のきことの葉の數やまさらむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

夏 の 歌
(一三八) 五月さつき待つ小田をだのますらをいとまなみせきいる水に蛙なくなり 原本には、第四句「せきいる」とあり。類從本によりてかく改む。

待 郭 公

類從本に「郭公を待といふ心を」とあり。
(一三九) 郭公ほととぎすかならずまつとなけれどもな夜なをもさましつるかな
眞淵この歌を「二三句後なり」と評せり。
(一四〇) 時鳥聞くとはなしにたけまのまつにぞ夏の日數ひかずへぬべき 第三句、原本には「たけまの」とあり。類從本定家所傳本によりてかく改む。
(一四一) 初聲はつごゑを聞くとはなしにけふもまた山時鳥待たずしもあらず
(一四二) 夏衣なつごろもたちしときより足引の山郭公なかぬ日ぞなき 類從本定家所傳本には、結句「またぬ日ぞなき」とあり。

山家郭公
(一四三) 山ちかく家居いへゐしをれば時鳥なく初ごゑをわれのみぞ聞く 類從本定家所傳本には第二句「家居しれば」第四句「初聲」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

夕 郭 公
(一四四) 夕闇ゆふやみのたづたづしきに郭公聲うらがなし道やまどへる 類從本には第二句「たしきに」とあり。

深夜郭公
(一四五) 五月闇さつきやみおぼつかなきにほととぎすふかきみねより鳴きていづなり
(一四六) さつきやみ神なび山の時鳥つまごひすらし鳴くかなしも
(一四七) 五月さつきやみさふけぬらし時鳥神なび山におのがつまよぶ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

雨いたくふれる夜ひとり時鳥を
類從本には「雨いたくふれる宵より郭公を聞てよめる」とあり。
(一四八) 郭公なく聲あやな五月さつきやみきく人なしみ雨は降りつつ 類從本には第四句「なし」とあり。
眞淵は第四句につき「萬葉今本になしみとあるはりなるを、正し給はざりけるにや、きく人なしに、とあるべし」と評せり。

郭  公

類從本には「ほととぎすのうた」とあり。
(一四九) 足引の山時鳥こがくれて目にこそ見えねおとのさやけさ
(一五〇) 風雅 足引の山時鳥み山いでて夜ふかき月のかげに鳴くなり 眞淵この歌に○を附す。
(一五一) 有明の月は入りぬるより山郭公なきていづなり
(一五二) さみだれに夜のけ行けば時鳥ひとり山邊やまべを鳴きて過ぐなり この歌以下三首、類從本には「五月雨」の部に入れたり。
(一五三) 五月雨の露もまだひぬ奧山のまきの葉がくれ鳴く郭公 眞淵は「二の句後なり」と評せり。
(一五四) 五月雨の雲のかかれる卷向まきもく檜原ひはらが峰に鳴く時鳥 眞淵この歌に○を附す。
(一五五) 葛城かつらぎ高間たかまの山のほととぎす雲井くもゐのよそに鳴きわたるなり 眞淵は「四の句後なり」と評せり。
(一五六) 玉くしげ箱根の山の郭公むかふのさとに朝な朝ななく 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(一五七) 五月山さつきやまだかき峰のほととぎすたそがれ時の空に鳴くなり
(一五八) みなひとの名をしもよぶ郭公鳴くなるこゑのさととよむる 類從本定家所傳本には、第二句「よぶ」とあり。また定家所傳本には、結句「響む」とあり。
(一五九) 新後撰 郭公きけども飽かずたちばなの花ちる里のさみだれのころ 類從本に「ほととぎすをよめる」と詞書あり。
眞淵この歌に○○を附し、「萬葉に、橘の花散る里にかよひなば」と評せり。

故鄕盧橘
(一六〇) 續拾遺 いにしへをしのぶとなしにふるさとの夕べの雨に匂ふたちばな 眞淵は「橘に昔の人のといふ一首につきて、後人その言葉にのみよめるはまだしき事なり。是もはじめの歌ならん」と評せり。

盧橘薰夜衣
(一六一) うたたねのよるころもにかをるなりものおもふ宿の軒のたちばな

五月雨ふれるにあやめふくを

類從本には、「……あやめ草を見てよめる」とあり。
(一六二) 袖ぬれて今日けふふく宿やどのあやめ草いづれの沼誰か引きけむ 類從本定家所傳本には、第四句「沼」とあり。

菖  蒲
(一六三) 五月雨に水まさるらむらしあやめ草うれ葉かくれて刈る人もなしぞなき 類從本には、第二句「水まさるら」結句「かる人定家所傳本には、第二句「水まさるら」結句「刈る人」とあり。猶ほ原本第四句は「れ葉」とあれど、一本によりてかく改む。

五 月 雨
(一六四) 五月雨は心あらなむ雲間より出でくる月を待てばくるし 類從本定家所傳本には結句「くるし」とあり。

照  射
(一六五) さ月山おぼつかなきをゆふづくこがくれてのみ鹿や待つらむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

撫  子
(一六六) ゆかしくば行きても見ませゆき島のいはほにおふる撫子の花 類從本には「雜」の部にあり。

蓮露似玉
(一六七) さ夜ふけてはすのうき葉の露の上に玉と見るまでやどる月影

河風似秋
(一六八) 岩くぐる水にや秋の立田川たつたがは河風すずし夏のゆふぐれ

螢火亂飛秋已近といふ事を
(一六九) かきつばたふるさはべに飛ぶ螢數こそまされ秋や近けむ 貞享本には結句「ちけむ」とあり。類從本によりて改む。

(一七〇) 夏山に鳴くなる蟬のがくれて秋ちかしとや聲も惜しまむ
(一七一) 泉川ははそのもりになく蟬のこゑのすめるは夏のふか 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

夜風凉衣

類從本には「夜風冷衣と云事を」とあり。
(一七二) 夏ふかみ思ひもかけぬうたたねのよるの衣に秋風ぞふく

みな月廿日あまりのころ夕べの風すだれ動かすをよめる

類從本には「みな月……すだれ……」とあり。
(一七三) 秋ちかくなるしるしにや玉すだれだれのこすのまとほし風凉し 類從本には第三句「玉だれの」結句「風凉し」、定家所傳本には第三句「玉だれの」結句「風の凉し」とあり。

夏の暮によめる
(一七四) 夏はただこよひばかりと思ひねの夢路にすずし秋の初風 眞淵この歌を「思ひねの、古語ならず、この言語わろし。ゆめ路にすずし、此巧ふさはず」と評せり。
(一七五) 昨日きのふまで花のちるをぞ惜しみこし夢かうつつか夏も暮れにけり 貞享本には、第三句「惜らし」とあり。類從本によりてかく改む。
眞淵この歌に○を附す。
(一七六) みそぎする河せにくれぬ夏の日の入相いりあひのかねのその聲により 眞淵はこの歌を「鐘の音をよめる歌、いにしへはなし。大かたの歌によみてはよろしからぬものなり。ただ佛によれることにこそ」と評せり。
(一七七) みそぎするかや軒端のきばにひく四手しでのまつはれつきて夏をとどめむ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

六 月 祓
(一七八) わが國のやまとしまねの神たちを今日けふのみそぎに手向たむけつるかな
類從本には「雜」の部にあり。
(一七九) あだ人のあだにある身のあだ事をけふ水無月みなづきはらへ棄てつといふ
類從本には「雜」の部にあり。


秋部[編集]

      秋  部


七月一日のあしたよめる 類從本に「七月一日の朝に……」とあり。
(一八〇) 新續古今 きのふこそ夏は暮れしか朝戶出あさとで衣手ころもでさむし秋の初風 定家所傳本には第三句「あさといでの」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

秋  風
(一八一) ながむれば衣手ころもでさむしゆふづくさほの川原のあきの初風
(一八二) 新勅撰 夕されば衣手凉しさむし高圓たかまどのをのへの宮の秋のはつ風 類從本には、第二句「衣手さむし」とあり。また、新勅撰集には、初句「夕暮は」とあり。
眞淵この歌に○○を附す。

海邊秋來

類從本には「……といふことを」とあり。
(一八三) 霧たちて秋こそ空ににけらしふきあげの濱の浦の鹽風しほかぜ 眞淵この歌に○を附す。
(一八四) うちはへて秋は來にけりの國やゆらのみ崎の海士あまのうけなは

初秋の歌

類從本には「秋のはじめの歌」とあり。
(一八五) 野となりてあとは絕えにし深草ふかくさの露のやどりに秋は來にけり
(一八六) すむ人もなき宿なれど萩の葉の尋ねて秋は來にけり 定家所傳本には第三句「荻の葉の」とあり。眞淵はこの歌を「四の句後なり」と評せり。

白  露
(一八七) 秋ははやにけるものを大かたの野にも山にも露ぞおくなる
(一八八) 續古今 今よりは凉しくなりぬ日ぐらしの鳴く山かげの秋のゆふ風 類從本にはこの歌に「詞書闕」と註して、「一本及印本所載歌」の部に入れたり。
眞淵この歌に○を附す。

蟬のなくをききて

類從本には「寒蟬啼」とあり。
(一八九) 吹く風凉しくもあるかおのづから山のせみ鳴きて秋は來にけり 類從本定家所傳本には初句「吹く風」とあり。
眞淵この歌に○○を附す。

山家秋思
(一九〇) ことしげき世をのがれにし山里にいかで尋ねて秋のつらむ 類從本には「雜」の部にあり。
類從本定家所傳本には第四句「いか」とあり。
(一九一) ひとりゆく袖よりおくか奧山の苔のとぼその路のゆふ露 類從本には「雜」の部にあり。

秋のはじめによめる
(一九二) 天の川みなわさかまきゆく水のはやくも秋の立ちにけるかな
(一九三) ひさかたのあま河原かはらをうちながめいつかと待ちし秋も來にけり
(一九四) 新勅撰 彥星の行合ゆきあひをまつ久方の天の河原にあき風ぞふく 眞淵この歌に○○を附す。
(一九五) 夕されば秋風凉したなばたのあま羽衣はごろもたちやふらむ

七  夕
(一九六) あまがは霧たちわたる彥星ひこぼしの妻むかへ舟はやも漕がなむ
(一九七) こひこひて稀にあふ夜の天の川河瀨かはせたづは鳴かずもあらなむ
(一九八) 七夕のわかれを惜しみあまの川やすわたりにたづも鳴かなむ 眞淵は「七夕と書きて、萬葉に七日のよひとよめるこそよけれ。後にたなばたてふ語に七夕と書くはひがごとぞ」と評せり。
(一九九) 今はしもわかれもすらし棚機〔たなばた〕の天の河原にたづぞ鳴くなる 類從本定家所傳本には第三句「たなばた」とあり。

秋のはじめ月あかかりし夜
(二〇〇) 天の原雲なき宵に久かたの月さへわたるかささぎの橋 眞淵この歌に○を附す。
(二〇一) 新續古今 秋風に夜のふけ行けばひさかたの天の河原に月かたぶきぬ 眞淵この歌に○○を附す。

七月十四日の夜勝長壽院の廊に侍りて月さし入りたりしによめる

類從本には「……に侍りて月さし入たりしよめる」とあり。
(二〇二) ながめやる軒のしのぶの露の間にいたくなけそ秋の夜の月 原本、第四句「ふそ」とあり。一本によりて改む。

草  花

類從本には「草花をよめる」とあり。
(二〇三) 野邊にいでてそぼちにけりな唐衣からごろもきつつわけゆく花の雫に

萩をよめる
(二〇四) 秋はぎの下葉もいまだうつろはぬにけさ吹く風は袂さむしも 原本、第三句「うつろはぬ」と「に」を脫せり。一本によりて改む。
(二〇五) 見る人もなくて散りにき時雨のみふりにし里の秋萩の花
(二〇六) 花におく露をしづけみ白菅しらすげ眞野まのの萩原しをれあひにけり 原本、第二句「露」とあり。一本によりて改む。

庭  萩

類從本には「庭のはぎをよめる」とあり。
(二〇七) 秋風はいたくな吹きそ我が宿のもとあらの小萩こはぎちらまくも惜し

故 鄕 萩
(二〇八) 新勅撰 故鄕のもとあらの小萩いたづらに見る人なしみ咲きか散るらむ 類從本には下句「見る人なし咲かちりなん」定家所傳本には「見る人なし咲きか散りなん」とあり。
眞淵は下句につき「見る人なしとあるべし。わろし。旣にもいへり」と評せり。

路 頭 萩
(二〇九) 新勅撰 路のべの小野をのの夕霧たちかへり見てこそゆかめ秋はぎの花 眞淵この歌に○を附す。

庭の萩わづかにのこれるを月さしいでて後見るに散りわたるにや花の見えざりしかばよめる

類從本には、「庭の萩はつかに……散りたるにや……見えざりしかば」とあり。
(二一〇) 萩の花くれぐれまでもありつるが月出でてみるになきはかなかなしき 類從本定家所傳本には結句「はかな」とあり。

曙󠄁に庭の萩を見て
(二一一) 朝ぼらけ萩のうへ吹く秋風に下葉おしなみ露ぞこぼるる 類從本定家所傳本には「萩」を「荻」とせり。

夕べのこころをよめる
(二一二) 玉葉 たそがれに物思ひをればわが宿の萩の葉そよぎ秋風ぞふく 類從本定家所傳本及び玉葉集には第四句の「萩」を「荻」とせり。
眞淵この歌に○を附す。
(二一三) われのみやわびしとは思ふ花薄ほにいづる宿の秋の夕ぐれ 類從本には第二句「わびしと思ふ」とありての字なし。貞享本本文第二句「分しとは思ふ」とあり。傍註によりて改む。

野 苅 萱

類從本には「野べのかるかやをよめる」とあり。
(二一四) 新後撰 夕されば野路の苅萱かるかやうちなびき亂れてのみぞ露もおきける 眞淵この歌に○を附す。

(二一五) 藤ばかまてぬぎかけし主やたれ問へどこたへず野邊の秋風

鳥狩とかりしにとがみが原といふところにいで侍りし時荒れたるいほりの前に藤ばかまのさけるを見て

類從本には「……蘭さけるををみてよめる」とあり。
(二一六) 秋風になに匂ふらむ藤袴ぬしはふりにし宿と知らずや

女 郞 花
(二一七) よそにみてをらで過ぎし女郞花名をむつまじみ露にぬるとも 類從本定家所傳本には、第二句「をらで過ぎ」とあり。

(二一八) 白露のあだにもおくか葛の葉にたまればきえぬ風たえぬまに 類從本定家所傳本には、結句「風たぬまに」とあり。
(二一九) 秋風はあやな吹きそ白露のあだなる野邊の葛の葉の上に 類從本定家所傳本には第二句「あやな」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

槿
(二二〇) 風を待つ草の葉におく露よりもあだなるものは朝顏の花

故鄕の心を
(二二一) 鶉鳴くふりにしさとの淺茅生あさじふにいく夜の秋の露かおきけむ 類從本には「雜」の部にあり。
眞淵この歌に○を附す。

野 邊 露

類從本には「野べの露」とあり。
(二二二) 久かたの空飛ぶ雁の淚かもおほあらき野の笹の上の露 類從本定家所傳本には第二句の「空」を「天(あま)」に作り、また定家所傳本には結句を[2]上の露」とせり。

夕  雁
(二二三) 夕されば稻葉いなばのなびく秋風に空とぶ雁のこゑもかなしや 眞淵この歌に○を附す。

田家夕雁
(二二四) かりのゐる門田かどたのいなうちそよぎたそがれどきに秋風ぞふく 眞淵この歌に○を附す。

海 上 雁

類從本には「海の邊をすぐるとてよめる」とあり。
(二二五) 新勅撰 和田の原八重やへ鹽路しほぢにとぶ雁の翅のなみに秋風ぞふく 眞淵この歌に○を附す。

月 前 雁
(二二六) 九重ここのへの雲井をわけて久方の月のみやこにかりぞなくなる
(二二七) 鳴きわたる雁の羽風はかぜに雲消えてふかき空にすめる月影 眞淵この歌に○を附す。
(二二八) あまの戶をあけがたの空になく雁の翅の露にやどる月かげ 原本第二句「明がた」の「の」なし。
二三九ママ 天の原ふりさけみればます鏡きよき月夜に雁なきわたる 眞淵この歌に○○を附す。
(二三〇) ぬば玉の夜はふけぬらし雁がねのきこゆる空に月かたぶきぬ

雁をよめる
(二三一) 雁鳴きて秋風さむくなりにけりひとりなむよるのころもうすし 眞淵この歌に○○を附す。
(二三二) 秋風に山とびこゆる初雁の翅にわくる峰の白雲
(二三三) 足引あしびきの山とびこゆる秋の雁いくへの霧をしのぎぬらむ
(二三四) 雁がねは友まどはせり信樂しがらきやまきの杣山そまやま霧たたるらし 眞淵この歌に○を附す。

鹿の歌に

類從本には「しかをよめる」とあり。
(二三五) 妻こふる鹿ぞ鳴なるをぐら山やまの夕霧たちにけむかも 貞享本に結句「たちけんかも」とあるは誤ならむ。
眞淵この歌に○を附す。
(二三六) 新千載 夕されば霧たちくらしをぐら山やまのとかげに鹿ぞ鳴くなる
(二三七) 新勅撰 雲のゐるこずゑはるかに霧こめてたかしの山に鹿ぞ鳴くなる 眞淵この歌に○○を附す。
(二三八) 月をのみあはれ思ふさ思ふに夜ふけて深山がくれに鹿ぞ鳴くなる 類從本定家所傳本には第二句「思ふ」とあり。
(二三九) さ夜ふくるままに外山とやまのまよりさそふかひとり鳴く鹿 類從本には第四句「月」とあり。原本第四句「誘ふ」とあり。類從本によりて改む。
(二四〇) 朝まだき小野をのの露霜寒ければ秋をつらしと鹿ぞ鳴くなる
(二四一) さを鹿のおのが住む野の女郞花はなに飽かずとをや鳴くらむ
(二四二) はぎが花うつろひて行うつろへ行けばけば高砂のをのへの鹿の鳴かぬ日ぞなき 類從本定家所傳本には、第二句「うつろひ行けば」とありて、「て」なし。
(二四三) 續後撰 朝な朝な露にをれふす秋萩の花ふみしだき鹿ぞ鳴くなる 眞淵この歌に○を附す。
(二四四) 秋萩のむかしの露に袖ぬれてふるきまがきに鹿ぞ鳴くなる

夕  鹿
(二四五) なく鹿のこゑより袖におくか露もの思ふ頃の秋の夕ぐれ 眞淵はこの歌の第三句につき、「おくか露、このことば、一時のはやりことにて聞きにくし」と評せり。

田 家 秋

類從本には「田家秋といふことを」とあり。
(二四六) 山田もるいほにしをれば朝な朝なたえず聞きつるさをしかの聲
(二四七) からごろもいな葉の露に袖ぬれて物思へともなれるわが身 類從本定家所傳本には、結句「わが身」とあり。

(二四八) 小笹原をざさはら夜半に露ふく秋風をややさむしとや蟲の鳴くらむわぶらん 類從本定家所傳本には、結句「わぶらん」とあり。
(二四九) 庭草の露のかずそふ村雨むらさめに夜ふかき蟲の聲ぞ悲しき

故 鄕 蟲

類從本には「雜」の部にあり。
(二五〇) たのめこし人だにはぬ故鄕にたれまつ蟲の夜半に鳴くらむ

蟋  蟀

眞淵はこの歌に○を附し、且つ題の「蟋蟀」につき、「蟋蟀をば萬葉にはこほろぎとよむ事と見ゆるを誤りて、早くよりきりすとよめり」と評せり。
類從本には、第一二句「秋ふか露さむきとや定家所傳本には、初句「秋深」とあり。
(二五一) 秋深露さむき夜のきりぎりすただいたづらにのぞみママ[3]鳴く
(二五二) あさぢ原露しげき庭のきりぎりす秋深き夜の月に鳴くなり
(二五三) 秋の夜の月のみやこのきりぎりす鳴くは昔のかげやこひしき 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
(二五四) きりぎりす鳴く夕ぐれの秋風に我さへあやな物ぞ悲しき

長月の夜蟋蟀のなくを聞きてよめる
(二五五) きりぎりす夜半よはころものうすきうへにいたくは霜のおかずもあらなむ

ある僧に衣をたまふとて
(二五六) 野邊みれば露霜寒きりぎりすよるころものうすくやあるらむりけむ 類從本には第二句「露霜さむ定家所傳本には「露霜さむ」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

秋の野におく白露は玉なれやといふことを人々におほせてつかうまつらせし時よめる
(二五七) ささがにの玉ぬくいとのをよわみ風に亂れて露ぞこぼるる

山邊眺望といふ事を
(二五八) 聲たかみ林にさけぶさるよりも我ぞもの思ふ秋のゆふべは 眞淵はこの歌の初句につき「聲たかくとあるべし」と評せり。
(二五九) 暮れかかる夕べの空をながむればこだかき山に秋風ぞふく 類從本には「山眺望といふことを」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(二六〇) 秋を經てしのびもかねに物ぞ思ふ小野をのの山邊の夕暮の空 類從本には第二句「かね」第三句「物おもふ」とあり。

田 家 露
(二六一) 秋田もるいおに片しくわが袖に消えあへぬ露のいくよおきけむいくへおくらむ 類從本には結句「いくくらむ」定家所傳本には結句「いくおきけむ」とあり。

田家秋夕

類從本には「田家夕」とあり。
(二六二) かくてなほたへてしあとはたえてしあらばいかがせむ山田もる庵の秋の夕ぐれ 類從本定家所傳本には第二句「たてしあらば」とあり。眞淵はこの歌につき、「春曙、秋夕暮といひつづめたるは後の人のわざなり。それにつけてしきりに悲しきよしを思ひ入てよむも亦後なり。此公古へを好み給へども、猶さることまでは、えおぼしわき給はざりし。されどこれらは、まだはじめのほどの歌故か。よりてここの歌共は皆後のあかにそみたり」と評せり。

海のほとりをすぐとて
(二六三) ながめやる心もたへぬ和田新後撰ニ眺めわび行方も知らぬ物ぞ思ふの原八重の鹽路しほぢのあきの夕ぐれ 定家所傳本には、第二句「心もたえ」とあり。
眞淵はこの歌を「ながめわび行へも知らぬ物ぞおもふ。斯樣に此公はよみ給ふ例なし。後になほしけんかし」と評せり。

秋の夕べによめる

類從本には「ゆふべの心をよめる」とあり。
(二六四) 大かたに物思ふとしもなかりけりただわがための秋のゆふぐれ

夕秋風といふことを
(二六五) 秋ならでただ大かたの風のおとも夕べはことに悲しきものを

秋 の 歌
(二六六) 玉だれのこすのひまもる秋風妹こひしら身にぞしみけしみつる 類從本には第三句「秋風定家所傳本には「秋風」とあり。
(二六七) 秋風はやや肌寒くなりにけりひとりやねなむながきこの夜を 眞淵この歌に○を附す。
(二六八) むかし思ふ秋の寢覺めの床のうへにほのかにかよふ峰の秋風 定家所傳本には第三句「床の上」とあり。

聲うちそふるおきつしら浪といふ事を人々あまたつかうまつりしついでに

類從本には「……といふふるごとを人々あまたつかうまつりし次によめる」とあり。
(二六九) のきしの松吹く秋風をたのめて浪のよるを待ちける 眞淵はこの歌の初句につき「住吉と書てもすみの江とよむべし」といへり。類從本には「雜」の部に入れ、初句を「住の江の」と書きたり。

月の歌とて

類從本には「秋歌」と題せり。
(二七〇) 月きよみ秋の夜いたくけにけりさほの河原に千鳥しばなく 眞淵この歌に○を附す。
(二七一) 新拾遺 天の原ふりさけみれば月きよみ秋の夜いたく更けにけるかな 眞淵この歌に○○を附す。
(二七二) 我ながらおぼえずおつる袖の露月に物思ふ夜頃へぬれば 類從本には「月をよめる」と題し、類從本定家所傳本には第二句「おぼえずおくか」とあり。眞淵はこの歌を「二の句後なり」と評せり。
(二七三) 新勅撰 思ひ出でて昔を忍ぶ袖の上にありしにもあらぬ月ぞやどれる 類從本には「月をよめる」と題し「雜」の部にあり。新勅撰集には第四句のなし。眞淵は「四の句後なり」と評せり。

閑居望月
(二七四) 草の庵にひとりながめて年もへぬ友なき宿の秋の夜の月 類從本定家所傳本には初句「の庵に」第四句「友なきの」とあり。

荒 屋 月

類從本には「あれたる宿の月といふ事を」と題して、「雜」の部にあり。
(二七五) 新勅撰 淺茅原ぬしなき宿やどの庭のおもにあはれいくの月はすみけむ 定家所傳本及び新勅撰集には結句「月すみけむ」とあり。

故 鄕 月
(二七六) 行きめぐりまたもてみむ故鄕のやどもる月はわれを忘るな 類從本には「月をよめる」と題して「雜」の部にあり。
(二七七) 大原おほはらやおぼろの淸水しみづさととほみ人こそくまね月はすみけり 類從本には「月をよめる」と題し「雜」の部にあり。

水 邊 月
(二七八) わくらはに行きても見しがさめのふるき清水にやどる月影 類從本には「雜」の部にあり。

海 邊 月
(二七九) たまさかに見る物にもが伊勢の海のきよきなぎさの秋の夜の月 類從本定家所傳本には第三句「伊勢の海」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(二八〇) いせの海や浪にたけたかけたるる秋の夜の有明の月に松風ぞふく 類從本には第二句「けたる」とあり。
(二八一) 須磨のあまの袖ふきかへす鹽風にうらみてふくる秋の夜の月 定家所傳本には第三句「風に」とあり。眞淵は「うらみてふくる、後なり」と評せり。
(二八二) 鹽がまの浦ふく風に秋たけてまがきが島に月かたぶきぬ 定家所傳本には第四句「まがき島に」とあり。
眞淵この歌に○○を附す。

名所秋月
(二八三) さざ浪やひらの山風さ夜ふけて月影さびししがのからさき 定家所傳本には第四句「月影さし」とあり。
眞淵この歌に○を附し、次に一首と共に「この二首、俗の思はん巧を皆はぶきて末をいひはなちたり」と評せり。
(二八四) 續千載 月見れば衣手さむしさらしなや姥捨山をばすてやまのみねの秋風 眞淵この歌に○○を附す。
(二八五) 山寒み衣手うすし更級さらしなやをばすての月に秋ふけしかば

八月十五夜のこころを

類從本には「八月十五夜」とあり。
(二八六) 久堅ひさかたの月のひかりしきよければ秋のなかばを空に知るかな

月前擣衣
(二八七) 秋たけてふかき月の影見ればあれたる宿に衣うつなり 定家所傳本には結句「うつな」とあり。
(二八八) 新後拾遺 さよふけてなかばふけたけ行く月影にあかでや人の衣うつらむ 類從本定家所傳本には第二句「け行く」とあり。
(二八九) 風雅 夜を寒みねざめて聞けば長月ながつき有明ありあけの月に衣うつなり 定家所傳本には初句「夜をながみ」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

故鄕擣衣
(二九〇) みよし野の山下風やましたかぜの寒き夜をたれふる里衣うつらむ 類從本定家所傳本には第四句「ふる里」とあり。

擣衣をよめる
(二九一) ひとりぬる寢覺に聞くぞあはれなる伏見のさとに衣うつこゑ

月夜菊花をたをるとて

類從本には「月夜菊の花をおるとて」とあり。
(二九二) 新勅撰 ぬれてをる袖の月影ふけにけりまがきの菊の花の上の露 眞淵この歌に○を附す。

雨のふれるに庭の菊をみて

類從本には「雨のふれる夜に菊を見てよめる」とあり。
(二九三) 露を重みまがきの菊のほしもあへずはるればくもる村雨の空宵の村雨 類從本定家所傳本には結句「宵の村雨」とあり。

菊  を
(二九四) ませの內によるおく露やいかならむぬれつつ菊の移ろひにける 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

さほ山のははその紅葉しぐれぬるといふことを人々によませしついでによめる

類從本には「……紅葉時雨ぬる……」とあり。
(二九五) さほ山のははそ紅葉もみぢ千々ちゞの色にうつろふ秋は時雨ふりけり

水上落葉
(二九六) くれて行く秋のみなとにうかぶあまの釣する舟かとも見ゆ

深山紅葉
(二九七) 神無月またで時雨や降りにけむみ山にふかき紅葉しにけり

名所紅葉
(二九八) 初雁の羽風はかぜのさむくなるままに佐保の山邊は色づきにけり 眞淵この歌に○を附す。
(二九九) 雁鳴きてさむき嵐のふくなべに立田たつたの山はいろづきにけり 眞淵この歌に○を附す。

雁のなくを聞きて

類從本には「雁のなくをききてよめる」とあり。
(三〇〇) けさなく雁がねの寒みから衣立田の山はもみぢしにけり 類從本定家所傳本には結句「紅葉しぬらん」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

秋のすゑによめる
(三〇一) 雁鳴きて吹く風さむみたかまとの野邊のあさぢは色づきにけり 眞淵この歌に○を附す。
(三〇二) 新勅撰 雁鳴きてさむきあさけの露霜に矢野の神山いろづきにけり 眞淵この歌に○○を附し、次の如く評せり。「萬葉に、つま隱る矢野の神山露霜に匂ひそめたりちらまくも惜し、また、雁がねの來鳴しなべにから衣たつたの山はもみぢそめたり、てふなどの心ことばなるが、矢野の神山をこともなくとり出られたるに、器量はみゆ。名所をよむには必らず其古歌その所の樣などをいはでは所の動くなどいふめるは、いとまだしきほどの人のいひごとぞや。いにしへ人、その所に向ひてはただ其所の名をいふのみ。此歌もただちに矢野の神山をとり出られしが、雄々しきなり。すべて名所に緣ある言葉などやうのちひさきことをのみ思ひていへるより、ことせばく、こころくして、ひくし。ただ何となくこの歌にはこの名所こそさもあるべきと思ふ心をえて用ふべきなり。こはたやすきに似て、かたし。されどかく心えていひならふべきのみ」と。また曰く「古人の歌によまぬ所はよむべからぬ事とすることもいまだしきなり。その古人は又の古人の跡をもとめてよめるにあらず。今も古人の心詞をえば、などか、かたくなに古人のあとにのみよらん。古人の心に似たる樣をこそねがはめ、名所のみならずよろづにこの心を思ふべきなり。まして古人のよみしあとある所に、何のよせか用ひん。されどよせなけれど、其頭によく居ると居らぬとの味は功によるべし」と。
(三〇三) はかなくて暮れぬと思ふをおのづから有明の月に秋ぞ殘れる 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

惜秋といふ事を
(三〇四) 長月の有明の月のつきずのみる秋ごとに惜しき今日かな
(三〇五) 年ごと秋の別はあまたあれど今日のくるるぞわびしかりける 類從本定家所傳本には初句「年ごと」とあり。

九月霜降秋早寒といふ心を
(三〇六) 續古今 蟲の音もほのかになりぬ花薄はなすすき秋のすゑ葉に霜やおくらむ

暮秋の歌

類從本には「戀」の部にありて、「戀のこゝろをよめる」と題せり。
(三〇七) 秋ふかみすそ野の眞葛まくづかれがれにうらむる風の音のみぞする
(三〇八) 秋はぎの下葉したばのもみぢうつろひぬ長月の夜の風の寒さに 以下三首、類從本には「秋歌」と題せり。第三句原本に「うつろひ」とあり。類從本によりて改む。
(三〇九) もみぢ葉は道もなきまで散りしきぬわが宿をとふ人しなければ 第三句、原本に「散りしき」とあり。類從本によりて改む。
(三一〇) 木の葉ちる秋の山べはかりけり堪へでや鹿のひとり鳴くらむ

九月盡のこころを人々におほせてつかうまつらせしついでに

類從本には「……ついでによめる」とあり。
(三一一) 初瀨山はつせやま今日をかぎりと眺めつつ入相の鐘に秋ぞ暮れぬる 第二句、原本に「今日限りと」とあり。傍註及び類從本定家所傳本によりて改む。
定家所傳本には第三句「眺めつ」とあり。


冬部[編集]

        部


十月一日よめる
(三一二) 續古今 秋はいぬ風には散りはてて山さびしかる冬は來にけり 眞淵この歌に○を附す。

初冬の歌の中に

類從本には「冬の歌」とあり。
(三一三) 散り秋も暮れにし片岡かたをかのさびしき森に冬は來にけり
(三一四) 夕づく夜澤邊にたてるあしたづの鳴く悲しき冬來にけ 類從本には結句「冬來にけ」とあり。「一本及印本所載歌」の部にあり。猶ほ原本には「冬來にけり」とあり。
(三一五) 散りつもる木の葉朽ちにし谷水たにみづ氷に氷りて閉づる冬は來にけり 類從本には第四句「氷りて」とあり。
(三一六) 春といひ夏とすぐして秋風のふきあげの濱に冬は來にけり 類從本には「雜」の部にあり。眞淵この歌に○を附す。
(三一七) よしの川もみぢ葉ながる瀧の上のみふねの山に嵐ふくらし 眞淵この歌に○を附す。
(三一八) 初時雨はつしぐれふりにし日より神なびのもりずゑぞ色まさりゆく 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。眞淵この歌に○を附す。
(三一九) みむろ山紅葉ちるらし神無月かみなづき立田の川に錦おりかく
(三二〇) 神無月時雨ふればかなら山のならの葉がしは風にうつろふ 定家所傳本には、結句「かにうつろふ」とあり。ならむ。
(三二一) 神無月時雨ふるらし奧山おくやま外山とやまのもみぢ今さかりなり
(三二二) 下紅葉したもみじかつはうつろふははそ原かみな月とて時雨ふれてへふれりてへ 原本及び定家所傳本には、第四句「かみな月て」、また類從本定家所傳本には、結句「時雨ふれてへ」とあり。

松風似時雨

類從本には「まつ風しぐれににたり」とあり。
(三二三) 神無月ふりにし山里やまざとは時雨にまがふ松の風かな
(三二四) 新後拾遺 ふらぬ夜もふる夜もまがふ時雨かな木の葉の後のみねの松風

水上落葉

類從本には、「秋」の部にあり。
(三二五) ながれ行く木の葉のよどむえにしあれば暮れての後も秋は久しき 類從本には、下句「暮れての後久しき」定家所傳本には「暮れての後も秋久しき」とあり。

(三二六) 難波潟なにはがたあしの葉白くおく霜のさえたる夜半よはにたづぞ鳴くなる 眞淵この歌に○を附す。
(三二七) 大澤の池の水草みづくさかれにけりながきすがら霜やおくらむ
(三二八) 東路あづまぢの道の冬草かれにけり夜な夜な霜やおきまさるらむ 類從本には「霜をよめる」と題せり。

野  霜

類從本には「野霜といふ事を」とあり。
(三二九) 花すすき枯れたる野邊におく霜のむすぼほれつつ冬は來にけり

深 夜 霜

類從本には「ふかき夜の霜」とあり。
(三三〇) 烏羽玉ぬばたまのいもが黑髮うちなびき冬ふかき夜に霜ぞおきける 定家所傳本には、結句「霜ぞおきける」とあり。
眞淵はこの歌の第三句につき、「うちなびき、この語わろし。うちなびきといひて、打はへたることとするは、後世なり。萬葉に、打なびくといふと、打なびきといふと、二つあれど、共に打はへたることにあらず」と評せり。
(三三一) 夜を寒み河瀨にうかぶ水の泡のきえあへぬ程に氷しにけり

冬 の 夜
(三三二) 片しきの袖こそ霜にむすびけれ待つ夜ふけぬる宇治の橋姬
(三三三) かたしきの袖も氷りぬ冬の夜の雨ふりすさむあかつきのそら
(三三四) あしの葉は澤邊さはべもさやにおく霜の寒き夜な夜な氷しにけり 眞淵この歌に○を附す。
(三三五) 音羽山おとはやま山おろし吹く吹きてあふ坂の關の小川こほりしにけわたれり 類從本には「氷をよめる」と題せり。
類從本定家所傳本には第二句「やまおろし吹きて類從本には第四句「關の小川」原本及類從本註並に定家所傳本には結句「こほりわたれり」とあり。眞淵この歌に○を附す。
(三三六) 冬ふか氷やいたくとぢつらむかげこそ見えね山の井のみづ 類從本には「冬ふか定家所傳本には第三句「とぢつら」とあり。
(三三七) 冬ふかみ氷にとづる山川のくむ人なし年や暮れなむ 類從本には第四句「なし定家所傳本には「なし」とあり。
(三三八) わがかど板井いたゐの淸水冬ふかきかげこそ見えね氷すらしも 類從本定家所傳本には第三句「冬ふか」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

池上冬月
(三三九) はらの池の蘆間のつららしげけれたえだえ月の影はすみけり 類從本定家所傳本には第三句「しげけれ」とあり。

湖上冬月

類從本には「湖上冬月といふことを」とあり。
(三四〇) 比良ひらのやま山風さむみからさきのにほみずうみ月ぞこほれる。 類從本には第二三句「山風さむからさき定家所傳本には第三四句「からさき鳰のみづうみ」とあり。眞淵この歌に○附す。

河邊冬月
(三四一) 千鳥鳴く佐保さほ川原かはらの月きよみ衣手さむし夜やふけぬらむ 定家所傳本には結句「夜やふけにけむ」とあり。

夜ふけて月をみてよめる
(三四二) さ夜ふけて雲間くもまの月の影見れば袖にしられぬ霜ぞ置きける 眞淵は「袖にしられぬ、後なり」と評せり。

月影似霜といふ事を

類從本には「月影霜ににたりといふことをよめる」とあり。
(三四三) 月影のしろきを見ればかささぎのわたせる橋に霜置きけ 類從本には結句「霜おきけ定家所傳本には「霜置き」とあり。

月前松風
(三四四) あまの原そらを寒けみぬば玉のわたる月に松風ぞふく

海邊冬月
類從本にては「雜」の部にありて、第四句「しろく」とあり。眞淵は「雪のしらはま、此つづけ後なり」と評せり。
(三四五) 月のすむ磯の松風さえさえてしろく見ゆる雪のしらはま

月 前 嵐
(三四六) ふけにけり外山とやまのあらしさえさえてとをちの里にすめる月かげ

山 邊 霰
(三四七) 續後拾遺 雲ふかきみ山のあらしさえさえて伊駒いこまのたけに霰ふるらし 眞淵この歌に○を附す。


類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。眞淵はこの歌に○○を附し「軍にたちて負ふ征矢のみだれを直すとて、眞手を肩の上へやりたるその小手を、霰のうちたばしりけんさま、人麿のよめらん勢ひなり。且しのはらといはれしも、はなれてはならぬちなみあり。」と評せり。
(三四八) もののふの矢なみつくろふ小手こてうへに霰たばしる那須なす篠原しのはら
(三四九) ささの葉み山もそよに霰ふり寒き霜夜をひとりかも寢む 眞淵この歌に○を附す。
類從本の註及び定家所傳本には初句「ささの葉」とあり。
(三五〇) 笹の葉に霰さやぎてみ山べのみねがらししきりて吹きぬ 類從本には「一本及印本所載歌」の部に入れ、結句「しきりてぞ吹く」とあり。
眞淵この歌に○を附す。

千  鳥

類從本には「冬歌」と題せり。
(三五一) 夕づく夜さほの川風身にしみて袖より過ぐる千鳥鳴くなり
(三五二) 降りつもる雪ふむ磯の濱千鳥浪にしをれて夜半に鳴くなり

海邊千鳥といふことを人々に數多つかうまつらせしついでに

類從本には「海のほとりの千鳥……つかうまつりしついでに」とあり。
(三五三) 夕づく夜みつ鹽あひの潟を無みにしをれて鳴く千鳥かな 定家所傳本には第四句「なみだしをれて」とあり。
(三五四) 夜をさむみ浦の松風吹きすさびむすびむしあけの浪に千鳥鳴くなり 類從本には第三句「吹きむすび定家所傳本には「吹きむせび」とあり。
眞淵この歌に○を附す。
(三五五) 玉葉 月淸みさふけ行けば伊勢島いせしまやいちしの浦千鳥なくなり 類從本には第四句「浦」とあり。
眞淵この歌に○○を附し、「かくもととのへるものか、はた常の人のいふなるふしを皆すてたり」と評せり。

寒夜千鳥
(三五六) 新勅撰 風寒みのふけ行けばいもが島かたみの浦に千鳥なくなり 眞淵この歌に○○を附す。

名所千鳥
(三五七) 衣手ころもでに浦の松風さえわびて吹上ふきあげの月に千鳥鳴くなり

水  鳥
(三五八) 水鳥みづどりのかもの浮寢うきねのうきながら玉藻の床にいくへぬらむ 類從本には「雜」の部にあり。

海 邊 鶴
(三五九) 難波がた潮干しほひにたてる蘆たづのはねしろたへに雪降りつつ 類從本定家所傳本には結句「雪」とあり。眞淵この歌に○を附す。


類從本には「冬歌」とあり。
(三六〇) みさごゐる磯部にたてるむろの木の枝もとををに雪ぞ積もれる 眞淵この歌に○を附す。
(三六一) 奧山の岩ねにおふるすがの根ころころにふれるしら雪 眞淵この歌に○を附す。
(三六二) 夕さればすず吹く嵐身にしみて吉野のたけにみ雪ふるらし
(三六三) 新續古今 ゆふされば浦風寒しあまをぶね泊瀨とませの山に雪ふるらし 類從本定家所傳本には結句「みゆきふるらし」とあり。
眞淵はこの歌につき、「泊瀨にあま小舟といふは冠辭なるに、浦風などあるは、この頃の人のりを傳へ給へるなり。」と評せり。新續古今集には結句「雪」とあり。
(三六四) 續後撰 ゆふされば鹽風寒し波間より見ゆる小島こじまに雪は降りつつ 眞淵この歌に○を附す。
(三六五) 新勅撰 山たかみあけはなれ行く橫雲のたえまに見ゆる嶺のしら雪
(三六六) 見わたせば雲井はるかに雪しろし富士の高根のあけぼのの空
(三六七) ながむればさびしくもあるか煙立つむろの八島やしまの雪のしたもえ 類從本には「雪をよめる」と題せり。
(三六八) 久堅ひさかたのあま雲あへりかつらぎや高間たかまの山はみ雪ふるらし 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
眞淵この歌に○を附す。
(三六九) 風雅 深山みやまには白雪ふれりしがらきのまきの杣人そまびと道たどるらし 眞淵この歌に○を附し、「み山を深山とかくは後俗のわざなり」と評せり。風雅集には結句「道たどるらん」とあり。
(三七〇) 風雅 卷向の檜原のあらしさえさえてゆつきがたけに雪ふりにけり 眞淵この歌に○を附す。
(三七一) まきの戶を朝明あさけの雲の衣手ころもでに雪をふきまく山あらしおろしの風 定家所傳本には第二句「朝あけの雲の」結句「山おろしの風」とあり。類從本には結句「山下風のかぜ」とあり。
(三七二) はらへただ雪わけころもぬきを薄み積れば寒し山あらしおろしの風 類從本には結句「山おろしの風」とあり。
眞淵は「はらへただ、このいひなし後なり。」といへり。
(三七三) 山里は冬こそことにわびしけれ雪ふみわけてとふ人もなし
(三七四) 我庵わがいほは吉野のおくの冬ごもり雪ふり積みて訪ふ人もなし
(三七五) おのづからさびしくもあるか山ふかみ草のいほりの雪の夕ぐれ 類從本定家所傳本には、第四句「のいほりの」とあり。
(三七六) われのみぞかなしとは思ふ浪のよる山のひたひに雪のふれれば 類從本には「雜」の部にあり。
(三七七) はし鷹今日しらふにかはるらむとかへる山に雪のふれれば 類從本には「鷹をよめる」と題せり。類從本には初二句「はし鷹けふ定家所傳本には「はし鷹けふや」とあり。

白といふことを

類從本には「白」と題し「雜」の部にあり。
眞淵この歌に○を附す。
(三七八) かもめゐるおきのしらすにふる雪の晴れ行く空の月のさやけさ

松 間 雪

類從本には「雜」の部にあり。
(三七九) 高砂の尾上の松にふる雪のふりていくよの年かつもれる

屛風の繪に三輪の山に雪のふれる氣色を見侍りて

類從本には「屛風に三輪の山に雪のふれる所」とあり。
(三八〇) 冬ごもりそれとも見えず三輪の山杉の葉白く雪の降れれば

海 邊 雪
(三八一) 立ちのぼる烟はなほぞつれもなき雪のあしたの鹽がまのうら 眞淵は「雪のあしたの、此つづけ後なり」と評せり。

寺邊夕雪
(三八二) うちつけに物ぞかなしき初瀨山をのへのかねの雪の夕暮 定家所傳本には結句なし。
眞淵はこの歌につき、「雪の夕ぐれ、このことば後なり。此公にふさはず。是を制のこととするなどはいふにもたらず。古風を好む人は、よめといふともよまじ」と評せり。

閑 居 雪
(三八三) 故鄕ふるさとはうらさびしともなきものを吉野のおくの雪の夕ぐれ 原本「らさびしとも」とあり。類從本によりて改む。
定家所傳本には結句なし。
眞淵は「雪の夕ぐれ、同じ」といへり。

雪中待人
類從本には「雪中待人と云事を」とあり。類從本には「戀」の部にあり。
眞淵は「たのめぬ宿の、後なり。」と評せり。
(三八四) けふもまたひとりながめて暮れにけりたのめぬ宿の庭の白雪

足にわづらふ事ありて入こもりし人の許に雪ふりし日よみてつかはす

類從本には「……入こもりし……よみて遣す歌」とあり。
(三八五) 降る雪をいかに哀とながむらむ心は[4]ふとも足たたずして 類從本には「雜」の部にあり。
眞淵この歌に○を附す。

建曆二年十二月雪の降り侍りける日山家の景氣を見侍らむとて民部大夫行光が家にまかり侍りけるに山城判官行村など數多侍り和歌管絃の遊ありて夜ふけて歸り侍りしに行光黑馬をたびけるを又の日見けるに立髮たつがみに紙を結び侍るを見れば
  この雪を分けて心の君にあればぬししる駒のためしをぞひく 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
返し
(三八六) ぬし知れと引きける駒の雪を分けばかしこき跡にかへれとぞ思ふ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。
みづからかきて好士を選び侍りしに內藤馬允知親を使としてつかはし侍りし 類從本には、この後書なし。原本この後に「うたなし」とあるはなり。

建保五年十二月方違の爲に永福寺の僧坊に罷りてあしたあした歸り侍るとて小袖を殘し置きて
(三八七) 春待ちて霞の袖にかさねよとしもの衣のおきてこそゆけ 類從本には「一本及印本所載歌」の部にあり。

山々に炭やくを見侍りて

類從本には「深山に炭やくをみてよめる」とあり。
類從本にては「雜」の部にあり。
(三八八) 炭をやく人の心もあはれなりさてもこの世をすぐるならひは

炭  竈

類從本には「冬哥」と題せり。
(三八九) 雪降りてけふとも知らぬ奧山にすみやく翁あはれはかな 類從本には結句「はかな」とあり。
(三九〇) すみがまのけぶりもさびし大原やふりにし里の雪の夕ぐれ

佛名のこころをよめる
(三九一) 身につもる罪やいかなる罪ならむけふ降る雪と共にけななけぬらむ 類從本には結句「けぬらむ」とあり。

老人寒を厭ふといふ事を

類從本には「雜」の部にあり。
(三九二) 年ふればさむき霜こそさえけらしかうべは山の雪ならなくに 定家所傳本には第二句「さむき霜夜ぞ」とあり。

老人憐歲暮
(三九三) しらがといひおひ老いぬるけにやことしあれば年の早くも思ほゆるかな 一本に初句「しらがおひ」とあり。
この歌以下四首、類從本には、「雜」の部にあり。
(三九四) 老いぬれば年のくれ行くたびごとにわが身ひとつとおもほゆるかな
(三九五) うちわすれはかなくてのみ過ぐし來ぬあはれと思へ身にもつもる年
(三九六) 足引の山よりおくに宿もがな年のまじき隱家かくれがにせむ

歲  暮
(三九七) 塵をだにすゑじとや思ふ行く年の跡なき庭をはらふ松風
(三九八) とりもあへずはかなく暮れて行く年しばしとどむるめん關守もがな 類從本定家所傳本には第三四句には「行く年しばしとどめん」とあり。
(三九九) 新勅撰 武士もののふのやそうぢ川を行く水のながれて早き年の暮かな 眞淵この歌に○を附す。
(四〇〇) しら雪のふるの山なる杉村のすぐる程なき年のくれかな 眞淵この歌に○を附す。
(四〇一) かつらぎや雲をこだかみ雪しろしあはれと思ふとしの暮かな 定家所傳本には第二句の「雲」が「」とあり。類從本定家所傳本には第四五句「思ふ年の暮れぬる」とあり。
(四〇二) 老いらくのかしらの雪をとどめ置きてはかなの年やくれてゆくらむ
(四〇三) はかなくて今夜こよひあけなば行く年のおももなき春にやあはなむ 定家所傳本には第四句「思ひでもなき」とあり。
(四〇四) 玉葉 ぬば玉のこのなあけそしばしばもまだふる年のうちぞ思はむ 類從本には結句「うちとおもはん」とあり。原本「うちそおもはん」は誤脫ならん。
(四〇五) ちぶさ吸うまだいとけなき綠子ともになきぬる年の暮かな 類從本には第二句「まだいとけき」類從本定家所傳本には第三句「みどり子」とあり。
(四〇六) 行く年のゆくへをとへば世の中の人こそ一つまうくべらなれ 類從本には「年のはての歌」と題して、「雜の」ママ部にあり。


[入力者補足][編集]

  1. 底本“半角アキ”。
  2. 底本“”脱。
  3. 「のみぞ」の(おそらく)誤植。
  4. ママ