越後獅子 (地歌)
提供:Wikisource
« 地歌
越後獅子
作者:不詳
越路潟《こしぢがた》、御国名物さま〴〵なれど、田舎《ゐなか》なまりの片言交《かたことまじ》り、白《しら》うさぎなる言の葉に。面白がられしそうな事を、直江浦《なおえうら》の海士《あま》の子が、七つか八つ目鰻《うなぎ》まで、うむや編《あみ》その綱手《つなで》とは、恋の心も米山《こめやま》の、とほき浮気《うはき》で黄蓮《わうれん》も、なに糸魚川《いといがは》糸魚《いとうを》の、縺《もつ》れ縺《もつ》つるる草浦《くさうら》の、油漆《あぶらうるし》と交《まじは》りて、末松山《すゑまつやま》の白布《しらぬの》の、縮《ちぢみ》は肌の何処《どこ》やらが、見え透《す》く国の風流を、うつし大鼓や笛の音も、弾《ひ》いて唄ふや獅子の曲。向《むか》ひ小山のしちく竹、枝節《えだふし》揃えて、切りを細《こまか》に十七が、室《むろ》の小口《こぐち》に昼寝《ひるね》して、花の盛《さかり》を夢に見て候《そろ》。夢の占象《うらかた》越後の獅子は、牡丹は持たねど富貴《ふうき》は、己《おの》が姿に咲かせ舞ひ納む、姿に咲せて舞ひ納む。
- 底本: 今井通郎『生田山田両流 箏唄全解』上、武蔵野書院、1975年。
この作品は1899年3月4日以前に公表されたもので、作者の死亡から100年以上経過しているため全世界でパブリックドメインの状態にあります。