松前島郷帳
松前島郷帳(まつまえじまごうちょう)
- 元禄13年(1700年)に松前藩が幕府へ国絵図とともに提出した郷帳[1]
- JIS X 0208 に存在しない字は用いておらず、底本にはない改行などを施しており、また返り点は省略した
- 底本は国書刊行会編『続々群書類従』第9地理部(1906年)にて活字翻刻されている『松前島郷帳』であり、これは帝国図書館の史料によるとされる
- 上記の底本について下記の校本との異同を示した
- 北地文化研究会所蔵の『松前嶋郷帳』については、享保2年(1717年)に加筆された箇所があるため本文とは別に全文を掲載した。
- 享保2年成立の『松前嶋郷帳』に記載される朱丸は「○」、朱点は「・」で表した
- 一部の地名との比較を行った元禄御国絵図の地名については、『新撰北海道史』(1990年、初版1936年)に収録された写真による[4]
目次 |
[編集] 本文
[編集] 從松前西在郷並蝦夷地之覺
一ねふた村[5]
一さつまい村
一あか神村
一雨たれ石村[6]
一もくさ村
一のしの下村
一幾よべ村[7]
一ゑら町村
一おこしへ村
一はらくち村
一石崎村
一はねさし村
一汐吹村
一扇石村
一瀧澤村
一木の子村
一かみの國村[8]
一喜多村
一とゞ川村[9]
一ふるべち村[9]
一こかつて村
一もしり村
一つばな村[9]
一江差村
一とよべ内村[9]
一つめき石村
一おこない村
一とまり村
一おやま村
一田澤村
一目名澤村
一ふし木戸村
一こりん澤村
一乙部村
一小茂内村
一大もない村
一とつふ村
一みつ屋村
一かはじら村[10][9]
一あいの間内村
一泊川村
一けんにち村
一くま石村[11]
一ほろむい村
一小島
一大島
一おこしり島
[編集] 從是蝦夷地
一うすべち
一ふとろ
一せたない
一はませたない[12]
一あふら[13]
一ちわし
一しまこまき
一夕まき
一六條間
一をたすつゝ[14]
[すつゝ][15]
一たんねしり
一しりべち
一いそや
一岩内
一しりぶか
一むいの泊り
一ふるう
一しやこたん
一びくに
一ふるびら
一ざまゝき[16]
一もいれ
一よいち[17]
一しくずし
一かつち内
一おたる内
一はつしやぶ[9]
一しろの[18]
一しやつほろ
一いしかり
一おしよろこつ
一あつた
一ましけ
一べつかり
一ほろとかり[19]
一はしへつ
一つるをつへ[20]
一とまゝい[21]
一ういべち[9]
一てしを
一ばつかいへ[22]
是よりそうやの内
一つさん
一のつしやむ
一そうや
[編集] 離島之分
一へうれ[23]
一りいしり
一れぶんしり
一いしよこたん
[編集] 從松前東在郷並蝦夷地之覺
一およべ村
一大澤村
一れいひげ村
一よし岡村[24]
一宮のうた村
一ねまつり村
一しらふ村
一福島村
一しりうち村
一わきもと村
一きこない村
一しやつかり村
一いつみ澤村[25]
一六條間村
一かまや村[26]
一みつ石村
一大當別村
一小當別村
一もへち村
一やげ内村
一富川村
一三屋村
一しよやま村
一へけれち村
一ある川村
一大野村
一龜田村
一箱館村
一しりさぶ村
一ゆの川村
一しのり村
一錢神澤村
一汐とまり村
一石崎村
一おやす村
一うか川村
一汐くひ村[27]
[編集] 從是蝦夷地
一はらき
一しりきし内
一ゑけし内
一こぶい
一ねた内
一おさつへ
一おとしつへ
一のたへ
一ゆうらつふ
一くんぬい
一しつかり
一べんべ
一おこたらへ
一うす
一ゑんども
一あよろ
一ひらおひ[28]
一たるまへ
一まこまへ
一あづま
一む川
一さる
一もんへつ[29]
一けのまへ
一にかぶ
一しぶちやり
一みついたし[30]
一浦川
一もこち
一ほろべつ
一うんべち[9]
一ほろいづみ
一たもち
一とまり
一おんべつ
一とかち
一しらぬか
一くすり
一ちよろべつ
一あつけし
一のつしやむ
一べけるゝ[9]
一ちべ内[9]
一しろい所
一るうしや
一りいしやし
一べりけ
一ふなべち[9]
一しやる
一りんにくり
一うらいしべち[9]
一はゞしり
一のとろ
一つころ
一ゆうべち
一のとろ
一しよこつ
一おこつべ
一ほろ内
一ほろへつ[31]是までゆうへちの内[32]
一つうへち[33]
[編集] くるみせ島の方
一いるゝ
一つもしり
一きいたつふ
一もしりか
一くなしり
一もうしや
一はるたまこたん[34]
一まかんるゝ
一おやこば
一しやむらてふ
一らせうわ
一しりんき
一あとゑふ
一くるみせ
一ゑかりま
一うるふ
一ゑとろほ
一ほんしりおゝい
一しいあしこたん
一ゑばいと[9]
一もとわ
一けとない[35]
一もしや
一しいもし
一らつこあき
一うせしり
一れにんげちや[36]
一ふかんるゝあし[37]
一まさおち
一しいもしり
一ゑかるまし
一まかんな
一しりおゝい
一こくめつら
[編集] いしかりよりいふつまでの蝦夷居所
一ぬまかしら
一夕ばり[9]
一あつ石
一つうさん
一おさつ[38]
一いちやり
一つうめん
一島まつふ
一いべちまた[9]
一ついし狩
一かばた[39]
一めいぶつ
一夕べち[9]
[編集] からと島
一うつしやむ
一こくわ
一つなよろ
一まをか
一のたしやむ
一おつちし
一きどうし
一いといまて
一おれかた
一ちやほこ
一なふきん
一にくぶん[9]
一きんちば[9]
一びんのき
一うへこたん
一かれたん
一せうや
一しろいところ
一しいた
一ないふつ
一あゆる
一人居村數八拾壹箇所[40]
一蝦夷人居所百四拾箇所
一惣島數四拾八箇所
一田地高無御座候
元祿十三庚辰年正月日 松前志摩守
[編集] 松前嶋郷帳(享保2年)
[編集] 従松前西在郷並蝦夷地之覺
○つくし内村
一ねぶた村
一さつまい村
一あか神村
一雨だれ石村
一もくさ村
一のしの下村
一きよへ村
一ゑら町村
○とまるへ内村
一おこしへ村
一はらくち村
一石崎村
一はねさし村
一汐吹村
一扇石村
一瀧沢村 ・人居無御座
一木の子村
一かみの國村
一喜多村
一とゝ川村
一ふるへち村
一こかつて村
一もしり村
一つはな村
一江差村 ・番所夷徃来並他國廻舩改所
松前より拾七里拾弐丁
一とよへ内村
一つめき石村
一おこない村
一とまり村
一おやま村 ・人居無御座
一田沢村
一目名澤村
一ふし木戸村
一こりん沢村
一乙部村
一小茂内村
一大もない村
一とつふ村
一みつ屋村
一かはしら村
一あいの間内村
一泊川村
一けんにち村
一熊石村 ・番所夷地江徃来ノ舟並夷人改所
松前より廿七里壱丁
一ほろむい村
一小嶋
一大嶋
一おこしり嶋
[編集] 従是蝦夷地
一うすべち ・松前より三十里余
一ふとろ
一せたない
一濱せたない
一あぶら
一ちわし
一しまこまき
一夕まき
一六条間
一すつつ
一おたすつつ
一たんねしり
一しりべち
一いそや
一岩内
一しりぶか
一むいの泊り
一ふるう
一しやこたん
一びくに
一ふるびら
一ざるまき
一もいれ
一よゐち
一しくずし
一かつち内
一おたる内
一はつしやふ
一しのろ
一しやつほろ
一いしかり
一おしよろこつ
一あつた
一ましけ
一べつかり
一ほろとまり
一はしへつ
一つるをつへ[20]
一とままい
一ういへち
一てしを
一ばつかいべ 是よりそうやの内
一つさん
一のつしやむ
一そうや
[編集] 離嶋之分
一へうれ[23]
一りいしり
一れぶんしり
一いしよこたん
[編集] 従松前東在郷並蝦夷地之覚
一およべ村
一大沢村
一れいひげ村
一吉岡村
一宮のうた村
一ねまつり村
一しらふ村
一福嶋村
一しりうち村
一わきもと村
一きこない村
一しやつかり村
一和泉沢村
一六條間村
一かまや村
一みつ石村
一大當別村 ・人居無御座
一小当別村
一もへち村
一やげ内村 ・人居無御座
一冨川村
一三屋村
一しよやま村 ・人居無御座
一へけれち村
一ある川村
一大野村
一亀田村 ・番所夷徃来他國廻舩改所
松前より廿四里六丁廿四間
一箱館村
一しりさぶ村
一ゆの川村
一しのり村
○すゝき村
○にこり川村
一銭神沢村
○ふみつけ村
○七重村
一汐とまり村
○上ゆの川村
○下市ノ渡村
一石崎村
一おやす村
一うか川村 ・人居無御座
一汐くび村 ・人居無御座
[編集] 是より蝦夷地
一はらき ・松前より廿八里余
一しりきし内
一ゑけし内
一こぶい
一ねた内
一おさつへ
一おとしつへ
一のたへ
一ゆうらつふ
一くんぬい
一しつかり
一べんべ
一おこたらへ
一うす
一ゑんども
一あよろ
一しらおひ
一たるまへ
一まこまへ
一あづま
一む川
一さる
一もんべつ
一けのまへ
一にかぶ
一しぶちやり
一みついし
一浦川
一もこち
一ほろべつ
一うんへち
一ほろいづみ
一たもち
一とまり
一おんべつ
一とかち
一しらぬか
一くすり
一ちよろべつ
一あつけし
一のつしやむ
一へけるゝ
一ちへ内
一しろい所
一るうしや
一りいしやし
一べりけ
一ふなへち
一しやる
一りんにくり
一うらいしへち
一はゞしり
一のとろ
一つころ
一ゆうべち
一のとろ
一しよこつ
一おこつべ
一ほろ内
一ほろへち 是迄ゆうへちの内
一つうへち
[編集] くるみせ嶋の方
一いるゝ
一つもしり
一きいたつふ
一もしりか
一くなしり
一もうしや
一はるたまこたん[34]
一まかんるゝ
一おやこば
一しやむらてふ
一らせうわ
一しりんき
一あとゑふ
一くるみせ
一ゑかりま
一うるふ
一ゑとろほ
一ほんしりおゝい
一しいあしこたん
一ゑはいと
一もとわ
一けとなひ
一もしや
一しいもし
一らつこあき
一うせしり
一れにんげちや[36]
一ふかんるゝあし[37]
一まさおち
一しいもしり
一ゑかるまし
一まかんな
一しりおゝい
一こくめつら
[編集] いしかりよりいふつ迄の蝦夷居所
一ぬまかしら
一夕はり
一あつ石
一つうさん
一おさつ
一いちやり
一つうめん
一嶋まつふ
一いへちまた
一ついし狩
一かばた
一めいぶつ
一夕へち
[編集] からと嶋
一うつしやむ
一こくわ
一つなよろ
一まをか
一のたしやむ
一おつちし
一きどうし
一いといまて
一おれかた
一ちやほこ
一なふきん
一にくふん
一きんちは
一びんのき
一うへこたん
一かれたん
一せうや
一しろいところ
一しいた
一ないふつ
一あゆる
一人居村数八拾壱ケ所
一蝦夷人居所百四拾ケ所
一惣嶋數四拾八ケ所
一田地高無御座候
・朱丸付候ハ郷帳之後出村
・郷帳之節之村茂只今人居無御座候ハ改書仕候
元禄十三庚辰年正月日 松前志摩守
此郷帳朱点付候分ハ享保二酉年
順見衆江差出候節書添申候
[編集] 脚注
- ↑ ほかに天保5年(1834年)成立の『松前嶋郷帳』が国立公文書館内閣文庫に存在し、デジタルアーカイブにて閲覧可能である。また同書は平凡社地方資料センター編『北海道の地名』において活字翻刻されている。
- ↑ 国立公文書館内閣文庫所蔵の大田南畝『一話一言』自筆本の活字翻刻
- ↑ 北地文化研究会資料室所蔵の『松前嶋郷帳』を撮影したもの
- ↑ 東京帝国大学附属図書館に所蔵されていた原図(1923年の関東大震災で焼失)の模写図を撮影したもの
- ↑ 享保2年の郷帳では「ねぶた村」と表記
- ↑ 享保2年の郷帳では「雨だれ石村」と表記
- ↑ 地名辞書では「きよべ村」、享保2年の郷帳では「きよへ村」と表記
- ↑ 地名辞書および元禄御国絵図では「かみの國」とあり「村」の字が抜けている
- ↑ 9.00 9.01 9.02 9.03 9.04 9.05 9.06 9.07 9.08 9.09 9.10 9.11 9.12 9.13 9.14 9.15 9.16 9.17 享保2年の郷帳では濁点なし
- ↑ 地名辞書では「かばしら村」と表記
- ↑ 享保2年の郷帳では「熊石村」と表記
- ↑ 享保2年の郷帳では「濱せたない」と表記
- ↑ 享保2年の郷帳では「あぶら」と表記
- ↑ 『一話一言』では「をたすつつ」、享保2年の郷帳では「おたすつつ」と表記
- ↑ 元禄御国絵図には「すつゝ」、享保2年の郷帳には「すつつ」とあり、原本には存在した地名が欠けたものか
- ↑ 『一話一言』には「ざままき」、元禄御国絵図には「ざまゝき」とあるが、地名辞書および享保2年の郷帳では「ざるまき」とありこちらが正しい
- ↑ 享保2年の郷帳では「よゐち」と表記
- ↑ 元禄御国絵図にも「しろの」とあるが、地名辞書や『一話一言』および享保2年の郷帳には「しのろ」とありこちらが正しい
- ↑ 『一話一言』および元禄御国絵図にも「ほろとかり」とあるが、地名辞書および享保2年の郷帳には「ほろとまり」とありこちらが正しい
- ↑ 20.0 20.1 元禄御国絵図にも「つるをつへ」とあるが、『松前西東在郷並蝦夷地所附』(享保12年)には「るゝもつへ」、山城屋の絵図には「ズルモツベ」とあり、「を」は「も」の誤りと見られる
- ↑ 『一話一言』および享保2年の郷帳では「とままい」と表記
- ↑ 享保2年の郷帳では「ばつかいべ」と表記
- ↑ 23.0 23.1 元禄御国絵図にある「てうれ」が正しく「へうれ」は誤り
- ↑ 享保2年の郷帳では「吉岡村」と表記
- ↑ 享保2年の郷帳では「和泉沢村」と表記
- ↑ 地名辞書には「かやま村」とあるが、これは誤植と見られる
- ↑ 享保2年の郷帳では「汐くび村」と表記
- ↑ 地名辞書や『一話一言』、および享保2年の郷帳には「しらおひ」とあり、「ひらおひ」は誤植か(元禄御国絵図には該当地名なし)
- ↑ 『一話一言』および享保2年の郷帳では「もんべつ」と表記
- ↑ 享保2年の郷帳および元禄御国絵図にある「みついし」が正しく、「みついたし」は誤り
- ↑ 『一話一言』および享保2年の郷帳では「ほろへち」と表記、また元禄御国絵図では「ほろべつ」と表記
- ↑ 『一話一言』と享保2年の郷帳では「まで」がすべて「迄」となっている
- ↑ 地名辞書のみ「つうへち」の後に「是までゆうへちの内」と記載するが、これは誤植か
- ↑ 34.0 34.1 元禄御国絵図とも一致するが、正光空念の記録に「はろおまこたん」、享保3年の絵図に「はるおまこたん」とあり、「た」は「を」の誤りと見られる
- ↑ 享保2年の郷帳では「けとなひ」と表記
- ↑ 36.0 36.1 元禄御国絵図とも一致するが、正光空念の記録に「れふんけしや嶋」、享保3年の絵図に「れふんけちや」とあり、「に」は「ふ」の誤りと見られる
- ↑ 37.0 37.1 元禄御国絵図とも一致するが、正光空念の記録に「まかんるゝあし嶋」、享保3年の絵図に「まかんるゝあし」とあり、「ふ」は「ま」の誤りと見られる
- ↑ 地名辞書には「おさのたしやむ」とあるが、これは誤植と見られる
- ↑ 『一話一言』では濁点なし
- ↑ 『一話一言』と享保2年の郷帳では「箇所」がすべて「ケ所」となっている
[編集] 参考文献
- 北構保男「“元禄・松前嶋郷帳”について」、『アイヌ民族・オホーツク文化関連研究論文翻訳集』、北地文化研究会、2006年。
- 正光空念『廻国僧正光空念師宝永元年(一七〇四)松前・蝦夷地納経記』、國東利行編 、北海道出版企画センター、2010年。
- 高木崇世芝「享保3年の国絵図系蝦夷図に見える地名」、『アイヌ語地名研究3』、アイヌ語地名研究会、2001年。
- 平凡社地方資料センター編『北海道の地名』、平凡社、2003年。
- 山田秀三『北海道の地名』、北海道新聞社、1984年。