新約聖書譬喩略解/第十四 千金僕を試むるの譬

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第十四　千金（せんきん）僕（しもべ）を試（こころ）むるの譬（たとへ）

馬太二十五章十四節より三十節

又（また）天國（てんこく）は或人（あるひと）の旅行（たびだち）せんとして其（その）僕（しもべ）をよび所有（もちもの）を彼（かれ）等（ら）に預（あづく）るが如（ごと）し　各（おのおの）の智慧（ちえ）に従（したがつ）て或者（あるもの）には銀（ぎん）五（ご）千（せん）或者（あるもの）には二（に）千（せん）或者（あるもの）には一千（いつせん）を予（あた）へおき直（ただち）に旅行（たびだち）せり　五（ご）千（せん）の銀（ぎん）を受（うけ）し者（もの）は往（ゆき）て之（これ）を貿易（はたらか）し他（ほか）に五（ご）千（せん）を得（え）たり　二（に）千（せん）を受（うけ）し者（もの）もまた他（ほか）に二（に）千（せん）を得（え）たり　然（しか）るに一千（いつせん）を受（うけ）し者（もの）は往（ゆき）て地（ち）を掘（ほり）その金（かね）を藏（かく）せり　歴久（ほどへ）て後（のち）その僕（しもべ）等（ら）の主（あるじ）反（かへつ）て彼（かれ）等（ら）と會計（かんじやう）せしに　五（ご）千（せん）の銀（ぎん）を受（うけ）し者（もの）その他（ほか）に五（ご）千（せん）の銀（ぎん）を携（たづさへ）來（きた）りて主（しゅ）よ我（われ）に五（ご）千（せん）の銀（ぎん）を預（あづけ）しが他（ほか）に五（ご）千（せん）の銀（ぎん）を儲（まうけ）たりと曰（いひ）ければ　主（しゅ）彼（かれ）に曰（いひ）けるはああ善（ぜん）かつ忠（ちう）なる僕（しもべ）ぞ爾（なんぢ）寡（わづか）なる事（こと）に忠（ちう）なり我（われ）なんぢに多（おほく）ものを督（つかさどら）せん爾（なんぢ）の主人（あるじ）の歡樂（よろこび）に入（いれ）よ　二（に）千（せん）の銀（ぎん）を受（うけ）し者（もの）きたりて主（しゅ）よ我（われ）に二（に）千（せん）の銀（ぎん）を預（あづけ）しが他（ほか）に二（に）千（せん）の銀（ぎん）を儲（まうけ）たりと曰（いひ）ければ　主（しゅ）かれに曰（いひ）けるは於（ああ）善（ぜん）且（かつ）忠（ちう）なる僕（しもべ）ぞなんぢ寡（わづか）なる事（こと）に忠（ちう）なり我（われ）爾（なんぢ）に多（おほく）ものを督（つかさどら）せん爾（なんぢ）の主人（あるじ）の歡樂（よろこび）に入（いれ）よ　又（また）一千（いつせん）の銀（ぎん）を受（うけ）し者（もの）きたりて曰（いひ）けるは主（しゅ）よ爾（なんぢ）は嚴（きびしき）人（ひと）にて播（まか）ざる處（ところ）より穫（かり）ちらさざる處（ところ）より斂（おさむ）ることを我（われ）は知（しる）　故（ゆへ）に我（われ）懼（おそれ）てゆき主（しゅ）の一千（いつせん）の銀（ぎん）を地（ち）に藏（かく）し置（おけ）り今（いま）なんぢ爾（なんぢ）の物（もの）を得（え）たり　その主（あるじ）答（こたへ）て曰（いひ）けるは惡（あしく）且（かつ）惰（おこた）れる僕（しもべ）ぞ爾（なんぢ）我（わが）播（まか）ざる處（ところ）よりかり散（ちら）さざる處（ところ）より斂（おさむ）ることを知（しる）か然（しか）らば我（わ）が金（かね）を兌換（れうがへ）舖（や）に預（あづけ）置（おく）べきなり然（しから）ば我（わ）が歸（かへり）たるとき本（もと）と利（り）とを受（うく）べし　是（この）故（ゆへ）に彼（か）の一千（いつせん）の銀（ぎん）を取（とり）て十（じつ）千（せん）の銀（ぎん）ある者（もの）に予（あたへ）よ　それ有（もて）る者（もの）は予（あたへ）られて尚（なほ）あまりあり無有（もたざる）者（もの）はその有（もて）る物（もの）をも奪（とら）るる也（なり）　無（む）益（やく）なる僕（しもべ）を外（そと）の幽暗（くらき）に逐（おひ）やれ其處（そこ）にて哀哭（かなしみ）切齒（はがみ）することあらん

〔註〕此（この）譬（たとへ）は十人（じふにん）の童女（むすめ）の譬（たとへ）に大畧（あらまし）は類（るい）すれども指（さ）す所（ところ）の意味（いみ）は大（おほひ）に異（こと）なれり　彼（かれ）には主（しゅ）の速（すみやか）にきたりたまふことを望（のぞむ）を説（と）く是（これ）心（こころ）に就（つき）て言（い）へり　此（ここ）には主（しゅ）に代（かはり）て働（はたら）きを作（なす）を説（と）く是（これ）身（からだ）に就（つき）て言（い）へり　彼（かれ）には弟子（でし）の信（しん）うすくして主（しゅ）の再（ふたた）び臨（きたり）たまふことを忘（わす）るるを戒（いまし）め此（ここ）には弟子（でし）力（ちから）を吝（おし）みて主（しゅ）の業（わざ）を理（おさめ）ざることを戒（いまし）めり　或人（あるひと）曰（いわ）く上（かみ）の譬（たとへ）は心（こころ）を労（ろう）せし弟子（でし）は聖書（せいしょ）の奥（おく）義（ぎ）に専（もっぱ）ら意（こころ）を用（もち）ゆることを指（さ）す　此（この）譬（たとへ）は力（ちから）を労（ろう）せし弟子（でし）は専（もっぱ）ら聖會（せいくわい）の諸（しょ）事（じ）を理（おさむ）ることを指（さ）せり　又（また）上（かみ）の譬（たとへ）の愚女（おろかなるむすめ）と此（この）譬（たとへ）の悪僕（あしきしもべ）と同（おなじ）く賞（ほうび）を失（うしな）ひ罰（ばつ）を受（うく）れども彼（かれ）は絶（たへ）て警醒（めをさます）ことなくまた畏懼（おそるる）ことなし　此（これ）は妄（みだり）に其（その）主（あるじ）を疑（うたが）ひ畏懼（おそるる）こと甚（はなは）だ過（すぎ）たり　是（これ）みな均（ひとし）く我（われ）儕（ら）の戒（いまし）むべき所（ところ）なり　○此（この）譬（たとへ）と路加（るか）十九章の百（ひゃく）金（きん）僕（しもべ）を試（こころむ）るの譬（たとへ）とよく似（に）たれども其（その）説（とき）たまふの時（とき）おなじからず　路加（るか）には救主（すくひぬし）エリコよりエルサレムに往（ゆき）たまふ時（とき）路（みち）のほとりに於（おひ）て説（とき）たまへるなり　此（こ）れはエルサレムより出（いで）たまひし後（のち）カンラン山（さん）に在（あり）て説（とき）たまへり　又（また）其（その）聴人（きくひと）もおなじからず　路加（るか）には諸人（あまたのひと）と弟子（でし）とに語（かた）るとなせり　此（こ）れは弟子（でし）の私（ひそか）に問（とへ）るに因（より）て弟子（でし）にのみ語（かた）りたまへり　其（その）教（おしへ）たまふ意味（いみ）もおなじからず　路加（るか）に載（の）する所（ところ）の意（い）は衆（ひとびと）或（あるひ）は神（かみ）の国（くに）まさに顕（あらは）れんとおもへるに因（より）て神（かみ）の国（くに）は即（すなはち）至（いた）るにあらず　必（かなら）ずまづ人（ひと）に憾（うらみ）られ暫（しばら）く仇敵（あだ）に勝（かた）れしかども終（おはり）にいたれば必（かなら）ず復（また）来（きたり）たまひ忠（ちう）義（ぎ）の僕（しもべ）を賞（ほ）め仇敵（あだ）をば滅（ほろぼ）さんと語（かたり）たまひ先（さき）には友（とも）となれども後（のち）には敵（あだ）となり悪人（あくにん）に跟（つき）随（したが）ひ己（おの）れに敵対（てきたい）して滅亡（めつぼう）の禍（わざわひ）を取（と）るべからずと衆人（ひとびと）に警戒（いましめ）たまひ又（また）其（その）弟子（でし）にも力（ちから）を竭（つく）し工（はたらき）を行（な）し将来（のちのち）の賞賜（ほうび）を望（のぞめ）と勧（すす）めたまへり　此（この）譬（たとへ）は弟子（でし）の外（ほか）には聞人（きくひと）も無（なけ）れば仇敵（あだ）のことは語（かたり）たまはず但（ただ）弟子（でし）の惰（おこたり）て無（む）益（やく）の僕（しもべ）とならんことを戒（いまし）めたまへるなり　○此（こ）の譬（たとへ）の意（こころ）（旅行（たびだち）せん）とはイエスの久（ひさし）からずして世（よ）を離（はな）れ天国（てんこく）に昇（のぼり）たまひ所有（もちもの）を諸僕（おほくのしもべ）に付（わた）したまひイエスの職役（つとめ）と霊賜（たまもの）と才能（ちから）と智慧（ちえ）を弟子（でし）に賜（たまは）ることを指（さ）せり　ペンテコステの時（とき）に弟子（でし）みな聖霊（せいれい）を受（うけ）しは即（すなはち）是（こ）れイエス始（はじ）めて賜（たまは）りし時（とき）なり　聖書（せいしょ）にイエス天（てん）に昇（のぼり）たまふとき頒賜（たまもの）を人（ひと）にあたへりといへり〔以弗所（えぺそ）書四章八節より十二節〕又（また）霊（みたま）のあらはしを各（おのおの）に賜（たまはり）しは益（えき）を得（え）せしめんためなりといへり〔哥林多（こりんと）前十二章七節〕（各（おのおの）人（ひと）の智慧（ちえ）に従（したが）ひ）とは人（ひと）の才質（さいしつ）おなじからず　たとへば器（うつは）の大小（だいせう）ありて物（もの）を多（おほ）く容（いる）るもありまた少（すこ）しならでは容（はい）らざるもあるが如（ごと）きなり　故（ゆへ）に其才（そのさい）の大小（だいせう）によりて任（まか）せ器（き）量（りやう）一（いつ）ぱいに叶（かなふ）を以（も）て度（ど）となせり（僕（しもべ）の忠（ちう）なる者（もの）は利（り）を獲（う）ること二（に）倍（ばい））とは眞（まこと）の弟子（でし）はその職（しょく）を盡（つく）し其才（そのさい）を竭（つく）し主（しゅ）に代（かはり）て工（はたらき）を行（なし）力（ちから）のあらんかぎりを竭（つく）せることを指（さ）せり　此（ここ）の處（ところ）路加（るか）に載（の）する所（ところ）と同（おなじ）からず　ここには二（に）人（にん）の利（り）を得（え）し数（かず）は其（その）預（あづかり）し銀（かね）の数（かず）におなじければ主（しゅ）より我（われ）儕（ら）に付託（あづけ）たまふ軽重（けいぢう）に随（したがつ）て求（もと）むる所（ところ）もまた軽重（けいぢう）あることを知（し）らしむるなり　路加（るか）には付託（あづかる）こと異（こと）なることなくして利（り）を獲（う）る所（ところ）も亦（また）多（おほ）く力（ちから）を盡（つく）す少（すくな）き者（もの）は獲（う）る所（ところ）も亦（また）少（すくな）きを教（おしへ）たまふなり　一千（いつせん）の銀（ぎん）を受（うけ）し僕（しもべ）は懶惰（おこたり）て貿易（はたらか）せざりしなり　路加（るか）には裹（つつむ）に巾（ふくさ）を以（も）てすとは其銀（そのぎん）の少（すくな）きに因（より）て巾（ふくさ）に裹（つつむ）といふ　此（ここ）に地（ち）に藏（かくす）とあるは其銀（そのぎん）の多（おほ）きに因（より）て地（ち）に藏（かくす）といへるなり（金（きん）を地（ち）に藏（かくす））とは神（かみ）のあたへたまふ恩（めぐみ）と才能（ちから）とを用（もち）ひざることを指（さ）せり（歴久（ほどへ）て其主（そのあるじ）歸（かへ）る）とは世（せ）界（かい）の末日（おわり）に救主（すくひぬし）の再臨（ふたたびきたり）たまふことを指（さ）す（僕（しもべ）と會計（かんじやう）する）とは人（ひと）の審判（さばき）を受（うく）ることを指（さ）す　此（この）二句（にく）を観（みる）に我（われ）等（ら）すべて心（こころ）に想（おもふ）こと口（くち）に言（いふ）こと身（み）に行（おこなふ）こといまだ必（かなら）ずしも審判（さばき）を受（うけ）ずと雖（いへど）も終（おはり）に至（いた）れば必（かなら）ず神（かみ）と會計（かんじやう）することを要（もとむ）べし（忠（ちう）義（ぎ）の僕（しもべ）は主（あるじ）悦（よろこび）て之（これ）に語（かた）り爾（なんぢ）吾（わが）重職（おもやく）に任（まか）すべし主（しゅ）の楽（たのしみ）に入（いれ）よ）とは眞（まこと）の弟子（でし）は天国（てんこく）を得（う）るを指（さ）す　主（しゅ）を信仰（しんかう）するものは生前（このよ）に於（おひ）て心（こころ）の中（うち）眞（まこと）の楽（たのしみ）あれどもいまだ全（まった）く安穏（あんおん）にして掛慮（きづかひ）なしとせざりしが此（ここ）に至（いたり）て天国（てんこく）に登（のぼ）り永福（かぎりなきさいわひ）を享（うく）ることを明（あか）せるなり　二（に）千（せん）の金（きん）を獲（う）るものと五（ご）千（せん）の金（きん）を獲（う）るものと一律（おなじやう）に賞（ほうび）を得（え）て高（かう）下（げ）を分（わかつ）ことなきは銘々（めいめい）あらん限（かぎ）り力（ちから）を盡（つく）し労（ほねおる）こと均（ひと）しければ賞（ほうび）もまた均（ひとし）く其（その）成績（できばえ）の多（た）寡（くわ）にはかかわらざるなり　聖書（せいしょ）に人（ひと）若（もし）願志（ねがふこころざし）あらばその無（なき）ところに依（よ）らず其（その）有（ある）ところによりて受（うけ）たまふべしとあり〔哥林多（こりんと）後書八章十二節〕審判（さばき）の時（とき）に到（いたり）ては貧窮（ひんきう）愚（ぐ）鈍（どん）なるものは富（ふう）貴（き）才（さい）智（ち）のものに比較（くらぶ）れば賞（ほうび）を得（う）ること却（かへつ）て大（おほひ）なるはその有（もて）るものを盡（つく）して全（まった）く餘（あまり）なき故（ゆへ）なり　主（あるじ）の歓楽（よろこび）に入（いれ）よといふは天国（てんこく）を得（う）るを指（さ）せり　僕（しもべ）主（あるじ）の筵席（ふるまひ）にあづかることを得（う）るはローマ国（こく）の例（れい）に主人（あるじ）その僕（しもべ）を請（まねき）て筵（ふるまひ）の席（せき）に竝（ならび）て之（これ）と同（おなじ）く飲食（いんしょく）しその僕（しもべ）に釋放（ゆる）して是（これ）より彼（かれ）の名（めい）義（ぎ）を廃（はい）して友（とも）となすことあり　乃（すなは）ち此例（このれい）に従（したがふ）なり（一千（いつせん）の銀（ぎん）を受（うけ）し僕（しもべ）至（いたり）て曰（いわ）く主（あるじ）よ汝（なんぢ）は厳（きびし）き人（ひと）にて種（うへ）ざる處（ところ）より獲（か）り散（ちら）さざる處（ところ）より斂（おさむる）ことを知（し）る故（ゆへ）に我（われ）懼（おそれ）て汝（なんぢ）の銀（ぎん）を地（ち）に藏（かく）したり　今（いま）汝（なんぢ）汝（なんぢ）の物（もの）を得（う）るなり）と　此（この）僕（しもべ）の錯（あやまり）といふはその主（あるじ）を識（し）らずしてただ厳（きびし）きものとなすにあり　故（ゆへ）に事（こと）を行（な）して遇差（たまたま）誤（あやまり）あらば必（かなら）ず主（あるじ）の責罰（せめ）をきびしく受（うけ）んことを恐（おそ）るるなり　吾等（われら）信者（しんじゃ）また此弊（このくせ）あり　常（つね）に天（てん）父（ふ）の威（い）を畏（おそれ）て主（しゅ）の工（はたらき）を勤（つと）めざるなり　天（てん）父（ふ）は威（い）ありて畏（おそ）るべしと雖（いへど）もすでに我父（わがちち）たり必（かなら）ず慈悲（じひ）ありたまひて能（よく）我（われ）等（ら）の孱弱（よわき）を體恤（あはれみ）たまへり　唯（ただ）我（われ）等（ら）力（ちから）を盡（つく）さざることあるを恐（おそ）るべきなり　且（かつ）此（この）僕（しもべ）ただに端（ことのはし）を藉（かり）て推諉（かこつ）け身（み）を脱（のが）るるの計（はかりごと）をなすのみならず妄言（ばうげん）してその主（あるじ）を謗（そしり）未（いま）だ種（うへ）ずしてかり散（ちら）さずしておさむといへり　その罪（つみ）甚（はなは）だ大（おほひ）なり　また汝（なんぢ）なんぢの物（もの）を得（う）るといへり　此（この）言（ことば）もまた大（おほひ）に誤（あやま）れり　すべて財（ざい）には必（かなら）ず利（り）そなはり日（ひ）を経（ふる）こと久（ひさしふ）して利（り）を主（あるじ）に収（おさ）めざるはすでに是（こ）れ缺陥（ふそく）なり　原（もと）の物（もの）を得（う）れば足（た）れりとするの理（り）なし　天（てん）父（ふ）より恩（めぐみ）を賜（たまは）り才（さい）智（ち）を以（も）て我（われ）儕（ら）に與（あたふ）るはもと其（その）用（はたらき）をなさしめんためなり　若（も）し我（われ）天（てん）父（ふ）の用（はたらき）を勤（つと）めずば固（もと）より天（てん）父（ふ）に見（まみゆ）べき面目（めんもく）なし　何（なん）ぞ其（その）本分（ほんぶん）を守（まもる）と謂（いわ）んや主（あるじ）この僕（しもべ）を悪（あしき）懶（おこた）る僕（しもべ）となせる其（その）悪（あしき）といふゆえんは己（おのれ）の過（あやまち）を掩（おほ）はんとして不是（よからぬこと）を以（も）て其（その）主（あるじ）を誣（しゆ）る故（ゆへ）なり　又（また）懶（おこた）るといふは其（その）主（あるじ）の養育（やしなひ）を受（うけ）て力（ちから）を竭（つく）して働（はたらか）ざる故（ゆへ）なり（主（あるじ）の汝（なんぢ）我（わが）いまだ種（うへ）ざるに穫（か）り散（ちら）さざるに斂（おさむ）るを知（し）らば）といふは自（みづか）ら己（おのれ）の過（あやまち）を認（みとむ）るにあらず　彼（かれ）の口（くち）に依（より）て審判（さばき）をなすなり　汝（なんぢ）の言（ことば）に依（よれ）ば汝（なんぢ）もまたかくの如（ごと）くすべからずといふに同（おな）じ（我銀（わがぎん）を以（も）て銭儈（れうがへや）に預置（あづけおき）我（わが）帰（かへり）たるとき本（もと）と利（り）とを受（うく）べし）といふ此（この）數句（すく）は或説（あるせつ）に教會（けうくわい）中（ちう）の軟弱（よわく）して智慧（ちえ）ある者（もの）に頼（より）てその教訓（おしへ）を受（う）け其（その）措麾（さしず）に順（したがつ）て力（ちから）を盡（つく）し主（しゅ）に仕（つかふ）べし　自己（じぶん）の才（さい）智（ち）なきを以（も）て推諉（いひわけ）すべからずとの意（こころ）なりといへり　此（この）僕（しもべ）の受（うく）る報（むくひ）はその所有（もちもの）を奪（と）られて他人（ひと）に與（あたへ）られしなり（有（もて）る者（もの）は予（あたへ）られて尚（なほ）あまりあり無有者（もたざるもの）はその有（もて）る物（もの）をも奪（とら）るる）といふ事（こと）は世（よ）の中（なか）に最（もっと）も験（しるし）多（おほ）し　穀（こく）の種（たね）を田（た）に播（まけ）ばその穀（こく）はますます繁殖（おほくふゆ）れども播（まか）ずして之（これ）を藏（しまひ）閣（おく）ときはその穀（こく）みな腐（くされ）爛（ただ）れ　河（かは）の水（みづ）も常（つね）に流（なが）れて息（やま）ざるときは清（きよ）く潔（いさぎ）よけれども止（とどまり）て流（ながれ）ざるときは螆（みづむし）を生（せう）ぜり　人（ひと）の才（さい）智（ち）も用（もちゆ）れば用（もち）ゆる程（ほど）愈（いよいよ）増（ま）し用（もちひ）ざれば用（もちひ）ざる程（ほど）愈（いよいよ）減（げん）ぜり　霊魂（れいこん）も亦（また）かくの如（ごとき）なり　教會（けうくわい）の人（ひと）自己（じぶん）の力（ちから）も多（おほ）からず財（さい）も限（かぎり）ありて教會（けうくわい）に利（り）益（えき）すること能（あた）はず　心（こころ）を盡（つく）して帮（たすく）れども事（こと）の濟（なら）ざるに屬（より）て教會（けうくわい）の盛衰（せいすい）に任（まか）せて己（おの）れ戚（かなしま）ざるは誠（まこと）に惜（おしむ）べきなり　また自己（じぶん）の信仰（しんかう）弱（よわ）くして試練（こころみ）に堪（たへ）事（こと）を擔當（たんとう）する能（あた）はずして世（よ）の人（ひと）と往（ゆき）来（き）せば誘惑（まどひ）に入（い）らんかと之（これ）を恐（おそ）るること甚（はなはだし）く遂（つい）に戸（と）を閉（とぢ）身（み）を修（おさ）め眞道（しんだう）を以（も）て人（ひと）に訓（おしへ）ざるものあり　天主教（てんしゅけう）の童貞（ひるじん）を守（まも）るといふは類（おほむね）かくの如（ごと）し　世（せ）俗（ぞく）を離（はな）れんとして世（せ）俗（ぞく）に勝（かつ）ことを思（おも）はずたとへば卑（ひ）怯（きやう）の人（ひと）唯（ただ）賊（ぞく）を逃走（のがれはし）ることを知（しり）て兵（へい）を調（ととのへ）て賊（ぞく）を討（うつ）ことをせざるが如（ごと）し　此（これ）等（ら）の人（ひと）は彼（か）の悪僕（あしきしもべ）と異（こと）なるなし　これは謙卑（けんそん）に似（に）て實（じつ）は謙卑（けんそん）を假（かれ）るなり　眞（まこと）の謙卑者（けんそんじゃ）は事々（じじ）天（てん）父（ふ）に倚頼（よりたの）めり　我（われ）の力（ちから）弱（よわ）ければ天（てん）父（ふ）我（われ）に力（ちから）を加（くわへ）たまひ我（われ）の財（さい）不（ふ）足（そく）なれば天（てん）父（ふ）我（われ）に財（さい）を増（まし）たまひ我（われ）の膽（きも）卑（ひ）怯（きやう）なれば天（てん）父（ふ）我（われ）に膽（きも）を壯（さかん）にしたまふべし　天（てん）父（ふ）我（われ）を働（はたら）かしたまはば必（かならず）我（われ）をして働（はたら）きに叶（かなは）しめたまふべし　昔（むかし）救主（すくひぬし）癱風（ちうふう）を病（やむ）ものに命（めい）じて手（て）を伸（のべ）よとあれば彼（かれ）よく伸（のべ）徒（ただ）に一言（いちごん）を以（も）て吩咐（いひつけ）たまふのみにあらず大能（おほひなるちから）を以（も）て助（たすけ）たまふ故（ゆへ）なり　さて此（この）僕（しもべ）の逐（おは）るるはその行（おこなひ）の悪（あしき）に因（よる）にあらず　惰（おこたり）て己（おのれ）の力（ちから）を吝惜（おしみ）し故（ゆへ）に悪（あしき）僕（しもべ）と称（せう）して逐（おひ）やられしなり　しからば主（しゅ）の恩賜（めぐみ）を受（うけ）しに己（おの）れの所有（もちもの）に依（より）て眞道（しんどう）を帮助（たすけ）ずんば亦（また）必（かなら）ず外（そと）の暗（くらき）に逐（お）はれて主（しゅ）の榮光（さかへ）の面（かほ）を見（み）ることを獲（え）ざるなるべし