支那の呼稱を避けることに關する件

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支那の呼稱を避けることに關する件(しなのこしょうをさけることにかんするけん)は、1946年(昭和21年)6月に日本の外務省が総務局長岡崎勝男名で東京都下の主要新聞社あて発出した申送り文書である。この文書は、枢密院など他の国家機関にも参考送付された。


  • 原文は縦書きであるが、ここでは横書きに置換する。
  • 漢字は可能な限り原文のまま正字体とする。
  • 仮名遣いは原文のままとする。
  • 下げ字数・改行箇所・句読点の有無は原則として原文のままとする。ただし、本文については国立公文書館関連の公式資料で2種類のものが確認され、それぞれに改行位置が異なり、固有の改行位置が確認されないため、この限りでない。
  • 活字でない筆記・押印は()で括る。

目次

枢密院事務官あての鑑 [編集]

内閣外乙第二五號
  昭和二十一年六月十三日

                        内 閣 官 房 總 務 課 長
(書記官長印)        
  枢 密 院 事 務 官 殿
(事務官)
     支那の呼稱を避けることに關する件

標記の件について別紙のとほり外務次官より申越があつたから御參
考のため通知する。

他の機関あての鑑 [編集]

外乙第二五號
  昭和二十一年六月十三日

                        内 閣 官 房 總 務 課 長

  内閣官房人事、会計兩課長
  内閣恩給局長
  賞勳局庶務課長
  逓信院總裁官房文書課長
  戰災復興院總裁官房庶務課長
  戰爭調査會事務局庶務課長
  樞密院事務官
  會計檢査院長官房總務科長
  行政裁判所長官
  貴衆兩院庶務課長

     支那の呼稱を避けることに関する件

標記の件について別紙のとほり外務次官より
申越があつたから御参考のため通知する。

本文 [編集]

文合第三五七號 

昭和二十一年六月六日
外 務 次 官(官印)

  内閣書記官長   殿

   支那の呼稱を避けることに關する件

 本件に關し外務省總務局長から六月六日附で都下の主な新聞雜誌社長に對し念のため寫のやうに申送つた。右參考のため御送りする次第であるが、機會があつたら御關係の向へも同樣御傳へを得たい。

本信送付先 各省次官、内閣書記官長、法制局長官、統計局長、内閣審議室、各都道府縣、終戰聯絡地方事務局長


 中華民國の國名として支那といふ文字を使ふことは過去に於ては普通行はれて居たのであるが其の後之を改められ中國等の語が使はれてゐる處支那といふ文字は中華民國として極度に嫌ふものであり,現に終戰後同國代表者が公式非公式に此の字の使用をやめて貰ひ度いとの要求があつたので今後は理屈を拔きにして先方の嫌がる文字を使はぬ樣にしたいと考え念のため貴意を得る次第です

 要するに支那の文字を使はなければよいのですから用辭例としては

  中華民國、中國、民國。

  中華民國人、中國人、民國人、華人。

  日華、米華、中蘇、英華

 などのいづれを用ひるも差支なく唯歷史的地理的又は學術的の敍述などの場合は必しも右に據り得ない例へば東支那海とか日支事變とか云ふことはやむを得ぬと考へます

 ちなみに現在の滿洲は滿洲であり滿洲國でないことも念のため申添へます

  昭和二十一年六月七日

岡 崎  外務省總務局長

出典 [編集]