嘲地師

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『地師[訳注 1]を嘲る』
作者:金炳淵(金サッカ)(1807年 - 1863年)

金炳淵は、先祖の墓をきちんと作って福を享けようとする風水思想に対して批判的だった。風水地理を探ると言ってのさばる竜川の林処士を描写するこの詩に良く現われている。

白文 書き下し文 訳文
可笑龍川林處士 笑うべし 竜川[訳注 2]の林処士[訳注 3] 笑わせらあ 竜川の林処士
暮年何學李淳風[1][訳注 4] 暮年にて何ぞ李淳風を学ばん 老境に何の風水の勉強かね
雙眸能貫千里脈 双眸 能く千里の脈[訳注 5]を貫き 二つの瞳が千里の峰を能く見極め
兩足徒行萬壑空 両足 徒らに万壑の空を行くも 二つの足が万の谷間を空しく通うといっても
顯顯天地[訳注 6]猶未達 顕々たる天地 猶お未だ達せざるに はっきりと現われた天も分からないのに
漠漠地理豈能通 漠々たる地理 豈に能く通ぜん 漠々とした地の中こそどうして分かるか
不如歸飮重陽酒[2] 如かず 帰りて重陽の酒を飲み 重陽節の酒でもたらふくお召し上がりになって
醉抱瘦[訳注 7]妻明月中 酔って痩せし妻を明月中に抱かんには 月夜に痩せこけた妻のご面倒でも見られては?

[編集] 注釈

  1. 李淳風 : 中国風水説の創始者。
  2. 重陽 : 陰暦9月9日の昔の節句

[編集] 訳注

原文はko:조지사。翻訳は利用者:秋霖驟雨

  1. 地相見、風水師。
  2. 地名、現朝鮮民主主義人民共和国平安北道竜川郡か。別に「龍山」とするものもあり、それなら、現大韓民国ソウル特別市竜山区か。
  3. 処士は何の官位も持たない一般人につける呼称。
  4. 代初期の天文学者(天文道)、風水師の祖とされる。暦書麟徳暦」を撰。
  5. 地脈(風水用語)のこと、大地のの流れ、またはその通り道。[1]参照。
  6. 別に「天文(てんぶん)」とするものもある。この方が、次句の「地」と重複せず、しかも、より適当な語彙ではないだろうか。
    • : 瘦は、痩のJIS標準漢字 (JIS X 0208) 外の異体字である。Unicode表のBMP(基本多言語面、0面)が表示できるブラウザ環境でなければ、正しく表示されない。なお、U+FA30からU+FA60の文字は、JIS X 0213対応のフォントを指定してある。
      • 痩 → 瘦 (U+7626) ; やまいだれ以外の部分が「叟」となる字形
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