使徒行録2 (ラゲ訳)
『公敎宣敎師ラゲ譯 我主イエズスキリストの新約聖書』公敎會、
1910年発行
〔ローマ・カトリック訳〕
『ラゲ訳新約聖書』エミール・ラゲ(Emile Raguet,MEP)
使徒行録2
目次 |
[編集] 第14章
1イコニオムに於《おい》て、兩人《りやうにん》相《あひ》共《とも》にユデア人《じん》の會堂《くわいどう》に入《い》りて語《かた》りければ、ユデア人《じん》及《およ》びギリシア人《じん》の之《これ》を信《しん》ずる者《もの》夥《おびただ》しかりしが、 2信《しん》ぜざるユデア人《じん》は異邦《いはう》人《じん》の心《こころ》を煽動《せんどう》し、弟子《でし》等《たち》に對《たい》して怒《いかり》を起《おこ》させたり。 3然《さ》れど兩人《りやうにん》は久《ひさ》しく滞在《たいざい》して、憚《はばか》る所《ところ》なく主《しゆ》の為《ため》に盡力《じんりよく》し、主《しゆ》は彼等《かれら》の手《て》によりて徴《しるし》と奇蹟《きせき》とを行《おこな》はしめて、恩寵《おんちよう》の教《をしへ》を保證《ほしよう》し給《たま》へり。 4然《しか》るに町《まち》の住民《じゆうみん》二個《ふたつ》に分《わか》れて、或《あるひ》はユデア人《じん》の味方《みかた》となり、或《あるひ》は使徒《しと》等《たち》の味方《みかた》となりしが、 5異邦《いはう》人《じん》とユデア人《じん》と其《その》長《かしら》等《たち》と共《とも》に、騒《さわぎ》立《た》ちて兩人《りやうにん》を辱《はづか》しめ、又《また》石《いし》を擲《なげう》たんとせしかば、 6兩人《りやうにん》覚《さと》りてリカオニア[州《しう》]の町《まち》なるリストラ、デルペン及《およ》び其《その》辺《あたり》の地方《ちはう》に避《さ》け、 7彼處《かしこ》にて福音《ふくいん》を宣傳《のべつた》へ居《ゐ》たり。 8リストラに足《あし》の叶《かな》はぬ一人《ひとり》の男《をとこ》坐《すは》り居《を》り、生來《せいらい》の跛者《あしなへ》にて、曾《かつ》て歩《あゆ》みたる事《こと》なかりしが、 9パウロの語《かた》れるを聴《き》きければ、パウロ目《め》を之《これ》に注《そそ》ぎて、醫《いや》さるべき信仰《しんかう》あるを見《み》、 10汝《なんじ》眞直《まつすぐ》に立上《たちあが》れ、と聲《こゑ》高《たか》く云《い》ひしかば、彼《かれ》躍《をどり》上《あが》りて歩《あゆ》み居《ゐ》たり。 11群集《ぐんしゆう》パウロが為《な》せる事《こと》を見《み》て聲《こゑ》を揚《あ》げ、リカオニアの方言《はうげん》にて、神々《かみがみ》は人《ひと》の姿《すがた》にて我《われ》等《ら》に降《くだ》り給《たま》へり、と云《い》ひて、 12バルナバをヅウスと呼《よ》び、パウロを言《ことば》の長《ちやう》ぜるが故《ゆゑ》にヘルメスと呼《よ》び、 13又《また》町《まち》の此方《こなた》に在《あ》るズウスの神官《しんくわん》、數多《あまた》の牡《を》牛《うし》と花《はな》飾《かざり》とを門前《もんぜん》に携《たづさ》へ來《きた》りて、人民《じんみん》と共《とも》に犠牲《いけにへ》を献《ささ》げんとせり。 14使徒《しと》等《たち》即《すなは》ちバルナバとパウロと之《これ》を聞《き》くや、己《おの》が衣服《いふく》を裂《さ》き、群集《ぐんしゆう》の中《うち》に跳《とび》入《い》りて、 15呼《よば》はりつつ云《い》ひけるは、人々《ひとびと》よ、何《なん》ぞ之《これ》を為《な》せるや、我《われ》等《ら》も汝《なんじ》等《ら》と同《おな》じく有情《うじやう》の人間《にんげん》にして、汝《なんじ》等《ら》に福音《ふくいん》を宣《の》べ、彼《かの》空《むな》しき物《もの》を離《はな》れ、汝《なんじ》等《ら》をして天《てん》、地《ち》、海《うみ》、及《およ》び其《その》中《うち》に在《あ》りと有《あ》らゆる物《もの》を造《つく》り給《たま》ひし、活《い》ける神《かみ》に転《てん》ぜしめんとするなり。 16神《かみ》は前代《ぜんだい》に於《おい》て萬民《ばんみん》が己々《おのれおのれ》の道《みち》を歩《あゆ》むを措《さしお》き給《たま》ひしも、 17自《みづか》らを證明《しようめい》し給《たま》はざる事《こと》なく、天《てん》より恵《めぐみ》みを垂《た》れ給《たま》ひて、雨《あめ》を降《ふ》らし實《みのり》の季節《きせつ》を與《あた》へ、食物《しょくもつ》と欣喜《よろこび》とを以《もつ》て、我《われ》等《ら》の心《こころ》を満《み》たしめ給《たま》ふなり、と。 18兩人《りやうにん》是《これ》等《ら》の事《こと》を語《かた》りて、辛《かろ》うじて群集《ぐんしゆう》を止《とど》め、己《おのれ》等《ら》に祭《まつり》を献《ささ》げざらしめたり。 19時《とき》に數人《すにん》のユデア人《じん》、アンチオキアとイコニオムとより來《きた》り、群集《ぐんしゆう》を煽動《せんどう》してパウロに石《いし》を擲《なげう》ち、既《すで》に死《し》せりと思《おも》ひて町《まち》の外《そと》に引出《ひきい》だしけるが、 20弟子《でし》等《たち》之《これ》を立《たち》圍《かこ》みけるに、彼《かれ》起《おき》上《あが》りて町《まち》に入《い》り、翌日《よくじつ》バルナバと共《とも》にデルペンに出立《しゆつたつ》せり。 21然《さ》て兩人《りやうにん》此《この》町《まち》に福音《ふくいん》を宣《の》べて多《おほ》くの人《ひと》を教《をし》へし後《のち》、リストラとイコニオムとアンチオキアとに戻《もど》り、 22弟子《でし》等《たち》の魂《たましひ》を堅《かた》め、信仰《しんかう》に止《とどま》らん事《こと》を勧《すす》め、我《われ》等《ら》は許多《おほく》の患難《くわんなん》を経《へ》て神《かみ》の國《くに》に入《い》らざるべからず、と教《をし》へつつありき。 23又《また》彼等《かれら》の為《ため》に、教會《けうくわい》毎《ごと》に長老《ちやうらう》を立《た》て、断食《だんじき》と祈祷《きたう》とを為《な》して、彼等《かれら》を其《その》信仰《しんかう》せる主《しゆ》に委《ゆだ》ねたり。 24斯《かく》てピシジア[州《しう》]を経《へ》てパンフィリア[州《しう》]に至《いた》りしが、 25[都《みやこ》]ペルゲンに於《おい》て主《しゆ》の御言《おんことば》を語《かた》りてアッタリア[港《みなと》]に下《くだ》り、 26其處《そこ》より出帆《しゆつぱん》して、此《この》度《たび》為遂《しと》げたる事業《じげふ》を為《な》すべき、神《かみ》の恩寵《おんちよう》に委《ゆだ》ねられたりし處《ところ》なるアンチオキアに歸《かへ》れり。 27然《さ》て其處《そこ》に至《いた》りて、教會《けうくわい》の人々《ひとびと》を集《あつ》め、総《すべ》て神《かみ》の己《おのれ》等《ら》と共《とも》に為《な》し給《たま》ひし事《こと》、又《また》異邦《いはう》人《じん》に信仰《しんかう》の門《もん》を開《ひら》き給《たま》ひし事《こと》を報告《はうこく》し、 28久《ひさ》しく弟子《でし》等《たち》の共《とも》に留《とどま》れり。
[編集] 第15章
1斯《かく》て或《ある》人々《ひとびと》、ユデアより下《くだ》りて兄弟等《きやうだいたち》に向《むか》ひ、汝《なんじ》等《ら》モイゼの慣例《くわんれい》に從《したが》ひて割禮《かつれい》を受《う》くるに非《あら》ずば救霊《たすかり》を得《え》ず、と教《をし》へければ、 2パウロとバルナバと、彼等《かれら》に對《たい》して一方《ひとかた》ならぬ諍《さう》論《ろん》を為《な》ししが、信徒《しんと》はパウロ、バルナバ、及《およ》び反對《はんたい》側《がは》の數人《すにん》をエルザレムに上《のぼ》せ、此《この》問題《もんだい》に就《つ》き使徒《しと》等《たち》及《およ》び長老《ちやうらう》等《たち》に伺《うかが》はん事《こと》に定《さだ》めたり。 3然《さ》れば彼等《かれら》教會《けうくわい》に見送《みおく》られて、フェニケア及《およ》びサマリアを経《へ》、異邦《いはう》人《じん》感化《かんくわ》の事情《じじやう》を具《つぶさ》に語《かた》りて、兄弟《きやうだい》一同《いちどう》に大《おほ》いなる喜《よろこび》を起《おこ》させたり。 4一行《いつかう》エルザレムに至《いた》りて、教會《けうくわい》と使徒《しと》等《たち》と長老《ちやうらう》等《たち》とに迎《むか》へられ、神《かみ》の己《おのれ》等《ら》と共《とも》に為《な》し給《たま》ひし事《こと》の次第《しだい》を告《つ》げしが、 5ファリザイ派《は》の中《うち》なる數人《すにん》の信者《しんじや》起《た》ちて、異邦《いはう》人《じん》は割禮《かつれい》を受《う》けざるべからず、又《また》命《めい》じてモイゼの律法《りつぱふ》を守《まも》らしむべし、と云《い》ひければ、 6使徒《しと》等《たち》及《およ》び長老《ちやうらう》等《たち》、此《この》事《こと》を調《しら》べんとて集《あつま》れり。 7激《はげ》しき諍《さう》論《ろん》の後《のち》、ペトロ立《た》ちて彼等《かれら》に謂《い》ひけるは、兄弟《きやうだい》たる人々《ひとびと》よ、久《ひさ》しき以前《いぜん》に、神《かみ》我《われ》等《ら》の中《うち》より選《えら》みて、我《わが》口《くち》を以《もつ》て異邦《いはう》人《じん》に福音《ふくいん》の言《ことば》を聞《き》かせ、之《これ》を信《しん》ぜしめ給《たま》ひし事《こと》は、汝《なんじ》等《ら》の知《し》る所《ところ》なり。 8且《かつ》人《ひと》の心《こころ》を知《し》り給《たま》ふ神《かみ》は、汝《なんじ》等《ら》に賜《たま》ひし如《ごと》く、彼等《かれら》にも聖霊《せいれい》を賜《たま》ひて證明《しようめい》し給《たま》ひ、 9信仰《しんかう》によりて彼等《かれら》の心《こころ》を潔《きよ》め、我《われ》等《ら》と彼等《かれら》とを聊《いささか》も隔《へだ》て給《たま》ひしことなし。 10然《しか》るを何《なん》為《な》れぞ、汝《なんじ》等《ら》神《かみ》を試《こころ》みて、我《われ》等《ら》の先祖《せんぞ》も我《われ》等《ら》も負《お》ふ能《あた》はざりし軛《くびき》を、今《いま》弟子《でし》等《たち》の頚《くび》に負《お》はせんとはする。 11我《われ》等《ら》の救《すく》はるるは主《しゆ》イエズス、キリストの恩寵《おんちよう》によれりとは、我《われ》等《ら》の信《しん》ずる所《ところ》にして、彼等《かれら》も亦《また》然《しか》るなり、と。 12會衆《くわいしゆう》皆《みな》沈黙《ちんもく》して、パウロとバルナバとが、異邦《いはう》人《じん》の中《うち》に己《おのれ》等《ら》を以《もつ》て神《かみ》の行《おこな》ひ給《たま》ひし凡《すべ》ての徴《しるし》と奇蹟《きせき》とを語《かた》るを聴《き》きたりしが、 13彼等《かれら》が沈黙《ちんもく》を保《たも》ちたる後《のち》、ヤコボ答《こた》へて云《い》ひけるは、兄弟《きやうだい》たる人々《ひとびと》よ、我《われ》に聞《き》け、 14シモン既《すで》に神《かみ》始《はじ》めて異邦《いはう》人《じん》を顧《かへり》み、其《その》中《うち》より己《おの》が名《な》を尊《たふと》ぶ民《たみ》を取《と》り給《たま》ひし次第《しだい》を述《の》べしが、 15預言《よげん》者《しや》等《たち》の言《ことば》之《これ》に合《あ》へり、録《かきしる》して、 16「此《この》後《のち》我《われ》返《かへ》りて、倒《たふ》れたるダヴィドの幕屋《まくや》を再興《さいこう》し、其《その》崩《くず》れたる所《ところ》を繕《つくろ》ひ、且《かつ》之《これ》を建《た》てん、 17是《こ》は他《た》の人々《ひとびと》及《およ》び、為《ため》に我《わが》名《な》を呼《よ》ばれたる萬國《ばんこく》の異邦《いはう》人《じん》が主《しゆ》を求《もと》め得《え》ん為《ため》なり、之《これ》を為《な》し給《たま》ふ所《ところ》の主《しゆ》之《これ》を曰《のたま》ふ」、とあるが如《ごと》し。 18主《しゆ》は世《よ》の始《はじ》めより己《おの》が業《げふ》を知《し》り給《たま》ふ、 19之《これ》によりて我《われ》思《おも》ふに、異邦《いはう》人《じん》より神《かみ》に歸依《きえ》する人々《ひとびと》を煩《わづら》はすべからず、 20唯《ただ》書《しよ》を贈《おく》りて、偶像《ぐうざう》に捧《ささ》げられし物《もの》と、私通《しつう》と、絞殺《しめころ》されし獣《けもの》の肉《にく》と血《ち》とを戒《いまし》むべし、 21蓋《けだし》モイゼの書《しよ》は、安息日《あんそくじつ》毎《ごと》に會堂《くわいどう》に於《おい》て読《よ》まれ、之《これ》を述《の》ぶる人《ひと》昔《むかし》より何《いづ》れの市町《まち》にも在《あ》ればなり、と。 22是《ここ》に於《おい》て使徒《しと》等《たち》、長老《ちやうらう》等《たち》、及《およ》び教會《けうくわい》一同《いちどう》に、其《その》中《うち》より人《ひと》を選《えら》みて、パウロ、バルナバと共《とも》にアンチオキアに遣《つか》はすを可《よ》しとせり、其《その》人々《ひとびと》はバルサバとも呼《よ》ばるるユダ、及《およ》びシラにして、兄弟《きやうだい》中《ちゆう》の重立《おもだ》ちたる者《もの》なりき。 23彼等《かれら》の手《て》に托《たく》せられし書翰《しよかん》の文《ぶん》に曰《いは》く、「使徒《しと》等《たち》及《およ》び兄弟《きやうだい》たる長老《ちやうらう》等《ら》、アンチオキアとシリアとシリシアとに在《あ》る異邦《いはう》人《じん》たりし兄弟等《きやうだいたち》に挨拶《あいさつ》す。 24我《われ》等《ら》の聞《き》く所《ところ》に據《よ》れば、或《ある》人々《ひとびと》、我《われ》等《ら》が命《めい》じたる事《こと》もなきに、我《われ》等《ら》の中《うち》より出《いで》行《ゆ》きて汝《なんじ》等《ら》の魂《たましひ》を覆《くつがへ》し、言《ことば》を以《もつ》て汝《なんじ》等《ら》を擾《みだ》したる由《よし》なれば、 25我《われ》等《ら》一致《いつち》して人《ひと》を選《えら》み、 26我主《わがしゆ》イエズス、キリストの御名《みな》の為《ため》に生命《いのち》を惜《をし》まざりし人《ひと》、我《われ》等《ら》が至愛《しあい》なるバルナバ及《およ》びパウロと共《とも》に、汝《なんじ》等《ら》に遣《つか》はさん事《こと》を宜《よ》しとせり。 27然《さ》ればユダとシラとを遣《つか》はしたるが、彼等《かれら》口《くち》づから是《これ》等《ら》の事《こと》を汝《なんじ》等《ら》に告《つ》げん。 28蓋《けだし》聖霊《せいれい》と我《われ》等《ら》とは、左《さ》の必要《ひつえう》なる事《こと》の外《ほか》、汝《なんじ》等《ら》に何等《なんら》の荷《に》をも負《お》はしめざるを宜《よ》しとせり。 29即《すなは》ち汝《なんじ》等《ら》が偶像《ぐうざう》に捧《ささ》げられし物《もの》と、血《ち》と絞殺《しめころ》されしものと、私通《しつう》とを絶《た》つべき事《こと》是《これ》なり。是《これ》等《ら》の事《こと》を慎《つつし》まば、其《それ》にて宜《よろ》しかるべし、汝《なんじ》等《ら》健康《すこやか》なれ、」と。 30然《さ》て彼等《かれら》暇《いとま》乞《ごひ》してアンチオキアに下《くだ》り、信徒《しんと》を集《あつ》めて書翰《しよかん》を渡《わた》ししが、 31人々《ひとびと》之《これ》を読《よ》みて、慰《なぐさめ》を得《え》て喜《よろこ》べり。 32ユダとシラとは其《その》身《み》も預言《よげん》者《しや》なれば、多《おほ》くの談話《だんわ》を以《もつ》て兄弟《きやうだい》を勧《すす》め且《かつ》堅《かた》めたりしが、 33暫《しばら》く此處《ここ》に留《とどま》りて後《のち》、己《おのれ》を遣《つか》はしし者《もの》の許《もと》に歸《かへ》らんとて、兄弟等《きやうだいたち》に無事《ぶじ》を祝《しゆく》されて暇《いとま》を乞《こ》ひ得《え》たり。 34然《さ》れどシラは此處《ここ》に留《とどま》るを宜《よ》しとせしかば、ユダ一人《ひとり》エルザレムに歸《かへ》り、 35パウロとバルナバとはアンチオキアに留《とどま》り、他《た》の數人《すにん》と共《とも》に主《しゆ》の御言《おんことば》を教《をし》へ、福音《ふくいん》を宣《の》べつつありき。 36然《さ》て數日《すじつ》の後《のち》、パウロはバルナバに向《むか》ひ、将《いざ》我《われ》等《ら》後《あと》戻《もどり》して、曩《さき》に主《しゆ》の御言《おんことば》を宣傳《のべつた》へし凡《すべ》ての市町《まち》を巡《じゆん》廻《くわい》し、其《その》安否《あんぴ》を問《と》はん、と云《い》ひしが、 37バルナバはマルコとも呼《よ》ばるるヨハネを携《たづさ》へんと思《おも》へるに、 38パウロは、彼《かれ》は曾《かつ》てパンフィリアにて己《おのれ》等《ら》を離《はな》れ、共《とも》に働《はたら》かざりし者《もの》なれば、之《これ》を承容《うけい》るべからず、と考《かんが》へ居《ゐ》たりしかば、 39遂《つひ》に衝突《しようとつ》して相《あひ》別《わか》るるに至《いた》れり。さればバルナバはマルコを携《たづさ》へてクプロ[島《じま》]へ出帆《しゆつぱん》せしが、 40パウロはシラを選《えら》みて、兄弟等《きやうだいたち》より神《かみ》の恩寵《おんちよう》に委《ゆだ》ねられて出立《しゆつたつ》し、 41シリアとシリシアとを巡《めぐ》りて諸《しよ》教會《けうくわい》を固《かた》め、使徒《しと》等《たち》及《およ》び長老《ちやうらう》等《たち》の規定《きてい》を守《まも》るべき事《こと》を教《をし》へ居《ゐ》たり。
[編集] 第16章
1パウロデルベンとルストラとに至《いた》りしに、折《をり》しも此處《ここ》にチモテオと云《い》へる弟子《でし》あり、信者《しんじや》となりたるユデア教《けう》の婦人《ふじん》の子《こ》にて、父《ちち》はギリシア人《じん》なりしが、 2ルストラ及《およ》びイコニオムに在《あ》る兄弟等《きやうだいたち》は是《これ》に好評《かうひやう》を與《あた》へつつありき。 3パウロ之《これ》を伴《ともな》ひて出發《しゆつぱつ》せんと思《おもひ》定《さだ》め、彼《かれ》を携《たづさ》へて其《その》地方《ちはう》なるユデア人《じん》に對《たい》して割禮《かつれい》を施《ほどこ》せり。其《そ》は彼等《かれら》皆《みな》其《その》父《ちち》のギリシア人《じん》たりしことを知《し》ればなり。 4斯《かく》て市町《まちまち》を通《とほ》る時《とき》、エルザレムに居《を》る使徒《しと》等《たち》及《およ》び長老《ちやうらう》等《たち》の規定《きてい》を守《まも》らせんとて、之《これ》を人々《ひとびと》に渡《わた》しければ、 5諸《しよ》教會《けうくわい》は其《その》信仰《しんかう》を固《かた》うせられて、人員《ひとかず》も日々《ひび》に彌増《いやま》しつつありき。 6兩人《りやうにん》フリジア及《およ》びガラチア地方《ちはう》を過《よぎ》りしに、聖霊《せいれい》[小《せう》]アジアに於《おい》て神《かみ》の御言《おんことば》を語《かた》る事《こと》を戒《いまし》め給《たま》ひしが、 7又《また》ミジア[州《しう》]に至《いた》りて、ビチニア[州《しう》]へ往《ゆ》かんと試《こころ》みしも、イエズスの霊《れい》之《これ》を許《ゆる》し給《たま》はざりき。 8斯《かく》てミジアを経《へ》てトロアデに下《くだ》りけるに、 9パウロ夜中《やちゆう》幻影《まぼろし》を示《しめ》され、一人《ひとり》のマケドニア人《じん》立《た》ち居《を》りて己《おのれ》を頼《たの》み、マケドニアに渡《わた》りて我《われ》等《ら》を救《すく》へ、と云《い》へるを見《み》たり。 10パウロ此《この》幻影《まぼろし》を見《み》るや、己《おのれ》等《ら》がマケドニア人《じん》に福音《ふくいん》を傳《つた》ふる為《ため》に神《かみ》より召《め》されたる事《こと》を確信《かくしん》して、直《ただち》にマケドニアへ赴《おもむ》かんと力《つと》めたり。 11然《さ》て我《われ》等《ら》トロアデより出帆《しゆつぱん》してサモトラキアへ直航《ちよつこう》し、翌日《よくじつ》ネエプルに至《いた》り、 12其處《そこ》よりマケドニアの取付《とりつき》の都會《とくわい》にして殖民《しよくみん》地《ち》なるフィリッピに至《いた》れり。數日《すじつ》の間《あひだ》此《この》市《まち》に留《とどま》り、 13安息日《あんそくじつ》に當《あた》りて市《まち》の門外《もんぐわい》に出《い》で、河《かは》の辺《ほとり》の祈《いのり》場《ば》と思《おぼ》しき處《ところ》に往《ゆ》き、集《あつま》りたる婦《をんな》等《たち》に坐《すは》りつつ語《かた》りけるに、 14テアチロ町《まち》の紅色《こうしよく》染料《せんれう》商《しやう》にして神《かみ》を尊《たふと》べるルヂアと云《い》へる婦《をんな》之《これ》を聴《き》きけるを、主《しゆ》其《その》心《こころ》を開《ひら》きて、パウロより言《い》はるる事《こと》に傾《かたむ》かしめ給《たま》ひ、 15彼《かれ》一家《いつか》と共《とも》に洗《せん》せられしが、願《ねが》ひて、汝《なんじ》等《ら》我《われ》を主《しゆ》に忠實《ちゆうじつ》なる者《もの》とせば我家《わがいへ》に入《い》りて留《とどま》れ、と云《い》ひて、強《し》ひて我《われ》等《ら》を入《い》らしめたり。 16爰《ここ》に祈《いのり》場《ば》に往《ゆ》く途中《みちすがら》、卜筮《うらなひ》の鬼神《きしん》に憑《つ》かれて、卜筮《うらなひ》を以《もつ》て其《その》主人《しゆじん》等《ら》に許多《そこばく》の利益《りえき》を得《え》させつつある一人《ひとり》の女《むすめ》、我《われ》等《ら》に出會《であ》ひしが、 17其《その》女《むすめ》パウロと我《われ》等《ら》の後《あと》に從《したが》ひつつ呼《よば》はりて、此《この》人《ひと》等《たち》は最《いと》高《たか》き神《かみ》の僕《しもべ》にして、汝《なんじ》等《ら》に救霊《たすかり》の道《みち》を告《つ》ぐる者《もの》なり、と云《い》ひ居《ゐ》たり。 18斯《かく》の如《ごと》くする事《こと》數日《すじつ》にして、パウロ甚《いた》く心《こころ》を痛《いた》め、回顧《ふりかへ》りて鬼神《きしん》に向《むか》ひ、我《われ》イエズス、キリストの御名《みな》によりて、汝《なんじ》に此《この》女《むすめ》より出《いづ》る事《こと》を命《めい》ず、と云《い》ひしかば彼《かれ》即時《そくじ》に出《い》でたり。 19然《しか》るに其《その》主人《しゆじん》等《ら》は、己《おの》が利益《りえき》の望《のぞみ》無《な》くなりたるを見《み》て、パウロとシラとを捕《とら》へ、官吏《くわんり》の許《もと》に市場《いちば》まで連行《つれゆ》きて、 20官吏《くわんり》に差出《さしいだ》し、此《この》人々《ひとびと》はユデア人《じん》にして、我《われ》等《ら》の市中《まち》を亂《みだ》し、 21ロマ人《じん》たる我《われ》等《ら》の受《う》くべからず行《おこな》ふべからざる慣習《くわんしふ》を傳《つた》うる者《もの》なり、と云《い》ひ、 22人民《じんみん》も馳《はせ》來《きた》りて使徒《しと》等《たち》に反對《はんたい》せしかば、官吏《くわんり》は命《めい》じて其《その》襦袢《じゆばん》を裂《さ》かせ、之《これ》を鞭《むちう》たせ、 23多《おほ》くの傷《きず》を負《お》はせて後《のち》監獄《かんごく》に送《おく》り、固《かた》く守《まも》るべき由《よし》を看守《かんしゆ》に命《めい》じたり。 24看守《かんしゆ》は斯《かか》る命令《めいれい》を受《う》けたれば、二人《ふたり》を奥の監房《かんぼう》に入《い》れ、桎《かせ》にて足《あし》を締《し》めたりしが、 25夜半《よなか》に至《いた》り、パウロとシラと祈《いの》りて神《かみ》を賛美《さんび》し、監獄《かんごく》に居《を》る人々《ひとびと》之《これ》を聞《き》き居《ゐ》たるに、 26忽《たちま》ち大《だい》地震《ぢしん》ありて、監獄《かんごく》は基礎《どだい》まで震動《しんどう》し、戸《と》は直《ただち》に悉《ことごと》く開《ひら》けて、一同《いちどう》の縲絏《なはめ》解《と》けたり。 27看守《かんしゆ》醒《めさ》めて監獄《かんごく》の戸《と》を開《ひら》けたるを見《み》、囚徒《しうと》の逃《に》げし事《こと》と思《おも》ひ、刀《かたな》を抜《ぬ》きて自殺《じさつ》せんとしければ、 28パウロ聲《こゑ》高《たか》く呼《よば》はりて云《い》ひけるは、自害《じがい》すな、我《われ》等《ら》皆《みな》此處《ここ》に在《あ》り、と。 29看守《かんしゆ》燈火《ともしび》を求《もと》めて内《うち》に入《い》り、戰《おのの》きつつパウロとシラとの足下《あしもと》に平伏《ひれふ》し、 30伴《ともな》ひて外《そと》に出《い》で、君《きみ》等《たち》よ、我《われ》何《なに》を為《な》してか救霊《たすかり》を得《う》べき、と云《い》ひしかば、 31彼等《かれら》云《い》ひけるは、主《しゆ》イエズスを信仰《しんかう》せよ、然《さ》らば汝《なんじ》も家族《かぞく》も救霊《たすかり》を得《う》べし、とて、 32看守《かんしゆ》と其《その》家《いへ》に在《あ》る人々《ひとびと》一同《いちどう》とに主《しゆ》の御言《おんことば》を語《かた》りしかば、 33看守《かんしゆ》夜中《やちゆう》ながら即時《そくじ》に兩人《りやうにん》を引《ひき》取《と》りて其《その》傷《きず》を洗《あら》ひ、己《おのれ》も家族《かぞく》も皆《みな》直《ただち》に洗《せん》せられしが、 34尚《なほ》彼等《かれら》を自宅《じたく》に伴《ともな》ひて之《これ》に食卓《しよくたく》を備《そな》へ、家族《かぞく》一同《いちどう》と共《とも》に神《かみ》を信《しん》じて喜《よろこ》べり。 35拂《よ》暁《あけ》に至《いた》り、官吏《くわんり》は刑吏《けいり》を遣《つか》はして、彼《かの》人々《ひとびと》を赦《ゆる》せ、と云《い》はせしかば、 36看守《かんしゆ》此《この》事《こと》をパウロに告《つ》げて、官吏《くわんり》汝《なんじ》等《ら》を赦《ゆる》せとて人《ひと》を遣《つか》はしたる故《ゆゑ》、今《いま》は出《い》でて恙《つつが》なく往《ゆ》け、と云《い》ひけるな、 37パウロ刑吏《けいり》に云《い》ひけるは、彼等《かれら》は我々《われわれ》を公《おほやけ》に鞭《むちう》たせ、ロマ人《じん》たる者《もの》を裁判《さいばん》なくして監獄《かんごく》に入《い》れたるに、今《いま》窃《ひそか》に我々《われわれ》を追出《おひいだ》すか、然《しか》あるべからず、彼等《かれら》來《きた》りて、 38自《みづか》ら我々《われわれ》を出《いだ》すべし、と。刑吏《けいり》此《この》事《こと》を告《つ》げしかば、官吏《くわんり》は其《その》ロマ人《じん》たる事《こと》を聞《き》きて懼《おそ》れ、 39來《きた》り詫《わ》びて二人《ふたり》を伴《ともなひ》出《い》で、此《この》市《まち》を去《さ》らん事《こと》ことを乞《こ》ひたり。 40斯《かく》てパウロとシラとは監獄《かんごく》より出《い》でてルジアの家《いへ》に入《い》り、兄弟等《きやうだいたち》に逢《あ》ひて之《これ》を慰《なぐさ》め、然《さ》て出立《しゆつたつ》したりき。
[編集] 第17章
1其《それ》よりアンフィポリとアポロニアとを経《へ》てテサロニケに至《いた》りしが、此處《ここ》にユデア人《じん》の會堂《くわいどう》ありければ、 2パウロ例《れい》によりて彼等《かれら》の中《うち》に入《い》り、三《みつ》の安息日《あんそくじつ》に亘《わた》りて、聖書《せいしよ》に就《つ》きて弁論《べんろん》し、 3キリストが必《かなら》ず苦《くる》しみて死者《ししや》の中《うち》より復活《ふくくわつ》すべかりし事《こと》と、我《わ》が汝《なんじ》等《ら》に告《つ》ぐるイエズスがキリストたる事《こと》とを説《と》きて論《ろん》證《しよう》したるに、 4其《その》中《うち》の或《ある》人々《ひとびと》、及《およ》び神《かみ》を尊《たふと》べる數多《あまた》のギリシア人《じん》、其他《そのた》貴婦人《きふじん》等《たち》も少《すくな》からず承服《しようふく》して、パウロとシラとに属《つ》けり。 5然《しか》るにユデア人《じん》妬《ねたみ》を起《おこ》して、無頼漢《ぶらいかん》の中《うち》より數人《すにん》の惡者《わるもの》を手《て》に属《つ》け、人々《ひとびと》を招集《せうしふ》して市中《しちゆう》を騒《さわ》がし、又《また》ヤソンの家《いへ》を圍《かこ》みてパウロとシラとを人民《じんみん》の前《まへ》に引出《ひきいだ》さんと努《つと》めたりしが、 6彼等《かれら》を見付《みつ》け得《え》ず、ヤソンと數人《すにん》の兄弟《きやうだい》とを市《し》の吏員《りいん》の許《もと》に引行《ひきゆ》きて、天下《てんか》を覆《くつがへ》したる彼《かの》人々《ひとびと》此處《ここ》にも來《きた》れるを、 7ヤソンが承容《うけい》れて、一同《いちどう》にイエズス[と云《い》ふ]王《わう》別《べつ》に在《あ》りと稱《とな》へ、セザルの勅《ちよく》令《れい》に逆《さか》らふなり、と叫《さけ》びつつ、 8人民《じんみん》と之《これ》を聞《き》ける市《まち》の吏員《りゐん》とを煽動《せんどう》し、 9ヤソン及《およ》び其他《そのた》の人々《ひとびと》より保證《ほしよう》金《きん》を受《う》けて之《これ》を赦《ゆる》せり。 10然《さ》て兄弟等《きやうだいたち》直《ただち》に、パウロとシラとを夜《よ》の中《うち》にベレアへ送《おく》りしかば、彼等《かれら》其處《そこ》に着《つ》きてユデア人《じん》の會堂《くわいどう》に入《い》りしが、 11此處《ここ》の人々《ひとびと》はテサロニケに在《あ》る者《もの》等《ども》よりは、高尚《かうしよう》にして、熱心《ねつしん》に言《ことば》を承《う》け、此《この》事《こと》果《はた》して然《しか》りや否《いな》やと、日々《ひび》聖書《せいしよ》を調《しら》べ居《ゐ》たり。 12斯《かく》て其《その》中《うち》に信《しん》じたる人《ひと》多《おほ》く、ギリシアの貴婦人《きふじん》にも男子《だんし》にも其《その》數《かず》少《すくな》からざりき。 13然《さ》る程《ほど》にテサロニケに在《あ》るユデア人《じん》、ベレアにもパウロによりて神《かみ》の御言《おんことば》の傳《つた》はれるを知《し》り、又《また》此處《ここ》に來《きた》りて、群集《ぐんしゆう》を煽動《せんどう》して騒《さわ》がししかば、 14兄弟等《きやうだいたち》即時《そくじ》にパウロを海辺《かいへん》に至《いた》らしめ、シラとチモテオとはベレアに留《とどま》れり。 15パウロを案内《あんない》せる人々《ひとびと》はアデンスまで送《おくり》行《ゆ》きしが、シラとチモテオとに成《な》るべく速《すみやか》に我《わが》許《もと》に來《きた》れとの命《めい》を、パウロより受《う》けて立《たち》歸《かへ》れり。 16パウロアデンスに在《あ》りて彼等《かれら》を待《ま》てる間《あひだ》、此《この》都會《とくわい》の偶像《ぐうざう》崇拝《すうはい》に耽《ふけ》るを見《み》て憤激《ふんげき》し、 17會堂《くわいどう》にてはユデア人《じん》及《およ》びユデア教《けう》に歸依《きえ》せし人々《ひとびと》と論《ろん》じ、市場《いちば》にても居合《ゐあは》せたる人々《ひとびと》と日毎《ひごと》に論《ろん》じ居《ゐ》たり。 18時《とき》にエピクリアン及《およ》びストイック派《は》の哲學者《てつがくしや》數人《すにん》、之《これ》と論《ろん》じ合《あ》ひけるが、或《ある》人《ひと》は、此《この》囀人《さえづりて》は何《なに》を云《い》ふ者《もの》ぞ、と云《い》ひ、或《ある》人《ひと》は、彼《かれ》は新《あたら》しき鬼神《きしん》を告《つ》ぐる者《もの》の如《ごと》し、と云《い》ひ居《ゐ》たり、是《これ》パウロがイエズスと復活《ふくくわつ》との福音《ふくいん》を彼等《かれら》に告《つ》ぐればなり。 19斯《かく》てパウロをアレオパグに連行《つれゆ》きて云《い》ひけるは、汝《なんじ》が説《と》ける此《この》新《あたら》しき教《をしへ》は如何《いか》なるものぞ、我《われ》等《ら》之《これ》を知《し》ることを得《う》べきか、 20即《すなは》ち汝《なんじ》は何等《なんら》かの新《あたら》しき事《こと》を我《われ》等《ら》の耳《みみ》に入《い》るるが故《ゆゑ》に、我《われ》等《ら》は其《その》何事《なにごと》なるかを知《し》らんと欲《ほつ》するなり、と。 21蓋《けだし》アデンス人《じん》も寄留《きりう》人《にん》も皆《みな》、唯《ただ》耳新《みみあたら》しき何事《なにごと》かを、或《あるひ》は言《い》ひ或《あるひ》は聞《き》きて日《ひ》を送《おく》る者《もの》なりき。 22其《その》時《とき》パウロアレオパグの中央《ちゆうあう》に立《た》ちて云《い》ひけるは、アデンス人《じん》よ我《われ》は汝《なんじ》等《ら》が萬事《ばんじ》に於《おい》て宗教《しうけう》心《しん》の甚《はなは》だ厚《あつ》きが如《ごと》きを認《みと》む。 23即《すなは》ち通《とほ》りがけに、熟《つらつら》汝《なんじ》等《ら》の禮拝《れいはい》物《ぶつ》を見《み》て、知《し》れざる神《かみ》に[献《ささ》ぐ]、と記《しる》せる祠《ほこら》をも見付《みつ》けたればなり。然《さ》れば我《われ》汝《なんじ》等《ら》が知《し》らずして尊《たふと》べる其者《そのもの》をば汝《なんじ》等《ら》に告《つ》げん。 24世界《せかい》と其《その》中《なか》に在《あ》る一切《いつさい》の物《もの》とを造《つく》り給《たま》へる神《かみ》は、天地《てんち》の主《しゆ》にて在《ましま》せば、手《て》にて造《つく》れる宮《みや》には住《す》み給《たま》はず、 25御《おん》自《みづから》萬物《ばんぶつ》に生命《せいめい》と呼吸《こきふ》と一切《いつさい》の事《こと》とを賜《たま》へば、何等《なんら》の乏《とぼ》しき所《ところ》あるものの如《ごと》く、人手《ひとで》にて事《つか》へらるる者《もの》に非《あら》ず、 26一人《ひとり》よりして地《ち》の全面《ぜんめん》に住《すま》ふまでに人類《じんるゐ》を造《つくり》為《な》し給《たま》ひ、季節《きせつ》と住居《ぢゆうきよ》の界《さかひ》とを定《さだ》め給《たま》へるは、 27是《これ》人《ひと》をして神《かみ》を求《もと》め、或《あるひ》は探《さがし》出《いだ》さしめん為《ため》なり。然《しか》れども彼《かれ》は、我《われ》等《ら》面々《めんめん》を離《はな》れ給《たま》ふ事《こと》遠《とほ》からず、 28蓋《けだし》彼《かれ》に在《あ》りてこそ、我《われ》等《ら》は且《かつ》活《い》き且《かつ》動《うご》き且《かつ》存在《そんざい》するなれ。汝《なんじ》等《ら》が詩人《しじん》の誰彼《たれかれ》も、我《われ》等《ら》も亦《また》彼《かれ》が裔《すゑ》なり、と云《い》へるが如《ごと》し。 29斯《か》く我《われ》等《ら》は神《かみ》の裔《すゑ》なれば、神《かみ》を金《きん》、或《あるひ》は銀《ぎん》、或《あるひ》は石《いし》、即《すなは》ち芸術《げいじゆつ》及《およ》び人《ひと》の想像《そうざう》に由《よ》れる彫刻《てうこく》に似《に》たる者《もの》と思《おも》ふべからず。 30神《かみ》は斯《かか》る蒙昧《もうまい》の時代《じだい》を見過《みすご》し給《たま》ひて、今《いま》人《ひと》に向《むか》ひて、何處《いづこ》にても悉《ことごと》く改心《かいしん》すべしと命《めい》じ給《たま》ふ。 31蓋《けだし》日《ひ》を期《き》し給《たま》ひて、其《その》日《ひ》自《みづか》ら立《た》て給《たま》ひし一個《ひとり》の人《ひと》、即《すなは》ち之《これ》を死者《ししや》の中《うち》より復活《ふくくわつ》せしめて萬民《ばんみん》の前《まへ》に保證《ほしよう》し給《たま》ひたる一人《ひとり》を以《もつ》て、世界《せかい》を義《ぎ》に從《したが》ひて審《さば》かんとし給《たま》ふなり、と。 32死者《ししや》の復活《ふくくわつ》と聞《き》きて、或《ある》人々《ひとびと》は、嘲笑《あざわら》ひ、或《ある》人々《ひとびと》は、我《われ》等《ら》の事《こと》に就《つ》きて復《また》汝《なんじ》に聴《き》かん、と云《い》へり。 33斯《かく》てパウロは、彼等《かれら》の中《うち》より立去《たちさ》りしが、 34之《これ》に從《したが》ひて信仰《しんかう》せる者《もの》數人《すにん》あり。其《その》中《うち》にアレオパグの裁判官《さいばんくわん》ジオニジオ、ダマリスと云《い》へる婦人《ふじん》、其他《そのた》尚《なほ》ありき。
[編集] 第18章
1其《その》後《のち》パウロアデンスを出《い》でてコリントに至《いた》りしが 2クロウヂオ[皇帝《くわうてい》]が、ユデア人《じん》は皆《みな》ロマを去《さ》るべしとの命《めい》を下《くだ》しし為《ため》に、近頃《ちかごろ》イタリアより來《きた》れる、ポント生《うま》れのアクィラと云《い》へるユデア人《じん》と、其《その》妻《つま》プリシルラとに遇《あ》ひしかば、彼等《かれら》に近《ちか》づき、 3同業《どうげふ》なりければ、同居《どうきよ》して共《とも》に仕事《しごと》を為《な》し居《ゐ》たり、其《そ》は幕屋《まくや》製造《せいざう》業《げふ》なりき。 4然《さ》て安息日《あんそくじつ》毎《ごと》に會堂《くわいどう》に於《おい》て論《ろん》じ、主《しゆ》イエズスの御名《みな》を挿《さしはさ》みて、ユデア人《じん》とギリシア人《じん》とを勧《すす》め居《を》りしが、 5シラとチモテオとマケドニアより來《きた》りて後《のち》は、パウロ専《もつぱ》ら宣教《せんけう》に從事《じゆうじ》し、イエズスのキリストたる事《こと》をユデア人《じん》に證明《しようめい》しけるに、 6彼等《かれら》之《これ》に逆《さか》らひ且《かつ》罵《ののし》りければ、パウロ衣服《いふく》を振《ふる》ひて云《い》ひけるは、汝《なんじ》等《ら》の血《ち》は汝《なんじ》等《ら》の首《かうべ》に歸《き》すべし、我《われ》は罪《つみ》なし、今《いま》より異邦《いはう》人《じん》に赴《おもむ》かんとす、と。 7斯《かく》て此處《ここ》を去《さ》りて、神《かみ》を尊《たふと》べるチト、ユストと云《い》へる人《ひと》の家《いへ》に入《い》りしが、其《その》家《いへ》は會堂《くわいどう》の隣《となり》にして、 8會堂《くわいどう》の司《つかさ》クリスポ其《その》家族《かぞく》一同《いちどう》と共《とも》に主《しゆ》を信仰《しんかう》し、又《また》コリント人《じん》夥《おびただ》しく教《をしへ》を聴《き》きて、信《しん》じ且《かつ》洗《せん》せられ居《ゐ》たり。 9時《とき》に主《しゆ》夜中《やちゆう》に幻影《まぼろし》を以《もつ》てパウロに曰《のたま》ひけるは、懼《おそ》れずして語《かた》れ、黙《もく》すること勿《なか》れ、 10蓋《けだし》我《われ》汝《なんじ》と共《とも》に在《あ》れば、汝《なんじ》に打《うち》蒐《かか》りて害《がい》する人《ひと》あらじ、其《そ》は我《わが》民《たみ》となるもの此《この》市中《しちゆう》に多《おほ》ければなり、と。 11斯《かく》てパウロは一年《ねん》六箇月《かげつ》の間《あひだ》此處《ここ》に滞在《たいざい》して、彼等《かれら》の中《うち》に神《かみ》の御言《おんことば》を教《をし》へたり。 12然《しか》るにガルリオがアカヤ[州《しう》]の総督《そうとく》たりし時《とき》、ユデア人《じん》心《こころ》を合《あは》せてパウロに逆《さか》らひ、之《これ》を裁判所《さいばんしよ》に召《めし》連《つ》れ、 13此《この》人《ひと》律法《りつぱふ》に反《はん》して神《かみ》を尊《たふと》ぶ事《こと》を人《ひと》に勧《すす》む、と云《い》ひければ、 14パウロ口《くち》を開《ひら》かんとしけるを、ガルリオユデア人《じん》に向《むか》ひて、ユデア人《じん》よ、不正《ふせい》の事《こと》、極惡《ごくあく》の事《こと》ならば、我《わ》が汝《なんじ》等《ら》に聴《き》くは素《もと》より道理《だうり》なれど、 15若《もし》教《をしへ》と名義《めいぎ》と汝《なんじ》等《ら》の律法《りつぱふ》とに関《くわん》する問題《もんだい》ならば、汝《なんじ》等《ら》自《みづか》ら之《これ》を視《み》よ、我《われ》は斯《かか》る事《こと》の審判《しんぱん》者《しや》となるを好《この》まず、と云《い》ひて、 16彼等《かれら》を法廷《はふてい》より追《おゐ》出《いだ》しければ、 17彼等《かれら》皆《みな》會堂《くわいどう》の司《つかさ》ソステネスを捕《とら》へ、裁判所《さいばんしよ》の前《まへ》にて打擲《うちたた》きたり、然《さ》れどガルリオ豪《すこし》も之《これ》を意《い》とせざりき。 18パウロ尚《なほ》久《ひさ》しく滞在《たいざい》して後《のち》、兄弟等《きやうだいたち》に別《わかれ》を告《つ》げ、プリシルラ及《およ》びアクィラも同船《どうせん》して、シリアへ出帆《しゆつぱん》せしが、早《はや》くよりの誓願《せいぐわん》にて、ケンクレに於《おい》て髪《かみ》を剃《そ》りたりき。 19然《さ》てエフェゾに至《いた》り、彼《かの》二人《ふたり》を措《お》きて自《みづか》らは會堂《くわいどう》に入《い》り、ユデア人《じん》と論《ろん》じ居《を》りしが、 20彼等《かれら》尚《なほ》久《ひさ》しく留《とどま》らん事《こと》を請《こ》ひたれど、諾《うけが》はずして、 21別《わか》れを告《つ》げ、神《かみ》の思召《おぼしめし》ならば再《ふたた》び汝《なんじ》等《ら》に返《かへ》るべし、と云《い》ひてエフェゾより出發《しゆつぱつ》し、 22カイザリアに上陸《じやうりく》して[エルザレムに]上《のぼ》り、教會《けうくわい》に挨拶《あひさつ》してアンチオキアに下《くだ》れり。 23パウロアンチオキアに滞在《たいざい》する事《こと》暫《しばら》くにして出發《しゆつぱつ》せしが、次第《しだい》にガラチア地方《ちはう》及《およ》びフリジアを巡《めぐ》りて、弟子《でし》一同《いちどう》を堅固《けんご》ならしめたり。 24時《とき》に名《な》をアポルロと呼《よ》ばれ、能弁《のうべん》にして聖書《せいしよ》に達《たつ》したる、アレキサンドリア生《うま》れのユデア人《じん》、エフェゾに來《きた》りしが、 25此《この》人《ひと》曾《かつ》て主《しゆ》の道《みち》を教《をし》へられ、唯《ただ》ヨハネの洗禮《せんれい》を知《し》るのみなりしかど、熱心《ねつしん》家《か》にして、イエズスの事《こと》を語《かた》り、且《かつ》詳《くわ》しく教《をし》へつつありき。 26然《さ》れば憚《はばか》る所《ところ》なく會堂《くわいどう》に於《おい》て盡力《じんりよく》し出《い》でしを、プリシルラとアクィラと聞《き》きて之《これ》を誘《いざな》ひ、尚《なほ》委《くは》しく主《しゆ》の道《みち》を説《と》き聞《き》かせたり。 27アポルロアカヤ[州《しう》]に往《ゆ》かんと欲《ほつ》しければ、兄弟等《きやうだいたち》書簡《しよかん》を弟子《でし》等《たち》に贈《おく》りて、之《これ》を承容《うけい》れん事《こと》を勧《すす》めしに、彼《かれ》往《ゆ》きて後《のち》、既《すで》に信《しん》じたる人々《ひとびと》に益《えき》する所《ところ》多《おほ》かりき。 28其《そ》は聖書《せいしよ》によりてイエズスのキリストたる事《こと》を證明《しようめい》し、勇《ゆう》を振《ふる》ひて公然《こうぜん》ユデア人《じん》を説伏《ときふ》すればなり。
[編集] 第19章
1然《しか》るにアポルロコリントに居《を》りし時《とき》、パウロは高地《かうち》の方《かた》を巡《めぐ》りてエフェゾに來《きた》り、或《ある》弟子《でし》等《たち》に遇《あ》ひて、 2汝《なんじ》等《ら》信者《しんじや》となりて聖霊《せいれい》を蒙《かうむ》りたるか、と云《い》ひしに、彼等《かれら》、我《われ》等《ら》は聖霊《せいれい》の在《あ》る事《こと》すら聞《き》きし事《こと》なし、と云《い》ひしかば、 3パウロ云《い》ひけるは、然《しか》らば何《なに》によりて洗《せん》せられたるぞ、と。彼等《かれら》云《い》へらく、ヨハネの洗禮《せんれい》を受《う》けたるなり、と。 4パウロ云《い》ひけるは、ヨハネは、己《おのれ》の後《のち》に來《きた》るべき者《もの》、即《すなは》ちイエズスを信《しん》ずべし、と言《い》ひつつ、改心《かいしん》の洗禮《せんれい》を以《もつ》て人民《じんみん》を洗《せん》したるなり、と。 5彼等《かれら》之《これ》を聞《き》きて主《しゆ》イエズスの御名《みな》に由《よ》りて洗《せん》せられ、 6パウロ之《これ》に按手《あんしゆ》せしかば、聖霊《せいれい》彼等《かれら》の上《うへ》に降《くだ》り給《たま》ひて、彼等《かれら》異國《いこく》語《ご》を語《かた》り、且《かつ》預言《よげん》したり、 7是《これ》等《ら》の男子《だんし》凡《およそ》十二人《にん》なりき。 8パウロ會堂《くわいどう》に入《い》りて三《さん》箇月《かげつ》の間《あひだ》憚《はばか》らず語《かた》り、神《かみ》の國《くに》に就《つ》きて論《ろん》じ、人々《ひとびと》を勧《すす》め居《を》りしが、 9或《あるひ》は頑固《かたくな》になりて信《しん》ぜず、主《しゆ》の道《みち》を群衆《ぐんしゆう》の前《まへ》に罵《ののし》る者《もの》ありければ、パウロ彼等《かれら》を去《さ》りて弟子《でし》等《たち》をも別《わか》れしめ、日々《ひび》チランノと云《い》へる人《ひと》の教場《けうぢよう》にて弁論《べんろん》し居《ゐ》たり。 10斯《か》く為《す》る事《こと》二年《ねん》に渉《わた》りしかば、ユデア人《じん》も異邦《いはう》人《じん》も[小《せう》]アジアに住《す》める者《もの》は総《すべ》て主《しゆ》の御言《おんことば》を聞《き》くに至《いた》り、 11神《かみ》は又《また》凡《ただ》ならぬ奇蹟《きせき》をパウロの手《て》に由《よ》りて行《おこな》ひ給《たま》ひ、 12其《その》身《み》より手拭《てぬぐい》或《あるひ》は帯《おび》を取《と》りて病人《びやうにん》に着《つ》くれば、病《やまひ》ひ彼等《かれら》を離《はな》れ惡鬼《あくき》立去《たちさ》る程《ほど》なりき。 13然《しか》るに各地《かくち》を巡《めぐ》るユデアの呪術《まじなひ》師《し》の中《うち》なる或《ある》人々《ひとびと》は、パウロが宣《の》ぶるイエズスによりて我《われ》汝《なんじ》に命《めい》ず、と云《い》ひて、惡鬼《あくき》に憑《つ》かれたる人《ひと》の上《うへ》に、試《こころみ》に主《しゆ》イエズスの御名《みな》を呼《よ》べり。 14斯《か》く為《な》せるはユデア人《じん》なるスケヴァ大司祭《だいしさい》の七《しち》人《にん》の男子《だんし》なりしが、 15惡鬼《あくき》答《こた》へて、我《われ》イエズスを知《し》り、パウロを知《し》れり、然《さ》れど汝《なんじ》等《ら》は誰《たれ》ぞ、と云《い》ひて、 16極惡《ごくあく》の魔《ま》鬼《き》に憑《つ》かれたる其《その》人《ひと》彼等《かれら》に飛《とび》蒐《かか》り、二人《ふたり》を取《とり》押《おさ》へて責《せ》めしかば、彼等《かれら》裸體《はだか》に為《せ》られ傷《きづつ》けられて、其《その》家《いへ》を逃《にげ》去《さ》れり。 17此《この》事《こと》エフェゾに住《す》めるユデア人《じん》及《およ》びギリシア人《じん》一般《いつぱん》に知《し》れ渡《わた》りしかば、恐怖《おそれ》は一同《いちどう》の上《うへ》を襲《おそ》ひて、主《しゆ》イエズスの御名《みな》崇《あが》められつつありき。 18斯《かく》て信仰《しんかう》せる人々《ひとびと》多《おほ》く來《きた》り、己《おの》が行《おこな》ひし事《こと》を説《とき》顕《あらは》はして之《これ》を告白《こくはく》し居《を》り、 19又《また》曾《かつ》て魔術《まじゆつ》を行《おこな》ひたりし人々《ひとびと》多《おほ》く其《その》書籍《しよせき》を持《もち》來《きた》り、衆人《しゆうじん》の前《まへ》にて焼盡《やきつく》ししが、其《その》代價《だいか》を算《さん》りて銀貨《ぎんか》五萬《まん》なる事《こと》を認《みと》めたり。 20神《かみ》の御言《おんことば》の弘《ひろ》まりて勢力《せいりよく》を得《え》つつある事《こと》斯《かく》の如《ごと》くなりき。 21是《これ》等《ら》の事《こと》を為《なし》遂《と》げて後《のち》、パウロ聖霊《せいれい》に勧《すす》められて、マケドニア及《およ》びアカヤを経《へ》てエルザレムへ往《ゆ》かんと志《こころざ》し、我《われ》彼處《かしこ》に至《いた》りて後《のち》ロマをも見《み》ざるべからず、と謂《い》ひて、 22從者《じゆうしや》の中《うち》チモテオとエラストとの二人《ふたり》をマケドニアに遣《つかは》し、其《その》身《み》は暫《しばら》く[小《せう》]アジアに留《とどま》れり。 23然《さ》て此《この》時《とき》に當《あた》り、主《しゆ》の道《みち》に就《つ》きて、一方《ひとかた》ならぬ騒動《さうどう》起《おこ》れり。 24即《すなは》ちデメトリオと云《い》へる一人《ひとり》の銀《ぎん》細工《ざいく》屋《や》あり、ヂアナ女神《めがみ》の銀《ぎん》の厨子《づし》を造《つく》りて、細工《さいく》人《にん》等《ら》に得《え》さする利益《りえき》少《すくな》からざりしが、 25其《その》細工《さいく》人《にん》及《およ》び同業《どうげふ》の職工《しよくこう》を呼集《よびあつ》めて云《い》ひけるは、男《をとこ》等《たち》よ、我《われ》等《ら》の利益《りえき》が此《この》細工《さいく》に依《よ》れる事《こと》は汝《なんじ》等《ら》の知《し》る所《ところ》にして、 26彼《かの》パウロが、手《て》にて造《つく》れるものは神《かみ》に非《あら》ず、と云《い》ひて、既《すで》にエフェゾのみならず、殆《ほとんど》全《ぜん》アジアを説《とき》勧《すす》めて、夥《おびただ》しき人《ひと》を遠《とほ》ざからしめし事《こと》も、亦《また》汝《なんじ》等《ら》の見聞《けんぶん》せる所《ところ》なり。 27之《これ》より起《おこ》る危険《きけん》は、啻《ただ》に我《われ》等《ら》が職業《しよくげふ》の信用《しんよう》を失《うしな》ふ耳《のみ》ならず、ヂアナ大《おほ》女神《めがみ》の宮《みや》も`蔑《ないがしろ》にせられ、アジア及《およ》び世界《せかい》挙《こぞ》りて崇《あが》め奉《たてまつ》る大《おほ》女神《めがみ》の威厳《ゐげん》も失《うせ》行《ゆ》くべき事《こと》是《これ》なり、と。 28彼等《かれら》之《これ》を聞《き》きて怒《いかり》胸《むね》に満《み》ち、叫《さけ》びて、大《おほ》いなる哉《かな》エフェゾ人《じん》のヂアナ、と云《い》へり。 29斯《かく》て市中《しちう》挙《こぞ》りて大《おほ》いに騒《さわ》ぎ立《た》ち、相《あひ》一致《いつち》して、パウロの友《とも》なるマケドニア人《じん》ガイオとアリスタルコとを捕《とら》へて劇場《げきぢよう》に押入《おしい》りたり。 30パウロも群衆《ぐんしゆう》の中《うち》に入込《いりこ》まんとせしを弟子《でし》等《たち》許《ゆる》さず、 31又《また》[小《せう》]アジアにて國《こく》祭《さい》を司《つかさど》れる上官《じやうくわん》中《ちう》に、パウロの親友《しんいう》なる人々《ひとびと》あり、使《つかひ》にて、劇場《げきぢよう》に立入《たちい》らざらん事《こと》を云《い》ひ遣《や》りしが、 32人々《ひとびと》は彼是《かれこれ》と叫《さけ》び居《ゐ》たり、其《そ》は會衆《くわいしゆう》混雑《こんざつ》して、大方《おほかた》の人《ひと》は己《おのれ》等《ら》が何故《なにゆゑ》に集《あつま》りしかをさえ知《し》らざればなり。 33斯《かく》てユデア人《じん》より突《つき》遣《や》られたるアレキサンドルを雑踏《ざつたう》の中《うち》より引出《ひきいだ》ししに、彼《かれ》手眞似《てまね》して静《しづ》まらん事《こと》を乞《こ》ひ、人民《じんみん》に事《こと》の由《よし》を述《の》べんとしたれど、 34人々《ひとびと》彼《かれ》がユデア人《じん》なるを見知《みし》るや、皆《みな》異口同音《いくどうおん》に殆《ほとんど》二時《じ》間《かん》に渉《わた》りて、大《おほ》いなる哉《かな》エフェゾ人《じん》のヂアナ、と叫《さけ》べり。 35斯《かく》て書記官《しよきくわん》群衆《ぐんしゆう》を鎮《しづ》めて後《のち》云《い》ひけるは、エフェゾ人《じん》よ、エフェゾの市《まち》はヅウスの裔《すゑ》なるヂアナ大《おほ》女神《めがみ》の宮《みや》に事《つか》へ奉《まつ》る者《もの》たる事《こと》誰《たれ》かは知《し》らざらん、 36是《これ》拒《こば》むべからざる事《こと》なれば、汝《なんじ》等《ら》宜《よろ》しく穏便《おんびん》にして、何事《なにごと》も軽率《けいそつ》に為《な》すべからず。 37即《すなは》ち汝《なんじ》等《ら》は此《この》人々《ひとびと》を召《めし》連《つ》れたれども、彼等《かれら》は宮《みや》の物《もの》を盗《ぬす》みたるにも非《あら》ず、我《われ》等《ら》の女神《めがみ》を罵《ののし》りたるにも非《あら》ず。 38若《も》しデメトリオ及《およ》び其《その》友《とも》なる細工《さいく》人《にん》等《ら》、或《ある》人《ひと》に就《つ》きて訴《うつた》ふる所《ところ》あらば、法廷《はふてい》の開《ひら》かれたるあり、地方《ちはう》総督《そうとく》の在《あ》るあり、人々《ひとびと》互《たがひ》に告訴《こくそ》すべし。 39汝《なんじ》等《ら》若《もし》他《た》の問題《もんだい》に就《つ》きて議《ぎ》する事《こと》あらば、正當《せいたう》の議會《ぎくわい》に於《おい》て之《これ》を決《けつ》するを得《う》べし。 40蓋《けだし》今日《こんにち》の事《こと》に就《つ》きては、騒亂《さうらん》の咎《とが》を受《う》くる懼《おそれ》あり、其《そ》は此《この》集會《しふくわい》の事《こと》を弁解《べんかい》すべき理由《りいう》、我《われ》等《ら》に一《ひとつ》もあらざればなり、と。書記官《しよきくわん》は斯《か》く云《い》ひ終《をは》りて散會《さんくわい》を告《つ》げたり。
[編集] 第20章
1騒亂《さわぎ》止《や》みて後《のち》、パウロ弟子《でし》等《たち》を呼集《よびあつ》め、奨励《しやうれい》を與《あた》へて別《わかれ》を告《つ》げ、マケドニアへ往《ゆ》かんとて出立《しゆつたつ》せり。 2斯《かく》て彼《かの》地方《ちはう》を巡《めぐ》り、許多《おほく》の談話《だんわ》に人々《ひとびと》を勧《すす》めてギリシアに至《いた》り、 3滞在《たいざい》三《さん》箇月《かげつ》にして、シリアへ出帆《しゆつぱん》せんとしたるに、ユデア人《じん》等《ら》陷《おとし》穴《あな》を設《まう》けて待《ま》ちければ、マケドニアを経《へ》て返《かへ》らんと決心《けつしん》せり。 4伴《ともな》ひし人々《ひとびと》は、ベレエ生《うま》れなるピルロの子《こ》ソパテル、テサロニケ人《じん》アリスタルコ及《およ》びセコンド、デルベン人《じん》ガヨ及《およ》びチモテオ、[小《せう》]アジア人《じん》チキコ及《およ》びトロフィモなりき。 5彼等《かれら》皆《みな》先《さきだ》ちて、トロアにて我《われ》等《ら》を待《ま》ちしが、 6我《われ》等《ら》は無酵《たねなき》麪《ぱん》の祭日《さいじつ》の後《のち》、フィリッピより出帆《しゆつぱん》し、五《いつ》日《か》間《かん》にてトロアに至《いた》り、其處《そこ》に留《とどま》る事《こと》七日《なぬか》なりき。 7週《しう》の第《だい》一日《じつ》、我《われ》等《ら》麪《ぱん》を擘《さ》かんとて集《あつま》りしに、パウロは翌日《よくじつ》出立《しゆつたつ》すべきにて人々《ひとびと》と論《ろん》じ居《を》り、夜半《よなか》まで語《かたり》続《つづ》けしが、 8我《われ》等《ら》が集《あつま》れる高間《たかま》に燈火《ともしび》多《おほ》かりき。 9茲《ここ》にユチコと云《い》へる青年《せいねん》、窓《まど》の上《うへ》に坐《ざ》して熟睡《じゆくすい》したりしに、パウロの語《かた》る事《こと》尚《なほ》久《ひさ》しければ、眠《ねむ》りの為《ため》に三階《がい》より落《お》ち、取上《とりあ》げたれば既《すで》に死《し》したりき。 10パウロ下《くだ》り往《ゆ》きて其《その》上《うへ》に伏《ふ》し、之《これ》を掻《かき》抱《いだ》きて云《い》ひけるは、汝《なんじ》等《ら》憂《うれ》ふること勿《なか》れ、彼《かれ》が魂《たましひ》身《み》の中《うち》に在《あ》り、と。 11斯《かく》て又《また》上《のぼ》りて麪《ぱん》を擘《さ》き且《かつ》食《しよく》し、尚《なほ》拂《よ》暁《あけ》まで語《かたり》続《つづ》けて其《その》儘《まま》出立《しゆつたつ》せり。 12然《さ》て人々《ひとびと》青年《せいねん》の活《い》きたるを連《つれ》來《きた》りしかば、慰《なぐさ》めらるる事《こと》一方《ひとかた》ならざりき。 13爰《ここ》に我《われ》等《ら》はアッソスにてパウロを載《の》せんとて、先《まづ》船《ふね》に乗《の》りて彼處《かしこ》へ出帆《しゆつぱん》せり、其《そ》は彼《かれ》陸行《りくかう》を企《くわだ》てて斯《か》く豫定《よてい》したればなり。 14パウロアッソスにて我《われ》等《ら》に出《いで》遇《あ》ひしかば、我《われ》等《ら》は之《これ》を載《の》せてミチレネに至《いた》り、 15又《また》其處《そこ》を出帆《しゆつぱん》して翌日《よくじつ》キオスの沖合《おきあい》に至《いた》り、次日《つぎのひ》サモスに着《ちやく》し、明日《あくるひ》はミレトに至《いた》れり。 16蓋《けだし》パウロ[小《せう》]アジアにて暇《ひま》取《ど》らざらん為《ため》、エフェゾに立寄《たちよ》らじと決《けつ》したるなりき。是《これ》成《な》るべくばエルザレムにてペンテコステの日《ひ》を過《すご》さんと急《いそ》ぎ居《ゐ》たればなり。 17パウロミレトより人《ひと》をエフェゾに遣《つか》はして、教會《けうくわい》の長老《ちやうらう》等《たち》を呼《よ》び、 18彼等《かれら》來《きたり》集《あつま》りしかば、パウロ之《これ》に謂《い》ひけるは、我《わ》が[小《せう》]アジアに入《い》りし最初《さいしよ》の日《ひ》より、常《つね》に如何《いか》にして汝《なんじ》等《ら》と共《とも》に在《あ》りしかは、汝《なんじ》等《ら》の知《し》る所《ところ》なり、 19即《すなは》ち一切《いつさい》の謙遜《けんそん》と涙《なみだ》と、ユデア人《じん》の企書《たくみ》より我《わが》身《み》に起《おこ》りし患難《くわんなん》とに於《おい》て主《しゆ》に奉事《ほうじ》しつつ、 20汝《なんじ》等《ら》に益《えき》する所《ところ》は豪《すこし》も隠《かく》す事《こと》なく、之《これ》を汝《なんじ》等《ら》に知《し》らせ、公《おほやけ》にても又《また》家々《いへいへ》に就《つ》きても汝《なんじ》等《ら》を教《をし》へ、 21ユデア人《じん》にも異邦《いはう》人《じん》にも、神《かみ》に對《たい》して改心《かいしん》すべき事《こと》、我主《わがしゆ》イエズス、キリストを信仰《しんかう》すべき事《こと》を證明《しようめい》したり。 22今《いま》我《われ》[聖《せい》]霊《れい》に迫《せま》られてエルザレムに赴《おもむ》くなるが、如何《いか》なる事《こと》の我《わが》身《み》に到來《たうらい》すべきかは之《これ》を知《し》らず、 23唯《ただ》聖霊《せいれい》が凡《すべ》ての市町《まち》に於《おい》て我《われ》に保證《ほしよう》し、縲絏《なはめ》と患難《くわんなん》と我《われ》をエルザレムに待《ま》てり、と曰《のたま》へるを知《し》るのみ。 24然《さ》れども是《これ》等《ら》の事《こと》我《われ》一《ひとつ》も恐《おそろ》しと為《せ》ず、我《わ》が行《ゆ》くべき道《みち》を喜《よろこ》びて全《まつた》うし、主《しゆ》イエズスより賜《たま》はりたる恩寵《おんちよう》の福音《ふくいん》を證明《しようめい》するの[聖《せい》]役《えき》をだに盡《つく》し得《え》ば、我《わが》生命《せいめい》をも尊《たふと》しとは為《せ》ざるべし。 25我《われ》は知《し》れり、我《われ》曾《かつ》て行《ゆき》廻《めぐ》りて汝《なんじ》等《ら》の中《うち》に神《かみ》の國《くに》を宣傳《のべつた》へたりしが、看《み》よ、今《いま》汝《なんじ》等《ら》総《すべ》て再《ふたた》び我《わが》顔《かほ》を見《み》ざるべし。 26故《ゆゑ》に我《われ》今日《こんにち》汝《なんじ》等《ら》に断言《だんげん》す、衆人《しゆうじん》の血《ち》に就《つ》きて我《われ》は罪《つみ》なし、と。 27其《そ》は神《かみ》の思召《おぼしめし》を洩《もら》す所《ところ》なく、悉《ことごと》く汝《なんじ》等《ら》に告《つ》げたればなり。 28聖霊《せいれい》は神《かみ》の教會《けうくわい》、即《すなは》ち御血《おんち》を以《もつ》て得《え》給《たま》ひたる教會《けうくわい》を牧《ぼく》せよとて、汝《なんじ》等《ら》を立《た》てて群《むれ》の上《うへ》に監督《かんとく》たらしめ給《たま》ひたれば、汝《なんじ》等《ら》己《おのれ》にも群《むれ》全體《ぜんたい》の上《うへ》にも省《かへり》みよ。 29我《われ》は知《し》れり、我《わ》が出立《しゆつたつ》の後《のち》、群《むれ》を惜《をし》まざる猛《たけき》狼《おほかみ》、汝《なんじ》等《ら》の中《うち》に入《い》らんとす。 30又《また》弟子《でし》等《たち》を誘《さそ》ひて己《おのれ》に從《したが》はせんとて、邪《よこしま》なる事《こと》を語《かた》る人々《ひとびと》、汝《なんじ》等《ら》の中《うち》にも起《おこ》るべければ、 31汝《なんじ》等《ら》、我《わ》が三年《ねん》の間《あひだ》晝夜《ちうや》となく、涙《なみだ》を以《もつ》て一人《ひとり》々々《びとり》汝《なんじ》等《ら》を勧《すす》めて止《や》まざりし事《こと》を、記憶《きおく》に止《と》めて警戒《けいかい》せよ。 32今《いま》や我《われ》汝《なんじ》等《ら》を神《かみ》に委《ゆだ》ね、又《また》能《よ》く建物《たてもの》を造《つく》る事《こと》と総《すべ》て聖《せい》と為《せ》られたる人《ひと》と共《とも》に嗣《よつぎ》たらしむる事《こと》とを得《え》給《たま》ふものの恩寵《おんちよう》の言《ことば》に委《ゆだ》ぬ。 33我《わ》が人《ひと》の金銀《きんぎん》衣服《いふく》を貪《むさぼ》りし事《こと》なきは、 34汝《なんじ》等《ら》の自《みづか》ら知《し》れるが如《ごと》し。其《そ》は我《われ》及《およ》び我《われ》と共《とも》に在《あ》る人々《ひとびと》の要《えう》する所《ところ》は、此《この》兩手《りやうて》之《これ》を供給《きようきふ》したればなり。 35斯《かく》の如《ごと》く、働《はたら》きて弱《よわ》き人《ひと》を扶《たす》くべき事《こと》、「與《あた》ふるは受《う》くるよりも福《さいはひ》なり」、と主《しゆ》イエズスの曰《のたま》ひし御言《おんことば》を記憶《きおく》すべき事《こと》を、我《われ》は萬事《ばんじ》に於《おい》て汝《なんじ》等《ら》に示《しめ》せり、と。 36斯《か》く言《い》ひ終《をは》りて後《のち》、パウロ跪《ひざまづ》きて一同《いちどう》と共《とも》に祈《いの》りけるが、 37皆《みな》大《おほ》いに悲《かなしみ》歎《なげ》き、パウロの頚《くび》に抱《いだき》付《つ》きて接吻《せつぷん》し、 38再《ふたた》び其《その》顔《かほ》を見《み》ざるべし、と云《い》ひし言《ことば》によりて殊更《ことさら》に悲《かなし》みたりしが、人々《ひとびと》彼《かれ》を船《ふね》まで送《おくり》行《ゆ》けり。
[編集] 第21章
1我《われ》等《ら》は漸《やうや》く彼等《かれら》に別《わか》れて船《ふね》に乗《の》り、コス[島《じま》]に直航《ちよくかう》して翌日《よくじつ》ロデ[島《じま》]に至《いた》り、其《それ》よりパタラ[市《し》]に往《ゆ》きしが、 2フェニケアへ渡海《とかい》する船《ふね》に遇《あ》ひたれば、之《これ》に乗《の》りて出帆《しゆつぱん》し、 3クプロ[島《じま》]沖《おき》に至《いた》り、之《これ》を左《ひだり》に見《み》てシリアに渡《わた》り、チロに至《いた》れり。其《そ》は其處《そこ》にて船荷《ふなに》を卸《おろ》すべければなり。 4然《さ》て弟子《でし》等《たち》を尋《たづね》出《いだ》して、其處《そこ》に留《とどま》る事《こと》七日《なぬか》なりしが、彼等《かれら》は[聖《せい》]霊《れい》によりて、パウロにエルザレムへ上《のぼ》ること勿《なか》れ、と謂《い》ひ居《ゐ》たり。 5七日《なぬか》の後《のち》出發《しゆつぱつ》して往《ゆ》きけるに、彼等《かれら》皆《みな》妻子《さいし》と共《とも》に市外《しぐわい》まで送《おく》りしかば、我《われ》等《ら》は海岸《かいがん》に跪《ひざまづ》きて祈《いの》り、 6互《たがひ》に別《わかれ》を告《つ》げて、我《われ》等《ら》は船《ふね》に乗《の》り彼等《かれら》は家《いへ》に歸《かへ》れり。 7斯《かく》て我《われ》等《ら》チロより海《うみ》を渡《わた》り終《は》てて、プトレマイスに上陸《じやうりく》し、兄弟等《きやうだいたち》に挨拶《あいさつ》して彼等《かれら》の許《もと》に留《とどま》る事《こと》一《いち》日《じつ》、 8翌日《よくじつ》出立《しゆつたつ》してカイザリアに至《いた》り、彼《かの》七《しち》人《にん》の一人《ひとり》なるフィリッポ福音《ふくいん》師《し》の家《いへ》に入《い》りて其《その》許《もと》に留《とどま》りしが、 9是《これ》に童貞《どうてい》なる四《よ》人《にん》の女《むすめ》ありて、皆《みな》預言《よげん》しつつありき。 10我《われ》等《ら》が數日《すうじつ》此處《ここ》に止《とどま》れる間《あひだ》に、アガポと云《い》へる一人《ひとり》の預言《よげん》者《しや》ユデアより來《きた》り、 11我《われ》等《ら》に近《ちか》づきてパウロの帯《おび》を取《と》り、己《おの》が手足《てあし》を縛《しば》りて云《い》ひけるは、聖霊《せいれい》曰《のたま》はく、エルザレムに於《おい》て斯《かく》の如《ごと》く、ユデア人《じん》此《この》帯《おび》の主《ぬし》をば縛《しば》りて異邦《いはう》人《じん》に付《わた》さん、と。 12之《これ》を聞《き》きて、我《われ》等《ら》も土地《とち》の人々《ひとびと》も、エルザレムに上《のぼ》ること勿《なか》れと願《ねが》ひ居《ゐ》たれど、 13パウロ答《こた》へて云《い》ひけるは、汝《なんじ》等《ら》何《なに》為《すれ》ぞ泣《な》きて我《わが》心《こころ》を憂《うれ》ひしむる、我《われ》は主《しゆ》イエズスの御名《みな》の為《ため》には、エルザレムに於《おい》て縛《しば》らるる耳《のみ》ならず、死《し》ぬる覚悟《かくご》をさえ為《な》せるなり、と。 14我《われ》等《ら》は終《つひ》に説《とき》得《え》ずして、主《しゆ》の御旨《みむね》の儘《まま》に成《な》れかし、と云《い》ひて止《や》みたり。 15數日《すうじつ》の後《のち》、我《われ》等《ら》は旅《たび》支度《じたく》してエルザレムに上《のぼ》る時《とき》、 16カイザリアよりの弟子《でし》數人《すにん》、來《きた》りて我《われ》等《ら》に伴《ともな》ひ、ムナソンと云《い》へるクプロ生《うま》れの古《ふる》き弟子《でし》の許《もと》に宿《やど》らせんとて、其《その》家《いへ》に伴《ともな》ひ行《ゆ》けり。 17エルザレムに至《いた》りしかば、兄弟等《きやうだいたち》は我《われ》等《ら》を歓迎《くわんげい》せり。 18翌日《よくじつ》パウロ我《われ》等《ら》と共《とも》にヤコボの家《いへ》に入《い》りしに、長老《ちやうらう》等《たち》皆《みな》集《あつま》りしかば、 19パウロ彼等《かれら》に接吻《せつぷん》して、己《おの》が聖《せい》役《えき》に由《よ》りて異邦《いはう》人《じん》の中《うち》に神《かみ》の為《な》し給《たま》ひし事《こと》を具《つぶさ》に語《かた》りけるに、 20彼等《かれら》聞《き》きて神《かみ》を賞賛《しやうさん》し、且《かつ》パウロに謂《い》ひけるは、兄弟《きやうだい》よ、汝《なんじ》の見《み》る如《ごと》く、ユデア人《じん》の中《うち》信《しん》じたる者《もの》幾《いく》萬《まん》に及《およ》びて、皆《みな》律法《りつぱふ》の熱心《ねつしん》家《か》なるが、 21彼等《かれら》は、汝《なんじ》が異邦《いはう》人《じん》中《ちゆう》のユデア人《じん》に向《むか》ひ、面々《めんめん》の男子《だんし》等《ら》に割禮《かつれい》を授《さづ》くるに及《およ》ばず、慣例《くわんれい》に從《したが》ふに及《およ》ばず、と云《い》ひてモイゼに遠《とほ》ざかる事《こと》を教《をし》ふるを聞《き》けり。 22然《さ》て如何《いか》にかすべき、彼等《かれら》は汝《なんじ》が來《きた》れる事《こと》を聞《き》くべければ、必《かなら》ず夥《おびただ》しく來《きたり》集《あつま》るならん。 23然《さ》れば我《われ》等《ら》が汝《なんじ》に告《つ》ぐる所《ところ》を為《な》せ、我《われ》等《ら》に誓願《せいぐわん》を有《いう》せる人《ひと》四《よ》人《にん》あり、 24汝《なんじ》彼等《かれら》を引《ひき》取《と》りて共《とも》に身《み》を潔《きよ》め、且《かつ》費用《ひよう》を弁《べん》じて其《その》頭《かしら》を剃《そ》り得《え》させよ、然《しか》せば人《ひと》皆《みな》、汝《なんじ》に就《つ》きて聞《き》きし所《ところ》の僞《いつはり》にして、汝《なんじ》自《みづか》ら律法《りつぱふ》を守《まも》りつつ歩《あゆ》める事《こと》を知《し》るべし、 25異邦《いはう》人《じん》にして信《しん》じたる人々《ひとびと》に関《くわん》しては、我《われ》等《ら》議定《ぎてい》して、唯《ただ》、偶像《ぐうざう》に献《ささ》げられし物《もの》と血《ち》と絞殺《しめころ》されしものと私通《しつう》とを避《さ》くべし、と書贈《かきおく》れり、と。 26斯《かく》てパウロ彼《かの》人々《ひとびと》を引《ひき》取《と》り、翌日《よくじつ》身《み》を潔《きよ》めて共《とも》に[神《しん》]殿《でん》に入《い》り、面々《めんめん》の為《ため》に供物《そなへもの》を為《な》さんとて、潔《きよめ》の期日《きじつ》を定《さだ》めたり。 27七日《なぬか》の終《をは》らんとする時《とき》、[小《せう》]アジアよりのユデア人《じん》、パウロを[神《しん》]殿《でん》の内《うち》に見《み》しかば、人民《じんみん》を煽動《せんどう》し、彼《かれ》に手《て》を懸《か》けて叫《さけ》びけるは、 28助《たす》けよ、イスラエルの男子《だんし》等《たち》、是《これ》至《いた》る處《ところ》に人民《じんみん》と律法《りつぱふ》と此《この》所《ところ》とに反《はん》する事《こと》を人々《ひとびと》に教《をし》へ、而《しか》も異邦《いはう》人《じん》を[神《しん》]殿《でん》に入《い》らしめて、此《この》聖所《せいじよ》を穢《けが》せる者《もの》なり、と。 29蓋《けだし》彼等《かれら》はエフェゾ人《じん》なるトロフィモが彼《かれ》と共《とも》に市中《しちゆう》に在《あ》るを見《み》て、パウロ之《これ》を[神《しん》]殿《でん》に入《い》れたりと思《おも》ひしなり。 30是《ここ》に於《おい》て市中《しちゆう》挙《こぞ》りて立《たち》騒《さわ》ぎ、人民《じんみん》馳《はせ》集《あつま》りてパウロを捕《とら》へ、[神《しん》]殿《でん》の外《そと》に引出《ひきいだ》ししが、門《もん》は直《ただち》に鎖《とざ》されたり。 31然《さ》て人々《ひとびと》パウロを殺《ころ》さんと謀《はか》りければ、軍隊《ぐんたい》の千夫長《せんぷちやう》の許《もと》に、エルザレム全《まつた》く亂《みだ》れたりとの報告《ほうこく》あり、 32千夫長《せんぷちやう》直《ただち》に、兵卒《へいそつ》及《およ》び百夫《ひやくふ》長《ちやう》らを率《ひき》ゐて人民《じんみん》の所《ところ》に馳《はせ》來《きた》りしかば、人々《ひとびと》千夫長《せんぷちやう》と兵卒《へいそつ》とを見《み》て、パウロを打《う》つ事《こと》を罷《や》めたり。 33千夫長《せんぷちやう》近《ちか》づきて之《これ》を捕《とら》へ、命《めい》じて二《ふたつ》の鎖《くさり》にて繋《つな》がせ、是《こ》は誰《たれ》なるぞ、何《なに》を為《な》ししぞ、と尋《たづ》ぬるに、 34群衆《ぐんしゆう》の中《うち》より口々《くちぐち》に彼是《かれこれ》と叫《さけ》び、騒《さわ》がしさに事實《じじつ》を確《たしか》むる事《こと》能《あた》はざれば、命《めい》じてパウロを兵営《へいえい》の内《うち》に牽入《ひきい》れしめしが、 35階段《かいだん》に至《いた》り、パウロ人民《じんみん》の[押合《おしあ》ふ]勢《いきほひ》の為《ため》、兵卒《へいそつ》に舁《かき》上《あ》げらるるに及《およ》べり、 36其《そ》は彼《かれ》を殺《ころ》せと叫《さけ》びつつ、人民《じんみん》夥《おびただ》しく後《あと》を慕《した》へばなり。 37パウロ牽《ひ》かれて兵営《へいえい》に入《い》らんとする時《とき》、千夫長《せんぷちやう》に向《むか》ひ、我《われ》汝《なんじ》に語《かた》りて可《よ》きか、と云《い》ひしかば彼《かれ》云《い》ひけるは、汝《なんじ》ギリシア語《ご》を知《し》れりや、 38過日《くわじつ》騒動《さうどう》を起《おこ》して四千人《にん》の刺客《せきかく》を野《の》に引出《ひきいだ》ししエジプト人《じん》は汝《なんじ》に非《あら》ずや、と。 39パウロ之《これ》に謂《い》ひけるは、我《われ》實《じつ》はシリシア[州《しう》]のタルソ生《うま》れなるユデア人《じん》にして、隠《かく》れなき町《まち》の公民《こうみん》なり、乞《こ》ふ人民《じんみん》に言《ものい》ふ事《こと》を許《ゆる》せ、と。 40彼《かれ》許《ゆる》ししかば、パウロ階段《かいだん》に立《た》ちて人民《じんみん》に手眞似《てまね》したるに、皆《みな》沈黙《ちんもく》したりければ、ヘブレオ語《ご》にて語《かた》りけるは。
[編集] 第22章
1兄弟《きやうだい》にして父《ちち》たる人々《ひとびと》よ、我《わ》が汝《なんじ》等《ら》に述《の》べんとする事由《ことわけ》を聞《き》け、と。 2人々《ひとびと》彼《かれ》がヘブレオ語《ご》にて語《かた》るを聞《き》きて一層《ひとしほ》沈黙《ちんもく》せり。 3斯《かく》てパウロ言《い》ひけるは、我《われ》はユデア人《じん》にして、シリシアのタルソに生《うま》れ、此《この》市中《まち》に育《そだ》てられ、先祖《せんぞ》の律法《りつぱふ》の眞理《しんり》に從《したが》ひてガマリエルの足下《あしもと》に教《をし》へられ、律法《りつぱふ》の為《ため》に奮励《ふんれい》せしは、恰《あたか》も今日《けふ》汝《なんじ》等《ら》一同《いちどう》の為《な》せる如《ごと》くなりき。 4我《わ》が男女《だんぢよ》を縛《しば》り且《かつ》拘留《こうりう》して、死《し》に至《いた》らしむるまで此《この》道《みち》を迫害《はくがい》せしは、 5司祭《しさい》長《ちやう》及《およ》び長老《ちやうらう》會《くわい》が我《われ》に就《つ》きて證明《しようめい》せるが如《ごと》し。我《われ》又《また》彼等《かれら》より兄弟等《きやうだいたち》に宛《あ》てたる書簡《しよかん》を受《う》け、人々《ひとびと》を縛《しば》りてエルザレムに牽《ひ》き、刑《けい》を受《う》けしめんとてダマスコへ往《ゆ》きつつありしに、 6ダマスコに近《ちか》づかんとする途中《みちすがら》、日中《につちゆう》に忽《たちま》ち大《おほ》いなる光《ひかり》ありて我《われ》を圍《かこみ》照《てら》せり。 7然《さ》て地《ち》に倒《たふ》れて、サウロよ、サウロよ、何故《なにゆゑ》に我《われ》を迫害《はくがい》するぞ、と我《われ》に謂《い》へる聲《こゑ》を聞《き》き、 8主《しゆ》よ、汝《なんじ》は誰《たれ》ぞ、と答《こた》へしに、我《われ》は汝《なんじ》が迫害《はくがい》せるナザレトのイエズスなり、と謂《い》はれたり。 9伴侶《みちづれ》なる人々《ひとびと》は光《ひかり》を見《み》たれど、我《われ》に語《かた》れる者《もの》の聲《こゑ》をば聞分《ききわ》けざりき。 10然《さ》て我《われ》、主《しゆ》よ、何《なに》を為《な》すべきぞ、と云《い》ひたるに主《しゆ》曰《のたま》はく、立《た》ちてダマスコに往《ゆ》け、総《すべ》て汝《なんじ》の為《ため》に定《さだま》りたる事《こと》は其處《そこ》にて言《い》はるべし、と。 11斯《かく》て我《われ》は彼《かの》光《ひかり》の輝《かがやき》の為《ため》に目《め》見《み》えざれば、伴侶《みちづれ》の人《ひと》に手《て》を引《ひ》かれてダマスコに至《いた》れり。 12然《しか》るにアナニアとて、律法《りつぱふ》を遵奉《じゆんぽう》し敬虔《けいけん》にして、當《たう》地《ち》に住《す》めるユデア人《じん》一般《いつぱん》に好評《かうひやう》ある人《ひと》、 13我《わが》許《もと》に來《きた》り側《かたはら》に立《た》ちて、兄弟《きやうだい》サウロ、見《み》よ、と言《い》ひしかば我《われ》即時《そくじ》に之《これ》を見《み》たり。 14彼《かれ》又《また》言《い》ひけるは、我《われ》等《ら》の先祖《せんぞ》の神《かみ》は、汝《なんじ》をして御旨《みむね》を知《し》り、義《ぎ》なる者《もの》を見《み》、其《その》口《くち》づから聲《こゑ》を聞《き》かしめん事《こと》を豫定《よてい》し給《たま》へり。 15其《そ》は汝《なんじ》見聞《みきき》せし事《こと》に就《つ》きて、萬民《ばんみん》に彼《かれ》が證人《しようにん》たるべければなり。 16今《いま》は何《なに》をか躊躇《ためら》ふぞや、立《た》ちて洗《せん》せられよ、御名《みな》を頼《たの》みて汝《なんじ》の罪《つみ》を滌《すすぎ》去《さ》れ、と。 17斯《かく》て我《われ》エルザレムに返《かへ》り、神殿《しんでん》にて祈《いの》れる折《をり》、氣《き》を奪《うば》はるる如《ごと》くになりて、 18主《しゆ》を見《み》奉《たてまつ》りしが、主《しゆ》我《われ》に向《むか》ひて、急《いそ》げ、早《はや》くエルザレムを出《い》でよ、其《そ》は人々《ひとびと》我《われ》に関《くわん》する汝《なんじ》の證明《しようめい》を承容《うけい》れざるべければなり、と曰《のたま》へり。 19其《その》時《とき》我《われ》、主《しゆ》よ、我《わ》が曾《かつ》て主《しゆ》を信《しん》ずる人々《ひとびと》を監獄《かんごく》に閉籠《とぢこ》め、之《これ》を諸《しよ》會堂《くわいどう》にて鞭《むちう》ちし事《こと》、 20又《また》主《しゆ》の證人《しようにん》ステファノの血《ち》の流《なが》されし時《とき》に立《たち》會《あ》ひ、且《かつ》賛成《さんせい》して之《これ》を殺《ころ》す人々《ひとびと》の上衣《うはぎ》を守《まも》りたりし事《こと》は、彼等《かれら》の知《し》る所《ところ》なり、と言《い》ひたるに、 21主《しゆ》我《われ》に曰《のたま》ひけるは、往《ゆ》け、汝《なんじ》を遠《とほ》く異邦《いはう》人《じん》に遣《つか》はすべし、と。 22人々《ひとびと》此《この》言《ことば》まで聴《き》きけるが、是《ここ》に至《いた》りて聲《こゑ》張《はり》揚《あ》げ、斯《かか》る者《もの》を地上《ちじやう》より取《とり》除《の》けよ、活《い》くるに足《た》らず、と謂《い》ひて、 23叫《さけ》びつつ衣服《いふく》を脱《ぬぎ》棄《す》て、且《かつ》空中《くうちゆう》に塵《ちり》を投《なげ》飛《とば》しければ、 24千夫長《せんぷちやう》命《めい》じてパウロを兵営《へいえい》に牽入《ひきい》れしめ、又《また》人々《ひとびと》が彼《かれ》に對《たい》して斯《か》くまでに叫《さけ》ぶことの何故《なにゆゑ》なるかを知《し》らんとて、鞭《むちう》たしめ拷問《がうもん》せしめんとせり。 25然《さ》れば人々《ひとびと》革《かは》紐《ひも》を以《もつ》て縛《しば》りたるに、パウロ側《かたはら》に立《た》てる百夫《ひやくふ》長《ちやう》に謂《い》ひけるは、ロマ人《じん》にして而《しか》も宣告《せんこく》せられざる者《もの》を汝《なんじ》等《ら》が鞭《むちう》つこと可《よ》きか、と。 26百夫《ひやくふ》長《ちやう》之《これ》を聞《き》きて千夫長《せんぷちやう》に近《ちか》づき、告《つ》げて、汝《なんじ》如何《いか》にせんとするぞ、此《この》人《ひと》はロマの公民《こうみん》なる者《もの》を、と云《い》ひしかば、 27千夫長《せんぷちやう》近《ちか》づきてパウロに謂《い》ひけるは、我《われ》に告《つ》げよ、汝《なんじ》はロマ人《じん》なりや、と。パウロ、然《しか》り、と云《い》ひしに、 28千夫長《せんぷちやう》、我《われ》は大金《たいきん》を以《もつ》て此《この》公民《こうみん》権《けん》を得《え》たり、と答《こた》へしかばパウロ、我《われ》は尚《なほ》生《うま》れながらにして然《しか》り、と云《い》へり。 29是《ここ》に於《おい》て拷問《がうもん》せんとせし人々《ひとびと》忽《たちま》ち立去《たちさ》り、千夫長《せんぷちやう》も亦《また》、其《その》ロマ公民《こうみん》たる事《こと》を知《し》りて後《のち》は、之《これ》を縛《しば》りたるが為《ため》に懼《おそ》れたり。 30翌日《よくじつ》パウロがユデア人《じん》に訴《うつた》へらるる所以《ゆゑん》を尚《なほ》詳《くわ》しく知《し》らんとて、千夫長《せんぷちやう》は其《その》縲絏《なはめ》を釈《と》き、命《めい》じて司祭《しさい》等《たち》と全《ぜん》議會《ぎくわい》とを招集《せうしふ》し、パウロを牽《ひき》出《いだ》して其《その》前《まへ》に立《た》たしめたり。
[編集] 第23章
1パウロ議員《ぎゐん》の方《かた》を熟視《みつ》めて云《い》ひけるは、兄弟《きやうだい》たる人々《ひとびと》よ、我《われ》今日《こんにち》に至《いた》るまで、良心《りやうしん》を盡《つく》して神《かみ》の御前《みまへ》に事《つか》へたり、と。 2是《ここ》に於《おい》て司祭《しさい》長《ちやう》アナニア、立《たち》添《そ》へる人々《ひとびと》に、パウロの口《くち》を打《う》てと命《めい》ぜしかば、 3パウロ之《これ》に謂《い》ひけるは、白《しろ》塗《ぬり》の壁《かべ》よ、神《かみ》は汝《なんじ》を打《う》ち給《たま》はん、汝《なんじ》律法《りつぱふ》の儘《まま》に我《われ》を審《さば》かんとて坐《ざ》しながら、律法《りつぱふ》に反《はん》して命《めい》じて我《われ》を打《う》たしむるか、と。 4立《たち》會《あ》へる人々《ひとびと》、汝《なんじ》神《かみ》の大司祭《だいしさい》を詛《のろ》ふや、と云《い》ひしに、 5パウロ云《い》ひけるは、兄弟等《きやうだいたち》よ、我《われ》其《その》大司祭《だいしさい》なる事《こと》を知《し》らざりき。蓋《けだし》録《かきしる》して「汝《なんじ》が民《たみ》の君《きみ》を詛《のろ》ふこと勿《なか》れ」とあり、と。 6パウロ議員《ぎゐん》の一部《いちぶ》はサドカイ人《じん》なるに、一部《いちぶ》はファリザイ人《じん》なる事《こと》を知《し》りて、議會《ぎくわい》に呼《よば》はりけるは、兄弟《きやうだい》たる人々《ひとびと》よ、我《われ》はファリザイ人《じん》の子《こ》にして、ファリザイ人《じん》なるが、死人《しにん》の復活《ふくくわつ》の希望《きぼう》の為《ため》に裁判《さいばん》せらるるなり、と。 7斯《か》く云《い》ひしかば、ファリザイ人《じん》とサドカイ人《じん》との間《あひだ》に激論《げきろん》起《おこ》りて、會衆《くわいしゆう》分裂《ぶんれつ》せり。 8其《そ》はサドカイ人《じん》は復活《ふくくわつ》も天使《てんし》も霊《れい》も無《な》しと言《い》ふを、ファリザイ人《じん》は孰《いづ》れも有《あ》りと主張《しゆちよう》すればなり。 9然《さ》て凄《すさま》じき叫喚《さけび》となりて、ファリザイ人《じん》中《ちゆう》の或《ある》者《もの》等《ども》立《たち》争《あらそ》ひて云《い》ひけるは、我《われ》等《ら》此《この》人《ひと》に何等《なんら》の惡《あく》をも認《みと》めず、若《もし》霊《れい》又《また》は天使《てんし》ありて彼《かれ》に語《かた》りたらんには如何《いかん》、とて、 10激《はげ》しき争《あらそ》ひとなりしかば、千夫長《せんぷちやう》パウロが彼等《かれら》に引裂《ひきさ》かれん事《こと》を恐《おそ》れて、兵卒《へいそつ》に命《めい》じ、下《くだ》りて彼等《かれら》の中《うち》よりパウロを奪《うばひ》取《と》り、営《えい》内《ない》に牽入《ひきい》れしめたり。 11次《つぎの》夜《よ》、主《しゆ》忽《たちま》ちパウロの傍《かたはら》に現《あらは》れて曰《のたま》ひけるは、励《はげ》め、蓋《けだし》エルザレムに於《おい》て我《われ》を證《しよう》したるが如《ごと》く、ロマに於《おい》ても證《しよう》せざるべからず、と。 12夜《よ》明《あ》けて、或《ある》ユデア人《じん》等《ども》相《あひ》集《あつま》り、誓《ちか》ひてパウロを殺《ころ》すまでは飲食《いんしよく》すまじと言《い》へり。 13此《この》企《くはだて》に與《あづか》りし者《もの》四十人《にん》以上《いじやう》なりしが、 14司祭《しさい》長《ちやう》と長老《ちやうらう》等《たち》との許《もと》に至《いた》りて云《い》ひけるは、我《われ》等《ら》大願《だいぐわん》を立《た》てて、パウロを殺《ころ》すまでは何《なに》をも口《くち》に入《い》れじと誓《ちか》へり。 15然《さ》れば、パウロの事情《じじやう》を尚《なほ》詳《くわ》しく知《し》らんとする如《ごと》くにして、彼《かれ》を汝《なんじ》等《ら》の前《まへ》に出頭《しゆつとう》せしむる様《やう》、千夫長《せんぷちやう》に報知《ほうち》せよ、我《われ》等《ら》其《その》近《ちか》づかざる中《うち》に之《これ》を殺《ころ》さんと覚悟《かくご》せり、と。 16パウロが姉妹《しまい》の子《こ》、此《この》惡《あく》計《けい》を聞《き》きて、行《ゆ》きて兵営《へいえい》の内《うち》に入《い》りパウロに之《これ》を告《つ》げしかば、 17パウロ一人《ひとり》の百夫《ひやくふ》長《ちやう》を呼《よ》びて云《い》ひけるは、請《こ》ふ此《この》青年《せいねん》を千夫長《せんぷちやう》の許《もと》に携《たづさ》へ往《ゆ》け、其《そ》は彼《かれ》に告《つ》ぐべき事《こと》あればなり、と。 18百夫《ひやくふ》長《ちやう》携《たづさ》へて之《これ》を千夫長《せんぷちやう》の許《もと》に導《みちび》き、然《さ》て云《い》ひけるは、囚人《しうじん》パウロ我《われ》に請《こ》ふに、汝《なんじ》に語《かた》るべき事《こと》ある此《この》青年《せいねん》を汝《なんじ》の許《もと》に導《みちび》かん事《こと》を以《もつ》てせり、と。 19千夫長《せんぷちやう》青年《せいねん》の手《て》を取《と》りて別所《べつしよ》に連行《つれゆ》き、我《われ》に語《かた》るべき事《こと》とは何事《なにごと》ぞ、と問《と》ひしかば、 20彼《かれ》云《い》ひけるは、ユデア人《じん》申《まうし》合《あは》せて、パウロの事情《じじやう》を尚《なほ》確《たしか》に尋問《じんもん》せんとする如《ごと》くにして、明日《あす》パウロを議會《ぎくわい》に出頭《しゆつとう》せしめん事《こと》を汝《なんじ》に申出《まうしい》でんとす、 21然《さ》れど彼等《かれら》を信《しん》ずること勿《なか》れ、其《そ》は彼等《かれら》の中《うち》四十人《にん》以上《いじやう》の者《もの》等《ども》、彼《かれ》を殺《ころ》すまでは飲食《いんしよく》せずと誓《ちか》ひ、今《いま》既《すで》に準備《じゆんび》して、汝《なんじ》の約束《やくそく》を待《ま》ちつつあればなり、と。 22千夫長《せんぷちやう》、此《この》事《こと》を我《われ》に告《つ》げたりと誰《たれ》にも語《かた》ること勿《なか》れ、と戒《いまし》めて青年《せいねん》を返《かへ》し、 23然《さ》て二人《ふたり》の百夫《ひやくふ》長《ちやう》を呼《よ》びて云《い》ひけるは、汝《なんじ》等《ら》カイザリアに向《む》けて、兵卒《へいそつ》二百人《にん》、騎兵《きへい》七十人《にん》、槍持《やりもち》二百人《にん》を夜《よる》の九時《じ》より仕立《した》てさせ、 24又《また》馬《うま》を備《そな》へてパウロを乗《の》らしめ、無事《ぶじ》に総督《そうとく》フェリクスの許《もと》へ伴《ともな》ひ行《ゆ》かしめよ、と。 25是《これ》ユデア人《じん》がパウロを捕《とら》へて殺《ころ》す事《こと》あらば、己《おのれ》賄賂《まひなひ》を受《う》けたる如《ごと》く、後《のち》に至《いた》りて讒訴《ざんそ》せられん事《こと》を恐《おそ》れし故《ゆゑ》なり。 26然《さ》て書《かき》添《そ》へたる書簡《しよかん》の文《ぶん》左《さ》の如《ごと》し、 27クロウヂオ、ルジア、最《いと》尊《たふと》き総督《そうとく》フェリクスに挨拶《あいさつ》す。此《この》人《ひと》ユデア人《じん》に捕《とら》へられて既《すで》に殺《ころ》されんとせしを、我《われ》其《その》ロマ人《じん》たる事《こと》を聞《き》き、軍隊《ぐんたい》を牽往《ひきゆ》きて救出《すくひいだ》したるが、 28彼等《かれら》の之《これ》を咎《とが》むる所以《ゆゑん》を知《し》らんと欲《ほつ》して、之《これ》を其《その》議會《ぎくわい》に召《めし》連《つ》れたるに、 29我《われ》は其《その》訴《うつた》へらるる所《ところ》が彼等《かれら》の律法《りつぱふ》に関《くわん》する問題《もんだい》たるを認《みと》めて、聊《いささか》も死刑《しけい》若《もし》くは入獄《にふごく》に當《あた》る罪《つみ》あるを認《みと》めず、 30加之《しかのみならず》彼等《かれら》之《これ》を害《がい》せんとする企《くはだて》ありと告《つ》げられたれば、之《これ》を汝《なんじ》の許《もと》に送《おく》り、告訴《こくそ》人《にん》にも、汝《なんじ》の法廷《はふてい》に起訴《きそ》せよ、と告示《こくじ》せり、汝《なんじ》健康《すこやか》なれ、と。 31然《さ》れば兵卒《へいそつ》等《ら》は命令《めいれい》に從《したが》ひ、パウロを携《たづさ》へて夜中《やちゆう》にアンチパトリに連行《つれゆ》き、 32明日《あくるひ》は騎兵《きへい》を殘《のこ》して之《これ》に伴《ともな》はしめ、然《さ》て己《おのれ》等《ら》は兵営《へいえい》に返《かへ》りしが、 33騎兵《きへい》はカイザリアに至《いた》り、総督《そうとく》に添書《てんしよ》を渡《わた》して、パウロをも其《その》前《まへ》に立《た》たしめたり。 34総督《そうとく》添書《てんしよ》を読《よ》みて、本國《ほんごく》は何國《いづく》ぞ、と問《と》ひ、其《その》シリシア州《しう》なる由《よし》を聞《き》きしかば、 35汝《なんじ》の告訴《こくそ》人《にん》來《きた》りて後《のち》汝《なんじ》に聞《き》くべし、と云《い》ひて、命《めい》じてパウロをヘロデの邸《てい》内《ない》に護《まも》らしめたり。
[編集] 第24章
1五日《いつか》の後《のち》、司祭《しさい》長《ちやう》アナニア、或《ある》長老《ちやうらう》等《たち》、及《およ》びテルトルロと云《い》へる一人《ひとり》の弁士《べんし》と共《とも》に下《くだ》りて、総督《そうとく》の許《もと》にパウロを告訴《こくそ》したり。 2パウロ呼出《よびいだ》されければ、テルトルロ訴《うつた》へを開《ひら》きて云《い》ひけるは、最《いと》尊《たふと》きフェリクスよ、我《われ》等《ら》が汝《なんじ》の庇《ひ》陰《いん》によりて泰平《たいへい》の中《うち》に生活《せいくわつ》し、且《かつ》汝《なんじ》の先見《せんけん》によりて人民《じんみん》の為《ため》に改良《かいりやう》せらるる事《こと》多《おほ》きは、 3何時《いつ》にても何處《いづこ》にても、我《われ》等《ら》が感謝《かんしや》に堪《た》へざる所《ところ》なり。 4然《さ》て汝《なんじ》の暇《ひま》を缺《か》くまじきが故《ゆゑ》に、希《こひねが》はくは例《れい》の寛仁《くわんじん》を以《もつ》て、暫《しばら》く我《われ》等《ら》に聴《き》かれん事《こと》を、 5我《われ》等《ら》は此《この》人《ひと》が疫病《えきびやう》の如《ごと》き者《もの》にして、世界《せかい》至《いた》る處《ところ》、凡《すべ》てのユデア人《じん》中《ちゆう》に騒亂《さうらん》を牽《ひき》起《おこ》し、ナザレト人《じん》の一揆《いつき》の張本《ちやうほん》にして、 6[神《しん》]殿《でん》を汚《けが》さんとまで努《つと》めたる事《こと》を認《みと》めたり。我《われ》等《ら》は之《これ》を捕《とら》へ、我《わが》律法《りつぱふ》に從《したが》ひて裁判《さいばん》せんと思《おも》ひしに、 7千夫長《せんぷちやう》ルジア不意《ふい》に來《きた》り、多勢《たぜい》を以《もつ》て我《われ》等《ら》の手《て》より之《これ》を奪《うばひ》去《さ》り、 8其《その》告訴《こくそ》人《にん》に命《めい》ずるに、汝《なんじ》の許《もと》に至《いた》らん事《こと》を以《もつ》てせり。汝《なんじ》之《これ》に聞《きき》糺《ただ》さば、我《われ》等《ら》が之《これ》を告訴《こくそ》する一切《いつさい》の事情《じじやう》を知《し》り得《う》べし、と。 9ユデア人《じん》も亦《また》之《これ》に加《くは》へて、総《すべ》て其《その》如《ごと》し、と言《い》へり。 10総督《そうとく》點頭《うなづ》きて發言《はつげん》を許《ゆる》ししかばパウロ答《こた》へけるは、我《われ》汝《なんじ》が多年《たねん》此《この》國民《こくみん》の上《うへ》に判事《はんじ》たる事《こと》を知《し》れば、快《こころよ》く我《わが》為《ため》に弁解《べんかい》せん。 11蓋《けだし》汝《なんじ》の了解《れうかい》し得《え》らるるが如《ごと》く、我《わ》が禮拝《れいはい》の為《ため》エルザレムに上《のぼ》りたる後《のち》、未《いまだ》十二日《にち》以上《いじやう》に達《たつ》せず、 12又《また》彼等《かれら》我《われ》を[神《しん》]殿《でん》に認《みと》めたるも、人《ひと》と論《ろん》じ合《あ》へるにも非《あら》ず、又《また》會堂《くわいどう》にも市中《しちゆう》にも、人民《じんみん》を召集《せうしふ》したりしにも非《あら》ず、 13今《いま》我《われ》を告訴《こくそ》する點《てん》に就《つ》きても、彼等《かれら》は之《これ》を證《しよう》する能《あた》はざるなり。 14然《さ》りながら我《われ》汝《なんじ》に自白《じはく》せん、即《すなは》ち我《われ》は彼等《かれら》が異端《いたん》と呼《よ》べる道《みち》に從《したが》ひて、我《わが》先祖《せんぞ》等《たち》の神《かみ》に事《つか》へ奉《まつ》り、凡《すべ》て律法《りつぱふ》及《およ》び預言《よげん》者《しや》の書《しよ》に録《かきしる》したる事《こと》を信《しん》じ、 15彼等《かれら》自《みづか》らも待《ま》てる義者《ぎしや》不義《ふぎ》者《しや》の未來《みらい》の復活《ふくくわつ》を、神《かみ》に由《よ》りて希望《きぼう》するなり。 16我《われ》は之《これ》に因《よ》りて、神《かみ》に對《たい》し又《また》人《ひと》に對《たい》して、良心《りやうしん》を常《つね》に咎《とがめ》なく保《たも》たん事《こと》を力《つと》む。 17數《す》年《ねん》を経《へ》て我《われ》わが國民《こくみん》に施《ほどこし》を為《な》し、且《かつ》供物《そなへもの》と誓願《せいぐわん》とを為《な》さん為《ため》に來《きた》りしが、 18其《その》際《さい》アジアより來《きた》りし數人《すにん》のユデア人《じん》我《わ》が既《すで》に潔《きよ》められたるを、[神《しん》]殿《でん》に見付《みつ》けたれど、群衆《ぐんしゆう》もなく騒亂《さうらん》もなかりき。 19我《われ》に咎《とが》むべき事《こと》あらば、彼等《かれら》こそ汝《なんじ》の前《まへ》に立《た》ちて告訴《こくそ》すべきなれ。 20若《もし》又《また》此《この》人々《ひとびと》にして、我《わ》が其《その》會議《くわいぎ》に立《た》ちし時《とき》、何等《なんら》かの不正《ふせい》なる廉《かど》を見出《みいだ》したるならば、彼等《かれら》自《みづか》ら言《い》ふべし。 21其《そ》は唯《ただ》我《わ》が彼等《かれら》の中《うち》に立《た》ち、呼《よば》はりて、我《わ》が今日《こんにち》汝《なんじ》等《ら》に裁判《さいばん》せらるるは、死者《ししや》の復活《ふくくわつ》に就《つ》きてなり、と云《い》ひし一聲《ひとこえ》の外《ほか》なかるべし、と。 22フェリクス此《この》道《みち》の事《こと》を最《いと》詳《くわ》しく知《し》りたりければ、裁判《さいばん》を延期《えんき》して云《い》ひけるは、千夫長《せんぷちやう》ルジアの下《くだ》りて後《のち》、汝《なんじ》等《ら》に聞《き》かん、と。 23斯《かく》て百夫《ひやくふ》長《ちやう》に命《めい》ずるに、パウロを寛《くつろ》がしめ、友人《いうじん》の一人《ひとり》にだも之《これ》に供給《きようきふ》するを禁《きん》ずる事《こと》なくして護《まも》るべき由《よし》を以《もつ》てせり。 24數日《すじつ》の後《のち》フェリクス、ユデア人《じん》なる其《その》妻《つま》ドルジルラと共《とも》に來《きた》り、パウロを招《まね》きてキリスト、イエズスに於《おけ》る信仰《しんかう》の事《こと》を聞《き》きしが、 25パウロ正義《せいぎ》と貞操《ていさう》と未來《みらい》の審判《しんぱん》とに就《つ》きて論《ろん》じければ、フェリクス戰《をのの》きて答《こた》へけるは、當《たう》分《ぶん》は引《ひき》取《と》りて在《あ》れ、我《われ》好《よ》き機《をり》を得《え》て汝《なんじ》を招《まね》かん、と。 26加之《しかのみならず》フェリクスは、パウロより金《かね》を與《あた》へられん事《こと》を望《のぞ》めるが故《ゆゑ》に、數次《しばしば》之《これ》を招《まね》きて語《かた》りつつありしが、 27二年《ねん》を経《へ》てポルチオ、フェストを後任《こうにん》者《しや》に獲《え》たりければ、ユデア人《じん》を喜《よろこ》ばしめんとてパウロを繋《つな》ぎたる儘《まま》に措《さしお》けり。
[編集] 第25章
1フェスト赴任《ふにん》して三日《みつか》の後《のち》、カイザリアよりエルザレムに上《のぼ》りければ、 2司祭《しさい》長《ちやう》等《ら》及《およ》びユデア人《じん》の重立《おもだ》ちたる者《もの》、パウロを訴《うつた》へんとて其《その》許《もと》に至《いた》り、 3御恵《みめぐみ》には命《めい》じてパウロをエルザレムに連行《つれゆ》かしめ給《たま》へ、と願《ねが》へり。是《これ》途中《とちゆう》に待《まち》伏《ぶせ》して、彼《かれ》を殺《ころ》さんとすればなり。 4フェスト答《こた》へて、パウロは守《まも》られてカイザリアに在《あ》り、我《われ》程《ほど》なく出立《しゆつたつ》すべければ、 5若《もし》彼《かの》人《ひと》に罪《つみ》あらば、汝《なんじ》等《ら》の中《うち》の然《しか》るべき人々《ひとびと》、我《われ》と共《とも》に下《くだ》りて之《これ》を訴《うつた》ふべし、と言《い》へり。 6斯《かく》てフェストは、八日《やうか》か十日《とうか》ばかり彼等《かれら》の中《うち》に滞在《たいざい》してカイザリアに下《くだ》り、翌日《よくじつ》法廷《はふてい》に坐《ざ》し、命《めい》じてパウロを引出《ひきいだ》させしが、 7パウロ召出《めしいだ》されければ、エルザレムより下《くだ》りたるユデア人《じん》等《ら》之《これ》を取《とり》圍《かこ》みて、種々《しゆじゆ》の重罪《ぢゆうざい》を負《お》はせたれど、之《これ》を證《しよう》する事《こと》能《あた》はざりき。 8パウロは自《みづか》ら弁解《べんかい》して、我《われ》ユデア人《じん》の律法《りつぱふ》に對《たい》しても、神殿《しんでん》に對《たい》しても、セザルに對《たい》しても、何《なん》らの罪《つみ》を犯《おか》したる事《こと》なし、と言《い》へり。 9フェストユデア人《じん》を喜《よろこ》ばせんとて、パウロに答《こた》へて、汝《なんじ》エルザレムに上《のぼ》り、彼處《かしこ》にて我《わが》前《まへ》に裁判《さいばん》を受《う》けん事《こと》を欲《ほつ》するか、と云《い》ひしかば、 10パウロ云《い》ひけるは、我《われ》はセザルの法廷《はふてい》に立《た》てり、此處《ここ》にて裁判《さいばん》せらるべし。汝《なんじ》の能《よ》く知《し》れるが如《ごと》く、我《われ》はユデア人《じん》に害《がい》を加《くは》へたる事《こと》なし、 11若《もし》害《がい》を加《くは》へたるか、或《あるひ》は死刑《しけい》に當《あた》る何事《なにごと》をか為《な》したらんには、我《われ》死《し》を辞《じ》せず、然《さ》れど彼等《かれら》が我《われ》に負《お》はする事《こと》一《ひとつ》も立《た》たずば、誰《たれ》も我《われ》を彼等《かれら》に交付《ひきわた》し得《う》べからず、我《われ》セザルに上告《じやうこく》す、と。 12是《ここ》に於《おい》てフェスト、陪席《ばいせき》と談《だん》じて後《のち》答《こた》へけるは、汝《なんじ》セザルに上告《じやうこく》したればセザルの許《もと》に往《ゆ》くべし、と。 13數日《すじつ》を経《へ》てアグリッパ王《わう》及《およ》びベルニケは、フェストの安否《あんぴ》を問《と》はんとてカイザリアに下《くだ》り、 14數日《すじつ》間《かん》滞在《たいざい》しければ、フェストパウロの事《こと》を王《わう》に告《つ》げて云《い》ひけるは、茲《ここ》にフェリクスより遺《のこ》し置《お》かれたる一人《ひとり》の囚人《しうじん》あり、 15我《われ》エルザレムに居《を》りし時《とき》、司祭《しさい》長《ちやう》、ユデア人《じん》の長老《ちやうらう》等《たち》、我《わが》許《もと》に來《きた》りて、之《これ》が宣告《せんこく》を願《ねが》ひしかど、 16我《われ》、何人《なにびと》にもあれ、被告《ひこく》人《にん》が原告《げんこく》人《にん》と對面《たいめん》して罪《つみ》を弁解《べんかい》する機《をり》を得《え》ざる中《うち》に、之《これ》を刑罰《けいばつ》するは、ロマ人《じん》の慣例《くわんれい》に非《あら》ず、と答《こた》へたり。 17是《これ》に由《より》て彼等《かれら》、時《とき》を移《うつ》さず此處《ここ》に集《あつまり》來《きた》りたれば。翌日《よくじつ》我《われ》法廷《はふてい》に坐《ざ》し、命《めい》じて彼《かの》人《ひと》を引出《ひきいだ》さしめ、 18原告《げんこく》人《にん》等《ら》之《これ》に立《たち》會《あ》ひしに、我《わ》が嫌疑《けんぎ》を懸《か》けたる如《ごと》き罪《つみ》をば一《いち》點《てん》も負《お》はせず、 19己《おの》が宗教《しうけう》及《およ》び活《い》き居《を》れりとパウロが断言《だんげん》せる一人《ひとり》の死者《ししや》イエズスに関《くわん》する問題《もんだい》を提出《ていしゆつ》したるのみ、 20我《われ》斯《かか》る問題《もんだい》には當惑《たうわく》したれば彼《かの》人《ひと》に向《むか》ひて、汝《なんじ》エルザレムに至《いた》り、是《これ》に就《つ》きて裁判《さいばん》を受《う》くる事《こと》を望《のぞ》むか、と云《い》ひしに、 21パウロはオグストの裁判《さいばん》に保留《ほりう》せらるる様《やう》上告《じやうこく》せしかば、我《われ》命《めい》じて、セザルの許《もと》に送《おく》るまで守《まも》らせ置《お》けり、と。 22アグリッパ、我《われ》も彼《かの》人《ひと》に聞《き》きたし、とフェストに謂《い》ひしかば、汝《なんじ》明日《きやうにち》之《これ》に聞《き》くべし、と云《い》へり。 23翌日《よくじつ》アグリッパとベルニケと華美《はで》を盡《つく》して來《きた》り、千夫長《せんぷちやう》及《およ》び市《まち》の重立《おもだ》ちたる人々《ひとびと》と共《とも》に公判廷《こうはんてい》に入《い》りしかば、フェストの命令《めいれい》の下《もと》にパウロ引出《ひきいだ》されたり。 24斯《かく》てフェスト云《い》ひけるは、アグリッパ王《わう》及《およ》び此處《ここ》に我《われ》等《ら》と列席《れつせき》せる人《ひと》等《たち》よ、汝《なんじ》等《ら》の見《み》る此《この》人《ひと》は、ユデア人《じん》の群衆《ぐんしゆう》挙《こぞ》りて我《われ》に訴《うつた》へ、最早《もはや》活《い》くべき者《もの》に非《あら》ず、と叫《さけ》びつつ願《ねが》ひし者《もの》なり。 25然《しか》して我《われ》は死《し》に値《あたひ》する何等《なんら》の罪《つみ》なき事《こと》を彼《かれ》に認《みと》めたれど、彼《かの》オグストに上告《じやうこく》せしにより、之《これ》を送付《そうふ》すべしと決《けつ》せり。 26我《われ》君《きみ》に上書《じやうしよ》せんとするに確乎《たしか》なる事實《じじつ》なきを以《もつ》て、之《これ》を汝《なんじ》等《ら》の前《まへ》、殊《こと》にアグリッパ王《わう》よ、御前《みまへ》に引出《ひきいだ》し、尋問《じんもん》して上書《じやうしよ》すべき事柄《ことがら》を得《え》んとす、 27其《そ》は囚人《しうじん》を送《おく》りて其《その》罪《ざい》案《あん》を書《かき》添《そ》へざる事《こと》の無理《むり》なるを惟《おも》へばなり、と。
[編集] 第26章
1アグリッパパウロに向《むか》ひ、汝《なんじ》自《みづか》らの為《ため》に弁解《べんかい》する事《こと》を許《ゆる》されたるぞ、と云《い》ひしかば、パウロ手《て》を伸《の》べて事由《ことわけ》を言《いひ》出《い》でけるは、 2アグリッパ王《わう》よ、我《わ》がユデア人《じん》より訴《うつた》へらるる凡《すべ》ての事《こと》に就《つ》き、今日《けふ》御前《みまへ》に弁解《べんかい》せん事《こと》は、身《み》に取《と》りて幸《さいはひ》とする所《ところ》なり。 3殊更《ことさら》ユデア人《じん》の間《あひだ》に於《おけ》る慣習《くわんしふ》も問題《もんだい》も、凡《すべ》て汝《なんじ》の知《し》る所《ところ》なれば、願《ねがは》くは忍耐《にんたい》を以《もつ》て我《われ》に耳《みみ》を籍《か》し給《たま》はん事《こと》を。 4我《わ》が初《はじめ》よりエルザレムにて、我《わが》國《こく》民《みん》の間《あひだ》に営《いとな》みし少年《せうねん》以來《いらい》の生活《せいくわつ》は、ユデア人《じん》の皆《みな》知《し》る所《ところ》にして、 5彼等《かれら》若《もし》證明《しようめい》する心《こころ》あらば、我《われ》等《ら》が宗教《しうけう》の最《もつと》も確《たしか》なる派《は》に從《したが》ひて、ファリザイ人《じん》として我《わ》が生活《せいくわつ》せし事《こと》は、素《もと》より之《これ》を知《し》れるなり。 6今《いま》も亦《また》神《かみ》より我《われ》等《ら》の先祖《せんぞ》に為《な》れし約束《やくそく》に望《のぞ》みを繋《か》くればこそ、我《われ》は立《た》ちて裁判《さいばん》を受《う》くるなれ。 7我《われ》等《ら》の十二族《ぞく》は晝夜《ちうや》となく、一向《ひたすら》神《かみ》を禮拝《れいはい》して、此《この》約束《やくそく》を得《え》ん事《こと》を希望《きぼう》するに、王《わう》よ、此《この》希望《きぼう》に就《つ》きてぞ、我《われ》はユデア人《じん》より訴《うつた》へらるる。 8神《かみ》の死者《ししや》を復活《ふくくわつ》せしめ給《たま》ふ事《こと》を、汝《なんじ》等《ら》何《なん》ぞ信《しん》じ難《がた》しとする、 9我《われ》も實《げ》に、ナザレトのイエズスの御名《みな》に對《たい》して、大《おほ》いに逆《さか》らはざるべからず、と曾《かつ》ては思《おも》ひたりしかば、 10エルザレムに於《おい》ても然《しか》為《な》せり、且《かつ》司祭《しさい》長《ちやう》等《たち》より権力《けんりよく》を授《さづか》りて、多《おほ》くの聖徒《せいと》を監獄《かんごく》に閉籠《とじこ》め、且《かつ》彼等《かれら》の殺《ころ》さるる時《とき》に之《これ》に賛成《さんせい》の投票《とうへう》をなせり。 11又《また》諸《しよ》會堂《くわいどう》に於《おい》て數次《しばしば》彼等《かれら》を罰《ばつ》し、冒涜《ばうとく》を迫《せま》り、且《かつ》益《ますます》彼等《かれら》に對《たい》して狂《きよう》憤《ふん》し、外國《ぐわいこく》の市町《まち》まで迫害《はくがい》しつつありき。 12斯《かく》て司祭《しさい》長《ちやう》等《たち》より権力《けんりよく》と許可《きよか》とを得《え》て、ダマスコに赴《おもむ》きし際《をり》、 13王《わう》よ、途次《みちすがら》日中《につちゆう》に、日《ひ》の輝《かがやき》にも優《まさ》れる光《ひかり》の我《われ》及《およ》び伴侶《みちづれ》を圍《かこ》み照《てら》せるを見《み》たり。 14我《われ》等《ら》は皆地《みなち》に倒《たふ》れしが、ヘブレオ語《ご》にて、サウロよ、サウロよ、何《なん》ぞ我《われ》を迫害《はくがい》するや、刺《とげ》ある鞭《むち》に逆《さか》らふことは汝《なんじ》に取《と》りて難《かた》し、と我《われ》に謂《い》へる聲《こゑ》を聞《き》けり。 15我《われ》、主《しゆ》よ、汝《なんじ》は誰《たれ》ぞ、と云《い》ひしに主《しゆ》曰《のたま》はく、我《われ》は汝《なんじ》の迫害《はくがい》するイエズスなり、 16但《ただし》起《お》きて足《あし》にて立《た》てよ、我《わ》が汝《なんじ》に現《あらは》れしは、汝《なんじ》を立《た》てて役者《えきしや》と為《な》し、且《かつ》汝《なんじ》の既《すで》に見《み》し事《こと》と、又《また》我《わ》が現《あらは》れて汝《なんじ》に示《しめ》すべき事《こと》に就《つ》きて證人《しようにん》たらしめん為《ため》なり。 17我《われ》此《この》人民《じんみん》、及《およ》び異邦《いはう》人《じん》の手《て》より汝《なんじ》を救《すく》はん、汝《なんじ》を彼等《かれら》に遣《つか》はすは、 18彼等《かれら》の目《め》を開《ひら》きて暗《やみ》より光《ひかり》に、サタンの権威《けんゐ》より神《かみ》に立《たち》歸《かへ》らしめ、我《われ》に於《おけ》る信仰《しんかう》に由《よ》りて罪《つみ》の赦《ゆるし》と聖徒《せいと》中《ちゆう》の配分《はいぶん》とを得《え》させん為《ため》なり、と。 19然《さ》ればアグリッパ王《わう》よ、我《われ》は天《てん》の示《しめし》に背《そむ》かずして、 20先《まづ》ダマスコに在《あ》る人々《ひとびと》に、次《つぎ》にエルザレムに、次《つぎ》にユデア全《ぜん》地方《ちはう》に至《いた》り、次《つぎ》に異邦《いはう》人《じん》にまでも彼等《かれら》が改心《かいしん》すべき事《こと》、又《また》改心《かいしん》に相應《ふさわ》しき業《げふ》を為《な》して、神《かみ》に立《たち》歸《かへ》るべき事《こと》を告《つ》げつつありき。 21之《これ》が為《ため》に、我《わ》が[神《しん》]殿《でん》に在《あ》りし時《とき》、ユデア人《じん》我《われ》を捕《とら》へて殺《ころ》さんと試《こころ》みたり。 22然《さ》れど神《かみの》御《おん》祐《たすけ》によりて、今日《こんにち》に至《いた》るまで倒《たふ》るる事《こと》なく、小《ちひさ》き人《ひと》にも、大《おほ》いなる人《ひと》にも證明《しようめい》して、云《い》ふ所《ところ》は、預言《よげん》者《しや》等《たち》及《およ》びモイゼが、将來《しやうらい》起《お》こるべしと語《かた》りし事《こと》の外《ほか》ならず。 23即《すなは》ちキリストの苦《くる》しむべき事《こと》、死者《ししや》の中《うち》より先《さき》に復活《ふくくわつ》して、人民《じんみん》及《およ》び異邦《いはう》人《じん》に光《ひかり》を傳《つた》うべき事《こと》是《これ》なり、と。 24パウロが斯《か》く語《かた》りて弁解《べんかい》しつつある程《ほど》に、フェスト聲《こゑ》高《たか》く、パウロよ、汝《なんじ》は狂《くる》へるなり、博學《はくがく》汝《なんじ》を狂《くる》わせたり、と云《い》ひしかば、 25パウロ [云《い》ひけるは、]最《いと》尊《たふと》きフェストよ、我《われ》は狂《くる》はず、語《かた》る所《ところ》は眞《まこと》と常識《じやうしき》との言《ことば》なり。 26蓋《けだし》[アグリッパ]王《わう》は是《これ》等《ら》の事《こと》を知《し》り給《たま》へば、我《われ》も亦《また》憚《はばか》らずして之《これ》に語《かた》る。其《そ》は此《この》事《こと》、一《ひとつ》も片隅《かたすみ》に於《おい》て行《おこな》はれたるに非《あら》ざれば、王《わう》に知《し》れざるものなきを確信《かくしん》すればなり。 27アグリッパ王《わう》よ、預言《よげん》者《しや》等《たち》を信《しん》じ給《たま》ふか、我《われ》は其《その》信《しん》じ給《たま》ふを知《し》れり、と。 28アグリッパパウロに向《むか》ひ、汝《なんじ》我《われ》を説《と》きてキリスト信者《しんじや》たらしむるに、殘《のこ》れる所《ところ》僅《わづか》なり、と云《い》ひしかば、 29パウロ [答《こた》へける]は、神《かみ》の御前《みまへ》に我《わ》が望《のぞ》む所《ところ》は、僅《わづか》の事《こと》に由《よ》らず多《おほ》き事《こと》に由《よ》らず、獨《ひとり》汝《なんじ》のみならで聞《き》ける人々《ひとびと》も亦《また》一同《いちどう》、此《この》縲絏《なはめ》を除《のぞ》くの外《ほか》は、我《わ》が如《ごと》き者《もの》とならん事《こと》是《これ》なり、と。 30此《この》時《とき》王《わう》と総督《そうとく》とベルニケと、並《ならび》に列座《れつざ》の人々《ひとびと》立上《たちあが》りしが、 31退《しりぞ》きて後《のち》語《かたり》合《あ》ひて、彼《かれ》は死刑《しけい》若《もし》くは就縛《じゆばく》に當《あた》る何事《なにごと》をも為《な》しし事《こと》なし、と云《い》へるに、 32アグリッパフェストに謂《い》ひけるは、彼《かの》人《ひと》セザルに上告《じやうこく》せざりしならば、免《ゆる》さるべかりしものを、と。
[編集] 第27章
1斯《かく》てパウロイタリアへ航海《かうかい》し、且《かつ》他《た》の囚人《しうじん》等《ら》と共《とも》に、オグスト隊《たい》のユリオと云《い》へる百夫《ひやくふ》長《ちやう》に付《わた》さるべしと決《けつ》せられしかば、 2我《われ》等《ら》は[小《せう》]アジアの處々《しよしよ》に廻航《くわいこう》すべきアドラミットの船《ふね》に乗《の》りて出帆《しゆつぱん》せしが、テサロニケのマケドニア人《じん》アリスタルコも、亦《また》我《われ》等《ら》と共《とも》に在《あ》りき。 3翌日《よくじつ》シドンに至《いた》りしに[百夫《ひやくふ》長《ちやう》]ユリオは懇切《ねんごろ》にパウロを遇《あしら》ひ、友人《いうじん》の家《いへ》に至《いた》りて歓待《くわんたい》を受《う》くる事《こと》を許《ゆる》せり。 4然《さ》て此處《ここ》を出帆《しゆつぱん》して、逆風《ぎやくふう》の為《ため》にクプロ[島《じま》]の風下《かざしも》を通《とほ》り、 5シリシアとパンフィリアとの灘《なだ》を航《かう》して、リシア[州《しう》]のミラ[港《みなと》]に至《いた》り、 6此處《ここ》にてイタリアへ出帆《しゆつぱん》するアレキサンドリアの船《ふね》を見付《みつ》けしかば、百夫《ひやくふ》長《ちやう》我《われ》等《ら》を之《これ》に乗《じよう》替《か》へさせたり。 7數日《すじつ》の間《あひだ》、船《ふね》の進行《しんかう》遅《おそ》く、辛《から》うじてグニド[半島《はんたう》]の沖合《おきあひ》に至《いた》りしも、尚《なほ》逆風《ぎやくふう》の為《ため》にサルモネ[岬《みさき》]に近《ちか》づき、クレタ[島《じま》]の風下《かざしも》を通《とほ》りて、 8漸《やうや》く陸《をか》に沿《そ》ひて、タラサの町《まち》に程《ほど》近《ちか》き、良港《よきみなと》と云《い》へる處《ところ》に至《いた》れり。 9時《とき》を経《ふ》る事《こと》既《すで》に久《ひさ》しく、断食《だんじき》節《せつ》も過《す》ぎし頃《ころ》とて、航海《かうかい》安全《あんぜん》ならざれば、パウロ彼等《かれら》を警戒《けいかい》して、 10云《い》ひけるは、男子《だんし》等《たち》よ、我《われ》は航海《かうかい》の漸《やうや》く困難《こんなん》と成《な》り、啻《ただ》に積荷《つみに》と船《ふね》と耳《のみ》ならず、我《われ》等《ら》の身《み》にも損害《そんがい》多《おほ》かるべきことを認《みと》む、と。 11然《さ》れど百夫《ひやくふ》長《ちやう》は、パウロの云《い》ふ所《ところ》よりも船長《せんちやう》と船主《せんしゆ》とを信用《しんよう》し、 12此《この》港《みなと》は冬《ふゆ》を過《すご》すに不便《ふべん》なればとて、多數《たすう》の決議《けつぎ》によりて此處《ここ》を發《はつ》し、成《な》るべくクレタ[島《じま》]の一《いつ》港《かう》にして、西《にし》南《みなみ》と北《きた》西《にし》との風下《かざしも》に向《むか》へるフェニスに至《いた》りて、冬《ふゆ》を過《す》ごさん事《こと》となれり。 13折《をり》しも南風《みなみかぜ》静《しづか》に吹《ふ》きければ、彼等《かれら》は其《その》目的《もくてき》に叶《かな》へりと思《おも》ひて碇《いかり》を上《あ》げ、近《ちか》くクレタ[島《じま》]に沿《そ》ひて航行《かうかう》しけるに、 14幾《いく》程《ほど》もなくユロアクィロと名《なづ》くる大風《おほかぜ》吹《ふき》荒《すさ》みしかば、 15船《ふね》は吹《ふき》流《なが》されて風上《かざかみ》に進《すす》み得《う》べくもあらず、風《かぜ》に任《まか》せて漂《ただよ》ひつつ、 16コウダと云《い》へる[小《こ》]島《じま》の下《もと》に至《いた》り、辛《かろ》うじて小艇《てんま》を止《とど》むるを得《え》たり。 17然《さ》て之《これ》を引上《ひきあ》げしに船員《せんゐん》は、シルト[湾《わん》]へ吹《ふき》遣《や》られん事《こと》を懼《おそ》れて、備《そなへ》縄《づな》を以《もつ》て船體《せんたい》を巻《まき》縛《くく》り、帆《ほ》を下《おろ》して其《その》儘《まま》に流《なが》れけるに、 18烈《はげ》しき風浪《あらし》に漂《ただよ》はされて、翌日《よくじつ》は積荷《つみに》を擲《は》ね、 19三日《みつか》目《め》には手《て》づから船具《ふなぐ》をも投《な》げたり。 20斯《かく》て數日《すじつ》の間《あひだ》日《ひ》も星《ほし》も見《み》えず、甚《はなはだ》しき風浪《あらし》に罹《かか》りて、我《われ》等《ら》の助《たす》かるべき見込《みこみ》は全《まつた》く絶《たえ》果《は》てたり。 21人々《ひとびと》飲食《いんしよく》せざる事《こと》既《すで》に久《ひさ》しければ、パウロ彼等《かれら》の中《うち》に立《た》ちて云《い》ひけるは、男子《だんし》等《たち》よ、前《まへ》に我《わ》が言《い》ふ事《こと》を聴《き》きて、クレタ[島《じま》]を出帆《しゆつぱん》せざりしならば、斯《かか》る損害《そんがい》と危険《きけん》とを免《まぬか》れたりしものを。 22然《さ》て我《われ》、今《いま》は安心《あんしん》せん事《こと》を汝《なんじ》等《ら》に勧《すす》む、其《そ》は汝《なんじ》等《ら》の中《うち》一人《ひとり》も生命《いのち》を失《うしな》はずして、船《ふね》のみ棄《すた》るべければなり。 23蓋《けだし》我《わ》が属《ぞく》する所《ところ》、事《つか》へ奉《まつ》る所《ところ》の神《かみ》の使《つかひ》、昨夜《さくや》我《われ》傍《かたはら》に立《た》ちて、 24云《い》ひけるは、パウロよ恐《おそ》るること勿《なか》れ、汝《なんじ》はセザルの前《まへ》に出廷《しゆつてい》せざるべからず、且《かつ》神《かみ》は汝《なんじ》と同船《どうせん》せるものを悉《ことごと》く汝《なんじ》に賜《たま》ひたるなり、と。 25然《さ》れば男子《だんし》等《たち》、心《こころ》を安《やす》んぜよ、其《そ》は我《われ》に謂《い》はれし如《ごと》く、然《しか》あるべし、と神《かみ》に由《よ》りて信《しん》ずればなり。 26我《われ》等《ら》は必《かなら》ず或《ある》島《しま》に至《いた》るべし、と。 27斯《かく》て第《だい》十四夜《や》に至《いた》りて、我《われ》等《ら》アドリア海《かい》を航《かう》しつつありしに、夜半《よなか》頃《ころ》に水夫《すいふ》等《ども》何處《いづこ》やらん土地《とち》の見《み》ゆる様《やう》に覚《おぼ》えしかば、 28測鉛《そくえん》を投《とう》じたるに、廿尋《ひろ》なる事《こと》を認《みと》め、少《すこ》しく進《すす》みて十五尋《ひろ》なる事《こと》を認《みと》めたり。 29瀬《せ》に觸《あた》らん事《こと》の恐《おそろ》しければ、艫《とも》よりの碇《いかり》を下《おろ》して夜《よ》の明《あ》くるを待《ま》ちたりしが、 30水夫《すいふ》は船《ふね》より迯《のが》れま欲《ほ》しさに、船《ふね》の舳《へさき》より碇《いかり》を下《おろ》さんとするを口實《かこつけ》にて既《すで》に小艇《てんま》を海《うみ》に浮《うか》べたれば、 31パウロ百夫《ひやくふ》長《ちやう》と兵卒《へいそつ》等《ら》とに向《むか》ひ、此《この》人々《ひとびと》船《ふね》に止《とどま》らずば、汝《なんじ》等《ら》助《たすか》る事《こと》能《あた》はじ、と云《い》ひしに、 32兵卒《へいそつ》等《ら》小艇《てんま》の縄《つな》を断切《たちき》りて流《なが》るるに任《まか》せたり。 33夜《よ》明《あ》けんとする時《とき》、パウロ一同《いちどう》に食《しよく》せん事《こと》を勧《すす》めて云《い》ひけるは、汝《なんじ》等《ら》何《なに》をも飲食《いんしよく》せずして空腹《くうふく》に待《ま》てる事《こと》既《すで》に十《じふ》四《よつ》日《か》なり、 34故《ゆゑ》に我《われ》、汝《なんじ》等《ら》の健康《けんかう》の為《ため》に食《しよく》せん事《こと》を勧《すす》む、蓋《けだし》汝《なんじ》等《ら》の一人《ひとり》の髪《かみの》毛《け》一筋《ひとすじ》だに失《う》せざるべし、と。 35斯《か》く言《いひ》終《をは》りて麪《ぱん》を取《と》り、一同《いちどう》の前《まへ》にて神《かみ》に感謝《かんしや》し、擘《さ》きて食《しよく》し始《はじ》めしかば、 36皆《みな》一層《ひとしほ》心《こころ》落《おち》付《つ》きて、人々《ひとびと》も食事《しよくじ》したり。 37我《われ》等《ら》船《ふね》に居《を》る者《もの》総《すべ》て二百七十六人《にん》なりしが、 38人々《ひとびと》飽《あき》足《た》りて後《のち》、麦《むぎ》を海《うみ》に擲《は》ねて船《ふね》を軽《かろ》くせり。 39夜《よ》明《あ》けて後《のち》、其《その》土地《とち》をば見知《みし》らねども、或《ある》砂浜《すなはま》の入江《いりえ》を見付《みつ》けて、叶《かな》ふべくは其處《そこ》に船《ふね》を寄《よ》せんと思《おも》ひ、 40縄《つな》を切《き》りて碇《いかり》を海《うみ》に棄《す》て、舵《かじ》綱《づな》をも弛《ゆる》めて舳《へさき》の帆《ほ》を揚《あ》げ、風《かぜ》に順《したが》ひつつ陸《をか》を指《さ》して進《すす》みけるが、 41兩方《りやうほう》海《うみ》に挟《はさ》まりたる處《ところ》に至《いた》りて船《ふね》を乗上《のりあ》げ、舳《へさき》は填《はま》りて動《うご》かざれど、艫《とも》は浪《なみ》の力《ちから》の為《ため》に外《はず》れ居《ゐ》たりき。 42此《この》時《とき》兵卒《へいそつ》等《ら》、囚徒《しうと》の泳《およ》ぎて逃《に》げん事《こと》を虞《おそ》れて、之《これ》を殺《ころ》さんと志《こころざ》したれど、 43百夫《ひやくふ》長《ちやう》パウロを救《すく》はんと欲《ほつ》して之《これ》を禁《きん》じ、命《めい》じて、泳《およ》ぎ得《う》る人々《ひとびと》をして先《まづ》跳《とび》入《い》りて陸《をか》に迯《のが》れしめ、 44然《さ》て殘《のこ》れる人々《ひとびと》を或《あるひ》は板《いた》、或《あるひ》は船具《ふなぐ》に乗《の》せたれば、皆《みな》恙《つつが》なく上陸《じやうりく》する事《こと》を得《え》たり。
[編集] 第28章
1我《われ》等《ら》既《すで》に迯《のが》れて後《のち》、此《この》島《しま》のマルタと呼《よ》ばるることを知《し》りしが、夷《えびす》等《ら》一方《ひとかた》ならぬ親切《しんせつ》を示《しめ》し、 2雨降《あめふ》りて寒《さむ》ければとて、火《ひ》を焚《た》きて我《われ》等《ら》一同《いちどう》を保養《ほやう》せしめたり。 3パウロ若干《そこばく》の柴《しば》を集《あつ》めて火《ひ》に加《く》べしに、火《くわ》熱《ねつ》の為《ため》に蝮《まむし》出《い》でて其《その》手《て》に噬《くひ》付《つ》きしかば、 4夷《えびす》等《ら》虫《むし》のパウロの手《て》に噬《くひ》付《つ》けるを見《み》て、此《この》人《ひと》定《さだ》めて殺人者《ひとごろし》なるべし、海《うみ》よりは迯《のが》れたるも、天《てん》之《これ》に活《い》くる事《こと》を許《ゆる》さず、と語《かたり》合《あ》ひけるに、 5パウロ虫《むし》を火《ひ》の中《うち》に振《ふり》落《おと》して、聊《いささか》も害《がい》を受《う》けざりき。 6人々《ひとびと》は、彼《かれ》必《かなら》ず脹《はれ》出《いだ》して忽《たちま》ちに倒《たふれ》死《し》するならんと思《おも》へるに、待《ま》つ事《こと》久《ひさ》しくして聊《いささか》も害《がい》の及《およ》ばざるを見《み》るや、翻《ひるがへ》りて、是《これ》神《かみ》なりと謂《い》ひ居《ゐ》たり。 7然《さ》て此《この》處《ところ》にプブリオと呼《よ》ばるる島《たう》司《し》の所有《しよいう》地《ち》ありしが、彼《かれ》我《われ》等《ら》を接待《せつたい》して、三日《みつか》の間《あひだ》懇切《ねんごろ》に饗應《もてな》せり。 8然《しか》るにプブリオの父《ちち》、熱病《ねつびよう》と赤痢《せきり》とを患《わづら》ひて臥《ふ》し居《ゐ》ければ、パウロ其《その》許《もと》に至《いた》り、祈《いの》り且《かつ》按手《あんしゆ》して之《これ》を醫《いや》したり。 9斯《かか》りし程《ほど》に島《しま》に於《おい》て病《や》める人々《ひとびと》悉《ことごと》く來《きた》りて醫《いや》されつつありしが、 10又《また》大《おほ》いに我《われ》等《ら》を尊《たふと》びて、船《ふね》に乗《の》るに臨《のぞ》み、必要《ひつえう》なる品々《しなじな》を我《われ》等《ら》に贈《おく》れり。 11三月《みつき》の後《のち》我《われ》等《ら》は、此《この》島《しま》に冬《ふゆ》籠《ごもり》したりし、ジョストリの印《しるし》あるアレキサンドリアの船《ふね》にて出帆《しゆつぱん》し、 12シラクサに至《いた》りて滞留《たいりう》する事《こと》三日《みつか》、 13此處《ここ》より岸《きし》に沿《そ》ひてレジオに至《いた》りしに、一《いち》日《にち》を経《へ》て南風《みなみかぜ》吹《ふ》きしかば、二日《ふつか》目《め》にプテリオに至《いた》り、 14此處《ここ》にて兄弟等《きやうだいたち》に出會《であ》ひ、願《ねがひ》によりて彼等《かれら》の中《うち》に留《とどま》る事《こと》七日《なぬか》にして、遂《つひ》にロマに至《いた》れり。 15ロマの兄弟等《きやうだいたち》之《これ》を聞《き》きて、アッピイフォロム及《およ》び三宿《みつやど》と云《い》へる處《ところ》まで我《われ》等《ら》を出《いで》迎《むか》へしが、パウロ彼等《かれら》を見《み》て神《かみ》に感謝《かんしや》し、且《かつ》力《ちから》を得《え》たり。 16斯《かく》て我《われ》等《ら》ロマに至《いた》りしに、[百夫《ひやくふ》長《ちやう》囚徒《しうと》を近衛《このゑ》隊長《たいちやう》に付《わた》したれど、]パウロは己《おの》が宿《やど》に一人《ひとり》の守衛《しゆゑい》兵《へい》と共《とも》に留《とどま》る事《こと》を許《ゆる》されたり。 17三日《みつか》の後《のち》パウロユデア人《じん》の重立《おもだ》ちたる者《もの》を呼集《よびあつ》めしが、彼等《かれら》來《きた》りしかば、パウロ之《これ》に謂《い》ひけるは、兄弟《きやうだい》たる人々《ひとびと》よ、我《われ》曾《かつ》て我《わが》國《こく》民《みん》又《また》は先祖《せんぞ》の慣習《くわんしふ》に反《はん》する事《こと》を為《な》さざりしを、エルザレムより、囚人《しうじん》としてロマ人《じん》の手《て》に付《わた》されしが、 18彼等《かれら》訊問《じんもん》の上《うへ》、死罪《しざい》に當《あた》る事《こと》なきにより、我《われ》を免《ゆる》さんとしたりしに、 19ユデア人《じん》の之《これ》を拒《こば》みたる為《ため》に、我《われ》已《や》むを得《え》ずしてセザルに上告《じやうこく》せり。然《しか》れども我《わが》國《こく》民《みん》に就《つ》きて訴《うつた》ふる所《ところ》あるに非《あら》ざれば、 20我《われ》は汝《なんじ》等《ら》に遇《あ》ひて語《かた》らん事《こと》を請《こ》へり、蓋《けだし》イスラエルの希望《きぼう》の為《ため》にこそ、我《われ》は此《この》鎖《くさり》に縛《くく》られたるなれ、と。 21彼等《かれら》パウロに謂《い》ひけるは、我《われ》等《ら》は汝《なんじ》に就《つ》きてユデアより書簡《しよかん》を受《う》けたるにも非《あら》ず、又《また》兄弟《きやうだい》の中《うち》に來《きた》りて汝《なんじ》が惡《あ》しき事《こと》を吹聴《ふいちやう》し、或《あるひ》は語《かた》りたる者《もの》あるに非《あら》ず、 22然《さ》れど、希《こひねが》はくは汝《なんじ》の思《おも》へる所《ところ》を聞《き》かん、其《そ》は此《この》宗派《しうは》が到《いた》る處《ところ》に於《おい》て逆《さか》らはるる事《こと》を知《し》ればなり、と。 23斯《かく》て彼等《かれら》日《ひ》を期《き》して、パウロの宿《やど》に群《むら》がり來《きた》りしかば、彼《かれ》朝《あさ》より晩《ばん》に至《いた》るまで説教《せつけう》して、神《かみ》の國《くに》を證明《しようめい》し、又《また》モイゼの律法《りつぱふ》及《およ》び預言《よげん》者《しや》の書《しよ》に基《もとづ》きて、イエズスの事《こと》を勧《すす》め居《ゐ》たりき。 24斯《かく》て謂《い》はるる事《こと》を信《しん》ずる人《ひと》もあり、信《しん》ぜざる人《ひと》もありて、 25相《あひ》一致《いつち》せずして退《しりぞ》くに至《いた》りしかば、パウロ唯《ただ》一言《ひとこと》を述《の》べけるは、眞《まこと》なる哉《かな》聖霊《せいれい》が預言《よげん》者《しや》イザヤを以《もつ》て我《われ》等《ら》が先祖《せんぞ》に語《かた》り給《たま》ひたる事《こと》、 26曰《いは》く「汝《なんじ》此《この》民《たみ》に至《いた》りて之《これ》を告《つ》げよ、汝《なんじ》等《ら》耳《みみ》にて聞《き》かんも悟《さと》らず、目《め》にて見《み》んも認《みと》めざるべし、 27蓋《けだし》此《この》民《たみ》の心《こころ》鈍《にぶ》くなり、耳《みみ》を覆《おほ》ひ目《め》を閉《と》ぢたり、是《こ》は目《め》にて見《み》、耳《みみ》にて聞《き》き、心《こころ》にて悟《さと》り、而《しか》して立《たち》歸《かへ》りて我《われ》に醫《いや》されん事《こと》を懼《おそ》るればなり」と。 28然《さ》れば汝《なんじ》等《ら》心得《こころえ》よ、神《かみ》の此《この》救《すくひ》は異邦《いはう》人《じん》に遣《おく》られて、彼等《かれら》は之《これ》を聴《き》くべきなり、と。 29パウロ斯《か》く云《い》ひしかば、ユデア人《じん》等《ら》退《しりぞ》きて大《おほ》いに相《あひ》争《あらそ》へり。 30パウロ其《その》宿《やど》に留《とどま》る事《こと》満《まん》二箇年《かねん》なりしが、己《おの》が許《もと》に入來《いりきた》る人《ひと》を悉《ことごと》く歓迎《くわんげい》して、 31憚《はばか》らず妨《さまた》げらるる事《こと》なく神《かみ》の國《くに》の事《こと》を宣《の》べ、主《しゆ》イエズス、キリストの事《こと》を教《をし》へ居《ゐ》たりき。