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五人は何れも子なくして死せり。{{r|第|だい}}六人{{r|目|め}}の女房
五人は何れも子なくして死せり。{{r|第|だい}}六人{{r|目|め}}の女房

2021年5月29日 (土) 21:32時点における版

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あながちに男をとがむるわざなかりけり

かさね怨霊おんれうきたつきく入替いりかわる事

それより邪見じやけんる与右衛門。心にあきはてたるさい を。思ひのまゝにしめころし。本より累が親類しんるい兄弟きやうだいな きものなれば。跡訪あととふわざもせず。れが所帯しよたい田地等でんぢとう一向いつかう押領おうれうし。さて女房によばうつ事。段〻だん六人也。まへの 五人は何れも子なくして死せり。だい六人の女房 に。むすめ一人出來いでき。其名を菊と云。此娘十三の年 八月中旬に其母もつゐ死去しきよせり。さてしも有べき ならねば。其としくれ十二月に。金五郎と云むこを取。 此きくにあわせて。与右衛門が老のたつ木にせん とす。しかる所に菊が十四のはる。子の正月四日より。れいな らずわづらひ付く。其さまつねならぬきしよくなるが。 はたしてその正月廿三日にいたつて。たちまちゆかにたふれ 口よりあわをふき。兩眼りやうがんなみだをながしあら苦しやたえ がたや。是たすけよたれはなきかと。きさけび苦痛くつう 逼迫ひつはくしてすでたへ入ぬ。時にちゝおつときもひやし おどろきさわひで。菊よよび返すに。ややありて。 いき出でまなこをいからかし。与右衛門をはたとにらみ。 ことばをいらでゝ云やう。おのれ我に近付ちかづけ。かみこ ろさんぞといへり。父がいわくなんぢきく狂乱きやうらんするやと。 娘のいわく我は菊にあらずなんぢつまかさねなり。廿