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いくらか判然はつきり映った。彼は耳を澄ました。やがて、彼の顔には妙な薄笑いが浮んだ。彼は徐に立ち上って、扉󠄁と窓とに厳重に締りをした。それからさて俄に大声に哄笑い出した。

「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、全くいい! 滅法気の利いた酒落だ! ハ、ハ、ハ、ハ、ハ――詐欺師カタリめ! 今度こそ逃がしゃしないぞ! うむ、何故だと? つまり、俺はたった今自殺をするのだ、君の思わく通り!……」

 珊作はふところから例のスペインナイフを取り出した。そうして帷の前に歩み寄ると、いきなり、自分自身の影像の心臓のあたりをめがけてズブリと刺した。みるみる帷の表面に醜い血のしぶきが広がった。

「フ、フ、フ、フ、フそれを見ろ! これが昔から仕来り通りの『影』の自殺と云うやつだ!」珊作はナイフを引き抜いた。それと同時に帷の間から、彼と全く同じ服装をした萩原の死体が倒れ落ちた。

「――だが、可哀相な道化めが! 奴は本当にこの世では青木珊作の影に過ぎなかったと云うことを、遉に気が付かなかったと見えるて! ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、……」

 そうして青木珊作はなおも高らかに哄笑いつづけた。


*


 画室のそとでは、この時、一人の肥った巡査が入口の扉󠄁をはげしく敲いていた。

 夜明けの光が次第に白く、丘にひき懸かった深い霧の中へ流れ初めた。