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第十二 のびゆく日本
前の四藩主が相談して領地の奉還をお願ひ申しあげ、ほかの諸藩 も續々これにならひました。朝廷では、これをお許しになりまし たが、なほしばらくは領を治めるやうお命じになり、やがて明治 四年に藩をして縣を置き新たに知事を御任命になりました。。 この時にも、これまでのやうに家がらだけを重んじる習はしをや めてく人材をお用ひになりました。 ついで明治五年には、國中 に教育が行き渡るやうにと新たに學制をおしきになり、また國民 すべてが兵役に服することのできるやうにと兵をお定めに なりました。 かうして政治はまったく改り國民の心もすつかり 新しくなって維新のまつりごとが大いに整ったのであります。 明治天皇は、王政復古の思し召しから神々をあつくおうやまひ になり、國民にも、これをおさとしになりました。明治二年には東
百七