Page:Textbook of Japanese History for Elementary School on 1943 vol 1.pdf/28

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した。さらに、よく大化二年の正月、拜賀の式が終つたのち、詔をおくだしになつて、新政のはうしんを明らかにお示しになりました。國民はみな天皇のみたみであること、土地は全部ほうくわんして、國民はこれを使はせていただくのであること、新しいりつぱな人々が政治をおたすけ申しあげることなどを、はつきりとお定めになりました。この新しい政治を、世に大化のかいしんと申します。

大化のまつりごと
大化のまつりごと

皇室の御惠みは、國のすみずみまで行きわたり、國民はみな、安らかに仕事にはげむことができるやうになりました。このころ、分けていただいた土地のあとかたが、今でも地方に殘つてゐます。私たちは、千三百年の昔をまのあたりにしのんで、深い感動に打たれるのであります。

比羅夫の遠征
比羅夫の遠征

孝德天皇がおかくれになつて、〈第三十七代〉さいめい天皇の御代になりました。中大兄皇子は、引きつづき皇