の中に、ぽつかりと浮かんで見えます。民草は、よみがへつたやうに、田や畠でせつせと働いてゐます。やがて天皇は、畝傍山のふもと、橿原に都をおさだめになり、この都を中心にして大神の御心をひろめようと思(おぼ)し召し、かしこくも「八紘(あめのした)を掩(おほ)いて宇(いへ)と爲(せ)む」と仰せになりました。さうして、この橿原の宮居で、卽位(そくゐ)の禮をおごそかにおあげになつて、第一代の天皇の御(み)位におつきになりました。この年が、わが國の紀元元年(きげんぐわんねん)であります。
天皇は、功ある將(しやう)士をおほめになつて、それぞれ、神をおまつりしたり宮居をおもまりする重い役目に、お取り立てになりました。やがて鳥見(とみ)の山中に、天照大神始め神々を、おごそかにおまつりになり、したしく大和平定(へいてい)の御(おん)事をおつげになりました。日本の國の基は、神武天皇のかうした御苦心(ごくしん)と御惠みとによつて、いよいよ