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夫人とを殘して此丘に登攀を試みたりしが何しろ雨に濡れたる粘土質の禿山の事なれば足元滑りて容易に上るを得ず、僅に小林少佐の杖に縋り四人珠數繫ぎになりて辛じて引張り上げられし奇態に老侯と八郞氏夫人とは下より仰ぎ見つゝ手を拍ちて笑ひ興ぜられたり。

 夫より一行は更に自動車を驅りてランスの郊外をあちこちと巡視せるが何處へ行くも沿道は只鐵條網と塹壕とのみにして絕えて人家無く適々これ有るも人の住める樣子なければ滿目荒寥として恰も死の國を逍遙ふが如き感ありし、かくて日暮も近くなりたれば一行は再汽車に乘りて火點しの頃巴里に歸れり。