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て、杖を擧げて一同を麾き此處に獨逸兵の屍體あり、來り見られよと云ふ、八郞氏夫人は流石に氣味惡く感ぜられけむ獨り殘らむと云ひ給ふ、乃ち余等五人恐る近付き見れば無慘やな肉は已に落ちて今は骨のみとなれる三個の屍の仰向けになりて仆れつゝあり、その纒へる衣服と靴とは、戰死の當時其儘にして傍には亡き人の遺品なるべし手帳財布等四散せり、あゝこれ獨人何某と謂ふものぞ、定めし其故鄕には歸りの遲きを待ち詫び居る父老もあらむ妻子もあるべし、彼等は其子其夫が此の如き憐なる骸を敵地に曝して空しく風伯雨師の蹂躪するに委ね遂に再び歸らざる事を知るや知らずや、余等は春雨のしとと降る中に立ち盡しつゝ深き哀愁に胸鎻されて暫しの程は言葉